『エースコンバット』へ至る道―『エアーコンバット22』と初代『エスコン』を繋いだものとは?開発スタッフがシリーズ初期を振り返る【特集】 2ページ目 | Game*Spark - 国内・海外ゲーム情報サイト

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『エースコンバット』へ至る道―『エアーコンバット22』と初代『エスコン』を繋いだものとは?開発スタッフがシリーズ初期を振り返る【特集】

『エースコンバット』シリーズの原点を知るために、始祖の1タイトルである『エアーコンバット22』開発に関わった大村純氏と夛湖久治氏の2人にお話を聞きました。お二人は最新作『エースコンバット7』の開発にも関わっています。

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『エースコンバット』へ至る道―『エアーコンバット22』と初代『エスコン』を繋いだものとは?開発スタッフがシリーズ初期を振り返る【特集】
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■『エアーコンバット』と『エースコンバット』を繋げたのは1冊の仕様書


――どうりで上級だと機銃プレイが中心となるのですね!納得です。ところで初代『エースコンバット』のエンディングのスタッフロールには、夛湖氏と大村氏のお二人の名前がスペシャルサンクスとして出ていますが、何らかの形で開発に協力したのでしょうか?

大村氏: 『エースコンバット』は当時『22』の開発がスタートしている時に、CS開発部から「ドッグファイトをテーマにした家庭用ゲームをPS向けに作るので、お互い協力してやっていきましょう」との話がありました。

さらに『22』の開発が先行していたため、こちらから提供可能な資料など出来ることがあればと、そのような形で初代『エースコンバット』の開発に協力しました。

夛湖氏: (内容的には)ごくごく簡単な「フライトシューティングとは何か?」という程度の監修でしたね。我々も『22』の開発が佳境に入ってきたため、あまり監修の回数を重ねられたわけではありませんが、『22』の仕様書という形でノウハウをお渡ししました。

そこから「勝手に敵機が射撃レンジに入ってくる挙動」などが普通に初代『ACE』の仕様として汲み取られました。最後に初代『エースコンバット』のディレクターが「お名前を入れたいので」という事から、エンディングで名前が合っているかと文字のチェックをしました。

CSサイドは別の開発室なので、直接そこの中に入り我々『22』のスタッフが作ったという訳では無いのですよね。

この開発コードV150『エアーコンバット22』P2仕様書が『エアーコンバット』と『エースコンバット』を繋いだ歴史的に重要な書類

――『エアー』と『エース』を繋いだのは1冊の仕様書というのはとても貴重ですね、今こう目の前にしているのが信じられないです。ところで初代『エアーコンバット』は1992年のAMショーに出展され、翌年には同社の初代『リッジレーサー』(以下、『リッジ』)も稼働しています。当時は『リッジ』と『エアー』のどちらが人気でしたか?

大村氏: それはもちろん『リッジレーサー』でした。『リッジ』はレーシングゲームでお客様の間口が広く遊ぶにあたっての前提条件なくプレイできるのが大きいかと(笑)。

夛湖氏: これ以降の1995年には『22』の他に、先の『アルペンレーサー』もリリースしていましたけれど、中・大型機がより一般向きになり始めたんですよね。

そしてその後の競争馬レースゲーム『ファイナルハロン』などに向いた方向の流れの行き着く先は、最終的に『レースオン!』というところへたどり着きます。それらを加味すると、コアな方に向いている『エアー』系はお客様を選ぶタイプのゲームという感じでしたね。

――そうなると『22』の当時のインカムはそこそこぐらいだったんでしょうか?

夛湖氏: ロケテストは良い数字でしたね。が、すみません、昔のことなので数字はハッキリとは覚えていません。。

大村氏: ただやはりお客様を選ぶゲームなので、『リッジ』ほど回転数が高いゲームではありませんでしたね。『リッジ』は車なので直感的に運転しやすいのですが、『エアーコンバット』は飛行機を飛ばせる人と飛ばせない人に分かれてしまうんです。(『エアー』は)操作をなるべく簡単にしたのですが、やっぱり出来ない人はどうしても遊びきれないんですよね。

夛湖氏: 仕様書をみて驚いたのが、当時は新入社員でしたので、ゲームづくりに詳しくなく、「普通に飛行機を飛ばすだけかな」と思っていたところ、わざわざ敵機を自機の前に呼び込ませる対策があって、「ああ、そうしないと空って飛べないんだな」と知ったことです。

好きな気持ちは変わらなかったのですが、裏側を見てしまって色々とショックを受け「ちゃんとそこまで考えないとゲームって作れないんだな」と思いながら読んでいました。

大村氏: ノウハウが盛り込まれていたからね。自分も作ってみて、いろんなことが初めてわかりましたね。

夛湖氏: 結構驚きましたね。その当時から『エースコンバット』シリーズで普通に盛り込まれている「ヒーロー体験・撃墜の爽快感」が初めから存在するため「プレイヤーが欲しいものは(今も昔も)それほど差がないのだな」と思いましたね

――音楽についてですが、『エースコンバット3D クロスランブル』では、『22』の「If the Sky is Bumin' Out!」と「Surrender Me」のアレンジ楽曲がありましたが、導入される時に何か意見を求められた事などありました?

