
最近なにかと話題のゲーム『活俠傳(かっきょうでん)』を遊んでいます。これが評判通りに面白く、時間に追われる忙しい毎日を過ごしていても「何とか少しでも進めたい...!」という気持ちが強まるのです。
本作は、台湾のObb Studioが開発するシングルプレイ専用の武侠RPG作品です。醜悪な顔面を持つ男・趙活が、門派「唐門」に所属する外弟子として成長する、サクセスストーリーが展開されていきます。義侠心に溢れた侠客(きょうかく)のように生きてもよし、己の欲望に忠実な落ちこぼれ弟子として生きてもよし。心までブサイクになるかどうかはプレイヤー次第な作品です。
有志による日本語化MODの広まりによって、ゲームプレイのハードルは大きく下がり、日本での人気が爆発中な『活俠傳』。しかし、我々日本ユーザーからしてみれば、そもそも「武侠」というジャンルに対して、些か小難しそうなイメージが拭い切れていないのは間違いありません。
“異国の歴史モノ”という舞台背景は、実際相応の前提知識が求められるものですし、ましてそれがゲームの核となり得るテーマなら「ゲーム性を楽しむ」より「ゲームの世界を知る」ニュアンスが色濃くなるというもの。きっと、そこから生まれる煩雑さこそが、ある種の抵抗感に転じているのではないかと思うのです。
ですが、安心してください。時代背景など細かいことを抜きにしても『活俠傳』は面白いです。自認ブサイクの趙活がクセの強い兄弟弟子たちにこき使われ、時にはしょうもない事件に巻き込まれながら、唐門で修行の日々を送るというのが物語の基本的な流れです。
ですので、武侠という概念をよく知らなくても大丈夫。もちろん、気になったら調べてみることで、さらに『活俠傳』の世界を深く楽しめるはずです。ということで、本稿では話題沸騰中の『活俠傳』をプレイ中の筆者が、まだ触れたことがない人たちに向けて、改めてゲームの魅力を紹介していこうと思います。
■笑いと理不尽が満ちた唐門のドタバタ生活こそ魅力
主人公の趙活は、弱い・モテない・運も悪いの三重苦を背負った唐門の哀れな弟子。そんな彼の顔面は、自他共に認める造形の不出来さ以上に彼自身を不幸へと誘う、呪物のようなものでもあります。しかし、それはときに逆立ちしても勝てない美人剣客すら打ち倒す暗器となる......かもしれません。
趙活に対する扱いは基本悪いもので、同じく唐門に所属するほとんど兄弟弟子から、イジられたり貧乏くじを引かされたりとまあ理不尽。ですが、下心が顔に出るとそこそこ気持ち悪いことから、プレイヤーの心はそこまで痛みません。


『活俠傳』の良さは“武侠”という古式ゆかしい題材を中心に据えつつも、人間らしさ全開な趙活の魅力と、彼を取り囲む登場人物たちの個性にあると感じました。
ツッコミもボケも自由自在な趙活の視点で描く唐門での日常は、まるでギャグ漫画のように騒がしい日々です。そうした日常で苦労するのはいつも趙活。顔面の破壊力はスゴいですが、伊達に門派で学び続けてはいません。
また、プレイヤーの選択肢次第ですが、趙活は作中の常識人枠に数えられそうな、数少ない人物でもあるのです。周りはとにかくエキセントリックな人物ばかり。



ゲームを遊ぶ上で気になるのが、やはり題材とされる「武侠」の部分です。
しかしながら、本作は武侠の何たるかを心得から語る重たい構成ではなく、選択肢やダイスでのシナリオ分岐を通じて、結果的に武侠要素が表層に表れていく構造といえます。武侠を題材にしているとはいっても、それが物語や会話劇の魅力を打ち消してしまうほど、濃過ぎる存在感ではありません。


筆者がプレイしている体感としては、あくまでサクセスストーリーのテーマに「武侠」が採用されているくらいの温度感です。この武侠が強く出過ぎない塩梅加減が、とりわけ本作の良いところで、「武侠ミリしらでも何となく分かる」「よくわからんけど多分そういうもの」といった、やや漠然とした状態でも楽しめてしまうのです。
何より日本語化MODが非常に優秀。現状では粗もほとんどなく、本編を丁寧にジャパナイズし続けてくれています。登場人物のキャラクター性が、日本ユーザーにとって親しみやすいサブカルチャー的な文脈で個性付けされていることには驚きを禁じ得ませんでした。間違いなく翻訳ソフトを経由して遊ぶより、物語と会話劇の面白さが格段に増していることでしょう。


■唐門での積み重ねが趙活を強くする!
『活俠傳』はRPG作品であっても、いわゆる「レベルを上げて冒険する」王道テイストのベーシックRPGではありません。イメージとして近いのは、『パワフルプロ野球』シリーズのサクセスモードや『ウマ娘 プリティーダービー』のような、いわゆる「サクセス形式」の育成アドベンチャーゲームです。
自由時間を消費して趙活のステータスを個別に引き上げていき、物語中に発生するバトルパートで、プレイヤーが積み重ねてきた趙活の育成度合いが試されていく流れとなっています。


