
Tポーズ……3Dキャラクターを作成するうえでもっとも大事な基本姿勢ですね。CGクリエイターならよくご存じでしょうし、ゲーマーでもバグなどで見たことがあるでしょう。
もし仮に、Tポーズのままで体が固まってしまったティーンエイジャーがいたら、どんな生活を送るのか? 『to a T』は、そんな珍妙すぎるアイデアから生まれた短編アドベンチャーゲームです。
生み出したのは『塊魂』や『Wattam』など、キュートで奇妙な作品ばかりを作ってきたゲームクリエイターの高橋慶太氏。
ブッとんだ設定から始まるショートストーリーは、意外なフックでプレイヤーを引っ張り、とても素敵な着地を見せました。

Tだと何かと生き辛い!人とはちょっと違う人生を歩むティーンの日常を描くアドベンチャー
本作は、13歳の誕生日を迎えた「ティーン」(※名前変更可能)が主人公のADVです。
ゲームは、ティーンが台風に追いかけられている悪夢を見るところから始まります。台風が迫りくるなかで、なぜかキャラクターメイクをさせられるので、この時点で他のゲームがしないことをやろうという気概を感じます。

ちなみにティーンの性別を特定する項目はなく、男性的・女性的に見える髪形がいくつか用意されているだけで、プレイヤーが好きに考えて良いようです。ゲーム中もその点について追及されることはありませんでした。
悪夢から目覚める前にオープニングアニメが流れます。これがとてもキャッチーで、何度も聴き返したくなるくらいポップで明るい一曲なんです!
起床するとすぐに飼い犬の「犬ちゃん」(※こちらも名前変更可能)が近寄ってきて、主人公のモーニングルーティーンを手伝ってくれます。
生まれてこの方ティーンはTポーズのままで体が固まっているので、何もかもひとりでできるわけではありません。体ごと反らして犬を撫でてあげたあと、トイレや洗顔、朝食に歯磨きなど、一通りのことをこなしていきます。

早速、このゲームの白眉とも言える遊びが始まります。お母さんが作ってくれた蛇口が逆についている水栓器具を捻って目ヤニを取ったり、1メートルくらいありそうな「スペシャル長々スプーン」を使って朝食をとったり、犬に歯磨き粉を押してもらってこれまた長~い歯ブラシで歯を磨いたりします。
これらの遊びはどれも面白く、ティーンが送る大変な日常をミニゲーム的に体験することができました(目ヤニを取り忘れたままゲームを進めると、目の近くに黄色いゴミが付いたままになるのがやけにリアルです)。

着替えも済み、犬と一緒に学校へ向かい、授業を受けて帰ってくるティーン。
案の定、人と違うところをからかわれ、学校でいじめっ子たちに標的にされているようです(このいじめっ子との問題は割とすぐに解決しますので、ご心配なく)。嫌な思いを抱きながら日々を過ごしていると、学校の裏手に何かが落ち、その衝撃で吹っ飛んだ風車が学校を破壊してしまいました。
その件が大ニュースになってからというもの、ティーンの周りで不思議なことが起き、物語は大きく動いていきます。

完璧ってなんだ?人それぞれの生き方を肯定するハートフルでユルいストーリー

本作は連続ドラマの形式を取った作品です。各話の最初と最後にオープニングアニメとエンディングアニメが流れ、話のあいだはマップをフリーロームして、買い物やミニゲームを楽しむことができます。
どの話も明確にフックがあり、ちゃんと続きが気になるようになっていて、プレイヤーを飽きさせません。

最初はTとして生きるティーンのちょっとだけ大変な日常を描いた小さなお話だったのが、徐々に話が大きくなっていき、最後は「完璧とは何か、そんなものは存在するのか? どうして人と違ってはいけないのか?」といったような普遍的なテーマに着地します。ちなみにto a Tというのは、英語の慣用句で「完璧に、ぴったり」といった意味があります。
見方によっては障害や病気のメタファーとも取れる設定ではありますが、それらについては一切言及や仄めかしがなく、あくまで「自分が人と違うこと」について悩んでいる人の背中をそっと押すような温かくも芯のあるストーリーでした。

