本題に入る前に一言。ダンカンバカヤロー!
ついでにエドワードも奈緒江にぶん殴ってもらうとして。『アサシン クリード ブラック フラッグ RE:シンクロ』の主題である海賊……そのイメージで一般的なのは、訛りのある英語を主に喋り、国家権力を唾棄する独立自治の自由人です。現在のエンタメに流れ込んでいるそうしたイメージは、フランス革命やアメリカ独立の前夜において、「海賊史」などにより形作られた啓蒙思想の偶像と言って良いでしょう。
マダガスカルのユートピア「リバタリア」、自由平等を謳うミッソン船長も、現在ではほぼフィクションと見做されています(※過去記事参照)。しかしそれらの「盛った」部分は多少なりあるにせよ、既存の権力が及ばない領域で、出自を問わない実力主義の世界は革命独立の気風を多分に秘めていたことは間違いありません。
ヴァイキングなどを含め、海を渡る「賊」は有史以来様々いましたが、近代のいわゆる「私掠船」としての海賊は基本的に国家から免状をもらって活動するため、まず国家の後ろ盾ありきです。敵国の輸送を妨害し、国庫へ上納し、海事に呼ばれれば参戦し、フランシス・ドレイクのように功績を挙げれば国家の英雄となりました。
それ故に、本来の私掠船乗りは建前上でも「国家の犬」であることには変わりなかったのです。それが黄金時代に反権力の象徴へ転換したのは、なぜなのでしょうか。


"No man will be a sailor who has contrivance enough to get himself into jail; for being in a ship is being in a jail, with the chance of being drowned."-Samuel Johnson
まず念頭に置かなければならないのが、当時の船乗りという仕事が最低最悪の環境であったこと。「牢獄のほうがマシ」と言われるほどで、鞭打ちありの奴隷扱いは当たり前、疫病や飢餓、戦闘で命の危険に晒され、船が沈めばそれで終わり。どんな理不尽な目に遭っても海上に逃げ場はありません。
そういう役目を担うのは常に社会の最下層であり、イングランドではロンドンやコーンウォール、既に英国へ併合されていたウェールズなどの貧しい人々で主に構成されていました。
戦争になれば強制徴用で海軍船に問答無用で乗せられ、末端の船乗りがまともに生き延びるには脱走か、反乱して乗っ取るか、それ以外に道はなかったのです。そりゃあキャロラインも渋い顔するに決まっています。

そこに第三の選択肢として存在していたのが、私掠船の略奪による荒稼ぎでした。どんなにハイリスクでも、成功さえすれば乗組員全員をまともに食わせるだけの収入があるので、一度味を占めれば二度と「普通の船乗り」に戻ろうとは思いません。
海賊達が命がけで一攫千金の財宝を目指す理由は、単なる欲だけでない最悪からの脱出、そして理不尽を強いる上層階級への下剋上でもあったのです。私掠船は国家公認でそれができる訳ですから、多くの人が貴重な成り上がりのチャンスを狙いました。
黄金時代(1650~1730)の海賊の多くを占めていたのは、イングランド人を中心にしたブリテン系の人々でした。裏を返せばそれだけの勢力を築くだけの人数が本国から離れていたということでもあり、その一因は17世紀におけるブリテンの大荒れにあります。
1603年のエリザベス1世死去後、宗教を巡ってスコットランドやアイルランドを巻き込んだ清教徒革命、王政を廃したイングランド共和国による侵攻、かと思えば王政復古から名誉革命、スペイン継承戦争が終わったら王朝断絶、今度は英語をろくに喋れないよその国の人間が王になる。1639~1714の75年間に宗教も王朝も滅茶苦茶になるわ、戦争に民が駆り出されて疲弊するわで、その煽りを食らった人々が、船に乗る道を選ぶほかなかったことは容易に想像できるでしょう。


アメリカに渡ったピルグリムファーザーズと同様に、政治思想や宗教の弾圧によって、自ら望む者も望まない者も、新世界のイングランド入植地へと向かいます。酒場でアイリッシュの演奏を見掛けますが、その当時アイルランドやスコットランドでは同化政策によってそれらの文化は禁じられていました。難民の多くは、プランテーションの労働力にされます。
海賊文化には抑圧から逃れたアイルランド・スコットランドの要素も多分に盛り込まれており、無法という究極の自由が認められた海賊コミュニティの中でしか、自分たちらしく生きることができなかったのかもしれません。
そういう状況の中で、1714年のジョージ1世戴冠は国や王家への忠義を失わせる一押しになったと推察されます。本作冒頭でも、エドワードがジョージ王への嫌悪を示していましたね。

私掠船は植民地にも波及したスペイン継承戦争・アン女王戦争(1701~1713)でも戦力として活躍しました。しかしユトレヒト条約で終戦を迎えると私掠船は用済みとなり、戦後も海賊として略奪を続ける彼らを欧州各国は疎みます。
今作の舞台となる1715年以降は海賊の殲滅に動き出し、見せしめの処刑が各地で積極的に行われました。船乗り達からしてみれば、奴隷同然の船乗りじゃまともに生きられない、政府に従ったところで宗教や政治思想で弾圧に遭うのは目に見えている、だったら出自を問わない海賊で少しでも好きにやれる方がずっとマシ、そう思うのも無理はないでしょう。
だからこそ、既存の枠組みを否定する独立自治が重要だったのです。

船という小さな世界ではあるものの、海賊は暴政を振るう船長への反乱を成し遂げた革命者。荒波を乗り越えるためには生まれも貧富も関係ない。手にした自由を最後まで抱えて死を恐れない。
その姿は図らずも既得権益の打破を目指す啓蒙思想と共鳴し、海賊時代の終焉を迎えた後に「ロマンを追う自由人」という残像が一人歩きしていきました。しかし実際のところは、抑圧から必死に逃れようと団結した難民達だったのではないでしょうか。













