◆声優として“これからの目標”と“声優を目指したキッカケ”
━━続いて声優としての「将来的な目標」についてお聞かせ願えますか?
里岡:声優としての大きな目標は「声優アワード」の新人声優賞を取ることです。そのためには、現在受けてるオーディションの一つひとつを精一杯頑張って、一つでも多くのキャラクターを演じられるようにしていきたいです。
個人的に目標としているものだと、僕は広島県の生まれで声優になりたくて田舎から上京してきたんですが、最終的には「地元に何か還元できることがしたい」と思っています。すごく地元が好きなので。今では声優の方でも観光大使をされている方がいます。
また、戦争を題材にしたアニメ作品では、広島弁を喋れる人を募集するオーディションが回って来ることもあります。そういうアニメ作品を見ていただくのもそうですし、僕もそうした作品に携われたらいいなと思っているので、将来的に自分がもっとビッグになって、地元に還元したいと思います。
「ここが里岡の生まれ育った街だ!」みたいな感じで祭り上げて貰うのも夢がありますよね(笑)。それで人が増えていって、地元が盛んになって貰えればすごく良いと思うので。
━━そのときはぜひ「月刊 アニメディア」の方でインタビューを......(笑)
里岡:もちろんです(笑)。そのときはぜひよろしくお願いします!
小路:私は「とにかく続ける」こと、です。
養成所時代に講師でいらっしゃった方が、「お芝居を続けていくことも才能だからね」というのを仰っていて、それが今でも私の中で支えてくれている言葉になってるというか。自分の意思で続けるって決めて続けることなら、私にもできるかもっていうのがすごい助けになってるし、もうそれしかできないというか。
ずっと勉強を続けて、その中で今よりもっとできる役の幅とか、できるお仕事のジャンルが広がっていったら嬉しいなって感じですね。
━━小路さんが「続けていく」と決めていらっしゃるのは、例えば同期の方で声優のキャリアを諦めてしまった人たちを見てきたからだとか、そういった事情も内包されているのでしょうか。
小路:まず、デビューに至るまでがとても難関な道のりなんです。
その言葉を聞いたときはまだ養成所生で、デビューのデの字もないようなときだったっていうのがあって。先ほどお伝えしたように、目指し始めてから結構な年月が経ってるときでもあったんですね。
辞めていく人がほとんどな世界。“デビューに至らず辞めていく人がほとんどな世界”であるからこそ、やっぱり響きました。
伊澄:私はやりたいことはたくさんあるんですが、まず今の第一目標は「アニメのヒロイン」をやりたいっていうことです。元々アニメーションが好きなので、そのメインキャラクターとして、アニメの世界観を作る1人になりたいっていうのはずっと思っています。
声優を目指したのは兄の影響が大きいので、たくさんの作品に出て、ふと兄が「あれ?このアニメに出てるの妹じゃない?」とか「このゲームのこのキャラ妹じゃん!?」ってなったらいいなと思っています(笑)。
そのためには、まず一つずつ仕事を丁寧にこなすっていうのと、チャンスを掴み取るための努力はずっとしていきたいなっていうのはあります。アニメとかゲームとかがガッツリな兄なので、その影響はすごく受けていますね。
━━ではお兄さんとは結構仲が良い?
伊澄:……冷たいんです(笑)。私だけなんです(笑)。
自分が持っているものの中で「声」には自信を持っていて、自分の声がすごく好きなんです。なので、なるべく色んな方に聞いてもらいたい、この人生の中で1人でも多くの人に自分の声を聞いていただける機会があればいいなと思ってます。
そもそも声優としての活動をあまり知らないというか。看護師一家で、私以外全員看護師みたいなところがあるので、そもそも私の活動についてあまり知らないかもしれない......ので、自然に気付かせたい(笑)。
━━御三方が声優を目指したキッカケについて教えていただけますか?
