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【JGMレポート 2】日本ゲーム博物館館長 辻哲朗氏インタビュー(前編) − JGMの背景とスタンス

第1弾レポートに引き続き、日本ゲーム博物館(以下JGM)の館長を務める辻哲朗氏へのインタビューの模様をお伝えします。JGMは80年代から90年台半ばくらいまでのアーケードシーンにあった、エレメカ・ピンボール・大型筐体などをプレイアブルな形でところ狭しと公開してい

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第1弾レポートに引き続き、日本ゲーム博物館(以下JGM)の館長を務める辻哲朗氏へのインタビューの模様をお伝えします。JGMは80年代から90年台半ばくらいまでのアーケードシーンにあった、エレメカ・ピンボール・大型筐体などをプレイアブルな形でところ狭しと公開している施設です。詳細は最初のレポートをごらんください。

まさにキュレーターと呼ぶべき辻様はもうすぐ56歳。貴重なレストア業務のさなか、お時間を頂戴しました。それではどうぞ。

◆◆◆ ◆◆◆ ◆◆◆

[ 辻氏は『ラピッドリバー』オール型駆動部分のメンテナンス(というよりも工作)中でした。とりあえずきりの良いところまで雑談を交えつつ待機することに ]

――公式Twitterで拝見した『ハングオン』の修理光景、あれは強烈なインパクトがありました。ほとんど新しいものを創っているような状態でしたが。

あれはもう丸々修理する形でした。てっぺんから下まで全部触りましたね。

――今なさっている作業は、『ラピッドリバー』のものですよね?

そのとおり。コントローラーにあたるオールのガイドであるゴムリングが削られて欠損していたのです。欠損部に引っかかることでアナログセンサーが不具合をおこし、エラーを起こすんです。「逆に漕いでいる」と認識し始めるんですね。まあ、たぶんそこだと思って修理しているのですが、ダメなら別の方法を考えます。いずれにせよ両側ともリングが摩耗していましたから、それは直さないとなりません。

いま日本ではあまりみかけないものの、まだアメリカなんかだと使われる手法なのですが、タイヤのトレッドが摩耗したとき、もう1枚ゴムをかけて、2度3度と使いまわすんです。それと同じ理屈ですかね。

[ ここでひとまず作業がきりのいいところに到達。じっくりとお話するモードに]

――『ハングオン』の修理っぷりといい、バイクがお好きですか?

バイクの免許は明日から取りに行くんですよ(笑) ハングオンやっていたらあんまりにも面白いもんで、実際のバイクにも乗ろうかなと。

――そんな (笑)

じつはこの『ラピッドリバー』の修理も予想外だったんです。ユニットを外す予定はなかったんです。あそこのポッド、ボリュームだけ(写真参照)替えようと思っていたんですが、開けてみたらゴムが欠損していてね、どっちみち直さなければならないので急遽下ろしたんです。こういうことをしているからどんどんスケジュールが後ろ倒しになってしまいます。もう終わってなければならないことがたくさんあります。思ったよりも早く直ったということは少ないです。

――『ラピッドリバー』もゴールデンウィーク中に動くか動かないかといったお話でした。この問題が発覚したから、ということですね。

まずモニタを付け替えてプレイしてみたんです。そして漕いでみたら途中でいきなり反転するんです。その理由を突き止めていったら、多分そこだろうと。いわゆるアナログセンサー、可変抵抗器です。体感機にはほとんどついているものなのですが、壊れていないケースはほぼありませんね。さらに、予想していなかったパーツの欠損がさらにあったのです。それがこのリング。

ゲーム・ザ・DIY。

――ではここまでの大手術をされることはあまりない?

