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『バルダーズ・ゲート3』日本語訳かカナ表記か…「翻訳」をどう判断する? 王道ファンタジーの雰囲気作り【ゲームで英語漬け#129】

不朽の名作も時代に合わせて形を変えていきます。

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『バルダーズ・ゲート3』日本語訳かカナ表記か…「翻訳」をどう判断する? 王道ファンタジーの雰囲気作り【ゲームで英語漬け#129】
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バルダーズ・ゲート3』の世界は「D&D」の複数ある設定のひとつ「フォーゴトン・レルム」。中世風のスタンダードな「剣と魔法」のファンタジー世界で、王道の冒険を楽しめるセッティングであり、同じ世界から小説や本作を含むゲームなど多数の派生作品が生まれています。日本語版でクラシカルな雰囲気を出すのに役立っているのが、カタカナにせず意味が分かるように訳してあるオブジェクトの名前や用語の数々です。

日本発の作品では魔法や武器名をカタカナ表記にした方が格好良く見えますが、海外の翻訳物だと逆にカタカナを減らして日本語を増やし、重厚感のある文体を好む人が多いです。こうした王道ファンタジーに求められる独特の文体は、翻訳をするうえで気にかけるべき要素でしょう。

ファンタジーの王道である「剣と魔法」は、古くは神話やアーサー王などの騎士道物語、サガなどに遡ることができますが、現代における金字塔はJ・R・R・トールキン「指輪物語」を置いて他にありません。エルフ、ドワーフなど様々な種族がともに旅をして、それぞれの個性を活かして危機を乗り越える冒険。この定型は現代ファンタジーに大きな影響を及ぼしました。この作品をきっかけにファンタジーブームが起き、後にウォーゲームへファンタジーの要素を取り入れた「D&D」に繋がります(なお、デザイナーのギャラックス氏によると、トールキンよりはマイケル・ムアコック、ポール・アンダーソンの影響が大きいとのこと)。

「指輪物語」は中つ国の西方語で書かれた西境の赤表紙本をトールキンが翻訳したという体裁で、標準の西方語は全て英語に直し、エルフ語などの別言語はそのまま外来語として扱いました。そのため、日本語を含む他の言語に翻訳する際は、西方語の固有名詞も全て訳して区別を付けるよう指示しています。トールキンは言語学者として言葉のルーツについて研究しており、複数の言葉が混ざり合う世界において、語感の違いを表現するために付けられた指示でした。

日本語版は1972年に刊行。担当した瀬田貞二氏は児童文学者として「ナルニア国物語」などの子供向け小説の他、「ふるやのもり」「三びきのやぎのがらがらどん」など国内外の民話を手がけていて、名詞以外でもカタカナ語をなるべく使わず、語りの「ですます調」の文体が特徴です。現代小説とはかなり勝手が違う文体なので、ファンや翻訳者の間でも賛否両論ありますが、上記のトールキンの指示と併せて、「つらぬき丸」「滅びの山」「躍る小馬亭」など、日本語で表すクラシカルファンタジーの雰囲気を形作った点で重要な作品です。

これ以降、ハイファンタジーの流れを汲む作品は用語を日本語で表記する慣習が続いています。地球と同様に英語が使用される世界ではなく、「指輪物語」と同じく別世界の独自の言語があるという設定になると、見慣れた言語が入るとその空気が揺らいでしまうのです。

一方で西洋ファンタジーとしての雰囲気も求められており、カタカナ語としてそのまま読ませた方が文化圏の違いを感じられます。例えば主人公「フロド・バギンズ」の名前も西方語の「マウラ・ラビンギ」を英語に直したものとされており、トールキンの指示に従うなら日本語で「袋町のフロド」になるでしょう。実際に姓の部分は欧州でも各言語で変えており、フランス語では「Frodon Sacquet」の表記です。

『BG3』では野営地にいる「Withers」を「シナビ」と訳しています。蘇生魔法を使う「ウィザード」にもかかっているので、ダブルミーニングの語を当てられればベストですが、ミイラ化している特徴が優先されています。名前がキャラクターの特性を強く表すとき、それを拾うか落とすかの選択も翻訳者の判断に委ねられるポイントです。

『BG3』は「ムーンライズタワー」「ウォーターディープ」などの重要な地名、「ナイトソング」など一部の重要なキーワードが訳さないカタカナで表記されています。本作の舞台地域フェイルーンが含まれる世界「フォーゴトン・レルム」には公式訳として「忘れられた領域」が当てられていますが、ゲーム中で地域全体を指すのは「レルム」がほとんどです。「Forgotten」「Realm」のどちらも英単語としては馴染みが薄いので、カタカナでは意味のイメージはあまり伝わりません。その代わりに新しい単語として「D&D」固有の地名という印象が強くなります。商業的には商標登録がしやすいのも利点です。

「指輪物語」の時代よりも外来語や洋文化が浸透した近年では、カタカナ表記のままでも意味が通じるようになりましたが、固有名詞としてそのままにする場合も、意味を重視して訳を付ける場合も、それぞれにメリットとデメリットがあります。小説やゲームといった媒体によって、また、ターゲット層を鑑みてどちらにするのが適しているかは異なるでしょう。

「ハリー・ポッター」「ゲームオブスローンズ」が牽引するファンタジーブームの影響か、クラシックの作品も新しい動きがあります。「ナルニア国物語」の5巻「The Voyage of the Dawn Treader(朝びらき丸 東の海へ)」の新訳では、2017年の土屋京子訳で「ドーン・トレッダー号の航海」、2021年の河合祥一郎訳で「夜明けのむこう号の航海」と、訳し方に差が出ています。2022年には研究が進んだ「指輪物語」の全面改訂版が出ていて、王道ファンタジーでもよりコアな方向、現代小説に近づけたもの、新しい世代の子供達に向けたものなどタイプの違いが出てきました。

原語の意味を可能な限り拾う訳を好む人もいれば、名詞の音の響きをそのまま楽しみたい人もいます。古典調なら日本語表現にこだわって、ライトノベル調ならルビを振って読ませたり、最近の異世界ものなら「パーティ」などのカタカナ用語を増やしてゲーム的な雰囲気を出したり、そのさじ加減を意識するのがファンタジーの文体で重要なのだと思います。



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