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終末日常アドベンチャー『A Space For The Unbound 心に咲く花』と90年代インドネシアの「共通点」とは

90年代の危機、そして現在の危機、インドネシアの日常と“終末”という背景を深掘りしてみます。

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終末日常アドベンチャー『A Space For The Unbound 心に咲く花』と90年代インドネシアの「共通点」とは
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インドネシアのMojiken Studioが開発し、Toge Productionsがパブリッシングする終末日常アドベンチャーゲーム『A Space For The Unbound 心に咲く花』は、2022年の正式リリースを予定している。日本においてはコーラス・ワールドワイドがPlayStation 4/Xbox One/ニンテンドースイッチ向けのパブリッシングを予定するほか、現在Steamではプロローグ版が配信されている。

本作は、90年代後半のインドネシアの地方都市が舞台。突然発生した超常現象による終末を目の前に、高校生の「アトマ」と「ラヤ」が様々な人の心の中に入り、謎を解いていくという内容だ。

20年以上前のインドネシアを舞台にしたこのタイトル、現地の人にとっては懐かしい情景と雰囲気が詰め込まれた仕上がりになっている。……が、それ以上に「世界の終末が近づいている」という設定が目を引く。――実はこの時代のインドネシアは、本当に「終末」を迎えようとしていたのだ。

90年代のインドネシアはどのような国だったのか―

インドネシアは、第二次世界大戦前は「オランダ領東インド」と呼ばれていた。古い日本語では「蘭印」という単語もある。

このオランダ領東インドは、第二次大戦後に独立戦争を経て主権を勝ち取った。初代大統領は日本でもよく知られているスカルノである。しかしそのスカルノは、1967年に失脚する。後任は軍出身のスハルトだ。

インドネシア第2代大統領・スハルト

20世紀の国家元首で、スハルトほど賛否両論の落差の激しい人物は存在しないかもしれない。9月30日事件では「インドネシア共産党打倒」という名目で50万人と言われる市民を殺害したと言われているが(詳しい人数は今も分かっていない)、スハルトが大統領に就任してからは親米路線・自由経済主義を貫いた。現在にもつながるインドネシアの経済基盤は、スハルト時代に整備されたという評価もあるほどだ。日本の経済関係者とは強固なつながりを持ち、日本経済新聞の「私の履歴書」にも全30回の連載記事を寄稿した。

スハルトはいわゆる「開発独裁型」の政治家である。選挙結果の操作、言論弾圧、そしてファミリー汚職にも手を出した。その対価が、70~90年代のインドネシアの経済発展である。スハルトの独裁は、実に30年以上にも及んだ。

……そんなインドネシアに、恐るべき「巨大彗星」が降りかかった。

本当にあった「終末」

1997年7月に始まった「アジア通貨危機」は、当時のアジア諸国で採用されていたドルペッグ制(自国通貨相場とドルを連動させる固定相場制のひとつ)の隙間を突いたマネーゲームでもある。

米クリントン政権下の「強いドル」政策は、同時に自国通貨相場をドル連動させるアジア諸国の通貨を実体経済以上に強くさせてしまうものでもあった。結果、韓国でもタイでもインドネシアでも輸出分野が頭打ちになっていく。そこへ欧米ファンドが各国通貨の大規模空売りを実行したのだ。

97年6月、インドネシアルピアは1ドル=約2,400ルピアだった。それが98年1月には1ドル=1万ルピアを割ってしまう。その後もルピアの価値は下落し続け、パニックに陥った市民は銀行に殺到した。

それと同時に、スハルト政権に対する市民の不満はついに爆発する。ジャカルタはおろか地方都市でも反政府デモの嵐が吹き荒れ、98年5月にスハルトは退陣。この一連の騒動は、今でもインドネシア市民のトラウマとして脳裏に焼きついている。

キャラも街並みの一部

『A Space For The Unbound 心に咲く花』に登場するキャラは、古き良きインドネシアの街並みの一部でもある。

小屋の脇で居眠りするおじさん、怪しい「救済グッズ」を高値で売りつけようとする露店商、タバコ休憩する建設作業員、ヒジャブを被った近所のおばさん……。

油断すればあくびが出てしまいそうな雰囲気の中、彼らはそれぞれの平凡な生活に今日も打ち込んでいる。独立戦争も9月30日事件も遠い昔のことになり、アチェや東ティモールの独立闘争などはジャワ島の人々には「世界の果ての出来事」に過ぎない。新聞を広げて世界の情勢を知りつつ、腹の底から込み上げる眠気と闘うのが一般市民の日常だ。その新聞には、「市内上空を飛ぶ彗星」の記事が書かれている。これが今後の展開に、どのような影響を与えるのか?

それはまさに、「アジア通貨危機直前のインドネシア」そのものである。

2020年代の「終末」

新型コロナウイルスは、インドネシアに1998年以来の経済危機をもたらした。

外国人の入国禁止措置は、特に観光業で発展した地域に大きな影を落とした。バリ島では営業を停止するホテルや飲食店が相次ぎ、それらの不動産が競売に出されるが買い手がつかない状態だ。大量失業も発生し、保険やローンの支払いに行き詰まる人も相次いでいる。今年3月から隔離なしの外国人観光客受け入れが試験的に実施されたが、それでパンデミック前の景色が戻るとは限らない。いや、むしろ2020年以前の状態に戻ることは期待しないほうがいいだろう。

バリ島の市民は、まさにリアルタイムで『A Space For The Unbound 心に咲く花』と同様の状況を迎えているのだ。

終末の混乱の中で繰り広げられる少年と少女の「小さな奇跡」は、人々を救う大輪の花として開花するのだろうか。


《澤田 真一》

ゲーム×社会情勢研究家です。 澤田 真一

「ゲームから見る現代」をテーマに記事を執筆します。

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