いや、しますよ。それぞれ勝手が違うだけです。今回のもの(『ラピッドリバー』)は対象がゴムですが、プラスチックのこともあるし、電子回路のこともある。その時々によって違いますね。

先ほど話題が出た『ハングオン』なんかは、開けたら基板まわりがネズミのフンだらけになっていたので、チップの脚まですべて洗浄したりしましたし。しかし、そこまでやっても動作がどうしても不安定なんです。結局、ボードをアメリカから探して輸入して、日本のものにROMを乗せ変えたんです。これで一応CPUは動くようになりました。

すると今度はモニタがイカれてね。Twitterにも書いたんですが、一度液晶パネルに載せ替えたんです。これはマズくはなくって、GWはその状態でやり過ごしました。その間にモニタの基板修理があがりました。

液晶にしてみると、たしかにすごく軽くなるんですよ。乗っていて操作はしやすくなります。ですが、色がブラウン管と液晶でぜんぜん違うんです。それに、追従性の問題がありました。今時の製品はその点をクリアしているものが多いのですが、アスペクト比の問題があります。液晶にしろブラウン管にしろ4:3のものはほとんど売っておらず、ワイドばかりになっています。4:3で液晶で速いという商品はまあ、ありません。実際にプレイしてみたのですが、違和感が強くて結局ブラウン管に戻しました。

結果、一番上のモニタから基板の下から、駆動部分、スプリングとかアブソーバーとかも全部オーバーホールしてグリスアップして、となりました。

――もはやニコイチとかいった生ぬるいレベルではありません。

でも、みんなそうですよ。全部そうやって手をかけることによって機械に対する理解が深まるんです。次になにかあったときに「あそこだな」と予想がつきます。今の『レイブレーサー』もそうです(注:5月21日時点で復旧済み)。最初来た時1台しか点かなかったモニタが、なぜか4台点くようになって、また突然全部ダメになりました。

――それの原因や筐体の不具合は突き止められましたか?

はっきりしています。モニター基板が悪いのと、ハンドルのセンターずれ、あとはアンプがおかしいかもしれない。左チャンネルが鳴っていないので。結局そうやるとI/OからCPUから全部手をつけていかなければいけません。そのほうが面白いですけどね。

――果てしない感じですね。

そう。でも、手がかかったやつほど印象に残っていますし、次なにかあった時にすぐ触れる。案外、何の不具合もなく入荷してきたものには知識がなかったり、なにより愛着がわかなかったりします。まあ、調子のいいまま入ってきてそのまま不具合が起きないというケースはほぼありませんが。 


――今、「知識」の話が出ましたが、こうした修理技術は、通常のゲームセンターの店員などの水準をはるかに超えています。こういった技術はどこで学ばれたのですか? それとも、なにかバックボーンがおありなのでしょうか?

今、本業は運送屋なんです。運輸倉庫業。会社に入ったときは修理工で入ったんです。車の修理をやっていました。たとえば外装関係ならエンジンもやりましたし、板金塗装みたいなこともやりました。

その前のバックボーンというと、中学生の頃のラジオ好き。アマチュア無線とかをやったりしていました。そのへんで電気回路の基礎を学びました。

青春時代は第一次マイコンブームでした。評価キットを買ってきて、自分で組み立てたりもしました。コンピューター関係は、そういう少年時代のラジオ、無線、コンピューター好きに端を発しています。

中学校高校のころに『インベーダー』が流行りました。でも、当時はがっつりプレイするほどの財力がありませんでした。実際にゲームをプレイしていたのは『ゼビウス』くらいまでです。「『ゼビウス』すごいな!」と遊んだあとは、ゲームそのものよりもコンピューターのプログラムに興味を持って、プログラミングばかりやっていました。

――それはアマチュアで?

そうです。それから、商売にしました。パソコンの販売とかもやっていましたし。第一次マイコンブームのときに、TK-80で機械語を触ったりもしました。

そのときはあまり突っ込まなかったのですが、それから運送屋に入り、修理工を始めました。修理が車のレストアだったんです。ボロの車を買ってきては直して板金塗装して乗るということをずっとやっていまして。

若いころでしたが、車の修理は外でやるので暑かったり寒かったりして大変でした。それに広い場所も必要です。それでも機械いじりが好きなのには変わりがありませんでした。そうして、車のレストアからジュークボックスのレストアに趣味が変わったんです。

