『ゴースト・オブ・ヨウテイ』（Ghost of Yōtei）の日本語ローカライズでは、登場人物の来歴とリンクした方言の要素が加えられています。篤の両親は長篠武田方から落ち延びて蝦夷に移住したということで、家族4人には甲州弁が採用されていました。関西や九州から来た人物もいて、本土の戦乱から逃れ、蝦夷には様々な地方からの移住者がいることを示しています。
篤の物語は流れてきた本土の牢人を束ねる羊蹄六人衆が主軸になり、先住のアイヌは直接的には関わらないものの、名寄ヶ沢にあるコタンではアイヌの暮らしぶりに触れることができます。彼等と交わす会話にはアイヌ語が織り交ぜられていて、異文化交流にひとときの安らぎを感じた人も多いのではないでしょうか。ムックリ（アイヌに伝わる竹製の口琴）の音は西部劇にも通じます。
アイヌ語と一口に言っても蝦夷はとても広いので、単純にひとつのまとまりではなく、各地域それぞれに方言の差が存在します。特に樺太（サハリン）のものはロシアと近く語彙も大きく異なります。アイヌ民族文化財団の作成したテキストでも千歳、美幌、幌別、静内、十勝、沙流、石狩川、樺太の7種類あり、統一された「標準」がないのでどれが代表的かを決めることができません。今回はゲームに登場する名寄に比較的近い石狩川のテキストをベースに、劇中でも使われるアイヌ語の言葉を覚えていきましょう。
アイヌ語の特徴は母音の後に子音が付くことで、カタカナでは「ッ」などの半角や小文字で表記しています。日本語の読みに引っ張られやすいので、アルファベット表記の方がイメージしやすいでしょう。ですが基本は口承なので、アクセントなどが分かる音声で聴くのがベストです。
※以降で紹介する訳は、複数意味を持つ言葉も多くあります。
基本
アイヌ aynu：人間
～プリ ~puri：～の風習
ウタリ utari：～の同族
シサム sisam：和人
カムイ kamuy：神、クマ
コタン kotan：集落
地名
モシリ mosir：大地
ヤウンモシリ yaunmosir：蝦夷地（陸の国）≒北海道
イウォロ iwor：狩り場
ヌプル nupur：尊い、霊力がある
チュクペッ cukpet：秋の川
カンカン kankan：曲がりくねった
北海道の地名はアイヌ語由来が大半です。世界では後から来た探検家が「発見」して名前を上書きしているケースが多いのですが、蝦夷地の場合は幕末の松浦武四郎が詳細に聞き取り調査を行い、約10,000にも及ぶアイヌ語の地名を記録していました。「東西蝦夷山川地理取調圖」の精緻な書き付けからは想像を絶する努力がうかがえます。
動物
ユク yuk：シカ（シカ、クマなど狩りの獲物）
ホロケウ horkew：オオカミ
スマリ sumari：キツネ
サロルンチリ saroruncir：ツル
カムイチェプ kamuyce：サケ
コタンコロカムイ kotankorkamuy：シマフクロウ
キムンカムイ kimunkamuy：クマ
エペレ eper：子グマ
万物を神と見做すアイヌでは、様々な動物をカムイと呼んで敬意を払います。伝承の中でも動物と人間の境界は曖昧で、大自然の地ならではの生命観に感心させられることも多いでしょう。特にクマに関する呼び方は多種多様で、カムイだけでクマを指す場合もあるほど。イヨマンテをするための子グマにも特別な呼び名があり、蝦夷最大の獣であるが故に畏れと敬いが同時に存在します。
呼びかけ
イランカラプテ irankarapte：挨拶
ヘー he：こんにちは
イヤイライケレ iyayraykere ありがとう
アプンノパイェヤン apunnopayeyan：さようなら（どうかご無事で）
メノコポ menokopo：少女、若い女性
カッケマッ katkemat：妻、淑女、身分の高い女性
ニシパ nispa：金持ち、旦那
アチャポ acapo：伯叔父
シットゥライヌ sitturayn：道に迷う
現在アイヌ語は琉球諸語と並んでユネスコの定める「危機に瀕する言語」に指定、消滅直前の「極めて深刻」の評価を受けています。現在母語として会話できる話者はごく僅かで、第一言語として修得できる環境は既に失われてしまいました。文化が何故消えかかっているのか、継承して行くにはどうすれば良いのか。多文化の世界を構築していくためにも、アイヌ文化に起きていることを受け止めるのが重要ではないでしょうか。
