
『まだ猫は逃げますか?』は2025年10月27日、0UP GAMES・KADOKAWAが発売、NAYUG・KADOKAWAが開発したステルスアクションゲームです。
本記事を読む前に、注意点があります。
まず、公式に明言されていないものの本作はホラーであり、シナリオはホラー小説「近畿地方のある場所について」で知られる背筋氏が担当しています。今、日本は「リング」が大ヒットした90年代末以来のホラーブームと呼んで過言でない状況にあります。ジャンル内での脈々とした流れの結実ではありますが、「近畿地方のある場所について」はその発端の一つと言えるでしょう。故に、本記事はショッキングな内容や表現を含みます。
そして、物語の核心には触れないものの、若干のネタバレを含みます。特に、背筋氏といえばモキュメンタリーホラーに代表される手法が特徴的な作家であり、その点について言及しています。
また、本記事はリリース時点のビルドを元にしています。後述しますが、本作は不安定だった品質を連日のアップデートで改善中であり、すでに内容に変更が含まれる可能性があります。なお、プレイにあたってはパブリッシャーよりSteamキーの提供を受けています。
猫、逃げて隠れて謎解いて
本作の舞台は、日本の片田舎にある古い一軒家。プレイヤーは猫を操作し、目的はステージ上に散らばる記憶アイテムの収集です。記憶アイテムとは、とある家族の記憶が宿ったアイテムであり、調べれば関連する会話が再生され、家の過去を知ることができます。また、同時に各ステージの出口を開ける鍵の役割をも果たします。ステージごとに配置数は異なりますが、4つ集めれば出口が開きます。

ただし、スーツを着た何者かが家に入り込み、猫を追ってきます。捕まると即ゲームオーバーのため、その手をかいくぐりながら収集を進めなければなりません。しかし、こちらは猫です。たとえ見つかったとて、全力で走れば遅れは取りません。机の下に駆け込めば、追跡は振り切れます。

そう、猫なのです。見上げれば、家の中は様々な高所でいっぱいです。箱、机、棚などなど…乗り降り可能な場所に視線を合わせれば、インタラクト可能の表示が現れます。記憶アイテムは一筋縄ではいかない場所にも置かれており、丹念な探索が求められます。幸い、近づくと反応するレーダー機能はあり、闇雲に探す必要はありません。
一方で、時間制限も存在します。じっと隠れてやりすごしたり、のんきに調べていると時間切れでゲームオーバーとなってしまいます。とはいえ、ゲームオーバーになっても、猫に対する残酷な描写があるわけではないため、そこはご安心を。

さてしかし、本作は一人称視点を採用しています。つまり、猫の姿はカットシーンを除いてほぼ見えません。故に、『STRAY』のような猫ゲーを期待すると肩透かしを食らうでしょう。また、ステルスというジャンルにおいて一人称視点は鬼門です。追跡者のレーダー機能もないため、自分の視界でしか様子を探れません。狭い間取りの日本家屋では、追跡者と鉢合わせたり、無理やり突っ切ったりする場面も多いもの。プレイ感としては徹底して潜むステルスというより、見つかっては逃げを繰り返すハイドアンドシークに近い印象です。

総じて、ゲームプレイ自体は概ね期待通りと言えます。猫の姿を見られないのは惜しいところですが、一人称視点は恐怖の演出に寄与していると言えるでしょう。
怖くない恐怖表現の難点
さて、ホラーゲームに期待するものと言えば、何よりも恐怖です。人気のない日本家屋、重低音が鳴り響き、異常な記憶アイテムを集める様は、不穏な気配に満ちています。得体の知れない追跡者、迫る時間制限との戦いも、焦燥感を煽ります……はじめは。
本作の難点は、恐怖に慣れてしまい、面倒が勝るところです。

