読者の皆様は、「イマーシブシム(Immersive Sim)」という言葉をご存知でしょうか? これは、とあるゲームデザインを指す言葉であり、ゲームマニア――とりわけゲームデザインに興味のあるゲーマー――であれば、耳にしたことがあるはずです。
4月30日に発売された『Skin Deep』は、そんな「イマーシブシム」とは何たるかを手軽に味わうことができるFPSアドベンチャーです。本記事では、本作のGame*Sparkレビューをお届けします。記事制作にあたっては、パブリッシャーのAnnapurna Interactiveより提供されたSteamコードを利用しています。
「イマーシブシム」とはなにか?
本題に入る前に、まずは「イマーシブシム」について解説しましょう。「イマーシブシム」とは、ひとことで言えばプレイヤーの発想を自由に行動に移すことができ、それに対してゲーム世界が一貫した反応を返すというゲームデザインです。一般的に以下のような要素を持っています(ただし、すべて必須条件というわけではなく、備えていない作品もあります)。
自由度の高いプレイスタイル:隠密か、戦闘重視か、ハッキングか、交渉するかなど、ひとつの課題を達成する手段が複数あり、どれでも攻略し得るデザイン。(例:バレないルートを見つけて裏口から忍び込む、敵の衣装を入手して変装する、警告してくる敵にワイロを渡して通してもらう、武器を使って殴り合うなど)
ゲーム世界が相互に影響し合う:物理演算やNPC(AI)のリアクション、化学反応や電気系統の仕組みなどがゲーム内でシミュレートされており、それらが相互に作用する。
ゲームのシナリオとして用意された演出ではなく、ゲーム世界に設定されたシミュレーション(ルール)に基づいて作用するため、開発者でも想定していない現象が起こることもある。(例:水たまりに電気を流すと帯電、風が吹いて炎が燃え広がる、足音が響きやすい部屋を歩くと敵が異変を察知しやすくなるなど)。環境ストーリーテリング:直接的な説明がなくとも、世界に配置されたオブジェクトや雰囲気からその場所であったことの背景を読み取れるというストーリーテリング手法を取っている。
ログを読むことで物語が紐解かれる:カットシーンだけでなく、コンピュータやメモに書かれているログを読むことで物語を描くという手法を取っている。
RPG的であること:プレイスタイルにあわせて、戦闘特化・隠密特化・ハッキング特化などにプレイヤーキャラクターを成長させられること。
このゲームデザインは90年代半ば~後半頃に生まれ、主に欧米で発達しました。生まれた当初は他にはない自由さと没入感をもったゲームデザインでしたが、現在ではゲームの多様化に伴い、部分的にこれらの要素を持つゲームも多くなっています。
代表例としては、『デウスエクス』、『ディスオナード』、『PREY』、新生『HITMAN』、『ゼルダの伝説 ブレス オブ ザ ワイルド』などが挙げられます。
あなたは暗殺者でも強化人間でもない、ただの保険屋だ。
今回レビューする『Skin Deep』は、そんな「イマーシブシム」のゲームデザインを採用したステルスアクションFPSです。プレイ時間・ゲームの構造ともにライトな仕上がりになっていて、「イマーシブシム」のおもしろさを手軽に知ることができるものに仕上がっています。

プレイヤーが操作するのは、ナノテク強化人間でも、姫を救う勇者でも、腕利きの暗殺者でもなく、ネコ専門の保険会社・MIAO Corpに所属する保険屋(保険コマンドー)のニーナ・パサデナです。
特段優れた戦闘能力があるわけではなく、宇宙船には保険屋として冷凍保存されていただけでしたが、宇宙海賊たちに襲撃されるという緊急事態に巻き込まれ、目を覚ますことになります。しかし、少し物語を進めると、その宇宙船ではなくニーナ自体が暗殺の標的になっていることが明らかになります。ニーナの運命や、いかに……!?

ゲームの構造としてはミッション制になっており、明確な区切りが存在します。いずれのミッションにおいても、プレイヤーの目標は海賊に捕まったネコを救い出すことです。ネコはいずれも紫色の檻に捕まっており、海賊が持っている紫の鍵をどうにかして奪い、脱出させてあげなければなりません。


