崩壊したローマ帝国と入れ替わるようにして勢力を拡大したイスラム勢力は、キリスト教によって異端視されたローマ文明の受け皿となり、東方の研究と組み合わせて現代に通じる科学的な研究を数多く確立しました。『アサシン クリード ミラージュ』の時点では主要な研究がいくつか紹介されていましたね。今回は具体的にどのようなものが欧州に影響を与えたのかを紹介します。
数学
まず、日常で使うもので思いつくのは「アラビア数字」でしょう。アラビア、と言いつつ実はインド起源というややこしい名称のアラビア数字ですが、これはあくまで欧州に入ってきたのがアラビア経由だったためであり、交易を通じた東方からの伝来です。イスラム勢力に伝わったときには既に「0」が組み込まれており、ローマ数字に代わって欧州に普及したのは16世紀以降になります。
その有用性は比較すれば明らかで、ローマ数字は文字数が多く、桁数によって使う文字が変わります。例えばアラビア数字「3,978」をローマ数字に変換すると「MMMCMLXXVIII」となり、4文字から12文字と約3倍のスペースを消費してしまいます。大きな数の計算すれば書くだけでも大変ですね。文字の上に線を引くと1,000倍できますが、例えば50桁くらいの数字を作ることになったら、上の線を10本以上書かなければいけないので、文字列の上のスペースも必要です。
分解すると「MMM」が3,000、「CM」が900、「LXX」が70、「VIII」が8です。「9」を表すときには「1＋次の桁の1」と書くので、「MMMCM」と繋げると、次の桁と同じ文字が連続して視認性がよくありません。さらに文字列が多ければ必ず大きい数字になるとは限らないので、2つの数列を並べたときに大小はどうなっているのか、直感的には分かりません。「MIV」と「CMLXXXVIII」、どちらの数が大きいか分かりますか？答えは1,004と988で、文字数の少ない前者の方が大きい数なのです。
アラビア数字であれば桁数は数の大きさに比例し、計算するときに並べれば「0」があるので同じ桁が必ず同じ位置に来ます。省スペース、視認性良好、無限の連続性、計算のしやすさ。数学の発展にこれらの利便性が大きく寄与したのは間違いないでしょう。
代表的なアラビアの数学は、数字を使わない代数学の祖であるフワーリズミー（アブー・アブドゥッラー・ムハンマド・イブン・ムーサー・アル＝フワーリズミー）です。『ミラージュ』から少し前の時代に「知恵の館」で活動、0を含むインド数学をアラビアに導入し、いかに効率よく計算できるかを研究しました。そして学校の数学で習う方程式の書き方、ax+by=czのような「代数」の記述を確立しました。
与えられた問題に対してどのようなアプローチで解くのが最適かを示した手順を、現在では「アルゴリズム」と呼びますが、フワーリズミーの名前がその語源です。彼が考案した効率的な計算手法によって、地球の外周の計算など数学を用いた天文学の測量の精度が上がり、現在のコンピューターの高速な演算が成り立っているのです。
天文学
イスラム教にとって、正確な時刻や方角を知ることは最も重要です。というのも礼拝の習慣と密接に結びついていて、遠くの旅先に於いても正確な時間、メッカの方角を把握する必要性があったのです。これを計算するために普及したのが、ゲーム内事典でも紹介されている「アストロラーベ」です。これは小学校の時に使った星座盤の原型で、パソコンのように持ち歩きながら測量や時刻の算出に使います。測量の精度を上げるために用いたのが他でもない天文学でした。
イスラム天文学の重要な功績は「アルマゲスト」の研究です。ローマのプトレマイオスが記した書物を「知恵の館」で9世紀にアブー・マーシャルが翻訳したものが「アルマゲスト」であり、アラビア語のタイトルが通称として定着しました。「アルマゲスト」を研究していく過程で、アラビアの精緻な観測とプトレマイオスの理論が食い違うことが判明し、それを解決するために注釈書がいくつも記されました。
13世紀の天文学者ナスィールッディーン・トゥースィーは、惑星の動く速度が変わる理由を説明する「トゥースィーの対円」を考案しました。これが後に、コペルニクスの地動説の理論構築で参照されたのではないか、とされているのです。コペルニクスは「アルマゲスト」を参照していたので、同時にイスラムの注釈書を見た可能性は十分にあります。
今日の科学史では、主に古代ギリシャと、大きくスキップしてルネサンス以降の欧州における研究を軸に語られています。しかし、その間にあるイスラム世界の研究を多くの人が知りません。ですが、現代的な科学的思考や実験手法の基礎を築いたのは間違いなく彼らであり、ルネサンス以降の欧州科学に至る道筋はアラビアが切り開きました。その業績にもっと光が当たることを願います。