そもそも、恐怖は持続しないものです。そこで重要なのは緩急であり、緊張と緩和です。ホラーゲームにおいては適度に落ち着けるパートがあるものです。見通しの利く長い廊下であったり、戦闘やチェイスのないパズルであったり、カットシーンであったり、NPCとの会話であったり。そしてプレイヤーの心が静まったところで、たとえば廊下ならば、先に曲がり角を置いたり、窓から犬を飛び込ませたりするのです。
本作は延々と隠れながらの探索が続き、記憶アイテムを集めるのみです。一見恐怖が詰められているようですが、結果として慣れてしまい、怖くなくなるのです。

また、ゲームオーバーからのリトライなど、繰り返しプレイすることによる恐怖への慣れは、ホラーゲームが根本的に持つ困難です。それでも、ゲームオーバー時の演出を残虐にしてみたり、プレイヤーに心理的罪悪感を与えてみたりと、色々な手はあります。本作は、追跡者に捕まっても、何事もなくリトライされます。これは残虐表現がないという優しさでもあり、シナリオ上の意味もあるのですが、それはそれとしてリトライに心理的ペナルティがありません。ただ、リプレイの徒労感があるのみです。
捕まる原因も、スタックする不具合や、インタラクトの反応の悪さなど、あまり良くない操作性に起因する場合が多々あり、納得感に欠けます。時間制限によるゲームオーバーは、そもそも時間制限がある理由も明瞭でなく、さらに負荷が高いものです。無論、ホラーゲームですから、こうした難しさが恐怖に繋がっていれば、本来むしろ大歓迎ですが、そうなっていません。
そして、恐怖表現もまた、安っぽいものが多いです。ゲーム全編を通して突如大きな音が鳴る、いわゆるラップ音が多用されます。プレイヤーに驚きを与える手法としては定番ですが、こうしたショック表現は驚きではあるものの、恐怖ではありません。むしろ、やがて来る恐怖を期待させるフリの役割を果たすのですが、本作では延々とラップ音が鳴り響き、後に続くものがありません。時に巧みな使い方も見受けられるものの、あまりに一本調子のため効果が薄れてしまっています。

音響だけでなく、美術面も惜しいものとなっています。ホラーに定番の奇怪なオブジェクトが多々登場するものの、恐怖に繋がっているものは少ないです。彼岸花、コケシ、血痕などなど…いずれも定番のモチーフです。また、風鈴やぬいぐるみなど何でもないオブジェクトが、大量に置いてあるといった表現も古典的です。こうした表現はホラーらしさを演出し、通常ならばあって嬉しいものです。ただ、あまりに大量に、文脈を欠いて雑然と置かれているため、次第に興ざめしてしまいます。記憶アイテムもお馴染みの小物が多いものの、こちらはシナリオ上の意味合いがあります。ただ、数多あるオブジェクトの中に印象が埋没してしまっています。

本作はステージを進めるごとに家の様子が変化し、徐々に奇怪な廃墟と化していきます。これはシナリオの進行とリンクしており悪くないアイデアなのですが、一方でプレイヤーは恐怖に慣れ、疲労が蓄積します。芳しくない操作性も、唐突なショック表現も、既視感のある恐怖描写も、ホラーゲームにおいて必ずしも悪いものではありません。本作においても、いくつかはうまい演出もあります。使い方こそが問題なのです。
「近畿地方のある場所について」ではない背筋氏らしさ
本作で最も期待を集める点は、「近畿地方のある場所について」の著者である背筋氏によるシナリオでしょう。結論から述べると、「近畿地方のある場所について」らしさを期待すると合わないでしょうが、背筋氏らしさを期待するならば満足できる内容です。

「近畿地方のある場所について」は語るべき点の多い名作ですが、やはり様々な媒体の文書で描かれるモキュメンタリーの手法が目を引きます。雑誌、手紙、ネット掲示板など、多種多様な文書ひとつひとつがそれらしい文体で書かれ、その断片を積み重ねて物語るという構造でした。実のところ、こうした手法はゲームにおいては何ら珍しいものではなく、むしろ定番です。ゲーマー諸氏にとって、ばら撒かれたドキュメントを集め、ロアを読み解くのは日常茶飯事でしょう。こうしたスタイルのホラーにおいても『SIREN』という金字塔が建てられたのは、もう20年以上も前なのです。
本作は記憶アイテムの収集を通じ家族の物語を解き明かすという構造であるものの、モキュメンタリーの手法は採用されていません。記憶アイテムは文書ではなく奇怪なオブジェクトであり、調べて表示されるのは家族の会話という断片的な情報であり、ひとつひとつが面白い話になっているわけでもありません。この点においては、「近畿地方のある場所について」を期待しないほうが良いでしょう。

