映画「ファイナルファンタジー」は何が『FF』だったのか?制作史を紐解き内容を分析してわかった「抗う」という要素【年末年始特集】 | Game*Spark - 国内・海外ゲーム情報サイト

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映画「ファイナルファンタジー」は何が『FF』だったのか?制作史を紐解き内容を分析してわかった「抗う」という要素【年末年始特集】

映画「ファイナルファンタジー」は何故制作されたのか?現存の資料を元にその歴史を辿った。

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映画「ファイナルファンタジー」は何が『FF』だったのか?制作史を紐解き内容を分析してわかった「抗う」という要素【年末年始特集】
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2001年9月15日に日本で公開され、かつて存在したスクウェア・ピクチャーズ制作による世界初のフォトリアルなフルCG映画「ファイナルファンタジー」。2025年3月に新潟で開催された「第3回新潟国際アニメーション映画祭」にてリバイバル上映されたことで注目を集めていました。

本作は、巨額の制作費に対する興行収入が芳しくなく、大きな赤字に。その赤字の大きさから失敗作として語られるだけでなく、記事執筆時点ではAmazonプライム・ビデオなどでの配信等やBD/4KUHDの日本展開もない事から今日では話題に挙がりにくい作品です(海外向けには配信だけでなくBD/4KUHD版も販売されている)。

本記事は映画「ファイナルファンタジー」の制作過程を追いながら作品そのものを振り返り、どんな特徴を持った作品なのかを振り返るものとなります。

CG技術の向上という目的で制作された映画「ファイナルファンタジー」

本作の企画がスタートしたのは1996年。CD-ROM付きムック「ファイナルファンタジー ザ・リミテッド・コレクション」によれば、当時のスクウェアは家庭用専門で、家庭用だけでなくアーケードで3D筐体を手がけていた他社と比べると、CGに対する研究開発力で遅れをとっていました。そのため『FF7』開発当時では、3DCGを知っている人が少なく、CGムービーの担当者は榊原幹典氏のみという状況でした(この時の状況は2014年のPAX Primeの講演で語られた)。

映画の制作過程を記した本「メイキング・オブ・ファイナルファンタジー」(日経エンタテインメント!)によれば、当時開発中だった『FF7』に収録されるプリレンダCG映像のカットシーンは、オープニングやマップ移動で使う乗り物の映像を合わせて全体で約45分存在しますが、これらを制作したことによって自分達のレベルの低さに気付いたそう。その一方で坂口氏は「これができるなら長編映画も夢じゃない」とも述べていました。

本作がフォトリアルなフルCG映画となったのは、橋本和幸氏によると将来的にゲームのCGが映画並にリアルなクオリティになると予想出来たことと、最初に映画を作ってフォトリアルなCGの技術的問題を全て解決してしまおうという目論見があったからです。

つまり、映画「ファイナルファンタジー」制作において一般的な映像制作会社が取る考え(リアルに近いCGで映画を作るなら、実在の俳優を撮った方が早いし安いという考えなど)と違うところは、映画制作を通じて得たCG技術をゲーム側に還元するためでした。なお、橋本氏がスクウェアへ参加する経緯はオートデスクに掲載されたインタビューにて語られています。

こうしてフルCG映画制作のために、『FF7』の開発が終わっていない1996年後半からスタッフ集めと新たなスタジオを設立することになりました。設立には治安や人材を考慮に入れるだけでなく、日本人やアメリカ人も来やすく日米の中間地点ある場所ということで、ハワイのホノルルで新たなスタジオを1997年5月に開設します(スクウェアUSAの1スタジオという位置付け)。

そして、プロデューサーに映画「ストリートファイター」などをプロデュースした経験を持った会田純氏を起用し、1999年の完成を目指して制作がスタートしました。

かつて公開されていたWeb現代による坂口博信氏へのインタビューによれば、映画には当初「ファイナルファンタジー」という題名を付ける予定ではなかったものの、素の自分で勝負・表現しないと作品にパワーが付かないということから、素でやった結果「これはファイナルファンタジーじゃないか!」ということになったとのこと。

「週刊ファミ通1997年11月28日号」に掲載された当時スクウェアの代表取締役だった武市智行氏のインタビューによれば、『FF7』に投入された約45分のプリレンダCG映像の存在がゲームの内容を高める一つの切っ掛けであったと評価しつつ、新しい試みとして映画制作について言及。また、映画を事業の柱にするつもりでなく、映画制作が他業種の人材を巻き込んでCG技術の向上を目指すことや、制作した映画を全世界の人が観て、高度な技術を持った会社が日本にあることを知ってもらうためとも語っていました。