――それが2階にあるジュークボックス群と。

そう。しかしやってはみたのですが、ジュークボックスというのは複数台直した所でプレイできるのは1台だけです。みんなで楽しむことはできません。そこで、今いる横井君(第1弾レポートでカウンターの奥にいらっしゃった方)が、「ピンボールやりませんか」ときたんです。ではピンボールをやってみようか、となりました。ピンボールなら10台直せば10台ともみんなで同時に楽しめますから。

車からジュークボックスになり、そこからピンボールになり、ピンボール博物館を始めました。これが2年前のことです。

――わりと最近なのですね。

そうです。ピンボール博物館を1年くらい続けたところ、遠方から足を運んでくださるお客様もいらっしゃるのですが、なにしろピンボーラーは絶対数が少ないのが問題になりました。

その過程で、まあピンボールを並べているのですから「レトロゲームなんかいかがでしょう?」という声がかかるわけです。自分も懐かしいものがあったので、徐々に買い集めていました。そんなに数はありませんでしたけどね。

2年目に入る前にピンボール博物館にするよりゲーム博物館にしたほうがたくさんの人が来てくれるのではないかとなって、一気に改装しました。買いだめてあった基板も投入して、「ゲーム博物館」としてオープンしました。それが去年(2012年11月)のことです。

――2階に重ねて置かれてあったテーブル筐体がその片鱗と。

あれもそうですけどね。みなさんに「集めるのにどれくらいの時間がかかったんですか?」と聞かれても、全部2年以内ですよ(笑) 去年の11月にゲーム博物館に変えたときはエレメカ機が主軸だったのですが、ビデオゲームがなくて寂しいという意見が多かったのと、もう1つはやはり来ていただける年齢層を広げたいという思惑がありました。ご家族でご来館され、お子様からおじいさんまで遊べるようにしたいな、と。

体感筐体とかビデオゲームを集め始めたのは今年からですよ。

――今年から!? 2013年からですか!?

そうですよ(あっさり)。体感ゲームをやりはじめたのはここ2,3ヶ月です。

――私の勝手なイメージでは、昔から手がけていらっしゃったのかと。

大型体感ゲームはすべて今年に入ってからです。エレメカ機はピンボールと同じくぼちぼち集めていましたが。ピンボールは今160台くらいありますけれど、これも1年半で集めました。この道10年とか、そういうわけではないです(笑)


――ピンボールはデジタルものと同じく部品の物理的な摩耗がありますが、そういったものも当然レストアされるのですよね。

しますね。始めて2年でピンボール50台、ゲーム50台をレストアして、動かないものを動くようにしました。2年で100台というところでしょうか。

――アメリカでしたらまだピンボール文化が根強いですから、パーツなどの入手は容易でしょうが、国内だとそうはいかないと思います。そのあたりはいかがでしょうか?

全部海外輸入です。

――こういった『ラピッドリバー』の修理に使われているような、たとえば車の材料に使われているようなものであれば、なんとか国内でも調達できると。

(嘆息) ピンボールもそうだしレトロゲームもそうですが、海外製のものはパーツ、マニュアル、配線図すべて揃います。日本製のやつが困るんです。何もない。ジュークボックスでも同じです。アメリカのロッコーラーやシーバーグといった、アメリカのジュークボックスメーカーはパーツでも配線図でも全部手に入るんですよ。ピンボールもそう。何十年前のものでも全部手に入ります。注文すれば3日くらいで飛んできます。

問題は、たとえばジュークボックスだとコロンビアとビクターが日本製ありますけれど、資料も何もないです。問い合わせても返事もきません。ゲームも、タイトー、セガ、ナムコ、いろいろありますけれど、ここ5年くらいのものならば(配線図などが)あるかもしれませんが、10年前となると絶対にないです。最初のころは問い合わせて「ありませんか?」と聞いていましたが、もう最近はそれすらしません。ないのがわかりきっていますから。

これ(『ラピッドリバー』)なんかが典型ですよ。ゴムリングも新品があれば、ただ換装するだけのことです。それがないから、こうやって自力でどうにかしなければならないのです。

