
CD PROJEKT RED(以下、CDPR)の共同CEOミハウ・ノヴァコフスキ氏が、X上にてBioWareのスタジオ閉鎖に言及した内容が話題となっています。
同氏の投稿には『ウィッチャー』がE3に初出展した時の内容など、当時の写真で反応する関係者の姿も見られました。
「CDPRの歴史において、非常に大きな役割を果たしてきた」―BioWareとの出会いや、初代『ウィッチャー』での思い出を語る
CDPRの共同CEO、ミハウ・ノヴァコフスキ氏は自身のX上にて、BioWareのスタジオ閉鎖の発表を引用するかたちでコメント。BioWareはCDPRの歴史において、欠かせない存在であったことが語られています。
BioWareとCDPRが初めて接点を持ったのは『バルダーズ・ゲート』がきっかけで、ポーランドやチェコ、スロバキアなどで同作を販売する際にやり取りがあったようです。

そこから始まった両社の関係は、『ウィッチャー』にも大きく関わります。2007年に発売された初代『ウィッチャー』ではBioWare製のゲームエンジン「Aurora Engine」が使用されており、公開されている当時のトレイラーなどでもロゴが確認できます。
さらに、ノヴァコフスキ氏は当時のE3で、BioWareがブース内に『ウィッチャー』の出展スペースを提供してくれたことにも言及。ポーランドとカナダ、お互いのオフィスを訪れることもあったなど深いつながりがあったことを語っています。
投稿の最後では、「今回の影響を受けた方々は心から気の毒ですが、伝説的なブランドが衰退していくのを目にすることもまた悲しいです。ゲーム業界にとっても、決して良い日とは言えないでしょう」と締めくくっています。

2004年の『ウィッチャー』E3初出展の写真など、思い出を語る関係者の姿も
ノヴァコフスキ氏の投稿はX上でも大きな反響を呼び、BioWareにて『Mass Effect』などに携わってきたプロジェクトディレクターのMichael Gamble氏は、ノヴァコフスキ氏に対して感謝の気持ちを述べているなど、ここでも両社の強い絆が感じられます。
また、初代『ウィッチャー』や『バルダーズ・ゲート2』に関わってきた翻訳者のRyszard Chojnowski氏は、Xにて2004年のE3で初めて『ウィッチャー』が出展された時の様子を投稿しています。
「カーテンで仕切られたスペースにPCが1台置かれ、そこでAuroraエンジンを使ったデモがどうにかこうにか動いている、という状態でした」とコメント。
さらに、海外IGNには2004年当時のBioWareブースレポートが残っており、『Dragon Age』や『Jade Empire』に並んで、初代『ウィッチャー』が展示されていたことが明らかになっているほか、Eurogamerが過去に公開した「Seeing Red: The story of CD Projekt」のなかでは、『バルダーズ・ゲート』を通じたBioWareとの出会いが語られています。









