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映画『グランツーリスモ』レビュー―実話と複雑なカーレースを誰もが楽しめるエンタメとして描いた、その代償は

「感動の実話」か。それとも「シリーズへのリスペクト」か。それとも……。

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映画『グランツーリスモ』レビュー―実話と複雑なカーレースを誰もが楽しめるエンタメとして描いた、その代償は
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本稿を読んでいるあなたが生粋のカーレースファンであったり、徹底したリアリズムを求めたり、ゲーム『グランツーリスモ』シリーズのファンであれば、この映画『グランツーリスモ』は、あなたが求めるであろう素晴らしい作品ではないかもしれません。山内和典氏へのリスペクトを存分に感じるオープニングから始まり、『グランツーリスモ』ファンであればお馴染みのあの曲、あのSEが鳴ります。ここで気分は最高にハイ。ですが、そこから先は『グランツーリスモ』ファンかどうかはあまり面白さには影響しないようです。

さて『グランツーリスモ』シリーズといえば、1997年に発売されたPlayStation用ソフト『グランツーリスモ』から始まり、PlayStation4 / 5用最新作の『グランツーリスモ 7』に至るまで、PlayStationというプラットフォームを代表する作品の一つとしてあり続けてきました。いわゆるアクション性を重視した作風ではなく、キャッチコピーでもある「リアルドライビングシミュレーター」の名の通り、実在の自動車の挙動を再現するというコンセプトで一世を風靡。車両のカスタマイズやセットアップなど、シミュレーターとしての側面だけではなく、「ドライビング&カーライフシミュレーター」としてのジャンルを確立しています。単なるレースゲームやシミュレーターではなく、それらの要素を融合し、進化させてきたのが、この『グランツーリスモ』というシリーズです。

そして、日産、プレイステーション、ポリフォニー・デジタルによって、2008年から2016年まで実施された『GT アカデミー』は、『グランツーリスモ』のトッププレイヤーへ現実のプロレースドライバーになるチャンスを与えるという前代未聞のチャレンジ。映画の主人公、ヤン・マーデンボローは、そんな『GTアカデミー』の2011年度ヨーロッパチャンピオンであり、その後、現実のプロレーサーとなって実績を積み重ねています。

撮影中のヤン・マーデンボロー選手本人

本作は、そんなマーデンボローの実話をベースとする映画であり、演じるのはアーチー・マデクウィ。マーデンボロー本人もスタントドライバー、共同プロデューサーという形で携わっています。監督は『第9地区』で知られるニール・ブロムカンプ。脚本にはザック・ベイリン、ジェイソン・ホールといった大物が並びます。

ニール・ブロムカンプ監督とマーデンボロー

今回、筆者は、2023年9月15日の全国公開予定に先駆け、本作の試写会に参加することができました。本稿では視聴後の感想・レビューを記します。

◆“感動の実話”というキャッチコピーは、やや誇張にも思える

ヤン・マーデンボロー役のアーチー・マデクウィ

とは言いつつ、“熱き者たちの感動の実話”というキャッチコピーは、“感動の実話をベースに、お決まりのハリウッド的展開を盛り込んだ脚色されたストーリー”を短縮したものです。「“ゲーム”と“シミュレーター”の違いを解説する主人公にも優しいヒロイン」「口の利き方を知らないボンボン息子のライバル」と、あまりに典型的な登場人物たちによって構成される物語は「感動の実話か。『グランツーリスモ』シリーズへのリスペクトか。それとも壮大な広告か」と、ただでさえ要素の区別が困難なこの映画が、いったい何を伝えたいのかを理解させるのに更なる足かせとなります。

本作は、かの有名な『グランツーリスモ』シリーズのタイトルをそのまま表題としつつも、「『グランツーリスモ』はなぜファンに愛され続けているのか?」という点を何も説明してくれません。そこにあるのは典型的な“負け犬”が夢を勝ち取る物語であり、さらに劇中で「『グランツーリスモ』はマジでスゴい。リアルなドライブシミュレーターだ」と登場人物たちが口を揃える光景は非常にマーケティングチックで、テンションをガタ落ちさせます。ただただ「スゴい」と言うだけで、「なぜスゴいのか?」については言及してくれないのです。

正直に言いますが、全体的なストーリーの流れは往年の銀幕の名作『トップガン』に近いものがあります。ですが、かの作品に於ける“Viper”の役を担う、デヴィッド・ハーバー演じるジャック・ソルターの存在感という点で決定的な差があります。現役から引退後、その過去の偉業に埃を被っていた伝説のレーサーが現場に復帰。厳しくも愛のある叱咤激励をし、若手のレーサーを育てるという典型的な指導者の役ですが、もはやソルターが主人公と言っても過言ではないほどの存在感。