文化の違いだと思うんですが、車も同様なのです。先ほど申し上げたとおり昔は車をいじっていたのですが、愛車はイギリスのロータスでした。たとえばヨーロッパだと40年くらい前の車もシャーシまで新品で買えますからね。日本はそうはいかない。日本は創ったものを捨てて忘れる文化なのかな、とすら思います。欧米は大事にしますよ。

たとえば、ここにあるセガやタイトーの体感ゲームは、日本に1台しかないだろうと思われるものもいくつかあります。ところが、アメリカに行けばあるんです。日本で創られて、日本から出て行き、アメリカで延命され生き延び、しかし日本では絶滅しているという状況があります。

JGMをやっている理由・使命の1つが、日本でできたゲームを日本で長く保存する、ということです。たとえばセガのピンボール、EM機で9台出ているうちの8台はJGMにありますが、ここ以外にはおそらくありません。国産のセガのピンボールは絶滅しているのです。

――おお……。まさに博物館なのですね。

どれだけ長く生きながらえさせられるかはわかりませんが、少しでも長くと考えています。逆に、アメリカに多く存在するものであれば自分がやる理由は感じません。

それと、基板系について。アーケードゲーム基板も私も百枚単位で持っています。しかし、それをJGMに並べる気は今のところありません。基板屋にいけばたくさんありますし、コレクターもいますし、他に基板中心でやっている博物館もあります。

ここは土地代が安いという地の利があります。ですから、JGMの使命は、なるべくかさばって日本で残しにくい作品を残していくことです。どの業者に聞いても、「大型筐体は持ってられない」と言いますから。

――保管コストが相当かかりますからね。

そうなんです。だから早々に絶滅しちゃうんです。しかも、みなさん結局基板だけ取って筐体を放棄しちゃうんで、基板だけ残っていて専用筐体が無いという事態になったりしています。


――映写部分がダメになっていったりもしますね(画面焼けなど)

実体がなければ楽しめないものを中心にやっていこうかなと。こういうこと言っていいのかわかりませんが、基板だけで遊べるゲームというのはエミュレーターという解決策もあるのです。たとえばn in 1 みたいなものがあるでしょう。ああいうものをプレイしたときに、リアルの基板とエミュレーター基板とで、本質的に違いがあるのか? という疑問がわくのです。基板を保存するのが重要なのか、ゲームの実体を保存するのが重要なのか、という問いかけですね。私は、エミュレーターでも延命できればいいと考えています。

基板って、どう考えても永遠ではないですよね。オリジナルが10年後20年後残っている保証はありません。50年100年後に残そうと思えば、ソフトを吸い上げておいてエミュレーターで動かせるなら、「100年前こんなゲームがあったのか」と残せるわけです。

――おっしゃるとおりで、現状家庭用コンソール機でリリースされている作品の一部はエミュレーションで動作しています。

そう。ですから、エミュレーターの中に入るようなものを展示してもしかたないと思っています。「基板に手を出すつもりがない」というのはそういうことです。3000タイトルやら4000タイトルやらが基板1枚に入るようなものを、ここのような博物館で展示する理由はありません。JGMに来ていただいて、自宅でできない体験をしてもらいたいのです。

ピンボールがその最たる例です。ピンボールを実体でやるのと、ビデオゲームでやるのは全然違います。JGMに保存しているゲームも、自宅のテレビにゲーム機をつないでも味わえないもの以外やりたくないなと考えています。

――私も高校生のころゲーセン通いしていたとき、あまりビデオゲームではなく大型筐体を中心にプレイしていました。とくにガンシューティングが大好きでした。JGMにあるものでしたら『プロップサイクル』や『QUICK & CRUSH』などですね。

結局、今家庭用ゲーム機が性能が上がりきってしまっているのです。映像面もハイビジョンでワイド化しており、「自宅でやったほうがいいんじゃない?」となりがちです。テレビも安いですし。

