紳士・淑女の皆さん、こんばんは。
こちらは、ゲーム業界を華やかに彩ってくれる戦う3D美少女(美女)たちの魅力について、筆者なりに考えてみようという記事です。

戦う美少女たちは何が美しいのか
近年、ゲームのビジュアル表現が格段に進歩したことで、水や髪、遠景以外にも恩恵を受けたものがあります。
それは、美少女。
肌艶や毛穴まで描写され、ボディラインはより滑らかに、しかしながら人体や顔のパーツはアニメチックな誇張を残したままという、女神のような存在が描けるようになりました。特に筆者が感激したのは『Stellar Blade』のイヴです。
キム・ヒョンテ氏が得意としてきた2D的な人体の誇張が、3Dビジュアルとして綺麗に溶け込んでおり、セクシーなフィギュアを操作して着せ替えを探すゲームとして非常に楽しく遊ばせていただきました。

どうして戦う美少女は美しく見えるのか。ひとつは、単純に「動かせる」という点が挙げられるでしょう。
攻撃や防御のモーションの際に、服や飾りやその他諸々が揺れますから、必然的に視線が吸われます。懸命に戦っている姿に説得力も生まれますし、作り込まれたビジュアルへの尊敬も生まれます。
これが最初から裸では、何も作り込みようがないですし、感動も薄まります。裸は何も隠しておらず、情報が確定していますから、それ以上動かしようがないわけです。

そしてもうひとつは「負けるかもしれない」という点です。戦っている以上、勝敗が決するわけです。とりわけゲームであれば、常勝というわけには行きません。一度や二度はゲームオーバーになるはずです。
見目麗しい美女が、敵にやられ、悲鳴を上げて倒れ込む姿を眺めるのは、非常に背徳的な愉悦です。パッケージに載っている推奨年齢を一瞬だけ超越した感覚を覚えます。
このあとどうなってしまうのかといった妄想も膨らみますし、ゲームオーバーシーンやダメージ描写をどれだけしっかり見せるかは、作り手のこだわりを直に感じられるところです。一例を挙げると『バイオハザード』シリーズは本当に気合が入ってて素晴らしいですね。

また、同じカプコンのREエンジンですが『ストリートファイター6』のアーケードモード敗北時のシーンはどのキャラクターも最高でした。コンティニュー後のまだ諦めないといった表情も素敵だし、カウントダウン後に倒れ込んでしまうのも同じくらい魅力的です。
こういった敗北時の表現は、まだまだ開拓の余地があるのではないかと思っています。

家庭用ゲームの中に潜むエロス
現代はインターネットさえ使えれば、誰でも即座に成人向けコンテンツにアクセスできる時代です。そんな時代に何故我々は、エロが主体でもない、漂白された一般向けのキャラクターに愛を見出しているのでしょうか。
家庭用ゲームというものには、大前提として自主規制が存在します。業界団体の検閲はわかりやすいですが、そうでなくとも、プレイヤーや作り手たちのあいだで「ここまでの表現なら許されるだろう」という暗黙の了解があるわけです。
だからこそ、我々はそのゲームの中に"ほのめかし”があると、喜んでしまうわけです。

これは別に『スーパーマリオRPG』の「ピーチ姫の×××」みたいなわかりやすい下ネタに限った話ではありません(下ネタも嬉しいですが)。キャラクターや設定に対し、ゲーム性とは直接関係ないところで「この人も日々生きてるんだな」と思わせることが大事なわけです。
それはちょうど子ども向けのアニメや番組で、深いテーマが投げかけられているときや、大人しか喜ばないようなネタが仕込まれていることに気づいたときの感動に似ています。
そういった描写があるだけで、キャラクターがこちらの世界にグッと近づいてきてくれたような、そんな嬉しさを感じるわけです。
筆者はその世界に性愛があると提示されたり、もしくはキャラクターがそういうことに意見したりするシーンがあるとテンションが上がります(婚姻や性行為のほのめかし、もしくはセクハラに対する反論など)。

もちろん、成人向けコンテンツでしか味わえない感動や、そこでしか描けないリアルな描写もたくさんありますが、こと家庭用ゲームに関しては、皆が持つ「ある程度以上の際どい表現はない」という前提が破られそうな瞬間にワクワクを感じるわけですね。
もしくは、これがホラーゲームであれば、性的なモチーフを登場させることで、現実社会の問題をまざまざと浮き彫りにすることもできますが、ちょっと本稿の流れからは脱線していくので触れる程度にしておきましょう。

作り込まれたゲームオーバーシーンも、人生の広がりを感じさせるシーンも、本質は似ているのかもしれません。
これからの3D美少女たちに思うこと
『グランド・セフト・オートV』で、ストリップクラブ(バニラ・ユニコーン)を経営したとき、ゲームはなんて自由になったんだ……と興奮した記憶があります。そのストリップクラブに火炎瓶を投げて、屋内から着の身着のままのダンサーたちが逃げ出してきたときは腹を抱えるほど笑いました。
そんな具合で、筆者はこれまで家庭用ゲームの中でいかに行き過ぎた表現をお出ししてくれるかといったところに注目していましたが、最近はその欲求もやや落ち着いてきたかもしれません。

谷間や尻を強調したキャラクターは相変わらず好きですし、もちろん課金しちゃうのですが、それはそれとして奥ゆかしさや色気を感じるキャラクターが増えてほしいと思う気持ちが増してきたのです。
単に年齢の問題も大きいでしょうが、露骨なWeb広告を見すぎたのもあるのでは、と考えています。金の流れの一部にされている気がして、ちょっと己を振り返ってしまうんですよね。
もちろん、これからもクリエイターの皆さんには、目を丸くするようなエッロいキャラをたくさん作ってほしいとは思いますが、一方で「こういうキャラクターは今までいなかったんじゃないか?」という新奇なチャレンジも歓迎したいと思っています。

たとえば『プラグマタ』のディアナは性的な消費がされないように開発が気を遣ったことで、父親目線から我が子を愛でるような体験ができましたし、『RETURNAL』のセレーネは、中年女性というゲームでは珍しい立場の人を操作することが叶いました。
必ずしも"若い女性”に限らず、新しいキャラクターを創造してほしいなと考えております。

3Dゲームが当たり前になった90年代初頭から35年以上が経過している昨今、多くの美少女や美女が生まれ、舞い踊るように戦ってきました。
服を着て、武器を持ち、走り、傷つき、ときには無様に倒れる。そうやってゲームの中で生きている姿を長時間眺め、自分の手で動かすことで、いつの間にか単なる「綺麗な3Dモデル」以上の存在として感じられるようになります。

考えてみれば、ゲームほどキャラクターを色々な角度から眺められる娯楽もありません。背後に回り込み、衣装を変え、歩かせ、戦わせ、ときにはわざと負けることまでできてしまいます。そんな異様なまでの距離の近さが、3Dキャラクターならではのエロスを生んでいるのかもしれません。
筆者はこれからも真剣に、戦う美少女たちを見守っていきたいと思います!