余談ではありますが、同誌に掲載されていたナムコ(現バンダイナムコエンターテインメント)の代表取締役社長だった中村雅哉氏のインタビューでは、ナムコでも映像事業に進出しCGやデジタルコンテンツを制作するスタジオであるドリーム・ピクチュアズ・スタジオを、SCEやポリゴン・ピクチュアズと共に設立し、フルCG映画を作ろうとしていました(残念ながら、このドリーム・ピクチュアズ・スタジオは作品を完成させられずに解散してしまった)。

脚本は坂口氏が映画のストーリーの原案を書き、それをアル・ライナート氏が脚本として発展させたものが1997年秋に完成。同時進行でデザインやストーリーボード(絵コンテ)、Mayaを筆頭としたCG関連ソフトの研究開発、グレイ・プロジェクトと呼ばれるテスト映像の制作などが進んでいました。

しかしながら制作の途中で、コロンビア ピクチャーズ側の意見もあったこと制作が進んでいた素材を全面破棄し、脚本を大幅に変更する作り直しが発生してしまいます。1998年の秋頃から仕切り直し的に、本格的な制作のスタートとなりました。

その一方で、フォトリアルなフルCG映画を誰も完成させたことがない故に、スタッフ間の役割分担や責任の所在が明らかでないことによる疑心暗鬼や、度重なる組織改変も行われるなどスタジオ崩壊の危機もありました。

設定資料やレンダリング技術、脚本などが掲載された洋書「The Making of FINAL FANTASY: The Spirits Within」によれば、キャラクターを筆頭するアセット制作に使用したMayaやRenderManなどのソフトウェアが制作中の4年間に何度もアップグレードされたことで、古いバージョンで制作したものをインポートして修正するという作業に追われていたそう(加えてMayaをα版から使用し、開発のエイリアスへ様々なことをフィードバックしていた)。他にも、主人公アキが乗り込む宇宙船ブラックボアも初期に作られたモデルであるために、制作に非常に多くの問題があったと語られています。

1999年4月には撮影監督として榊原幹典氏が参加。この時点でも映画の制作自体は1997年前半の時より遅々として進んでいなかったそう。他にも1999年からはモーションキャプチャーの収録を開始し、さらに春からは吹き替え声優の選定も始めたものの、ハリウッドにおけるスクウェアの知名度の低さに翻弄されつつも進みます。

なお、当時スクウェアUSAのホノルル・スタジオでの環境や熱量は、『FFXI』記念サイトにおけるネットワークエンジニア伊勢幸一氏のインタビューで一部語られています。

「Newsweek 1999年2月24日号」掲載の記事によれば、会田純氏が映画「ファイナルファンタジー」の制作費7000万ドルに対する本作の採算をどう得るかの悩ましさを紹介しつつ、脚本のアル・ライナート氏がデモ映像を見てスタッフ入りを決意したことや、ストーリーの主題が「悲しみを乗り越えるもの」であると紹介されていました。

「週刊ダイアモンド2000年4月22日号」における坂口博信氏へのインタビューによれば、スクウェアグループ全体の従業員数が1182人に対し、ホノルル・スタジオにはゲーム部門が100人に加え、映画には日本人70と米国人80人が取り組んでいたとのこと(『FF9』の開発はホノルル・スタジオで行われていた)。

このインタビューでは映画製作の目的について『FF7』から3Dに映画的要素を入れたことで、この技術力が開発力の命運を決すると話しつつ、「しかも一気に飛躍したかったので、映画をつくることでハリウッドのノウハウを全部吸収しようと思ったんです」と語っています。また、ILMやピクサーほどの技術を持ったうえでゲームを作れば誰も追いつけないと考えていたそうです。

しかしながら、当初の予定では1999年末にCG映像部分が完成し、2000年春に映画そのものが完成して夏に公開する予定でしたが、1997年から1998年にかけての研究開発に時間かかったことなどをも含め2000年夏公開に間に合わず、2001年夏へ公開延期となり当初の予定より1年遅れてしまいます。そのため、映画を完成させるために追加の予算が必要となってしまいました。

2000年4月ごろまでの制作予算は7000万ドル(当時の為替レートで約74億円)でしたが、2000年夏には2001年春までに制作を終わらせるため人材の追加投入などが合わさって、最終的には1億3700万ドル(当時の為替レートで約160億円)まで膨れ上がってしまいます(当然のことながら、予算の追加はスクウェア内部で反発もあったそう)。