でも、こういうもの(『ラピッドリバー』のオールを指さしながら)は家に持ち込めないでしょう。たとえば体感筐体は400kgやら500kgくらいあります。とてもではありませんが個人で自宅に導入できるようなものではありません。まず運ぶことすらできないでしょう。

その点、私は本業が運送屋です。ですから、日本全国に体感筐体を自前のトラックで集めにいきます。たぶん、個人ではこれだけ集められないでしょう。仮に集めるとしてもすごい費用がかかるでしょうね。宅配便で送ってくれるサイズではないですから。全部チャーターでパワーゲートなど特殊車両を持ってこないと引き上げられません。

そういう点を踏まえて、もしくは日本では早くなくなってしまう危険性があるものを保存したいですね。まあ、『ラピッドリバー』はわりと人気があって残っているようですが。

――しかし、こういった物理的な負荷が大きいようなものは、おっしゃるような「ゲームの保存」という観点ではどんどん劣化が激しくなるでしょう。

そうですね。故障すれば保管が邪魔で廃棄、となりがちです。

私は、大型筐体が「在る」だけではダメだと考えています。完璧な状態で動作しなければ意味が無いということです。JGMがほかの博物館と違う大きな点は、静止物を見て理解できるわけではないということです。動いて、プレイして、はじめて伝わるのです。

まだ動いていないものもたくさんありますが、完動状態にするというのが重要です。『ラピッドリバー』もそうです。この状態でも動かそうと思えば、通電させれば画面はつきますし、オールを漕げばなんとなく動いているような感じはします。しかし、これは動いているとはいえません。やはり新品と同じ状態でゲームができて、はじめて「動いている」といえるのです。

――すさまじいミッションです。

でも、数が増えてくると直すそばから壊れるね(笑) 数としてはそろそろ限界かなと思います。

――個人または数名で回されるのにはさすがに限界があると。物理的な限界もあるでしょう

あります。入らないし、メンテもできません。直すほうもやりたいのですが、壊れるほうがどんどん出てくるので、先に進めなくなってしまっています。これくらいの台数を維持していくしかないかな、という印象です。

――では、今ある筐体を入れ替えということになった場合、バックヤードがあるのですか?

そうですね。近くにコンテナがまずあります。そして私は運輸倉庫業ですので、2万坪ほどの倉庫もあります。ですから、ゲームの100台や200台くらいなら入れても問題ないですね。

――おお……。すべてが噛み合っているように思えます。

そうですね。だからちょうど神様が使命でも与えてくれたのかなと。

すべての歯車が回っています。


――じつは最初にまずお伺いしようと思っていたのですが、話の流れ的に今お聞きしますと、JGMはいったいどうやって成り立っているのでしょうか?

私のポケットマネーで成り立っています。

――ということになるわけですよね。この「博物館」という名前や立地からして市営だったり三セクだったりするのかと推測していたのですが、そうではないと。あくまでも個人によるゲームへの愛情と。

そう、愛情。でも、先ほども言いましたがゲームを現役でやっていたのは『ゼビウス』までです。そこから先はコンピューターソフト・ハードの方にいってしまっています。

ちょっと話が飛びますが、私は人生が一回しかないと考え、いろいろとテーマを変えてきました。JGM以前はキャンプ場をやっていました。ここから10分くらいのところです。今も続いています。その前やっていたのは1995年くらいから、ホームページデザイン会社を2社、名古屋と岐阜で運営しました。

二十歳頃の青春時代に第一次マイコンブームが到来しました。だから、アスキーの西和彦氏や、ビル・ゲイツ氏らと同世代なんですよ。その時、少しだけ手を付けましたが、本格的にはやらず、波に乗ったといえないまま運送屋になりました。

1995年にインターネットが本格化したときに、「またきたか!」と感じました。今度こそ波に乗りたい、と。それでWeb関係について5年くらい毎日寝る間を惜しんで勉強しました。そして立ち上げた会社が2つです。ソフトもハードもやっていました。台湾からマザーボードを輸入してサーバーを組み立ててソフトをインストールして売る、とかね。

