道路を覆う濁った水、潮の跡が染みついた建物、人気の消えた路地。その先には、半ば水没した1920年代の街並みが広がっています。
2026年8月18日にFrogwaresから発売された『The Sinking City 2』は、かのH・P・ラヴクラフト作品の世界観をモチーフとした三人称視点のサバイバルホラーです。舞台はアメリカの架空都市「アーカム」で、前作『The Sinking City』と同じ1920年代・同一世界を共有しながらも、主人公と物語、そしてゲームシステムを一新させた話題作です。

本作で特に印象的なのは、「アーカムの街」そのものにあります。原典のクトゥルフ神話にも登場する「アーカム」は、本作では超自然的な洪水によって水没し、異形の存在が徘徊する廃墟として描かれています。

本稿では、なぜこの「水没都市アーカム」がこれほど異様で恐ろしいと感じるのか?「インスマウスの影」など、ラヴクラフトが残した物語の断片を頼りに、その理由と本作の魅力を考察していきます。
◆水没都市アーカムはなぜ怖いのか

『The Sinking City 2』のアーカムにおいて、異様なのは「街が水没して機能していない」ことです。
主人公カルヴィンは、町中が浸水しているため徒歩ではなく小舟で移動します。建物の玄関先まで水が迫り、交差点は水路へ変貌。
やがて水門に行く手を阻まれると、いったん舟を降り、周囲の建物へ侵入して電源を復旧させなければなりません。つまり洪水は背景ではなく、探索ルートそのものを壊し、プレイヤーを危険な屋内へ追い込む仕掛けになっているのです。


もうひとつ異様なのは、アーカムにはつい最近まで人が暮らしていた痕跡が残っていること。家具の置かれたアパート、商品が残るラジオ店、掲示物や生活用品……けれども、肝心の住人はほとんど見当たらずほぼ無人の状態です。
前作『The Sinking City』のオークモントでは災害の中でも市民が生活していたのに対し、アーカムはすでに大部分が呑み込まれ、完全に放棄された街であるというのは、ゲーム中の資料や元住民の日記から窺えます。

完全な廃墟なら「死んだ場所」と割り切れますが、日常の形だけを残して人間だけが抜け落ちている。その空白を埋めるように異形の怪物たちが徘徊していて、「元々存在した人間」の欠落がいっそうアーカムの街を不気味に見せているわけです。

さらに言えば、水の上を進んでいる間、視線より下はほとんど見えません。道だった場所の深さすらわからず、建物の入口も水面ぎりぎり。
地上なら「曲がり角の先に敵がいるかもしれない」で済むところが、水没都市では自分の真下に何がいるのかさえ把握できない不穏さ、得体の知れなさが恐怖を生んでいるのでしょう。

かつて人間のものだった都市が、少しずつ“人間ではない何か”の領域へ変わっていく。本作が描いた恐怖の正体はそこにはっきり表れているのではないか。
水没したアーカムで最初に警戒すべき怪物は、異形のクリーチャーではなく、もはや安全な場所を示してくれなくなった「街そのもの」なのかも知れません。

◆「インスマウスの影」から「ダニッチの怪」へ─原典を再構築した怪物たち

『The Sinking City 2』では、ラヴクラフト作品に登場する怪物や神々が、ゲーム独自の形でアーカムへ取り込まれているのが特徴です。
その代表が「深きもの(Deep Ones)」です。元ネタとなる「インスマウスの影」(1936年発行)では、荒廃した港町インスマウスと、海中に棲む異形の種族との恐るべき関係が描かれます。
深きものは魚類や両生類を思わせる頭部や鰓、水かきなどを持ち、人間との間に子孫を残すことも可能。その血を引く者は成長するにつれて人間離れした姿へ変わり、やがて海へ帰っていきます。

本作には、そんな深きものが「ディープワンレイダー」というボス敵として登場。水辺から姿を現し、素早く距離を詰めてくる強敵です。
本来彼らと強く結びつく土地はインスマウスですが、その海洋的恐怖を、水没したアーカムに移植しています。これによって街を覆う水そのものが、海の向こうに存在する“人間ではない世界”への入口として感じられるのです。

