ナイトシティ――そこは金と鋼(クローム)、そして人間の血と尊厳を燃料に回る街。
10月20日にNetflixにて独占配信される「サイバーパンク: エッジランナーズ2」は、そんなナイトシティの無情さに翻弄される4人の人生が描かれていきます。
前作である「サイバーパンク: エッジランナーズ」では、ただの少年だったデイビッド・マルティネスが、ナイトシティのエッジを誰よりも速く走り抜ける物語が展開されていきました。監督が五十嵐海氏に交代した続編である「エッジランナーズ2」は、また違った視座からエッジを生き抜く人々を“活写した”作品と言えます。
今回Game*Sparkでは、そんな本作の狂気的な魅力の一部をレビューとしてお届け。なお、本記事では本作第1話~3話の要素に軽く触れることがありますが、どうかお気になさらずに。なぜなら彼らの悲惨な境遇は、ナイトシティではごくありふれたもの。そして彼らが織りなすドラマやその行く末は、読者の皆さん自身で確かめてみてください。
鋼と血に塗れた裏社会の「エッジ」と、キャラの持つ「人間性」

本作は主要キャラの4人それぞれの視点が次々に交差する群像劇。本作の主人公であり“カメラマン”でもある「ロマン・カラックス」は、落ちぶれたサイバーパンク「ウィーク・キングズリー」、亡き同胞の復讐に執着するネットランナー「D」、そしてクロームに取り憑かれたコーポの娘「タリア・ヤン」と出会い、彼らの凄絶な生き様を目撃することとなります。
前作はデイビッドがエッジの向こう側へとたどり着くまでの物語が描かれましたが、本作では主要キャラそれぞれの「エッジとの距離」を描いた作品だと言えます。
例えば元サイバーパンクのウィークは「キング」と呼ばれた伝説的な傭兵でしたが、サイバーサイコシスを発症しかけたことにより、身体中のサイバーウェアをほとんど抑制されてしまいます。かつてのエッジランナーとしての栄光は消え、ロートルの「ウィーク(Weak)」として醜く生きることとなるのです。
そしてDやタリアもまた、彼ら自身の脆さを抱えています。ナイトシティの尖りきった残酷さと、彼らの「尊厳と裏表の弱さ」は作中で何度も対比されていきます。

しかし彼らの持つ「弱さ」は、サイバーパンク的に言い換えれば「人間性」ともいえます。そんな彼らの人間的な魅力をそのまま映し出すのが、オフビートなギャグ描写です。前作でのギャグ描写は『サイバーパンク2077』のトーンを踏襲したような、ヒドすぎて思わず笑ってしまうブラックジョークでしたが、本作でのギャグ描写は往年のジャパニメーション的であり、よりキュート。
例えばウィークの朴訥とした立ち振舞いはいかにも「ポンコツおじさん」でかわいらしいですし、Dのどこか抜けた天然ボケやタリアの傍若無人なわがままさも、さりげない演出によって「萌え」を感じさせます。
彼らのツッコミに回るロマンも一見しっかりした常識人のように思えますが、ところどころで浮世離れしたズレが垣間見える場面も。総じてナイトシティの荒んだ冷たさと、彼らの人間的な温もりのコントラストが楽しい作品でもあるのです。
静と動の緩急入り乱れる、TRIGGERスタイルを更新したエッジな映像

一方で、本作で描かれるナイトシティの荒涼とした残酷さは画面づくりにも表れています。前作はナイトシティのギラギラとしたネオンがフィーチャーされるルックが主軸でしたが、本作で象徴的なのはナイトシティを焼く太陽と、乾いたコンクリート。
リードキャラクターデザイン・総作画監督の菅野一期氏が描く、線の尖ったフラットなキャラクターと相まって、ナイトシティに渇ききった印象を与えてくれます。
カットの作りとしてもTRIGGERが十八番とするアクション作画は数多くあるものの、個人的に強く印象づけられたのは止め絵などの静かな画面づくり。キャラの芝居も抑制的でありながら、カット繋ぎの妙によって緊張感溢れるシーンを形作っています。
その中でも個人的に白眉だったのは気鋭アニメーターの大井翔氏が画コンテを担当した回。とにかく画の力でキャラの情動を魅せるような、静と動のコントラストが光るスリリングな作りで、ドラマ的にも画面設計においても慄くほどのスペクタクルが展開されていました。

