『H9:ORIGIN』は、Ge-sakuが開発し、2025年11月30日にWorldMapが発売したサイコホラーアドベンチャーゲームです。
本作は20世紀末に発売中止となった幻の美少女ゲームで、プレイを通じて隠された内部データを紐解き、その真実を追うゲームプレイとなっています。美少女ゲームを題材とした野球拳パートと、発売中止の背景を追うノベルパートの二本立てとなっていますが、その表現手法をめぐってSteamでのリリースが中止されました。
果たして、その内容はどんなものなのか。本記事ではゲームレビューをお届けしますが、ゲーム序盤の内容をネタバレするため、ご注意ください。なお、プレイにあたってはパブリッシャーよりビルドの提供を受けています。
巧みに再現された世紀末の美少女ゲーム
本作を起動して、まず開くのはデバッグモード画面。この時点で、一般に流通する状態のゲームではないことが示唆されます。いくつか項目がありますが、変更可能なのは言語設定のみ。なお、これが本作唯一の設定項目となっています。

デバッグモードを抜けると幻のゲーム「トキメキ脱衣ジャンケン」が始まります。要は野球拳で、ジャンケンをして負けたほうが服を一枚ずつ脱いでいくというもの。互いにライフが3つ設定されており、こちらが勝つごとに1枚ずつ脱衣演出が見られます。

野球拳は、元は愛媛県の郷土芸能で脱衣とは関係なく、筆者の地元である松山市では野球拳おどりとして今でも一般的です。ところが、負けたほうが脱ぐ宴会芸として広まり、本作が舞台とする90年代末頃はまだ地上波テレビでも見られた記憶があります。
登場するキャラクターも当時のelf作品、とりわけ『同級生』で知られる竹井正樹氏の絵を彷彿とさせ、、世紀末に開発中止されたという設定を盛り上げます。美少女ゲームの文脈においても、インディーゲームではPC98風のピクセルアートを採用するものは昨今珍しくありませんが、本作はセガサターン風で珍しさがあります。

野球拳ゲームとしては全5ステージ、つまり5キャラ用意されています。各キャラクターに物語は用意されておらず、野球拳を通じて交わされるわずかな会話から、なんとなく人物像が見え隠れするという程度です。ですが、各キャラごとに脱衣差分含め用意されている立ち絵には懐かしい見応えがあります。
また、5キャラそれぞれ異なる声優が割り当てられた日本語フルボイスなのですが、こちらの演技もまた当時を彷彿とさせるもの。意図的に粗く加工された音質もそれらしく、力の入ったものとなっています。

チュートリアルをクリアするとライフ回復アイテムがもらえるのですが、無限に使用可能なため、負けることはありません。結局のところ、ジャンケンをやりたいわけではなく、脱衣を見たくてゲームをプレイしているので、こうしたサービスは嬉しいものです。さらに、野球拳パートを全クリすると、出せば勝てる無敵アイテムも手に入り、ギャラリー機能がないかわりに周回を容易にしてくれます。これらは当時の美少女ゲームのお約束的なズル要素でもあり、リアリティに寄与しています。
一方で『H9:ORIGIN』のプレイヤーもまた野球拳ゲームではなく、これから紹介する背景調査が目当てのため、こうしたアイテムを使う動機があります。雰囲気を維持したまま、双方のゲームプレイを進めやすくする良いアイデアと言えるでしょう。

開発中止の背景を追うノベルゲーム
野球拳を進めていると、突如画面にグリッチ演出が走り、ノベルゲームが始まります。

曰く、本作は28年前の1997年にディレクターの失踪を機に開発中止され、復刻にあたり権利関係を洗ったところディレクターが一部所有しているため、行方を探してほしいとのこと。また、データ解析したところ、当時の技術ではありえないプロテクトが施されており、何者かに改変された形跡があると。そこで、プロテクトの脆弱性を突く、特定の挙動を突き止める流れとなります。つまり、野球拳パートで意図しない動作を行うと、ノベルパートへ遷移するということですが、要するにデバッグです。モキュメンタリーホラーとしては、ビデオゲームならではの手法と言えるでしょう。

ノベルパートは、いたってシンプルなノベルゲーム。選択肢や分岐も存在しません。開発中止になったゲームというテーマでは類作に『The Beginner’s Guide』や『さよなら、ゴールデンエイジ』が挙げられますが、両作のような環境ストーリーテリングやゲーム外でのメタフィクショナルな操作は要求されません。機能面では、バックログと、野球拳パート通じて長押しでのスキップが挙げられます。

