『ギターヒーロー』から流れるコテコテのハードロック。倉庫のような四角い建物の奥には黒い扉があります。そこを開くとブラウン管から漏れ出す煌びやかなビデオゲームの光たちが広がります。
この博物館にあるほとんどのアーケード筐体は、筆者である私よりも先に生まれています。私にはこれらに対する特別な記憶はほとんどありません。しかし分かります。ここがあらゆるゲームの記憶が刻まれたノスタルジーの楽園であるということが。

ポーランドという国はゲーム大国として知られています。『ウィッチャー3 ワイルドハント』『サイバーパンク2077』を生み出したCD PROJEKT RED、『Dead Island』『Dying Light』のTechland、『クッキングシミュレーター』のBig Cheese Studio、『Frostpunk』『This War of Mine』の11 bit studios──ゲーム好きであれば一度は聞いたことのあるであろうこれらの名作は、ポーランドで生まれました。
そんなポーランドの首都ワルシャワ郊外のWarszawa Raków駅から少し歩いたところに、100台以上のアーケードゲームを収蔵する博物館「Warsaw Arcade Museum」が存在しています。
博物館を立ち上げ、今も世界中から筐体を買い集めては修理し続けているのが、館長のMarcin Moszczynski(マルチン・モシュチンスキ)さんです。今回、館内を案内してもらいながら情熱の源について話を聞きました。

ポーランド最大のアーケードコレクション
博物館で出迎えてくれたモシュチンスキさんは非常に気さくです。私が「クールなアーケードゲーム博物館がワルシャワにあるから取材したい」とアポイントのメールを送ったら快諾し、自ら館内を案内してくれました。
彼は自らを「ポーランド最大のアーケードゲーム・コレクター」だと屈託のない笑顔で紹介してくれました。世界中から壊れた筐体を買い付け、仲間たちとともに修理して動く状態に戻す――それがライフワークだといいます。
現在運営している博物館は3館。最初に開館したクラクフ館には160台、開館から3年が経つワルシャワ館には140台、そして昨年バルト海沿岸の街グダニスクにオープンしたばかりの博物館にも120台が収蔵されています。いずれも、さらに新しい筐体の収蔵準備が進んでいるとのことです。

アメリカ、ヨーロッパ各国、そして日本。収集先は世界中に及びます。モシュチンスキさんは、今やパソコンやスマートフォンで遊ぶのが当たり前になった現代のプレイヤー、とりわけ若い世代や家族連れに向けて、「これがビデオゲームの歴史の始まりなんです」とその意義を語りました。
館内の壁にはイチオシだという大型壁画が描かれています。モチーフはピンボール台『EMBRYON』に登場するキャラクターです。グラフィティアーティストのDominik Kowalczykさんが手がけたもので、2024年6月の開館当初からこの博物館のシンボルになっているといいます。

硬貨が語る、筐体の故郷
館内ツアーでまず紹介されたのは、筐体のコイン投入口に記された文字。5ドイツマルク、500イタリア・リラ、20フラン。聞き馴染みのない通貨だなと思う人もいるかもしれません。これらは2002年にユーロ紙幣・硬貨が流通し始める以前、ヨーロッパの国々がそれぞれ独自の通貨を使っていた頃の名残です。

この筐体に記された通貨の文字を見れば、その筐体がかつてどの国で稼働していたかが一目でわかるそうです。ドイツマルクが入っていればドイツから、イタリア・リラが入っていればイタリアから来た筐体という具合です。硬貨そのものが、筐体の“出自証明書”になっているわけです。
私があらためて最初にプレイしたのはセガの大型筐体『The King of Route 66(キング・オブ・ルート66)』。大型トラックを模した、アメリカンで迫力満点の筐体で、あまりにも巨大なハンドルとスピーカーから鳴り響く重低音に度肝を抜かれます。

実際に運転してみると、これがなかなかのクセ者でした。荷物を積んだ大型トラックならではの慣性がリアルに再現されていて、カーブのたびにあっさり振り回されてしまいます。開幕早々、「アメリカ大陸を横断する」という壮大なコンセプトの前に、ものの数分で敗北感を味わうことになりました。
格闘、マルチプレイ、レース、シューティング……セクションごとに広がる世界
館内はジャンルごとにセクション分けされています。『モータルコンバット』『ストリートファイターII』『鉄拳』が並ぶ格闘ゲームコーナー。『サンセットライダーズ』『ガントレット』『ランページ』『キャプテン・アメリカ』『シンプソンズ』など、最大4人で同時プレイできる筐体が集まるマルチプレイヤーコーナー。
『デイトナUSA』『セガラリー』などのレーシングゲームのコーナー。そしてシューティングゲームのコーナーには、『ターミネーター2』『ポイントブランク』『ザ・ハウス・オブ・ザ・デッド』『クライシスゾーン』『カーンイビル』などが揃っています。


