
※銃器哲学とは
銃器哲学とは、筆者が提唱する「なぜその銃がそこにあるのか」「どのように演出されているのか」を問う試みです。フィクションにおける銃器描写の妙を、プレイヤーが無意識に感じていたあの武器への愛着の正体を、批評を通して読み解いていきます。
『Fallout 4』は、核戦争後の荒廃した世界を舞台にしたアクションRPGでありながら、その銃器描写は決して「サバイバルを彩る演出」だけにとどまりません。
この世界で銃は、火力だけでなく過去と現在をつなぐ記憶の装置として、そしてアイデンティティを表す手段として機能しています。プレイヤーがトリガーを引くたび、敵を倒すためだけでなく、「自分は何者か」「どんな未来を選ぶか」という意思を示してもいるのです。
本稿では、『Fallout 4』の銃器描写が、いかにプレイヤーの行動倫理や物語的立場を浮き彫りにする構造になっているかを分析し、なぜこのゲームの銃器が単なる道具を超えた存在として記憶に残り続けるのかを「銃器哲学」というレンズを通してその設計に迫りたいと思います。

銃は「拾う」ものであり、「継ぐ」ものである
『Fallout 4』の銃は、最初から自分のために作られたものではありません。これは他の多くのゲームとは根本的に異なる特徴です。RPGでは通常、武器は店で購入するか、宝箱から発見するなどして手に入れるものとして描かれます。しかし『Fallout 4』では、銃器の入手経路が物語の一部として完全に機能しています。
襲いかかってきたレイダーの死体から、あるいは不意打ちで倒したBrotherfood of Steel(以下B.O.S)兵士から、あるいは…明らかに自分の頭を撃ちぬいたのであろう遺骨のそばで。錆びた机の上で、崩れかけた建物の奥で。プレイヤーが手にする武器のほとんどは、「誰かのものだった銃」です。そこには個人の歴史や、組織の思想、時代の痕跡が宿っています。
たとえば、倒れたミニッツメンの遺体のそばに転がるレーザーマスケット。この武器を手にしたとき、プレイヤーは単に新しい装備を得たのではありません。『Fallout 4』の舞台である核戦争後のマサチューセッツ州ボストン、作中でいう「連邦」の自由を守ろうとした名もなき民兵の意志を、その手に受け継いだのです。銃身に刻まれた小さな傷やグリップの摩耗は、前の持ち主がどれほどこの武器を大切に扱い、どれほど多くの戦いを共に潜り抜けてきたかを物語っています。

B.O.S.のナイトが主にパワーアーマーを着込んだ上で扱うアサルトライフルには、技術の復活と秩序の回復を信じる組織の理念が込められています。その精密な機構と無骨なデザインは、過去の文明の栄光と、それを取り戻そうとする意志の象徴です。

一方で、初期に拾うパイプピストルでさえ、「貧しさ」「即興性」「信頼できなさ」といった階層的な意味をまといながらも、生きるために何でも武器にしてしまう人間のたくましさを表現しています。

この構造が示しているのは、『Fallout 4』では銃を選ぶというより、他人の記憶を引き継ぐ行為が先にあるということです。プレイヤーは武器を通じて、見知らぬ誰かの人生の断片に触れ、その重みを感じながら自分の物語を紡いでいきます。銃は「所有」されることでアイデンティティのパスを渡す――そんな感覚すら芽生えてきます。
「過去」との対話:カスタマイズ
このゲームの改造システムは、単に性能を上げるためのものではありません。武器作業台の前に立ち、武器を選択し、新しいパーツを取り付ける行為には、もっと深い意味が込められています。
カスタマイズは「これは本当に自分の銃なのか?」「この部品は残すのか、外すのか?」という、かつての所有者と自分との対話のプロセスになっているのです。プレイヤーであるあなたが、レイダーの持っていた粗雑なパイプピストルにストックとスコープを取り付け、延長したバレルに換装し安定した戦いを求めるとき、あなたはただ「改良」したのではありません。あなたは「レイダーのパイプピストル」を「生存者のパイプライフル」に変質させたのです。