夛湖氏: あれは嬉しかったですね。直接的に「入れてください」という話はありませんでしたが、CSを担当している同期入社の人から「入ったよ!」や「入れさせて貰ったよ!」と色々話は聞いています。

大村氏: 同期のサウンド担当の中村和宏氏が作曲してくれました。自分としても一番のお気に入り楽曲ですね。いつ聴いてもカッコよくて熱くなれる大好きな曲です!

夛湖氏: (『エアーコンバット』には)ロックテイストが合いますよね(笑)

大村氏: 映画「トップガン」もあったし、ロックな感じにして欲しいとサウンド担当に話をしましたね。個人的に映画「ストリート・オブ・ファイヤー」の終わり方が好きだったので、『22』は「エンディング曲もロックにしてくれ!」と言ったんですが却下されました(笑)

夛湖氏: それで「ロックだ!ロック!」と何度も言ってたんですね!私はしっとりと終わってくれるほうが好きなので、あれはサウンド担当に賛成です(笑)

大村氏: しっとり終わるんじゃ無くて、(クリアした後に)燃えたハートのまま筐体を後にして欲しいし、鎮めちゃだめじゃん!という自分なりの考えもありましたが、そこは周りの意見も聴いて、余韻を残す終わり方に最終的にはしたんですよね。(笑)

――『22』の音楽にはそんな意味合いも込められていたのですね!また、当時のユーザーの反応や感想について何か印象的なものがありましたら教えてください

夛湖氏: 一つ言えることは、当時の感想は直接的に我々のところに届く訳ではありませんでした。お客様のお便りは厳選されたものが来るため、今のインターネットのように検索したらお客様の生の声が見つかるような感じではありませんでした。

当然そこまでの(感想を書く)エネルギーを持ってくれる人は大体褒めてくれる事が多いので、いつも感謝しながら読んでいましたね。Twitterなどで『22』を懐かしむ機会があったときに「ガンキルを狙う上級モードは難しかったね」と、やっとプレイヤーの本音に気付いたぐらいでした。

大村氏: 僕も同じですね。今と違って当時はお客様の声がなかなか届く時代ではありませんでした。業務用機のゲームショウで出展した時に、当時のゲーム雑誌の方からですが、「これは凄い!」とお褒めの言葉を受け取った事は嬉しかったですね。

ゲームセンターでお客様を見て覚えているところでは、飛行機操作のスティックを引いて上昇、押して下降する動作がありますが、飛行機のメカニズムを知っていれば違和感無い操作でした。しかし、知らない人にはとことんわからない挙動なので、最初に「スティックのリバース選択機能を入れておけば良かったな」というのが反省点ですね。

夛湖氏: 大村さん言っていましたね!その通りでしたね。

大村氏: その部分に関しては、ゲーム的に引っかかる人が多かったと思います。いまさらですが、本当に反省点ですね。

――確かにわからなくもない話題ですよね。自分も初代『エースコンバット』を初めてプレイした時に、方向キーの↑を押して下降、↓を押して上昇というのを理解するのに時間がかかりました。飛行機のメカニズムを理解するまでわかりにくい要素でしたね。

大村氏: 「ゲーム画面的に方向キー↑を押したら、上に動くだろう!」みたいな(笑)

夛湖氏: 今思い出しましたけれど開発室でも言っていましたね「どうして逆に向くんだよ!」というプレイヤーの反応が多かったことを……。そう言えば、当時のナムコには社長発表があって、完成品を必ず中村社長が遊ぶんですよ。

そこで中村社長のOKが出ないと駄目という状況で、あの時の社長はかくしゃくとしてプレイされてましたが、結構ヒヤヒヤしながら見ていた思い出があります(笑)社長が来ると場の緊張の糸がピンと張り詰めましたね。そこで「面白くないね」と言われたらかなり辛く、下手すると作り直しぐらいになってしまうので(笑)

大村氏: でも実際に社長がそこまで厳しくチェックするわけではなくて、出来上がった製品が自分の会社の名前を背負って世の中に出て行く前に、ご自身の目で見ておきたかったのでしょうね。

夛湖氏: そうだったんですか!「私は社長が遊ぶんだ」ということでめちゃめちゃ緊張しましたよ。

大村氏: 緊張するけれど、「ここはだめ、ここは直せ」という厳しいことは、『22』に関しては無かったですね。

――本当に社長がただプレイされただけだったんですね

夛湖氏: とはいえ、実際私が入社してから1年目や2年目は、社長のチェックは崇高過ぎました。入りたての新入社員と社長ですからね。

社長がスーツ姿で遊んでいたりするもので、ただひたすら粗相は無いか緊張したりしていましたね。さらに秘書の方がジュースやおしぼり類を提供するあの独特な場の雰囲気にも圧倒されました。

――中村社長に関するエピソードにはそういうのがあったんですね!確か90年代当時のナムコは神奈川の横浜に開発室があったと聞きますが?