1983年製の『スター・ウォーズ』(Atari社製、線画で描画するベクターモニター仕様)や、『NBA Jam』『ハイパースポーツ』『エアバスケット』が並ぶスポーツコーナー、そして博物館の目玉である1980年代~90年代のピンボール台が並ぶコーナーも見逃せません。

1980年製の初代『パックマン』の前を通る時は、モシュチンスキさんが「私と同じ、46歳です」と茶目っ気たっぷりに紹介してくれました。
古いセクションを一通り見て回っていると、ふと視界に飛び込んできたのが見慣れたリズムゲームの筐体たち。『チュウニズム』『太鼓の達人』『ノスタルジア』──いずれも日本のゲームセンターでもよく見かける比較的新しい音楽ゲームです。
80年代~90年代の筐体の隣に、こうした現役バリバリのタイトルが当たり前のように並んでいる光景は、いわゆる「博物館」という言葉から想像する静的な展示とは一線を画します。過去から現在まで地続きに繋がっている、個人経営ならではの面白さでしょう。

エミュレーターは一切不使用、すべてがオリジナル
この博物館を語る上で欠かせないのが、「エミュレーターは一切使用しない」という徹底した方針です。10種類のゲームから選んで遊べる海外版ファミコン互換機「PlayChoice-10」や、1986年製の『スーパーマリオブラザーズ』、4つのカートリッジを切り替えて遊べるセガの「メガテック」筐体(『ゴールデンアックスII』『ソニック・ザ・ヘッジホッグ』『忍 -SHINOBI-』などを収録)。どれも、製造当時のまま稼働する正真正銘のオリジナル筐体だといいます。

40年近く前のモニター、40年近く前の基板。それでも動き続けているからこそ博物館たり得るのだとモシュチンスキさんは強調しました。
数ある展示の中でも特に印象的だったのが、1990年から1992年にかけてポーランド国内で製造された筐体です。クラクフの家具製造会社が手がけたもので、製造数はおよそ200台。ジョイスティックはスペインから輸入し、ディスプレイにはポーランド製テレビ「Neptune」をそのまま流用していたそうです。
モニターの角をよく見ると4本のネジが見えます。これを外せばこのテレビ部分を回転させることができ、『1942』や『達人(Truxton)』のような縦スクロールシューティングを縦画面でプレイできる仕組みになっているとのことです。

博物館の象徴、ワルシャワの人魚
最後に、モシュチンスキさんは個人的なエピソードも聞かせてくれました。身につけていたTシャツは、昨年訪れた大阪・心斎橋のピンボール専門店「THE SILVER BALL PLANET」で購入したものだそうです。
その話の流れで博物館のロゴにもなっている「ワルシャワの人魚(Warsaw Mermaid)」についても教えてくれました。上半身が女性、下半身が魚という伝統的な人魚の姿をモチーフにしながら、盾は『パックマン』、周囲には『パックマン』のゴーストたちがあしらわれた、この博物館ならではのオリジナルデザインです。
「ぜひみなさんも遊びに来てください」という言葉に送り出され、館内をあとにしました。

3つの街に分散する合計420台もの筐体、そのすべてが修理とエミュレーター不使用へのこだわりによって支えられています。硬貨という小さな手がかりから筐体の旅路を読み解き、ポーランド製の自家製筐体という知られざる歴史まで掘り起こします。
博物館は入り口でチケットを買うと、リストバンドをもらうことができます。1時間、2時間、あるいは1日(フリーパス)のチケットを買うシステムです。
すべての筐体、すべてのゲームは「フリープレイ」に設定されています。ただボタンを押して、スタートを押すだけで遊べるのです。時間内であれば、好きなだけ遊び放題。まさにアーケードゲーム好きにとっての楽園といえます。もしポーランドを訪れる機会があれば、ぜひ足を運んでみてほしい施設です。