その会社がある程度軌道に乗ったので、後進に任せ、しばらく休みました。デジタル疲れしたんですね。それで、9年くらい前にキャンプ場を始めたのです。3年くらいやっていました。そちらも軌道に乗って、「次にこれをやらないか」と言われたのです。

じつはこの建物は私の父親が建てたのです。「世界の時計・オルゴール博物館」という名前でした。2階にあったものがそれです。しかし、全然採算があいませんし、お客さんも来ません。そこで、4年くらい前に父親から「俺はもう歳だからお前に任せる」と言われましてね。私は任されたくなかったんですけどね(笑)

何をやってもいいという話だったので、どういう展開にしようかなと考えて行き着いたところが今なのです。

いろいろやってみましたが、山の中、何もない、交通も不便なところにわざわざ足を運んでくれるものとはなにか、と考えて試してみたところ、ピンボールやゲームならお客さんが来てくれるのです。全国からね。関東関西はあたりまえ、海外からも来てくれます。

よほど引力の強いことをやらねばならないと、考えて始めたのがピンボールです。私、正直言って最初ピンボールのことをあまり知らなかったんです。しかしやってみたところとても面白い。自分も楽しみながらやっていたのですが、あるとき「ピンボールよりもレトロゲーム全般にしたほうがお客さんの範囲広いよ」と言われて、今年になってから一斉に集めました。

正直言って、私はゲーマーではありません。キャンプ好きのアウトドア派というわけでもありません。自分自身がキャンプすることも稀です(笑)

ゲームも、みな「懐かしい!」と感想をくださいますが、私が懐かしいと思うのは『ゼビウス』で終わっています。それ以外はすべて初体験です。ピンボールもこの歳になって初めてやってみて、面白かったのです。『レイブレーサー』だってそうです。「こんな面白いものが!」と今やっても思います。

――今、本当に新鮮な気持ちでプレイしてみて面白いと思えるものを自分で直してプレイする、そしてそれを博物館に並べると。

本当に面白いですよ。逆に、面白くないものはやってもしかたがないかなと。


――素晴らしいです。そういった動機だったのですね。なんだか、真逆のイメージを持っていました。思い入れのあるゲームを入れていらっしゃるのかなと。

全然思い入れはないです。初めてのものばかりです。そして、直すほうについては先ほどもあったように、車の修理やアマチュア無線、コンピューター関係などなど、人生55年の集大成です。その知識をすべて傾けています。

たとえば、「あ、これ(『ラピッドリバー』のリング)中で割れてる」と発見した時に考えます。「これ何を使えばいいのか?」と。そこで、運送屋をやっておりますから、「タイヤ減ったら新しく張り替えるな」と、そして再生タイヤという結論に到達するのです。ケースはいろいろですが、今までの人生に照らし合わせて挑戦します。今まで修理してきた100台ほど、すべて諦めていません。全部動くようにしました。

これで直す。


――『ハングオン』のブレーキ周りの修理のツイートは最高でした。そりゃあウケますよ。

手段を選んでいません。たぶん、ゲーム屋に「セガのハングオンのブレーキありませんか」と聞けば「在庫ありません」で終わります。プロというのは得てしてそういうものです。できないものはできないと言ってしまいます。私はプロではないので、何をしてでも動かす心づもりであり、私の「ゲーム」みたいなものです。直している間も楽しいし、電気がついて動いた瞬間は感動しますし、それをお客さんが楽しんでくれれば3度おいしいです。

――なるほど。たしかに、たとえば『ラピッドリバー』のレストアは、やろうと思う人もそれができる人も、世界中探してもそうそういないでしょう。

そう。だから機能不全に陥って廃棄されてしまうのです。その点アメリカ人はえらいですね。DIYの精神というんでしょうか、自分で直すという文化があるから生き残るのです。

いかにして処するか。


今、レストアをしているわけですが、これは今までの人生の知識の集大成なのです。そうしたテーマで聞かれるということで、自分なりにちょっと考えてみたのです。重要なのは3つあります。