拾い集めたジャンクを素材に変換し、カスタマイズメニューから戦闘思想に合わせた改良と調整を施す作業により、暴力と破壊の象徴だった武器は、精密さと計画性を重視する道具へと生まれ変わります。古いストックを残すか新しいものに交換するか、元のバレルを活かすか高性能なものに置き換えるか。こうした選択の一つ一つが、前の所有者への敬意や拒絶を表現しています。
改造の過程で興味深いのは、同じベース武器でも、改造の方向性によって全く異なる性格を持つ存在になることです。狙撃仕様にカスタマイズした銃は「慎重で計画的な戦術」を好む性格を表現し、近距離戦闘用に改造した銃は「直接的で積極的な対話」を求める個性を示します。フルオート仕様にすれば「圧倒的な火力による制圧」という思想が現れ、消音仕様にすれば「静かで確実な解決」という哲学が宿ります。
つまりこのゲームにおける銃は、過去の痕跡を「更新」する作業台であり、プレイヤーのモラルや立場を問い続ける鏡でもあるのです。改造システムは、武器を通じてプレイヤー自身の価値観や戦術思想を可視化する装置として機能しています。
過去を手放せなくなる銃との向き合い方
『Fallout 4』では、自分で強化を重ねた武器ほど、次第に手放しにくくなっていきます。これは他のゲームではあまり見られない、非常に人間的な心理メカニズムです。新たに手に入れた、性能で上回る「別の誰かの銃」を手に入れたとき、古い銃を持ち変えることを考えたとき、「世話になった」と感傷を覚えた経験がある人も多いでしょう。
オフラインゲームである『Fallout 4』では、オンライン対戦FPSのようなスタイルの武器バランスは存在しません。もちろん安く大量に手に入る弾を使う銃と希少な弾を使う銃といった、弾依存の運用難易度の差や、今作から実装されたレジェンダリーシステムによる使用感の大幅な変化は存在しますが、単に銃種ごとの性能を見ればそれなりに明確でシンプルな差が存在します。
性能の数値だけを見れば、より強力な武器に乗り換えることが合理的かもしれません。しかし実際にプレイしていると、長い間使い続けた武器に対して特別な愛着を感じるようになり、先述の感傷はこれを指します。それは性能ではなく、「この銃で何人を倒したか」「何度死にかけたか」「カスタマイズにこれだけ資材を使った」といった個人的な記憶と結びつくからです。
プレイヤーが武器に名前を付ける機能も、この愛着形成に重要な役割を果たしています。
強力なレジェンダリー効果である「爆発」がつき、敵だけでなく共闘している仕事の依頼者をも爆発に巻き込んで倒してしまうようなリボルバー型銃器、.44ピストルに「Resolver(解決者)」と名付けた瞬間。威力は上がるが反動も大幅に上がるレジェンダリー効果である「暴力的」がついたダブルバレルショットガンに、「The Last Hope(最後の希望)」と名付けた瞬間。
それぞれの武器は匿名の道具から固有の存在へと変貌します。名前を付けるという行為は、「誰かの銃」を「自分の銃」に変える決定的な瞬間なのです。


それはまるで、武器がプレイヤーを記憶しているかのようでもあります。共に戦った数々の戦場、乗り越えた危機、守り抜いた仲間たち。こうした経験の積み重ねが武器に刻まれ、それがプレイヤーの記憶と共鳴します。プレイヤーはやがて、数字では測れない価値に縛られます。
拾い物の銃が、いつしか「自分の身体の一部」のようになり、手放せない「愛着の檻」となっていくのです。これは現実世界でも見られる現象で、長年使い続けた道具への愛着と同じメカニズムです。しかし『Fallout 4』では、この心理的プロセスがゲームデザインに組み込まれており、プレイヤーの感情移入を深める装置として機能しています。
銃は「秩序」を選ぶ:誰に倣うかの選択
『Fallout 4』では、NPC達はどの勢力に属するかで使う銃の傾向が大きく変わっていきます。これは単なるゲームメカニクスではなく、思想と武器の関係性を深く描いた設計です。
アメリカ陸軍を祖先にするB.O.S.に入ればレーザー兵器が標準となり、軍隊的な秩序と統制の象徴になります。これらの旧世界の先進兵器は、過ちの象徴である過去の技術を管理し、新たな秩序を築こうとする組織の理念を物質化したものです。レーザーライフルの精密な機構とレトロフューチャーなデザインは、混沌とした荒廃世界に対する「特別視される技術による解決」という答えを提示しています。投射する赤い可視光部分は希望の象徴であり、同時に圧倒的な力による統制の表現でもあります。


ミニッツメンでは素朴な武器を使い、主に「民兵的自立」を実行しようとします。代名詞的な武器であるレーザーマスケットは、高度な技術と伝統的な設計思想、そして戦列歩兵の時代から継がれている兵法や戦術を組み合わせた武器です。先述のレーザーライフルの機関部を転用したレーザー兵器でありながら、銃側面に取り付けられたクランクを回すことでチャージし強力な単発火力を投射するこの銃は、高度でありながら民間的で、誰でも使えるといった形で「民衆の、民衆による、民衆のための」という理念の体現していると見て取ることができます。

この武器を使うということは、エリート主義ではなく、普通の人々による助け合いと民主主義の価値観を選択することを意味しつつ、同時にその裏にある「限られた戦力と資源、豊かではない経済状況」といった厳しい現実を象徴します。

人造人間および自律思考する知性の解放を目指す地下組織レールロードでは、一般的なウェイストランド人の服装と一般的銃器や隠匿性の高い小型銃、或いは反対にミニガンやガウスライフルといった強大な火器との両極端な組み合わせが見かけられます。これは史実のパルチザンやレジスタンス組織にも多く見られた武力の行使の仕方で、「少数 対 多数」の事情或いは思想によるものです。