ジャック・ソルター。劇中で一番ホットな男

というのも、劇中でGTアカデミー創設の中心人物となる野心的な日産幹部、ダニー・ムーア(オーランド・ブルーム)の存在感は薄く、他の登場人物で印象に残るのは、息子思いのヤンの父、スティーブ・マーデンボロー(ジャイモン・フンスー)ぐらいです。ヤンの母、レスリー・マーデンボローを演じるのは、かのスパイス・ガールズのオリジナルメンバーとして名を馳せたジェリ・ハリウェル・ホーマーですが、正直、印象に残りません。

ダニー・ムーア
ヤンと家族

ヤンのGTアカデミーの同期となるライバルも、実際にレースに移ってからのライバルも、まるでモブかのように描写されます。全体的に人物描写が薄い中で、“濃いキャラクター”であるソルターが、ムーアは元より、寡黙で口下手な主人公よりも目立つというわけ。とにかく熱いイケオジを摂取したい方にはオススメですが、全体的なバランスとして考えると…。

GTアカデミーのライバルたち

◆マニアにはどこか物足りず、では誰もが楽しめるか?と言われるとそうではない

序盤に繰り広げられる、シリーズでおなじみのミニゲーム(パイロン倒しなど)からインスピレーションを得たであろう、夜遊び後の警官からの逃避行シーンは冗談抜きに意味不明でしたが、レースシーンの迫力は素晴らしいものです。様々な撮影方法を駆使し、マシンの動きとドライバーの表情を刻々と捉え、レース中の俯瞰とドライバーのマクロな視点を綺麗に融合しています。時折挟まれるマシンの内部機構も、臨場感を引き立たせるのに一役買っています。ゲーム『グランツーリスモ』のゲーム内を彷彿とさせる描写によって、レース中の順位が分かりやすいのもポイント。刻々と移り変わる状況を視覚的に捉えやすいのです。

また、ゲームとしての『グランツーリスモ』だけでなく、実際の車やレースに興味がない、知らないといった層でも楽しめる作りにしていることは明らかでした。専門用語も出てきますし、筆者の友人にも「フェード現象ってなに?」という人間は大勢いますが、「車って走るものだよね。それで競争してるんだよね」ぐらいの認識さえあれば、本作は楽しめる作りになっています。史実とは異なる場面が多くあり、『グランツーリスモ』ファン、カーファン、レースファンからするとツッコミどころがあるのは事実ですが、ここは完全にエンターテイメントとして割り切った作りです。

ただし、『NISMO』が分かる観客はそう多くないでしょう。筆者は上映後、同じく試写会に参加していた他の参加者の方と軽い立ち話をしたのですが、「NI“SMO”とGRAN TURI“SMO”って何か共通点があるんですか?」と聞かれたりしました。確かに同じ“SMO”です。画面の至るところに出現する『NISMO』が一体なんなのかを理解している観客は多くありません。チーム?スポンサー?それとも謎の秘密結社?この辺りは劇中での説明不足でしよう。

こうして、カーマニアからは「なんか物足りないなぁ」と感じ取られてしまい、マニアではないものの、映画の細かい部分をよく観察している人からは疑問が飛びます。ここは非常に勿体ないと感じました。こうして「マニアでなくても楽しめるように意図的に減らされた情報量」と前述の典型的なストーリーがあわさり、結果として「観ていて疲れないけど、観終わった後の手応えも少ない」という作風になっているのです。

◆総評

この映画『グランツーリスモ』は、劇中のように健気で素敵なガールフレンドができることは残念ながら保証してくれません。リアルドライビングシミュレーターの映画という雰囲気よりは、『ニード・フォー・スピード』の映画という雰囲気があり、『グランツーリスモ』というタイトルを冠する意味、感動の実話とシビアなレースという要素を、誰でも楽しめるエンターテイメントとして描くという目論見は、完全には成立しなかったと感じます。

結果、筆者個人として本作最大の見どころは、実車に拘った豪勢なカーアクションを差し置いてでも、「典型的な指導者という役を完璧に演じきってみせ、更にはインパクトも残したデヴィッド・ハーバーである」という結論に至らざるを得ません。試写会での上映後、感動のあまり泣いている人もいれば、何とも言えない顔を浮かべる人もいました。本作は、個人の思想や受け止め方が評価に大きく直結すると言えそうです。

ただし、本作には「やっぱりクルマっていいな」と思わせる力があるのも、また事実です。そこにクルマがあって、走っているだけでも、なんかカッコいい。行きと帰りで、街を走るクルマが同じクルマでも違うクルマに見える。そうした体験を一人でも観客に提供できるのなら、本作の存在意義は果たされたと言ってよいでしょう。

映画『グランツーリスモ』は2023年9月15日より全国劇場にて上映中です。



ライター:Game*Spark
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