
20世紀初旬から今日に至るまで、映画は様々な情報や流行、考え方を伝達するメディアであると同時に、世界中の人々がその動向に注目する巨大産業です。
「大作」と呼ばれる映画1本の制作にかかる費用は、日本円で数百億円にも上ります。それはまさに、豪華で華やかな世界です。ロマンティックな雰囲気を醸し出す俳優、当代一流の監督、魅力的なシナリオを書き上げる脚本家、最先端の撮影機材、大きく広いスタジオ……。そしてその裏では、人類の在り方そのものを覆すような劇的かつ危険な構想がシナリオとなり、汚泥の沼から青空めがけて咲き登る蓮のように美しく開花します。
そんな明暗の落差が激しい映画業界を再現したシミュレーション『Hollywood Animal』が、4月にSteamでの早期アクセス配信を開始しました。
膨大な作業を経て1本の映画に
時は1929年。アメリカは大恐慌に見舞われ、多くの人が失業に追い込まれました。20年代のギラギラの好景気は徒花のように散り、代わりにどこまでも長く深い暗黒が訪れます。

先の見えない生活苦に苛まれた大衆は、現実を忘れる手段として映画館に足を運びました。この時代、映画はそれまでのサイレントからトーキーへの技術革新が発生し、画面の中の俳優が自分自身の声でしゃべるようになりました。『Hollywood Animal』は、そんな大変革期の只中に映画制作会社を創業するという設定のゲームです。
単純に「映画を作る」といっても、その作業は実に細かく膨大です。まずは自社で雇っている脚本家に構想を練らせ、それを基に細かい方向性を考えていきます。完成した脚本を使って実際に映画を撮影する段になると、プロデューサーと映画監督、そして主演や助演の俳優を自社と契約している人物の中から選抜していきます。

スタジオで撮影するか、それともロケを行うか。機材や録音装置の選定、エキストラの数なども設定し、最終的に社長であるプレイヤーが書類にスタンプを押します。さらに撮影が終わったあとも、フィルムを現像して1本の映画作品としてまとめる作業があります。映画の質を左右する要所要所の判断は、限られた予算と照らし合わせながら慎重に下さなければなりません。
ロクデナシだらけのハリウッド
記事の冒頭、「ロマンティックな雰囲気を醸し出す俳優、当代一流の監督、魅力的なシナリオを書き上げる脚本家、最先端の撮影機材、大きく広いスタジオ……」と書いてしまいました。
その表現は一面では事実ですが、見方を変えれば大きな間違いでもあります。ロマンと美貌に恵まれた有名俳優が、実は誰からも嫌われるような性格の持ち主だったり、女性蔑視を何とも思わなかったり、酒浸りだったり、麻薬を使っていたり、人種差別主義者だったり……ということがよくあります。『Hollywood Animal』では、それがステータスとして実装されているのです。

映画監督や脚本家も、他の職業では絶対に生きていけないような性格破綻者だったりします。酔って暴れたり、しばしば長期休暇を要求したり、中には未成年の女の子と性交した過去を持つ者もいます。ただしそれは映画制作会社にとっては必ずしも悪いことではなく、彼らが報酬の値上げを要求してきた時に、過去の悪行を交渉のカードとして利用することも……。全員が全員そうではありませんが、ハリウッドはロクデナシの巣窟であることを覚悟しながらプレイする必要があります。

しかし、そんなロクデナシがある日突然革命的な構想を思いつき、結果としてその構想が「現代文明の根本的変革」につながってしまうのが映画産業という名のジャングルの特徴です。
ハリウッド俳優はファッションリーダー