内容としては、開発現場が一人のプロデューサーの横暴により如何に疲弊していったかが描かれるものとなります。パワハラ、セクハラに加え、老練なプロデューサーとして若きディレクターの前に立ちはだかります。この人物描写は切迫感があり、語る言葉も実感が見え、とりわけ、当時のゲームの流通に触れている点は、他にない面白さがあります。マーケティング VS 開発というテーマは古典的で、筋自体も典型的ですが、描写は生々しく、嫌な不快感があります。
結論から言えば、本作はヒトコワ系ホラーです。多岐に渡るホラージャンルにおいて、超常現象や怪異ではなく、人間の精神的恐怖を描くジャンルをヒトコワと呼びます。オカルトと思わせておいて、オチがヒトコワというのも定番手法ですが、本作は真正面から仕事という題材でヒトコワを描いたものとなっています。

ストーリーテリングの面では、群像劇を採用している点は特筆すべきところでしょう。野球拳のステージごとに異なるノベルが解放されていくのですが、それぞれ視点人物が違います。とはいえ一つの出来事を多面的に描くというタイプのものでもなく、時系列順に物語は進んでいくので、開発現場を登場人物たちが各々どう見ていたかを描くことに複数視点は貢献しています。

そして、文中に青字で強調されたテキストを選択することで、用語説明が表示されます。説明は通り一遍のものではなく、シニカルな視点で描かれており、こちらも時に不快感のある描写が現れます。そもそも、このノベルパートを混入させた人物は誰なのか?誰が何のために、この用語説明を書いているのか?こうした謎を盛り上げるものとなっており、ノベルパートは本筋を読み進めつつ、サブテキストを集め、展開を予想するという流れとなっています。

簡素ながら、群像劇と用語説明という要素はセガサターンの名作アドベンチャー『サウンドノベル 街 -machi-(街 ~運命の交差点~)』を彷彿とさせます。本作のディレクター、長井知佳氏は『かまいたちの夜×3』『428 ~封鎖された渋谷で~』などチュンソフトのサウンドノベルの制作にも関わっており、こうした背景情報も考察を捗らせます。難点を挙げるとすれば、『428』のようにバックログから用語説明に飛ぶことはできないため、取り逃した場合は野球拳のステージセレクトからやり直す必要があります。
ARGとビデオゲームの幸福な関係
総じて、定価1,000円弱のゲームとしては相応の作品と言えます。真っ直ぐなヒトコワで、終盤にきちんとオチがあるため、ミステリーやサスペンスが好きならば刺さるのではないでしょうか。
最後に、ARGに触れておきましょう。本作はゲーム単体で完結しているためレビュー対象ではありませんが、発売前からARGが実施されています。ARGとは代替現実ゲーム(Alternate Reality Game)の略で、日常生活で触れる様々なメディアを活用した遊びです。ここで、ARGとビデオゲームの関係を、プレイ前、プレイ中、プレイ後の三つに分類します。
まず、プレイ前。古くは『SIREN』がそうであったように、ゲームの世界観を広げ、リアリティを補強し、販促としての役割を持ちます。昨今のARGブームを受け。国内のホラーゲームでは馴染みある存在となってきており、今後も増えていくでしょう。
続いて、プレイ中。ゲームプレイの最中にARGを求めてくるものです。ディレクトリ内にファイル生成する程度のゲーム外操作を要求するものはPCゲームでは古くからあり、Webサイトとの連動を含めても『IMSCARED』が挙げられます。まさにARGの醍醐味を味わえる作品と言えますが、移植や継続性に難があります。そこで、昨今はゲーム内に仮想デスクトップ環境を再現するものが多く見られ、『KinitoPET』や『No Players Online』といったデスクトップ型アドベンチャーも生まれています。
そして、プレイ後。オチのネタバレになるためタイトルは挙げませんが、ゲームの結末がARGに繋がるというもの。多くの場合、ゲーム単体で完結せずオープンエンドになりがちで、ARGを求めていないゲーマーにとっては頭痛の種になりがちです。
本作は「プレイ前」に分類され、ARGはゲーム本編以上の規模となっており、かなりやりごたえがあります。その内容も、新たな真実を提供すると類ではなく、本作のヒトコワ要素を強調するものであり、味わいを深くするものに仕上がっています。プレイ後に挑む価値はあるでしょう。
本作はSteamでの発売中止をきっかけに、当初の『H9』というタイトルから『H9:ORIGIN』に名を変え、他プラットフォームでリリースされました。ですが、現時点で2026年夏には『H9:Clean Copy(仮題)』と題して再構築し、Steamでもリリース予定のため、気になる方は要チェックです。
Game*Spark レビュー 『H9:ORIGIN』 PC(DLSite、DMM) 2025年11月30日
善し悪しあるものの水準に達した出来
-
GOOD
- 高い再現度の90年代末美少女ゲーム
- 不快感煽るヒトコワホラー
- 発売中止ゲームの背景を追う謎解き
BAD
- 貧弱な機能
- 言語切替しかない設定項目