夛湖氏: 当時は横浜クリエイティブセンターことYCCがありました。私は94年入社ですが、業務用の開発部隊は神奈川区のYCCと、港北区の「横浜未来研究所」の2つに分かれていました。

94年当時はシアター6版『ギャラクシアン3』など大型のプロジェクトは横浜未来研究所で、比較的小さいプロジェクトはYCCで、一方終わりかけのプロジェクトは横浜未来研究所で行っていました。未来研究所では『リッジレーサー』や『リッジレーサー2』のフルスケール筐体を残していましたね。

大村氏: その後、横浜未来研究所の方はハード開発を担当し、筐体のデザインや電気やメカの設計を行い、、ソフトウェアの開発に関してはYCCで行っていました。

夛湖氏: VRゾーンの小山順一朗も元々は横浜未来研究所の設計出身で、何か設計とか筐体デザインをお願いしたりすると、我々は横浜未来研究所へ第三京浜で社用車を飛ばして行っていたことを思い出します。

――そんな分け方だったんですね。ちなみにこの『22』などの企画書の注目ポイントはどこでしょうか?

夛湖氏: どれも見所満載で、初期タイトル名が『エアーコンバットII』という以外にも、敵機に追撃される機動では敵機が常に前に出てくる機動をするように仕様書には書かれています。

他には地形や視界、AI機のウェイポイント移動の進行などです。このウェイポイント方式の進行は今の『エースコンバット』でも使っています。

大村氏: ウェイポイントに関してはプログラマーの人が苦労して組んでいましたね。なかなか思い通りに通らないので。

簡単にすれば通るのだけれど、そうすると飛行機らしく飛んでいるように見えないから、いかに飛行機らしく飛んでいるように見えて、かつその地点をちゃんと通過させるという塩梅が難しかったです

夛湖氏: ここのポイントを無理矢理行かせようとすると飛行機っぽく無くなって、その反対にあまり飛行機っぽく飛ばそうとすると、このポイントを通過しにくくなるので、アナログ的で制御が難しかったです


大村氏: そのため、厳密にはポイントではなく立方体を通過判定ボックスとして設定し、その立方体をくぐれば通過したと見なすようにしました。それから敵機の編隊飛行の挙動制御もプログラマ-が相当苦労していましたね。

どういうことかと言いますと、編隊飛行を組んだまま旋回させようとすると旋回している内側と外側では移動量が異なりますよね、その差を上手く埋めてやらないと綺麗に曲がらないんですよね。そのため「編隊の形、多少崩れてもいい?」、「いいよ」といったやりとりをしてましたね。

夛湖氏: また企画書巻末には登場機体選定の為の資料を設けました。個人的に艦上用小型攻撃機とかちょっと古めだったり、小さくて頑張っている感じの機体が好きなのですけれど『22』で採用にはなりませんでしたね。

大村氏: それは機体のサイズが小さすぎでしたね。カッコイイんですけれど、業務用3Dシューティングゲームの敵(的)としてはちょっと…、ということで採用を見送りました。

――そうだったのですね、ちなみに『22』のプレイアブル機体3機の選定基準はどんなところにあったのでしょうか?

大村氏: 当時「これが人気だよね」と素直に決まりましたね。「トップガン」で知名度があるとか、カナード付いていてカッコイイとか、当時の最新鋭で未来感があるよねという理由でしたね。

ただステルス機は当時後ろから見たら「あんまりカッコよくないよね」と思っちゃいました。可変翼機やスリーサーフェース機はいかにも戦闘機という体ですが、ステルス機は従来機より張り出している部分がないので、よくわからないものが飛んでいると当時でも「UFOみたい」と言われていた記憶がありますね。

※スリーサーフェス機=カナード、主翼、水平尾翼の3つの翼面からなる機体

夛湖氏: えっ、そうですか!?私は個人的にステルス機のベクターノズルはSF的でとてもカッコイイと思うのですけれど!?

――当時のステルス機は現実世界でも、まだこれからという時代でしたからね……。歴史を感じます。

夛湖氏: (『22』のステルス機のモデリングを指して)機首形状や羽の部分を見ると、独特なと言いますか、ちょっと異質な形状をしていますからね。

大村氏: 話がそれますが、現実の有人戦闘機の開発スピードが冷戦終結以後遅くなりましたからね。むしろ無人機の開発に傾斜しているので、有人戦闘機ファンの一人としてはちょっと寂しいですね


次ページ:『エアーコンバット22』から『エースコンバット7』で変わらない要素とは?
《G.Suzuki》

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