8月20日に行なわれたgamescom Opening Night Liveのサプライズとして、GameScienceは『黒神話』シリーズの新作『黒神話：鍾馗』（Black Myth: Zhong Kui）を発表しました。前作の『黒神話：悟空』はソウルライクとして好評を博し、中国ゲームの存在感を世界に示したことも記憶に新しいところ。プレスリリースによると「鍾馗が四海を巡り、妖を祓い、邪を討つという興味深い物語が描かれる」とのことですが、具体的な内容は今後の発表が待たれます。
前作では主人公がタイトルの孫悟空では無かったというツイストがありましたが、トレイラーで登場した虎を駆る巨大な鍾馗（鍾馗）がそのまま主人公でアクションするというのも想像しづらいですね。そして鍾馗はふたりの男に対する「追っ手」となっているようで、主役が誰になるかは全く想像がつきません。今回の連載ではこの鍾馗という存在について深掘りしていきましょう。
鍾馗は厄払い、疫病退散の御利益で広く親しまれている道教の神です。小鬼を従えた役人の大男として描かれることが多く、鍾馗の絵は「辟邪絵」として年末年始の門に飾られることもあります。
鍾馗で最も有名な伝説は「唐逸史」に記されている以下のような内容です。唐の皇帝玄宗が病の床に伏せっていると、誰もいない夜中に虚耗という妖怪が現れ、大事な宝物を盗んで玄宗をからかいました。すると、そこにどこからともなく役人の身なりをした大男が現れ、その妖怪を食い殺してしまいます。
玄宗皇帝が何事かと尋ねると、大男は鍾馗と名乗りました。鍾馗は高祖李淵の時代に科挙に落ちて自殺したものの、皇帝に手厚く葬られた恩に報いるために妖怪退治をしているといいます。目が覚めた翌朝、玄宗は早速鍾馗の画を描かせ、辟邪絵として世に広めていった――というのが大筋です（諸説あり）。
鍾馗にまつわる物語はもう一つ「鍾馗嫁妹」があります。こちらの鍾馗は秀才の美青年として描かれるものの、科挙に向かう途中で醜い顔に変えられてしまう、または賄賂を送らなかったことが原因で落第させられてしまいます（これまた諸説あり）。いずれにしても自殺した後に悪鬼払いの神となるのですが、現世に遺してきた妹を、自分を手厚く弔ってくれた友人の杜平に嫁がせるのです。
鍾馗を代表するこの二つのエピソードは京劇（中国の伝統的な古典演劇でもある戯曲）でも人気の演目。ですが、鍾馗の名が記録されてから結構時代が下ってから付け加えられたもので、「鍾馗嫁妹」はもともと「鍾馗嫁魅」、鍾馗が悪鬼を祓う言葉が訛ってから辻褄合わせとして創作されたと考えられています。そして鍾馗自身もまた、「終葵（鍾葵）」という厄払いの武器（鬼を追い払う槌）が大本です。唐代よりも前から終葵にあやかった同音の名前を付ける習慣ができていました。そこから終葵が擬人化（擬神化）されていったものが鍾馗になるのです。
日本における鍾馗は素戔嗚尊（スサノヲノミコト）の化身とされ、中国同様疫病払いと厄除けの神として各地で信仰が続いています。手には厄払いの「茅の輪」を携えており、また別の伝承である「蘇民将来」との混合だと考えられています。絵画や五月人形のモチーフとしても人気が高く、神楽や能の演目にも取り上げられているほか、疱瘡が流行した時期には辟邪絵として狩野派などの有名な絵師が作品を書いており、前作の西遊記以上に日本では知られている神なのです。
東北、北陸では道祖神の一つとして「鍾馗様」が毎年作られている他、京都奈良では鍾馗の陶器人形を飾る習慣があり、街中を歩いていれば町家の屋根でよくみかけます。ところが京都には意外にも祀っている神社や祭事がなく、2013年に京都造形芸術大学の主導で、東山区若宮八幡宮社の中に鍾馗の神社が建立されることになりました。
このように、おそらく必ずどこかで見ていると言っても過言ではないほど、日本の身近なところに鍾馗の信仰が息づいています。このところまた流行病が増えてきているようですから、御利益を授かりに探してみてはいかがでしょうか。