1つ目が、「絶対に直すと思ったら諦めない」です。これがダメなら次にあれ、とやっていったらいつかは直ります。

2つ目、どうして直せるかという点については、もちろん今までのバックボーンもあるのですが、「インターネット」です。これ(『ラピッドリバー』)はたまたま自分の知識だけでやっていますが、そうはいかないこともあります。私はそれほど英語ができるわけではありませんが、全部英文で検索をかけるんです。そうすればたいていは求めていた答えがヒットします。ピンボールなんかはとくにそうです。たとえば、先週三重県の『ゲッタウェイ』が入っていたのですが、それもスイッチマトリクスに不具合がありました。なんともならなかったったのですが、検索したら同じ苦労をしている人の体験記にたどり着きます。それを元にして再チャレンジする、というのを2,3度繰り返します。そうして直しています。

知識を形にする。


ピンボールを直すにあたり、すべてマニュアルをダウンロードします。車にもいつもマニュアルを持ち込みます。食事のときでも読んでいます。次にやる修理の知識を徹底的に頭に入れるのです。トラブルが起きた時に自分で解決できない場合、どういうトラブルなのかを簡単な英語にして検索する。そうしてノウハウを手に入れて、を繰り返して直します。たぶんインターネットがなければスピードは半分くらいしか出ませんね。

――たしかにピンボールはマニュアルがあるイメージがあります。

The Internet Pinball Machine Databaseにいけば全部ありますよ。ROMデータもダウンロードできますから、ROMライターがあれば全部復活できます。

インターネットは知識の泉です。プロに聞いても「ダメ」となるところでも、インターネットを調べれば部品も修理方法も出ています。

――アマチュアであるがゆえに幅広い、と。

そうですね。そして、今自分の子供にも教えるのですが、「これからは英語だぞ」と。1995年のインターネットブームで会社を創ったときにも思ったのですが、インターネットは無限の辞書であるわけです。しかし、日本語でしか検索できなかったら、その情報の5%ほどにしかアクセスできません。一方、英語であれば8割くらいに到達できるのではないでしょうか。英語はほかの言語と併記されますから、無限の知識へアクセスする取っ掛かりになるのです。

3つ目は、「知らないことを勉強する」です。自分の過去に知識を蓄えていないとあっさり難しいだとかできないだとか言ってしまいがちですが、それはよろしくない。今はタツミの3面マルチ筐体『TX-1』をレストアしているのですが、作業をやっていたら基板が1枚足りないんです。ディスプレイを3つ出しているのですが、同期信号を書き換える信号がじつは1個しかなくて、それを3分割するボードがあったはずなのですが、それがどこかで紛失されたようなのです。さらに4チャンネルのアンプもありませんでした。

アンプ4つは100均でそろえたからいいとして、問題は基板の方。諦めたらおしまいです。よく見たら回路図にはチップの番号が書いてあるのです。チップを調べたところ、現状の私の知識が及ばないとわかりました。ならば、TTL関連の書籍を買ってきて読めばいいのです。そうすると、実際には基板の動作自体がそう複雑なものではないことがあきらかになりました。そこでヤフオクでチップを買って、ユニバーサル基板にチップを設置して、自作しました。

ダメだと思ってはいけません。自分にない知識はインターネットでもなんでもそうですが、そこから学べばいいのです。YouTubeだって便利ですよ。モニターを最初に外すとき、2万5000ボルトとかあって、死ぬだとか書いてあるわけです。でもYouTubeを見てみたらゲーム屋のおっさんが普通にやってるわけです。「ここはビリッと来るぞ」とかいいながらね。それを参考にしながら最初やってみたら上手くいったのです。

マイナスドライバーの長いやつとアース線をアノードキャップに突っ込んで電圧解除するのですが、それを「できない」と言ってしまえば、モニタは降ろせません。できないならば学べばよろしい。一度やってしまえばモニタなんていくらでも降ろせますから。TTLもそうです。ビデオ信号分割する回路がなければ創ればよいのです。