ただ、「近畿地方のある場所について」も初出のカクヨム版から単行本、文庫本と形態を変えるごとに内容が変わっており、モキュメンタリーという手法よりも物語に焦点を当てたものとなっています。背筋氏自身、次作「穢れた聖地巡礼について」も同様の傾向が見受けられ、今の背筋氏らしさはあります。
また、ホラーとは既知が未知に脅かされる恐怖を描くジャンルであり、ミステリは未知が既知へと解き明かされる安心を描くジャンルです。両者は水と油ではありますが、どちらも魅力的な未知、謎を鍵とする点で共通しています。背筋氏といえば幾多の怪談というホラーが連なり、ミステリ的に解決されるという手法が鮮やかです。
ゲームの規模面もあってか掌編ではあるものの、本作でも種明かしには同様の味わいがあり、後味の悪い切なさも感じられます。さらに、シナリオを売りにしていることもあってか、本作は収集した記憶アイテムの会話を一続きの物語として読める機能があり、大いなる美点と言えます。

改めて、本作のシナリオ単独を取り出すならば背筋氏らしさもあり、良いものとなっています。とはいえ本作はゲームです。
ジワジワと嫌な気分を高め、ひねったトリックと明瞭な解決があり、後味の悪い余韻のあるシナリオと、前述したゲームプレイはあまり噛み合っていません。単調なゲームループはシナリオの展開を脳から離し、即物的な恐怖表現は湿っぽさをかき消します。本来ならば魅力的な物語は苦難を越える報酬ですが、本作では面倒なステージをクリアすること自体が最大の目的と化しています。恐怖を掴みとしながら、次第にロケットランチャーをブッ飛ばす快楽や、物語を読み解く面白さへシフトするというのもホラーゲーム定番の手法ですが、本作はやはり掴みの恐怖がうまくいっていないため、プレイヤーの心が離れてしまっているというのが最大の難点でしょう。

総じて、本作は定価1,200円の短編ホラーゲームとしては水準を満たす出来と言えます。ゲームプレイは劣るものの、シナリオは良く、ステージ選択など機能面も同価格帯では充実していると言えるでしょう。ただ、やはり単調な恐怖表現が惜しまれるところです。操作性の面では、連日のパッチにより改善が続いています。SNSでの告知やパッチノートもきちんとしており、信頼できる対応です。
本作を離れ、国内のホラー界隈を顧みると文芸や映像が中心であり、ゲームは傍流の位置づけにあると感じます。今のホラーブームにしてもどこか距離感があり、ARGや体験型エンタメのほうが流れに乗っているでしょう。とはいえ『SILENT HILL』は二年連続で盛り上がりを見せ、『失踪した友人の部屋に残されていたゲーム』や『いえふぉさま』のようにモキュメンタリーを巧みに取り込んだものをはじめ、個人制作を中心に尖ったホラーゲームも多々見受けられ、ゲームはゲームとして隆盛を見せているという印象です。そんな中、背筋氏といえばインタビューで『SIREN』や『Bloodborne』の名を挙げ、ゲーム制作への意欲を見せてくれる作家でした。一人のホラーファンとして、氏の新たな挑戦を心から歓迎し、今後の展開にも期待するものであります。
Game*Spark レビュー 『まだ猫は逃げますか?』 PC(Steam) 2025年10月27日
善し悪しあるものの水準に達した出来
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GOOD
- 期待通り良質なシナリオ
- プレイアビリティを高める機能の充実
BAD
- 恐怖を色褪せさせるゲームループ
- うまく機能していない恐怖表現