『Hollywood Animal』のゲームスタート時点である1929年は、男優も女優も着ている服装はみんな似たり寄ったりでした。都会を舞台にした現代劇であれば、男優はスーツにスラックス、よく磨かれた革靴、フェルト製の中折れ帽。女優はロングドレスとハイヒールです。デザインや服飾ブランドの違いはあれど、服装自体は定型化されていました。
史実の映画史では、50年代になると俳優の服装に大きな変化が訪れるようになります。街中でも主人公がTシャツとジーンズを履いているという内容の映画が現れたのです。
21世紀の今ではTシャツとジーンズ姿で歩いている人は珍しくありませんが、当時の意識ではTシャツは下着、ジーンズは南部のカウボーイか肉体労働者が身につける作業着です。そんな「だらしない」格好で街中を歩いている者といえば、不良しかいません。
マーロン・ブランドは1953年公開の『乱暴者(あばれもの)』でデュラブルの革ジャン、リーバイス501、チペワのエンジニアブーツを身につけ、トライアンフの6Tサンダーバードに跨って大きな評判を呼びました。これは決して良い評判だけでなく、むしろ「マーロン・ブランドの映画のせいで不良が増えている!」という大人たちからの理不尽なクレームが多かったほど。
それ以上に顰蹙を買ったのが、1955年公開のジェームズ・ディーン主演作品『理由なき反抗』です。割と恵まれた家庭で育った不良少年が主人公で、彼はリーの101Zを履き、真っ赤なジャケットをラフに着ていました。貧困家庭出身というわけではない、比較的裕福な実家のある少年もジーンズを履く=不良になるという点が、当時の真面目な大人たちから非難されてしまいました。
しかし、脚本家が「アメリカの伝統的価値観の破壊」を思い立ち、それを映像化するということは「劇中の登場人物が着るもの」が大きく変わっていくということでもあります。
そして、銀幕のスターが体現した新時代のファッションは当時の若者、そして彼らが創生したコンピューターゲーム産業にも伝導しました。『Pong』で知られるゲームメーカーのアタリは、経営者から社員、アルバイトに至るまで勤務時間中もジーンズを履いていました。我々が普段親しんでいるコンピューターゲームは、ジーニストがその基礎を作ったといっても過言ではありません。
異なる価値観の客層
『Hollywood Animal』にも、伝統的価値観を覆すアイデアや敢えて反社会的な人物を主人公にするアイデアを脚本家が着想するという場面が出てきます。
試写会を訪れた人々が作品を評価する場面も再現されていますが、面白いことに「大衆には評判が悪くても、より芸術価値の高い作品を求めるタイプの人たちからのウケは良い」という現象も『Hollywood Animal』にはちゃんとあります。人間という動物は何だかんだでバイアスがかかっていて、自分自身の価値観で作品を評価してしまいます。当時の伝統的価値観・家族観のバイアスを捨てられない人がマーロンやジェームズの主演作品を鑑賞したところで、低評価しかできないのは当然です。

我々の映画は大衆に媚びへつらうために作っているのではなく、新しい時代を切り開くために作っている。そうした「ロクデナシの信念」を具現化する方向性でプレイする……というのも『Hollywood Animal』の遊び方の一つと言えます。
日系人俳優も登場!
プレイレポという角度から『Hollywood Animal』に対する不満点を挙げるとするなら、経営面でやることがあまりに多いこと。特に俳優を含めた従業員とのギャラの交渉は、どうしても作業のようになってしまいストレスが溜まります。このあたり、設定でオート化してもいいのではないでしょうか。
また、現時点でゲーム開始年が1929年の一つしかないという部分も気になりますが、一方でゲーム開発者は今後のアップデートのスケジュールを公表しているので、時が経てばより細かな開始時設定が実装されるかもしれません。
ですが、それ以上に特筆すべきはゲーム開始からかなり早い段階で日系人の俳優が登場するという点。当初は白人しかいない俳優陣の中で一番最初に登場する有色人種の俳優は、「ジミー山本」という人物です。

ハリウッドのあるロサンゼルス市は、全米で最も大きい日系人コミュニティのある都市でもあります。そのため、サイレント時代から早川雪洲・青木鶴子夫妻、上山草人といった日本人俳優が存在しました。つまり、『Hollywood Animal』は史実を丁寧になぞっているのです。
「史実のハリウッド」をゲーム内で再現している『Hollywood Animal』は、今後のアップデートも楽しみな良作と言えます。