ほとんど人造人間のみが戦うインスティチュートなら、セラミックを多用した光学兵器の未来的無機質さが際立ちます。これらの武器は効率性と合理性を追求したデザインで、感情や伝統よりも科学的論理を重視する組織の思想を反映しています。インスティチュート武器の青白い可視光は、人間性を排除した純粋な理性の象徴です。美しくも冷酷なその輝きは、「人類の未来のためには非情な選択も必要」という組織の信念を表現しています。


銃器は単なる「武器」ではなく、あなたが誰に似ているのか、誰の行動原理に従っているのかをある程度語ってしまうのです。プレイヤーが無意識に選ぶ武器の種類や改造の方向性は、そのプレイヤーがどのような価値観を持ち、どのような未来を望んでいるかを映し出します。
つまり何を持って、どんな格好で戦うかという行為が、「誰の思想で撃っているか」の無言の宣言になり得るのです。これは『Fallout 4』の銃器システムが単なる戦闘メカニクスを超えて、プレイヤーの内面を表現する装置として機能することを示しています。
銃とは「自分」をつくりなおす道具
『Fallout 4』における銃器は、単なる道具ではありません。それは「誰かの物だった記憶」を引き受け、「自分の戦い方」でそれを書き換えるためのペンであり、過去と現在と未来をつなぐ「編纂装置」です。
プレイヤーが荒廃した世界で銃を手にするとき、そこには複数の時間軸が交錯します。過去――前の所有者が刻んだ歴史。現在――自分が選択する改造と使用法。未来――その武器と共に向かう目標。銃器はこれらすべてを統合し、プレイヤーのアイデンティティを形成する媒体として機能します。
そして、銃を撃つということは、自分の選択、所属、価値観、責任を、ひとつのトリガーで引き受けるということ。引き金を引く瞬間、プレイヤーは自分が何者であり、何を信じ、どこへ向かうのかを宣言しているのです。
撃ち方ではなく、「何を撃ってこなかったか」、「何を拾い、何を残したか」、そうした問いこそが、この世界における銃器の本質を形作っています。『Fallout 4』の銃器システムは、プレイヤーに道徳的な選択を迫り続ける装置でもあります。レイダーを撃つのは比較的容易ですが、迷った住民や仲間に銃口を向けることの重さ。敵の武器を使うことで、その価値観を部分的に受け入れてしまうことの複雑さを常に語りかけてきます。
この世界では、純粋な善悪の区別は存在しません。前作『Fallout: New Vegas』まで搭載されていたカルマシステムも存在しません。すべてが相対的で、文脈に依存しています。銃器はこの曖昧な世界で、プレイヤーに一貫した行動規範を見つけることを求める道徳的な試金石として機能しているのです。
銃とは「どのように生きたか」を語る記憶の容れ物であり、同時に荒廃した世界で「自分」をかたちづくる最後の道具なのです。
人は過ちを繰り返す……でも、それでも
日本語版の『Fallout』シリーズには、キャッチコピーとも言える「人は過ちを繰り返す」という名フレーズがあります。核戦争という最大の過ちを犯してしまった世界で、人々は再び武器を手に取り、再び争い、再び同じ道を歩もうとしているかのように見えます。しかし『Fallout 4』の銃器哲学は、そうした表面的な絶望を超えた場所に真実を見出しています。
人は過ちを繰り返すでしょう。しかしその一方で、人は記憶を受け継ぎ、意味を創造し、希望を持ち続ける存在でもあります。荒廃した世界で拾い上げる一丁の銃は、前の所有者の過ちかもしれませんが、同時にその人の願いや意志の結晶でもあります。プレイヤーがその銃を手に取り、改造し、名前を付け、共に戦う時、そこには単なる破壊の連鎖ではなく創造的な継承が生まれています。
『Fallout 4』の銃器哲学が最終的に描いているのは、破壊と創造、絶望と希望、過去と未来が複雑に絡み合った人間の本質です。銃という記憶装置を通じて、プレイヤーは自分という存在を再構築し続けていきます。それは過ちの繰り返しではなく、過ちから学び、より良い選択を模索し続ける人間の不屈の精神の表れなのです。
多くの存在が失われた世界でも、人は誰かの記憶を受け継ぎ、自分なりの意味を見出し、次の世代へと何かを託そうとします。武器という最も破壊的な道具でさえも、愛情と責任を込めて扱うことで、建設的な意味を持つ存在に変えてしまう。これこそが、『Fallout 4』が銃器を通して伝えてくる人間讃歌の核心と言えるでしょう。
確かに、人は過ちを繰り返すでしょう……でも、それでも。人は他者を愛し、ものを愛し、前に進むことができる存在なのです。
プレイヤーが素敵なジャーマンシェパードの相棒と共に、連邦の地に足を踏み出すとき。その手に握られている銃にも、「誰か」の、かけがえのない物語が受け継がれています。

「Let’s go, pal.」