里岡:小学生の頃に学校の先生から「よく通る声だね」って褒められたことがあって、それがきっかけで最初は学校の先生になろうと思っていたんです。この声を活かした仕事をしたいと思っていて。両親が学校の先生だったっていうこともあり、身近な職業だったんです。
中学2年生くらいからアニメの世界にすごいハマり出し、すごく多感な時期なのでいっぱい摂取して。ちょうどその時期から「声優」っていう職業があるっていうことを認知し始めました。
それで中学か高校の学校行事でミュージカル鑑賞に行ったんですね。そのとき見た演劇がすごく華やかで、1幕が終わって緞帳が降りた瞬間の緊張というか、自分のドキドキが抑えられなくて。「自分、あっち側だ!」って、そのときにふと思ったんです。ステージに立ってお芝居をする側だと思って。
「声を活かしてお芝居をする」。あ、声優さんってもしかしたら自分の天職かもしれないなって、ちょっとおこがましくも思っちゃって。そのときから、本を買って自主練するようになりました。それで大学のために上京してきて、養成所にも通い、しっかり勉強して今に至ります。
━━大学に通いながら養成所にも?時間はかなり限られそうですが、その辺りはどう時間を工面したのでしょうか。
里岡:お恥ずかしながら「僕は声優で生きていくんだ!」て思って、声優の方に時間を割きすぎて、1年留年しまして(笑)。
一同:(笑)。
里岡:ただ、そのときはプロダクション・エースと全く関係ない養成所に通っていたんですけども、そこで所属にはならず大学まで留年しちゃったから「ちゃんと大学は卒業しよう」と。
お金を両親に払って貰っていたので、それだけは絶対だと思い、大学に専念することにしたんです。でも何もしないのも違うなと思って、この年のオーディションを片っ端から受けてみよう、来年卒業してからちゃんとまた勉強できる環境を整えていこうって思って、最初に受けたのがプロダクション・エースの所属オーディションでした。
「預かり所属という形でウチに来ませんか」というお話をいただいたので、こんな機会はもしかしたらもうないかもしれないと思って、所属契約させていただきました。
━━何か運命的な出会いが連続しているような感じですね。
里岡:それこそ今回の作品を担当してくれてる村上マネージャーが、僕と一緒の広島県出身で、所属審査のときも村上さんが査定されてて、なんかそこでも共通点があったりとか。趣味も僕がたまたま始めたビリヤードが村上さんも好きだっていうことを人伝で聞いて「うわ、なんて運命的なんだ!」とか思って(笑)。いや、これはここに入るしかないと(笑)。
小路:決め手、それなの?(笑)。
里岡:(笑)。でもそんな偶然ないじゃないですか。これは何かの導きかもしれないとか思っちゃって、それでもうプロダクション・エースに入ろうって決めました。
それからかなりの挫折があって、今もまだ挫折は繰り返してはいるんですけども、それでも諦められない世界だなって自分の中では思っているので。今後も挫折は繰り返すでしょうけど、続けていきたいなと思っています。
小路:私は小学校1年生のときにテレビで声優さんがアフレコしてる姿が映っていて、そのときに初めて見たんですよね。声優さんがお仕事している現場っていうのを。で、「すごーい!」と思って「私もこれやりたい!」と思って、ずっとその思いが消えなくて、大人になってしまいました......(笑)。
私も最初は根拠のない自信があった頃もあったし、その中で挫折と成長を繰り返しながら、あっという間に今に至るっていう感じですね。なかなかやめられないんですよ。怖いんですよ。やめられないままやっていたら、今ここに座ってます。
「もう、もうやだ」「もう無理、私才能ない」ってなっちゃうときもあるんですけど、なんか戻ってきちゃうんですよね、喉元過ぎると。その繰り返しですね(笑)。
伊澄:私は兄の影響が一番大きいんですけども、昔から自分の声が好きなんです。小学生のときは図書委員みたいなことをしていたんですが、休み時間に頼まれた訳じゃないのに、全学年向けに朗読の読み聞かせとかをしていて。
高校生のときも授業ではいつも手を挙げないのに、ここ読んでくださいっていうときだけ、「はいっ」て挙げてたりとか(笑)。ずっと自分の声には自信があったので、気になっていた世界だったんです。
ただ、私が高校を卒業してから入ったのはパティシエの学校だったんですよ。料理とかパティシエの学校に行ってまして、何もなければそこで就職する予定でした。ですが、就活のタイミングでコロナがすごく広がっていて就職難みたいな感じになりまして。
そのときすごく「死」を身近に感じたというか。「私、このまま好きなことをやらずに終わっちゃうのかもしれない」って思って、どうせこんな状況なら好きなことやろうと思い、外部の未経験でもできるオーディションを受けさせていただき今に至ります。
━━コロナ禍のタイミング的に「今しかない」みたいなものが大きかったのでしょうか。
伊澄:学校の先輩方は就職後にすぐ退職しちゃったり、長く続かなかったりとか、それこそコロナに罹ってしまったということもありました。それを見ていて「このままは嫌だ」と思って、それが動くきっかけになりました。
━━本日はありがとうございました!












