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『SILENT HILL f』嫉妬あるところに憑きものあり―「家」と婚姻を巡る習俗【ゲームで世界を観る#117】

Is love a tender thing? It is too rough,Too rude, too boist'rous; and it pricks like thorn. -Romeo and Juliet

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『SILENT HILL f』嫉妬あるところに憑きものあり―「家」と婚姻を巡る習俗【ゲームで世界を観る#117】
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『SILENT HILL f』の2周クリア後にお読みください。
本記事の内容は民俗学的な事例や解釈であり、
その価値観を肯定及び推奨するものではありません。

『SILENT HILL f』は狐の嫁入りをモチーフに、結婚を控えた雛子の揺れ動くアイデンティティが描かれました。モラトリアム期の学生時代が、迫り来る白無垢の怪物に浸食されていく光景は、大人になるに当たって誰もが経験する苦い思いと重なることでしょう。結婚して生活環境が変われば、周囲の人々との関わり方も大きく変わり、どのようなものであれ元の形に戻すことは難しく、多かれ少なかれ「訣別」を迫られます。

共同体である「家」に入る形の結婚は、コネクションを結ぶ武家や豪農、手代の中から才ある婿を取る商家で行なわれていた形式で、元々はそれだけが日本の婚姻の形ではありません。平安貴族の通い婚では男女共に「家」を移ることなく、妻はそれぞれの生活拠点で夫の来訪を待っていました。庶民は「家」に依らない単身者同士の結婚が大半で、くっつき合い(恋愛結婚)と仲人による見合いがメインだったのです。身分の上下がある時代には、家業や財産、父祖の霊を維持していくための「家族」と、単に夫婦になって作る「所帯」は異なり、特に江戸の長屋住まいでは「家」の概念を持つこと自体が困難でした。

「家」にもたらされる財や特殊性は、信太妻(葛の葉)の安倍晴明をはじめとして、河童の膏薬の伝授など、異類婚姻譚によって説明されることがあります。新たに家が興るには戦いで武功を上げる以外にはこれらの神霊が関わるイレギュラーが必要なほど困難だったことを示しています。「家」はそれらの神霊から授かった力を継承する器でもあります。

狐や犬が「家に憑く」と言いますが、村落の中で憑きもの筋とされる家は何らかの形で財を成した家が多く、成り上がりや偶然でステータスを得た人々に対する嫉妬が、憑きもの筋の噂を作り上げていったとする説もあります。そのため、憑き物が別の家に付いてくることはあっても、憑きもの筋の家そのものが移るということはないのです。

持ち家や職業選択の自由など、かつて庶民が手に入れられなかった「家」のステータス が明治になって広がると、武家商家の方式が日本的な結婚のしきたりとしてまとまりました。『SILENT HILL f』では血脈を持つ深水家、神事を行なう五十嵐家、「狐持ち」の常喜家など、雛子の婚礼に関わるいくつかの家が登場しますが、嫁入り婿入りは人間を介してこれらの「家」が持つ力や財産をやりとりするプロセスと言えるでしょう。婚約の証である結納も家同士で交わされます。ですから当人達の意思はあまり考慮されず、かつてはお見合い無しに婚礼当日が初顔合わせもざら。あくまでも家同士の結び役、そして家を維持するための労働力を期待され、今日における個の人権、特に女性の側は軽視されてきました。

白無垢は現在だと神前式の花嫁が着る物になっていますが、西洋化によって喪服が黒に変えられるまでは、婚礼の白無垢は葬儀の喪服や最期の死装束に仕立て直して使われていました。白無垢は最上級の礼なので直ちにこれらが結びついている訳ではありませんが、現在でも生まれ変わりの意味が説明されるように、多少なり重ねられる部分はあるかもしれません。

東北や四国の一部地域では婚礼が死や出産と同じく忌み事として扱われ、その家の火を一定期間持ち出さない、宴席で食事をした親族も山へ入らないなど、婚礼にも「穢れ」があるような風習が残っているそうです。今でこそ婚礼は慶事一色ですが、理由は不明瞭であるにしろかつては陰の要素も多分に含まれていたのです。婚姻は家同士の縁結びですが、憑きもの筋に関わる婚姻では縁切りが念入りに行なわれ、子々孫々までの縁切状を書かせたという話もあります。劇中で「雛子」が行なっている「殺し」は物理的なものではなく、戎ヶ丘のコミュニティに於ける社会的な死、つまり縁切りの通過儀礼を表わしているものと思われます。絹田家に嫁いだ姉が死人のような姿で現れるのも、同様に戎ヶ丘では「死んだ」扱いだからでしょう。常喜家が狐なら、絹田家は狸かも知れません。

価値観の変遷に伴って、これらの穢れや憑きもの筋などの「因習」「迷信」は廃れつつありますが、土着の信仰文化を知る上で貴重な事例であり、1960年代はそれらが実践的に行なわれていた最後の世代なのです。1970年には人類の進歩を謳った大阪万博が開かれ、雛子もひと世代遅ければロングスカートで竹刀やヨーヨーや機関銃を武器に戦っていたかも知れません。異界や祟りへの畏怖が失われた現代で、忘れ去られた古き神はどうしているのか、そんなことが気になるのは私だけでしょうか。


SILENT HILL f 【CEROレーティング「Z」】
¥7,374
(価格・在庫状況は記事公開時点のものです)
ライター:Skollfang,編集:宮崎 紘輔


ライター/好奇心と探究心 Skollfang

ゲームの世界をもっと好きになる「おいしい一粒」をお届けします。

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編集/タンクトップおじさん 宮崎 紘輔

Game*Spark、インサイドを運営するイードのゲームメディア及びアニメメディアの事業責任者でもあるただのニンゲン。 日本の新卒一括採用システムに反旗を翻すべく、一日18時間くらいゲームをしてアニメを見るというささやかな抵抗を6年続けていたが、親には勘当されそうになるし、バイト先の社長は逮捕されるしでインサイド編集部に無気力バイトとして転がり込む。 偶然も重なって2017年にゲームメディアの統括となり、ポジションが空位になっていたGame*Sparkの編集長的ポジションに就くも、ちょっとしたハプニングもあって2022年7月をもって編集長の席を譲る。 夢はイードのゲームメディア群を日本のゲーム業界で一目置かれる存在にすること、ゲームやアニメを自分達で出すこと(ウィザードリィでちょっと実現)、日本武道館でライブすること、グラストンベリーのヘッドライナーになること……など。

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