こうしたイベントが起きているなか、終盤になると制作ペースも上がり驚くようなスピードで進行しました。「メイキング オブ ファイナルファンタジー」で榊原氏が述べたことによれば、2001年2月ぐらいまで間に合うかどうかわからない状況でしたが、仕事の半分が過ぎて先が見える状態になると「スタッフも半分までは疑心暗鬼ですすめていたけど、先が見えてガッと集中した気がする」と振り返っていました。加えて、最後の半年間で映画半分を作った計算と述べており、いかに急ピッチで物事が進んだのかわかります。

洋書「The Making of FINAL FANTASY: The Spirits Within」のVFXスーパーバイザーRemo Balcells氏によれば、制作が大きく進んだ段階でカメラやオブジェクト、キャラクターの再配置が行われたこともあり問題も起きていたそう。しかしながら、終盤に制作の勢いが魔法のように増し、VFXセクションは予定より1ヶ月早く作業を終えられることが出来たと語られています。また本作のレンダリング解像度は1600×865ピクセルで、1フレーム平均レンダリング時間は6時間でした。

2001年4月には音楽収録を行い、5月初旬には主題歌を収録。同5月にはCG映像部分が完成。映像と音楽、SE、セリフ全てが合体させて映画が完成したのは2001年6月13日でした。7月2日のロサンゼルスでプレミア試写と、9日にはハワイでの試写が実施。7月11日からは全米で公開されました。当時のランキングによれば初登場4位。「ジュラシック・パークIII」が公開される週までは10位内にいましたがこれ以降登場していません。

日本では2001年8月に試写が実施され、公開されたのは2001年9月15日でした。日本における公開直後のランキングでは初登場2位を獲得ランキングには第3週までいましたが、他の人気作や話題作に押され以降はランク外に追いやられてしまっています。

一方で、日本映画製作者連盟の記録によると興行収入10億円を記録しており、20億の興行収入が大ヒットと言われる日本の映画界においては健闘した数字と言えるでしょう(映画「FF」の興行不振が伝えられたニュース記事では目標額が9億円と記載されており、日本では結果的に達成出来たことがわかる)。

最終的に映画「ファイナルファンタジー」の興行収入は、Box Office Mojoによるとアメリカだと約3200万ドル、全世界だと約8500万ドルでした。残念ながら膨れ上がった予算に到達せず、当時として記憶に残るような赤字へと至ってしまいました。

最後にスクウェアUSAは、映画「マトリックス」スピンオフのオムニバスアニメ「アニマトリックス」の1エピソードである「ファイナル・フライト・オブ・ザ・オシリス」を制作した後にホノルル・スタジオごと2002年3月に閉鎖。スタジオの次回作を作る構想もあったものの、そられは形にならずに終わってしまっています。

この2002年にはホノルル・スタジオの閉鎖が行われると共に、スクウェアとエニックスの合併が実現したことで、映画「ファイナルファンタジー」の幕が閉じたと言えるのかもしれません。なお、これらの合併騒動については、当時の社長だった和田洋一氏が過去の講演で語っており、この合併に至る原因は映画「FF」の不振だけでなく、デジキューブそのもののやスクウェア内部の問題、市場の拡大を含めた問題を解決するものとして、合併という結果に至ったことが語れています。

今改めて見る映画「ファイナルファンタジー」―悪くはないが端々の描写不足が気になる

ここからは、映画「ファイナルファンタジー」そのものを今改めて見てからの感想です。物語のネタバレがあるため、気になる方はご注意ください。

映画「ファイナルファンタジー」のあらすじは、地球の生命を死に追いやる隕石と共に宇宙からやってきた謎の存在“ファントム”によって荒廃した世界を舞台に、アキ博士がファントムを浄化させられる8つの精神体(スピリット)を探すというもの。

映画開始直後は、既に5つのスピリットを集めており、アキとシド博士、そしてアキの元恋人のグレイが所属する部隊ディープアイズの隊員と共に、強硬派の将軍であるハインに対抗しながら物語が展開されます。

ファントムは精神体なため通常目に見えず、少しでも触れると生者が死んでしまう厄介な存在。オヴォエネルギーを当てる事で倒すことができるし、半透明のオレンジ色として可視化できるようになる