唐門でどのように過ごすかは自由です。うだつの上らない外弟子らしく下働きを重ねる、下山し街でお金を稼ぐ、仕事をサボり裏山でこっそり修練に励むなど、基本的な行動に制約はありません。過ごす場所によってはキャラクターとのイベントが発生するので、好感度イベントを狙ったような遊び方もプレイ指標のひとつでしょう。
無論、この手のゲームには欠かせない“スタミナ”のような概念もあります。
趙活はブサイクを自覚しているので、顔の醜さを指摘された程度では動じません。ですが、働いたり理不尽な目に遭ったりすると、「心相」ゲージが低下していき、次第に不調になります。そのため、適度に休みを取るか、ヒロインの唐黙鈴を夜な夜な覗き見することで、道徳と引き換えに心相を回復する必要があるのです。


ゲームを進めていけば、兄弟子たちと門派の運営方針を取り決める「唐門会議」に出られるようにもなります。唐門の中では下っ端の趙活ですが、一応の古株的人物であることから、彼の意見も取り入れようとする動きを見せていきます。このイベントでは働く度に溜まる貢献度と、趙活の行動力を消費して唐門全体の活動に貢献します。
普段からロクな目に遭わない趙活の提言が受け入れられ、それが唐門全体にとって良い結果をもたらすと、人知れずドヤ顔をしている趙活の顔が脳裏に浮かぶとともに、プレイヤー側も何だか誇らしい気持ちになれます。「あの趙活が立派に活躍しちゃって...」と、ある種の親心にも近そうな感情を抱かずにはいられません。


そんな趙活の勇姿はバトルでも見ることができます。本作のバトルは、1vs1のターン制コマンドバトルと、集団で戦う簡易2Dアクションの2種類が存在しています。
コマンドバトルはいわゆる「じゃんけん」のような手触りでした。ある行動に対して、別の行動が有利になるといったコマンドごとの相性関係が問われる仕組みです。敵の行動を予測しながらコマンド選択するので、読み違えるとキツい一撃を貰ってしまうリスクがあります。

集団戦では趙活を操作して、敵ユニットを地道に倒していきますが、囲まれるとあっという間にタコ殴りにされることも...。
どちらかと言えば逃げ腰気味に立ち回るような戦い方が多くなりそうです。この集団戦、プレイヤーは必死の形相で戦場を走り回るデフォルメ趙活を操作するのですが、当のデフォルメ趙活が微塵も可愛くないのがポイントです。

サクセス形式のシステムを筆頭にゲーム進行プロセス全体が、日本のゲーマーからしたらどこか馴染みやすいのは大きな特徴でしょう。同じサクセス形式のゲームをプレイした経験があるユーザーほど、趙活のライフスタイルは洗練されていそうです。
どうすれば趙活が唐門での存在感をより強めていけるのか。予期せぬバトルイベントの発生に備えてどう研鑽していくのか。誰の好感度を上げたら良さそうかなどなど、試行錯誤できる部分も多く、この辺りの育成論を突き詰めていく楽しさも持ち合わせていました。
■これはブサイク主人公だからこそ輝く、唯一無二の武侠譚かもしれない
『活俠傳』は、恐らくアジア産RPGの中でも、随一のブサイク主人公が活躍する特異なゲームだと思えます。フックになるだけの話題性はさることながら、遊んでみると彼の顔面も物語を構成する大事な要素だということが徐々に分かってきます。
持たざる者が足掻き続けていく様子は胸を打つものがありますし、物語の大筋もいつしか努力が結実していくといった、普遍的なメッセージ性を感じ取れます。何かと不遇で人生ハードモード気味な趙活をいかにしてプレイヤーが導いていくのかも、かなりユニークな切り口ではないでしょうか。


本作はゲームシステムの部分で、革新的な要素を内包するタイトルではありません。しかしながら、サクセス形式のRPG作品として堅実な作りなのは自明でしょう。
そこに物語の面白さだったり、この時代に息づく生き生きとしたキャラクターたちの存在感だったりが、武侠を題材とする世界に見事ハマっている印象です。個人的には、日本人から見て“本作以上にキャッチーな武侠系のゲーム作品は未だ存在していないのではないか?”と、感じるほど日本語化MODを使用した本作の手触りは良好なものでした。


『活俠傳』は、今年9月15日にヒロインルートやストーリー分岐といった、拡張要素を追加する大型アップデートの配信も決定しています。まだ見ぬ趙活の活躍に更なる期待が掛かるとともに、今後もブラッシュアップされていく有志たちの日本語化MODの活動を、是非とも応援したい限りです。