メインストーリーはプレイを進めることでミッション間に挿入される特殊なシーンで語られます。3D空間を存分に使ったダイナミックな演出は見どころです。ミッション間にコンピュータから閲覧できる救助したネコとのやり取りも魅力的で、どこかシュールで笑える「ネコジョーク」が楽しく仕上がっています。
主人公は弱い、それこそが特徴
ニーナは基本的に丸腰で、先述したように戦闘能力もなく、たまにドジを踏む……この主人公の弱さこそが本作のゲームプレイにおける特徴といえるでしょう。ホコリまみれのところにいけばくしゃみをして敵に気づかれてしまいますし、靴を履いていないので割れたガラスの破片が足に突き刺さることもあります(痛い!)。そんな頼りない彼女でも、しっかり海賊と戦うことができます。


敵への対処法には「見つからないように進んでいく」、「重いアイテムを投げつけてよろめかせ、敵にしがみついてオブジェクトに頭をぶつけて気絶させる」、「消毒液を噴射した空間に着火したライターを投げて大爆発を起こす」など、ニーナ自身は弱いながらもいくつものユニークな解法が存在しています。中には、「発見されても素知らぬ顔で強引に進み、トランシーバーを入手して無線連絡で警戒解除させる」なんて強引な解法もあります。銃も存在自体はしますが、たくさんは使えません。

ただ、アイテムやオブジェクトには使用限度回数や耐久度の概念があり、使っていると壊れてしまいます。また、敵は「スカルセイバー」という技術を持っており、死んでも頭部だけが移動して蘇生装置まで戻ろうとするため、ダストシュートやエアロックなどから宇宙の外に放り出さなければなりません。「常に選択しうる安牌な対処法」というのはないため、状況にあわせてプレイヤーの発想で対処していく……そんな「イマーシブシム」の面白みがしっかり味わえます。


探索では、ところどころに貼り付けられたメモ書きなどに「カギは〇〇(部屋)に置いたからな」といったヒントが載っていることが多いため、プレイヤーはそれらを手がかりに探索することになるでしょう。

比較的自由に行動できるようになっており、ダクトや天井裏なども歩くことができます。さらに、ニーナは「第三の肺」を持っているので、エアロックを解除して宇宙空間に出ることもできます。思わぬ場所から侵入できたときは「しめしめ……ここから入れたなら、ああやればうまくいきそうだぞ」といった悪巧みもはかどります。
ネコを救い出すという目標さえ達成できれば、探索も戦闘もやり方は自由というのが本作の面白さであり、「イマーシブシム」の条件をしっかり満たしています。
多くの人が遊びやすい「イマーシブシム」
そこにプラスして、本作にはわかりやすさとお手軽さという魅力があります。イマーシブシムを採用したゲームは志の高さ故に、自由すぎてゲーム全体のシステムが理解しづらかったり、重厚すぎたりして、胃もたれしやすいという性質があります。
しかし本作はそれらの性質を持った作品よりもかなり遊びやすくなっています。1ミッションのプレイ時間が非常に短いほか、プレイヤーの成長要素はなく、かなりさっぱりとした作りになっているためです。

また、失敗からリカバリしやすいのも遊びやすさが増している要因と言えるでしょう。本作では敵からの攻撃によって行動不能になっても除細動器によって一度だけ復活できます。除細動器は周囲にも電撃を放ち、近くにいる敵を感電させられるため、復帰後にすぐ逃げたり倒したりして体制を整えることができます。先述したトランシーバーも非常に有用なアイテムで、敵に発見されて警告を鳴らされても3回ほど無効にできるため、完全な「詰み」は起こりづらくなっているのです。
ただ、一部欠点もあります。短くシンプルに収まっている分、他の「イマーシブシム」作品と比較するとどうしても広がりに欠けます。内容自体もそれほど大きくは代わり映えしないので、やや反復的に感じられるかもしれません。ゲーム自体はよくできているので、クリアが苦になるほどではありませんが、もう少しグッとくるひねりが欲しかったのも事実です。
「イマーシブシム」って、面白いんです。マップが広大でなくとも、自由でプレイヤーの発想を存分に活かせるゲームデザインの作品が存在していることを初めて知った時は、得も言われぬ感動とロマンを感じました。
このゲームデザインに感動し、ファンになるゲーマーはもっとたくさんいるはずですが、「とっつきやすい」と言えない作品が多いのも事実です。そんな中で手軽に魅力を味わえて、クリアまで気持ちよく駆け抜けられる本作は貴重な1作と言えるでしょう。
Game*Spark レビュー 『Skin Deep』 PC(Steam/EGS) 2025年4月30日
ゲームオタクが大好きな「イマーシブシム」を短く遊びやすく味わえる
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GOOD
- プレイヤーの発想を活かせる多様な攻略法
- 詰みが発生しづらくとっつきやすい
- コメディ成分多めなストーリー
BAD
- やや反復的で広がりの少ない内容
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