公開から24年が経過した後に見る映画「FF」は、映像美にかなり力を入れているだけであって2025年末現在でも意外と違和感なく見えたことが驚きでした。映像そのものもフォトリアルなCGであることに加えて、キャラクターのアニメーションも良くカメラワークも大画面を意識したものとなっていることから、今見てもチープに感じにくいクオリティなのが驚異的です(一方で序盤のシーンは今現在みるとあまりにゲーム的すぎる。まさにチュートリアル的な映像)。

アキが見るドリームシークエンスや、古戦場跡でのスピリット捜索時の戦闘、中盤のバリアシティでの脱出劇、どれも迫力がありそこまで悪い印象は受けません。本作の中でとても印象に残ったのが、最後にグレイが起こした行動でした。

全てのスピリットを揃え、ファントム達を浄化させられる術を得たものの、それを行う装置を失ってしまったため、自らの命を投げ出て彼らを浄化させる…、この一連のシーンは今でも心に残るほどの良いシーンです。

一方で全体的に気になったのが、過程や状況説明を含めた描写が足りないこと。劇中に登場するキャラクターの一人に興味を持ってもあまり掘り下げられないことを筆頭に、観客が映画に入り込んで理解するための描写が大きく不足している印象を受けます。アキやシド博士もそうですが、共に行動するディープアイズの面々も空港での脱出戦で退場してしまうのが勿体なく、さらにもう一場面で活躍する姿を見たかったと思わせます。

主人公一行の掘り下げもそうですが、ゼウス砲そのものが問題を抱えており数発撃つと砲が破壊される危険な代物である設定は資料集にしか記されていないですし、ガイアを傷つけると天変地異が発生して危険なこともDVD収録のオーディオコメンタリーで明らかになるなど、全体的に説明不足なのです。

本作の上映時間は106分と、当時のCG映画としては長めでしたが、それでも描写不足な印象があるために、もう15~20分ほど時間を長くして、各々が行動する過程や、個々のキャラクターの掘り下げなどが描けていたら、より良かったのではないかと思ってしまいます。それでも本作の視聴後は、心地良く満足感がそれなりにあるため、一方的に駄作と切り捨てられない難しさも同時に存在しています。

映画でも逃れられなかった『FF』シリーズの「抗う」というテーマ

本家の『ファイナルファンタジー』シリーズでは、一部タイトルにおいて強大な組織や逃れられぬ運命などに対して「反抗」する物語が展開されることがありました。映画「ファイナルファンタジー」においてもその要素が残っており、登場人物の1人であるハイン将軍と別の解決口を探すものとして物語が展開されます。

ハイン将軍は強硬派で、過去にサンフランシスコのバリアシティで妻子をファントムによって失うという過去を持っており、劇中ではファントムの巣に対する効果が不確かなゼウス砲の使用を推進。アキやシド博士が探す融和波動を使ったファントムの浄化方法と対立する形で現れていました。

彼はアキの元恋人であるグレイに対して、アキに対するスパイ紛いの指令を与えるほか、第7のスピリット捜索時に監視役の特殊部隊員を配置。さらに、シド博士の研究所を押収し、帰還後はアキに問題が起きたことからシド博士と共々拘束してしまいます。こうした対立は映画終盤まで続き、最終的にはアキ共々巻き添えにする形でゼウス砲を発射。結果的に失敗してしまいますが、まさに強敵と言える人物でした。

こうして俯瞰してみると映画「FF」は、アキ一行vsハイン将軍vsファントムという構図となっており、それぞれが敵対しながら物語が進む三つ巴の物語であることがわかります。

本家で言えば『FF7』のアバランチvsセフィロス+神羅の構図とかなり近く、劇中で語られるガイア理論もライフストリームの設定ほぼそのまま。ファントムが宇宙からやってきた設定も、ジェノバが宇宙からやってきたものとほぼ同じです。魔法や幻獣など象徴的なものが登場しなくても旧来の『FF』に近いと言えます。

設定的な要素は前述の通りあまり現れていませんが、この「反抗」という要素は全編通して強く現れており、これこそ映画でも「ファイナルファンタジー」であることを強く象徴付けるものであるかと思うのです。

映画「ファイナルファンタジー」評価の難しさ

本作は制作意図や目標を含め全体的に評価するのは難しいように思えます。確かに、ストーリーの描写にはもう少し補足が欲しい作品でしたし、興行収入だけを見ても興行収入が制作費を上回ることにならず、制作費回収出来なかった失敗作と評価できます。