一方、本作には原典に存在しない怪物も登場します。そのひとつが「スリザー」と呼ばれる深海性の寄生生物で、人間の死体に寄生し、群体となってそれを操る不気味な存在です。
さらに公式設定では、彼らはラヴクラフト神話で重要な存在である「ヨグ=ソトース」に仕えているとされています。

ヨグ=ソトースは「ダニッチの怪(またはダンウイッチの怪)」(1929年発行)の核心に関わる存在です。同作ではウィルバー・ウェイトリーがミスカトニック大学の「ネクロノミコン」から、その力に関する知識を得ようとします。
つまり本作は、深きもののような原典の怪物をそのまま登場させる一方、ヨグ=ソトースの設定を利用してスリザーのような新たな怪異も作り出しているのです。

ラヴクラフト作品をただ再現するのではなく、その神話体系を材料として新しい恐怖を生み出す。この大胆なアレンジこそ、『The Sinking City 2』のアーカムが単なる“クトゥルフ神話のテーマパーク”に終わらない理由なのでしょう。
◆街中に散りばめられたラヴクラフト作品へのオマージュ

『The Sinking City 2』では、怪物だけでなく、ゲーム中に拾える資料や建物の名前、看板などにもラヴクラフト作品への引用が大量に仕込まれています。
まず序盤で入手できる資料「仮面について」には、なんとウォルター・ギルマンの名が登場します。ギルマンは「魔女の家の夢」(1933年発行)の主人公で、ミスカトニック大学で数学を学び、「非ユークリッド幾何学」や量子物理学と魔術との繋がりを追究した人物です。ゲームの資料でもギルマンと非ユークリッド数学への言及があり、かなり直接的なオマージュとなっています。

そのミスカトニック大学も、序盤からマップ上の重要地点になります。水没した図書館には立入制限区域があり、「禁書区画の目録」という資料も登場します。
原典でも同大学図書館には「ネクロノミコン」をはじめとする禁書が厳重に保管されており、「魔女の家の夢」ではギルマンがそこで禁断の知識へ近づいていきました。ゲームでは、その「知ってはいけない本が眠る大学」を実際に探索できるわけです。

地名にもニヤリとするものがあります。「Devil's Reef Hotel」の名は、「インスマウスの影」に登場する“悪魔の岩礁(Devil Reef)”をほぼそのまま引用したもの。原典ではインスマウス沖にある黒い岩礁で、住民や「深きもの」が出入りしていると噂される忌まわしい場所でした。

さらに印刷所には「Whispers from Yuggoth」というポスターも登場。この「Yuggoth(ユゴス)」とは「闇に囁くもの」(1931年発行)でミ=ゴ(地球外生命体)と結びつく惑星であり、ラヴクラフト自身の連作詩「Fungi from Yuggoth(ユゴスよりの菌類)」のタイトルにも使われています。

魚市場では「Pickman's Fine Fishes」という店名まで登場します。“Pickman”と聞けば、「ピックマンのモデル」(1926年発行)の画家リチャード・アプトン・ピックマンを思い出さずにはいられません。

こうして見ると、本作におけるアーカムという場所は、単に「クトゥルフ神話を参照した街」ではないことが分かります。
看板一枚、資料一枚、建物の名前に至るまで、ラヴクラフト作品の固有名詞や人物、事件を繋ぎ合わせて作られた巨大な“元ネタ集”になっているのです。
原典を知っているほど、探索そのものが新しい発見へ変わっていき、体験する恐怖も倍増していく。これこそが水没したアーカムならではの面白さであり、ひいては『The Sinking City 2』という作品の唯一無二の魅力であるのだと思います。

『The Sinking City 2』は、PC(Steam, Epic Games Store, GOG.com)/PS5/Xbox Series X|S向けに発売中です。












