本記事は『SILENT HILL f』の物語に言及しています。
2周クリア以降にお読みください。

『SILENT HILL f』は謎めいた婚儀を通して雛子自身の心の闇に迫る物語でありながら、同時に人間と神の交わりを描く異類婚の物語でもあります。夫婦という人間の営みでも大きな要素に、人間の世界の外から来た存在が関わる「異類婚姻譚」は、実社会でも結婚のトラブルがいかに多いかを暗喩しているようです。
異類婚で最も有名なものと言えば「鶴の恩返し」(鶴女房)でしょうか。助けた鶴が人間に化けて押しかけ女房になり、夫に益をもたらすも、見るなの禁忌を犯して正体が露見し、無念の別れに至る――動物報恩譚の手本ともいえるこの物語は、動物を助ける功徳にも報いがある、そして神霊と交わした約束を破れば益が失われる、異類婚の王道パターンでできています。雪女や食わず女房など、婿に分不相応なよく出来た嫁には何かしらの秘密があり、それが暴かれてしまうと結婚生活は破綻。幸せな暮らしは長続きせず、異類側が未練を残して去って行く、または恐ろしい本性を現して襲い掛かるのです。

婿が孝行者や心根の優しい男の場合、天女など異界で位の高い女性が降りてきて、仲睦まじく暮らすのですが、それを邪魔しようとする領主などが後から現れます。嫁を奪い取ろうと画策し、婿へ無理難題をふっかけるのですが、異類の妻の助力を得てクリアしていきます。そして、奪い取ろうとする者達はその報いを受けて容赦なく死んでいく、という結構怖い面も。「かぐや姫」などもそうですが、異類との婚姻を願う者には何かしらの試練が与えられ、それを乗り越えていくのが類型のようです。

国内における異界の婿の話では、「猿婿」が最も多いと言われています。各地で伝承されてきたために導入や結末は様々ありますが、基本的にはある農家の困りごとを山の猿が手助けし、その代わりに娘を嫁にもらうというのがメインのストーリーです。娘は猿に心を許さず、西日本では婚礼の際、東日本では婚礼後の里帰りの際、猿を罠にかけて殺し、村に戻った娘は無事に家族と暮らしていきます。『SILENT HILL f』は雛子も姉の潤子も深水家に入る金のために結婚をするので、益と引き換えに娘を与える異類婚の類型に当てはまるといえるでしょう。

欧州では異類は姿を変えた人間や神が相手であることも多く、「美女と野獣」「カエルの王子様」のように、異形との出会いから正体が判明してハッピーエンドとなる類型です。女性視点の異類婚は「望まぬ結婚」「夫の理不尽」のメタファーと捉えることができ、異類の夫を退ける(人間に戻す)=理不尽を排除することで人間の暮らしに戻ってきます。

逆に異類の夫を受け入れている場合、周りの人間が異類の夫を殺してしまうパターンが多く、「おしらさま」などは残された妻と子供は何らかの益を得て幸せに暮らす、超常の力を得て功を上げるという結末です。異類夫を殺した本人が残された妻を娶り、事実を打ち明けると妻に殺されてしまう例もあります。こちらは人間が無理に奪う構図なので、これもまた女性の意思を無視している点に注目です。人間に化けた異類ではなく、相手が異類のままの婚姻を受け入れて愛を成す例は少数派で、大体はそれを邪魔する人間の行いに焦点が当たっています。本当の意味での異類婚が成立するのは、アイヌやイヌイットなど人間と動物の世界が近い狩猟文化では比較的多いものの、農耕が発達した文化においてはかなり難しいのでしょう。

結婚にまつわる異界はもうひとつ、未婚の死者の冥福を願って疑似婚礼を行う「冥婚」があります。冥婚というと最近は赤い封筒を道に置く台湾の風習が話題になりましたが、現地では「伝承は知られているが実際行われているのは極一部」ぐらいのようで、都市伝説のネタとして広まっているのが現状のようですね。広義の冥婚、いわゆる死後結婚の風習は主にアジア・アフリカで行われています。
日本国内では中国の影響が強い沖縄のほか、山形の「むかさり絵馬」、青森の花嫁人形供養が有名です。むかさり絵馬は死者の婚礼の様子を描いた絵馬(額装の絵)を自社に奉納する風習で、対象の死者以外の結婚相手や親族は、連れて行かれるのを防ぐために全て実在しない人物として描きます。ゲーム内でも重要なアイテムとして花嫁人形が登場しますが、これも誰かの冥福を祈る物なのかもしれません。

教会式の婚礼には「死が二人を分かつまで」という宣誓がありますが、離婚がなければいずれどちらかが先立つ死別が訪れます。つまり、結婚と死はある意味隣り合わせの存在で、伊邪那岐やオルフェウスのように冥界に乗り込むほど、死と向き合うのは難しいことです。逆に同時に死ぬことで来世の結びつきを祈るのが心中であり、江戸時代では社会的な婚姻が困難な遊郭を中心に、幕府が取り締まりを行わなければならないほど、「曽根崎心中」などで大流行しました。

「狐」と結婚することになった雛子の婚姻譚はどんな結末に向かうのか、それを導くのはプレイヤーの決断次第です。神々の大乱闘でうやむやにされた様な気もしますが、当人にとっての幸せとは何なのか、改めてじっくり考えてみませんか?
