しかしながら、当初の目的である「映画制作を通じてCG技術を高めること」自体は達成されており、PS2時代以降のハイエンドなゲーム開発にフィードバック出来ているのであれば、一部成功として数えても良いように思えます。

「ファイナルファンタジー ザ・リミテッド・コレクション」で橋本氏が述べたことによれば、映画用に作ったツールはプラグインという形でスクウェアのヴィジュアルワークスへフィードバックしていた事に加えて、PS2のミドルウェアとして使えるリアルタイム用のグラフィックスライブラリも送っていたそうです。

しかしながら、映画「FF」で培われた技術や経験が後のタイトルでどのように活かされていたのかは多く言及されていないこともあり、外部からではその成果を見極めるのが難しく思えます。

少なくとも『FF7』から『FF10』までの4作品におけるプリレンダCG映像のクオリティはシリーズを追うごとに驚くほど高くなっており、21世紀に入った頃にはCG黎明期から取り組んでいたナムコやセガ並のクオリティに到達していたと思えます。

『FF9』がハワイのホノルル・スタジオで開発されていたことを思えば、映画制作の代償が大きすぎたものの、決して外すことが出来ない事業だったのではないかと感じてしまいます。ほぼCG未経験だったスクウェアが、この映画制作の4年間に得た成果はかなり大きいと推測できますが、実際にゲーム側へのフィードバックがどれほどあったのかは未だ不透明です。

元々、映画を事業の柱とするつもりがないことから、興行収入において仮に映画が成功したとしてもどこまで続いていたのかは不透明です。スクウェア立て直しの流れから、あっさりと閉鎖になってしまう可能性も否定出来ません。様々な事柄を重ね合わせて考慮してみると、少なくとも一観客という視点からは半分成功、半分失敗ではないかと思えます。

傑作ではないが、このまま忘れられてしまうには惜しい映画「FF」

映画「ファイナルファンタジー」は惜しい作品です。日本では本作のDVDが発売して以降に、日本語BD/4KUHD版の発売が行われず配信もないために再評価の機会が無く、映画そのものの良し悪しを巡って語ることが難しい作品となってしまっています。

また今回の調査で持参の資料だけでなく、国立国会図書館で過去の雑誌から様々なインタビューを調べた限り、本作の製作目的である「3DCG技術のステップアップ」だけでなくゲームと映画の融合を実現するための布石であることや、当時として前代未聞のフォトリアルなフルCG映画を自分達で創るという挑戦、スクウェアという会社の存在を世界に知って貰うためなど…、多種多様な想いも同時に語られているため、ステップアップのみだけでない詰み重なった想いも同時に感じてしまいます。

映画「FF」のエンディング曲にはフルCGの専用MVも制作された。映画では英語だが、このMVは日本語歌詞版。

日本国内では2002年に発売したDVDとビデオテープのみで、それ以降海外版の様にBDなどの販売がありません。権利関係の都合なのか、それとも別の理由があるのか定かではありませんが、日本においてこのまま歴史に埋もれさせてしまうのは非常に勿体ないですし、なんとかして配信や日本版BD/4KUHDの発売が実現して欲しいと思ってしまいます。

映画「ファイナルファンタジー」は傑作でなく、佳作と凡作の間に位置する作品ですが、2001年にフォトリアルなフルCG映画を世界で初めて制作するという野心を秘めた作品であり、一目見る価値はあると思います。あらかじめ問題点を知っておけば楽しめることは間違いないですし、作品それ自体を知る楽しさは十分に有り得ると思えるからです。

本記事のために使用した参考文献の一部

ファイナルファンタジーVII アドベントチルドレン (通常版)
¥3,750
(価格・在庫状況は記事公開時点のものです)
ライター:G.Suzuki,編集:みお

ライター/ミリタリーゲームファンです G.Suzuki

ミリタリー系ゲームが好きなフリーランスのライター。『エースコンバット』を中心にFPS/シムなどミリタリーを主軸に据えた作品が好みだが、『R-TYPE』シリーズや『トリガーハート エグゼリカ』などのSTGも好き。近年ではこれまで遊べてなかった話題作(クラシックタイトルを含む)に取り組んでいる。ゲーム以外では模型作り(ガンプラやスケモ等を問わない)を趣味の一つとしている。

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編集/Game*Spark共同編集長 みお

ゲーム文化と70年代の日本語の音楽大好き。人生ベストは『街 ~運命の交差点~』。2025年ベストは『Earthion』。 2021年3月からフリーライターを始め、2025年4月にGame*Spark編集部入り。2026年1月に共同編集長になりました。

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