とはいえアクション作画も本作の魅力。アクションにおいて注目したいのが、本作で登場する謎の人格コンストラクト「カプリ」。実体を持たない電子の存在として物語に関与していきますが、実は本作で最も「TRIGGER的な」キャラとも言えます。カプリの作画では、日本のアニメーションに根強い影響を残したアニメーター・金田伊功氏のスタイルが反映されています。
いわゆる「金田流」と言われる作画は、緩急の強いダイナミックなアクションや刺々しいエフェクトなど、小枚数の作画で効果的に魅せるテクニックがメイン。
そしてTRIGGERを設立し、前作監督であった今石洋之氏は金田氏の熱心なフォロワーでもありました。今石氏は金田流の作画と、ジャック・カービーやマイク・ミニョーラといったアメコミ作家のスタイルを融合させ、独自の表現を切り拓いてきたアニメーターです。その他にも前作リードキャラデザイナーである吉成曜氏も金田流を汲んだアニメーターでもあり(「ぱにぽにだっしゅ」OP3本目の作画は必見)、金田氏のTRIGGERへの影響は計り知れません。
本作でのカプリの作画スタイルは金田流を汲んだ今石氏のスタイルを受け継ぎつつ、より先鋭的な表現に挑戦しています。紙芝居ギリギリのフレームレートを行き来しつつ、ダイナミックにフォルムを変え、カットによっては画面全体を使った幾何構成のようにも見える場面もあり非常にクール。実体を持たない存在だからこそできる、型破りな方法でTRIGGER的な表現を更新したキャラと言えるでしょう。
生と死の境で、ロマンが求めた「ドラマ」とは

カメラマンであるロマンは、主要キャラの群像劇を繋ぐ重要なキャラです。本作の序盤にて、ロマンはある台詞を語ります。
「すごい映画はさ、垣根を越えてやって来るんだ。あるのに越えてくる。あるのになくなるんだ」
『サイバーパンク2077』や前作の「エッジランナーズ」からも周知の通り、ナイトシティで最もドラマチックなメディアはブレインダンスとされています。BDは撮影者の感情さえも主観的に感じられる最先端のメディアであり、従来の映像メディアは見向きもされません。しかしロマンは、「BDじゃ物語は描けない」と言い切ります。言い換えれば、「鑑賞者を隔てる垣根(エッジ)があるからこそ、映画は物語を描ける」とも言えるでしょう。
こうした経験は映像作品だけでなく、ゲームにおいても感じられるものではないでしょうか。全てが現実の延長に感じられてしまうものではなく、画面の中で起こっている出来事だからこそ、物語がこちらに語りかけてくるように感じられる。『サイバーパンク2077』を遊んだことのあるプレイヤーならなおさら、この感覚には覚えがあるはずです。

ウィークやD、タリアと出会ったロマンは、彼らの人生の一瞬を骨董品のようなビデオカメラで切り取ろうとします。ロマンの撮ったフッテージは画質もボロボロで、まともに表情すら撮れていないこともしばしば。しかしその映像にしかない鮮やかな情感、そしてドラマを感じられることでしょう。
残酷なナイトシティに翻弄されながらも生き抜いた彼らの行く末と、ロマンの求めたドラマの結末は、そのフィルムの中に収められています。
総評
「サイバーパンク: エッジランナーズ2」は、ナイトシティに生きる人々の「エッジ」を、前作とは違った形で様々な側面から描いた作品でした。そして物語だけでなく、映像表現においても現在のTRIGGERの“先端”を存分に活かした作品と言えます。前作や『サイバーパンク2077』のファンにはもちろんのこと、アニメーションという芸術の「今」を感じたい人にも強く勧めたい一作です。
Game*Spark レビュー 「サイバーパンク: エッジランナーズ2」 Netflix 2026年10月20日
物語もアニメーション表現も、あらゆる意味でエッジ
-
GOOD
- ナイトシティを生き抜く人々の鮮烈な群像劇
- 静と動のコントラストが光る先鋭的な映像表現
- 主要キャラの人間味溢れる魅力と「萌え」
BAD
- どうしても文句が見つけられませんでした!