そんな大真面目な内容でありながら、キャラクターや世界観については遊びまくっており、誰一人としてカッチリしたキャラクターは出てきません。まるでカートゥーンアニメのような、やりすぎと脱力のバランスがたまらないです。
入るために足を水に塗らさないといけないのでまったく客が来ない海の家を経営するおばさんや、ひたすら連絡先を聞いてくる恋愛中毒の理科の先生、朝の3時からサンドイッチを仕込むサンドイッチ屋のキリン、スクラップヤードで謎のクラブ活動を行っているペンギンや亀など、アクの強いキャラしか出てきません(なんならティーンが一番まともです)。

途中で、犬が人間の言葉を喋りだして皆が驚くというシーンがあるのですが、それ以前にNPCのペンギンや亀やキリンが最初からぺらぺらと喋っているので、何をどう驚けばいいのかプレイヤー的にはまったくわからない点など、ギャグセンがあまりに高すぎてついていけないくらいでした。
特に筆者は「電車とティーンが短距離走をする」というはじめから勝敗が確定している謎のミニゲームで、なぜかティーンが猛スピードで走り出すものの、ゴール近くに何人もの邪魔な一般人がいてやっぱり敗けるという何重にも意味不明なミニゲームで爆笑してしまいました。

オフビートのギャグのなかに、大切なことをひとつまみ入れたこの感覚は、高橋慶太氏ならではかと思います。
また、本作はBGMも抜群に素晴らしいです。OP・EDアニメの曲はもちろんのこと、ゲーム中に流れるサウンドについても良くできています。

カメラワークや、Tとして生きるゲーム体験……気になった点
おおむね素晴らしいゲームではありましたが、いくつか気になる点もありました。
まず本作はカメラが固定であり、右スティックでの視点移動が可能なパートがほとんどありません。それによってキャラクターや背景がくっきり見えるかっこいいアングルが保たれているのは良いのですが、街を移動しなければならないパートがいくつもあるので、どっちの道が正解なのかわかりづらいことが多々ありました。

不正解の道を進もうとするとキャラクターが「こっちじゃないよ」と教えてくれて進めなくなるものの、そもそも肩越しか見下ろし視点にして、マップが直感でわかる画角にしてほしかったのが正直なところです。
ほかには、ティーンの大変な日常が体験できるミニゲームが、モーニングルーティンがピークだったのも残念でした。

たしかにサンドイッチの早食いや、髪型集めなど、ヘンテコで面白いミニゲーム自体はたくさんあるのですが、“Tであること”がゲーム体験としてしっかり伝わってくるものはそこまで多くなかったかと思います。強いて言うならば、バレエダンスの要領で空を飛ぶアクションくらいでしょうか。
Tじゃなきゃできないこと、Tだったからできたことがもっと盛り込まれていれば、よりいっそう作品としてのオリジナリティが深まったかと思いました。

とはいえ、突飛なアイデアを素敵なストーリーでまとめ上げた良作なのは間違いありません。生き辛さに悩んでいる人、シュールなキャラクターが好きな人、素敵なサウンドトラックに包まれたい人、そしてすべてのADVファンに勧められる一本です。
Game*Spark レビュー 『to a T』 プラットフォーム PC(Steam)/Xbox Series X|S/Play Station 52025年5月28日(PCは5月29日)
Tポーズで生きるティーンエイジャーを主人公にしたユルくて素敵なADV
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GOOD
- アクの強いキャラクターたち
- 普遍的で素晴らしいストーリー
- 耳に残るキャッチ―なサウンド
BAD
- 動かせないカメラ
- Tとして生きる体験が序盤に寄りすぎている
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