極端なことをいうと、自分ができないのであれば外注に出してもいいと考えています。私の最大の目的、ミッションは動かすことです。その間にどんな手段を使っても構いません。

――日本人の大多数は、基板がない場合「手に入れよう」と考えるでしょうが、「創ろう」と思う者はひとつかみでしょう。

もっとメジャーなものならば、探していたかもしれません。しかし『TX-1』ではまずありません。探す努力が無駄だと思います。日本で絶滅していますし、世界を探してもそこの基板だけが出てくる可能性はほぼないでしょう。

もともと回路を読める人間ではありませんでしたが、少し読めるようになりましたから、「あ、これくらいならできるな」と思い、今パーツを集めてこれから組むところです。もし自分でできなかったとしたら、たとえばTwitterでできる人を募ってできる人を探すというのも考えています。

ただ、基本的に、人間がやっていることは「できる」と考えてやっています。宇宙人ではないんですから、そんな難しいことはないでしょう。難しそうに見えるけれど、見えるだけです。恐れずに1ページ目から紐解けば、ちゃんと人間が理解できるように解説されています。ですから、今のところ他の人に頼むことはありません。

しかし、これからどうなるかはわかりません。量的に自分ではやっていられないものは外注に出すかもしれません。モニター基板もコンデンサ交換などくらいですから、それを7000円かそこらでやってもらえるならそっちのほうが良いかなと。やはり、動かすための手段は選びません。動けば正義です。

逆にプロの人は回路図がないパーツがないで終わります。たぶんやったらできるのでしょうけれど、期間や労力を考えるとコスト的に見合わないということで「できない」と言ってしまうのでしょう。


――じわじわとJGMの存在がTwitterを含め、それこそインターネットで広がっていますが、このままでは今のスペースでは足りなくなるかもしれません。今後拡張される予定はありますか?

それはお客さんがたくさん来てくれるかどうかです。今はっきりいって、採算にあっていません。私の個人収入で埋めています。商売ではありません。好きでやっているというわけでもなく、なんといえばいいのか……。

おそらく、レトロゲーム系でカネが儲かるかといえば儲かりません。絶対儲からないです。自分が面白いと思うことがまず1つ。そして他の商売で儲かっていますので、口幅ったい言い方ではありますが社会に還元できることがあってもいいなと考えていますし、そうでなければとてもではありませんが続きません。

最近お客さんが少し増えてきてはいますが、ピンボール博物館だったころは電気代すらまかなえませんでした。ましてやコレクションを集めてくる、修理する、部品代、その他諸々全部ポケットマネーです。入場料だけをここに計上して、なんとか電気代とスタッフの給料が出れば継続はできます。レストアの部分は私が楽しんでやるとして。ただ、継続してやるとして、仮に私がいなくなったとすると、購入資金を償却しろとかは言いませんが、今いるスタッフや電気代が出なければ話になりませんね。

皆さんに宣伝していただいて、レトロゲーム好き、ピンボール好きに集まっていただければ嬉しいです。年間来場者数が1万人を超えたらR360を買う(注: R360とは、セガが開発した大型体感機。リリースされたのは1990年、価格は1600万円。故マイケル・ジャクソン氏が購入したことでも知られるアーケードゲーム史に残る悪魔的筐体)と発言しましたが、5〜6000人くらいならば収支的にはトントンになる見込みです。つまり、私以外の誰かに経営が変わっても継続することができるでしょう。ただ、レストアはやはり誰かに来ていただくしかありません。ボランティアの方が必要になるかもしれませんね。

◆◆◆ ◆◆◆ ◆◆◆

後編へ続きます。【関連記事】【JGMレポート 1】日本ゲーム博物館へ行ってみた −レトロ・想い出・色褪せぬ楽しさ (フォトレポート有)
【JGMレポート 2】日本ゲーム博物館館長 辻哲朗氏インタビュー(前編) − JGMの背景とスタンス
【JGMレポート 3】日本ゲーム博物館館長 辻哲朗氏インタビュー(後編) − 現状、今後、そして愛情
《Gokubuto.S》

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