
3月25日、チェコのWarhorse Studiosを訪問。その際、日本人コンセプトアーティストとして『キングダムカム・デリバランス II』の制作を行う川谷久海さんに出会い、インタビューを実施することが叶いました。
もともと映画業界でのキャリアを夢見てチェコに訪れた久海さんがなぜゲーム業界へ入ったのか、その経緯や、ご妊娠されている中で感じる日本とのワークスタイルの違い、今後の展望などをお伺いしました。
映画業界からゲーム業界へ…異国の地チェコでのキャリアスタート
――まずWarhorse Studiosへの就職についてのお話しの前に、どうしてイギリスやフランスといった、日本人により馴染み深い国ではなく、チェコという中央ヨーロッパの地に来ようと考えたのですか。
川谷久海氏(以下、川谷氏):私は「トビタテ!留学JAPAN」という文部科学省の助成金プログラムに採択され、海外留学のチャンスを得たことがチェコに訪れることを考える最初のきっかけでした。東京の大学院にいたころから美術に関する勉強をしていたのですが、特に映画のビジュアル面に関する仕事や勉強がしたく考えていて。その中でチェコという国を選択しました。実はきっかけはゲームではなく映画なんですよ。



またおっしゃる通り、留学先を選ぶ上で、イギリスかチェコかでも悩んだのですが、良い意味で規模感がコンパクトな組織や学校が多く、教師との距離感が近いこともあって、チェコという国を選びました。また大学院での勉強と並行して、「バランドフスタジオ」という映画制作スタジオにお手伝いという形で入り、アーティストとしてのキャリアをスタートしました。


――もともとミュシャなどの存在は知っていたのですが、自身も実際にチェコを歩いてみて、街並みからアートへのこだわりをとても強く感じました。映画制作のレベルも非常に高いのですね。
川谷氏:実はチェコでは世界中の映画を作っているんですよね。例えば、私が元々入っていたバランドフスタジオでは、「007」や「ミッション:インポッシブル」などを制作しています。私自身は「チェコの映画」というよりも「映画そのもの」を勉強したく考え留学にきたので、世界を見据えてコンテンツを制作できる環境はとても良かったです。
もちろん、チェコならではの映画の魅力があると思います。長らく社会主義の中で抑圧されてきたので、映画でもあまりダイレクトに表現しない。直接何かを批判することは危険なので、どこか皮肉やジョークをこめながらメッセージを届けるような、「凄みはあるんだけどどこか間が抜けている雰囲気」がチェコの映画の個性としてあると感じます。
――そうなのですね、でもどうしてそこから映画の世界ではなく、ゲームの世界に移行してきたのですか?
川谷氏:卒業後もイギリスなど別の環境に行き、さらに映画の勉強をするといった選択肢も考えたのですが、チェコの映画業界に携わるうちに、自分のやりたいことが「映画とゲーム、どちらでも求められていることだな」ということも学びました。
Warhorse Studiosの『キングダムカム・デリバランス』はもちろん、ポーランドのCD Projektで開発された『サイバーパンク2077』などをプレイすればわかるように、ヨーロッパではゲームと映画の境目ってなくなってきているんですよね。
「映画の世界を自分でプレイするか」「一方的に進むストーリーを座って観るか」ってことしか、もう映画とゲームの違いがなくなっていて。このような業界自体の変化を感じる中で、自身もゲーム業界に身を投じてみようと考えるようになり、ゲーム作品のビジュアル面全般のデザインを行うコンセプトアーティストとしての道を選びました。


――映画とゲームの境目がない…。そうなってくると、日本のゲーム会社と雰囲気も変わってきそうですね。
川谷氏:そう思います。私は日本のゲーム会社に勤務したことがないのではっきりとは言えないのですが、Warhorse Studios全体の雰囲気として、アーティストが集まってきて、1つの箱の中で働いてるという感覚があります。映画やアニメーションを同時に作っているメンバーも多いですし、会社ごとの境目が良い意味でないことを感じます。
――アーティストが集まる箱ですか。会社の雰囲気はどのような感じなのでしょうか。
川谷氏:Warhorse Studiosは非常にリラックスしながらも協力しあい、開発を行う雰囲気がありますね。私自身のイメージとして、日本のアート系の会社はどこか「プレッシャーを与えることで相手の能力を引き出す」面があることを感じていましたが、こちらは「リラックスさせることで相手の能力を引き出す」面があることを感じます。
最終的な決定権を持つ上司は存在しますが、物事を進めていく上での相談や会議では上下関係なくフラットに言えますし、それぞれを個々のアーティストとして尊重しあっている風土を感じます。
例えば、私はもともとアナログの制作物を作ってきたので、勤務当初、デジタルに関しての知識や経験が当初あまりなかったのですが、Warhorse Studiosでは、聞きたい時に結構気軽に色々質問できる土壌がありました。そういった面は私には向いていましたね。
――ありがとうございます。ちょっとプライベートなお話しをお聞きしたいのですが、現在妊娠中でありながら勤務されているということをお聞きしました。現地の方とご結婚をされたのですか。

川谷氏:はい。チェコ人の方と結婚して、5月に出産を控えながらも仕事を続けています(インタビュー日は3月25日)。Warhorse Studiosは非常にワークライフバランスを大切にしていて、子供の発熱といった家庭の事情ですぐに在宅に切り替えることができます。
それと、チェコはヨーロッパでも一番育休が長く、3年間まで取得できます。育休期間は以前いたポジションを確保できるというルールや、国からの金銭的支援もある。出産や育児をしながらのキャリア形成が非常にしやすい環境にあることを感じます。
とはいえ、私自身も日本にいた期間が長いので、キャリアを中断することに前向きになれない部分がありました。ただ、同僚の方が実際にシステムを活用して育児と仕事を両立する姿を見て、子供を育てることに対して、一歩踏み切れた感覚がありますね。
――最後に「どういったコンセプトアーティストになりたいか」といった、久海さんの今後のキャリアモデルについて、教えていただけますでしょうか。


川谷氏:質問の答えになっておらず恐縮なのですが、短いスパンでメディアの潮流が変わるこの時代の中で、キャリアに具体的な展望を抱くことはかえってキャリアに縛られることにつながると私は感じているので、私はあまり考えすぎないようにしています。
正直なところ、私はゲーム業界に入った当初は「ノウハウを学んでいつか映画業界に戻る」つもりだったんですよね。
ただ、先ほどもお話しした通り、実際に業務を行う中で、完成するものは違えど、どちらの業界もコンセプトアーティストとしてやるべきことはほとんど同じだと気づきました。なので、今いるこの業界で精一杯頑張り続けたいと考えています。
また、自分が映画の世界に足を踏み入れた時代は、ハリウッドが一番大きくて、アカデミー賞が一番権威があって、自分の作った映画が映画館で上映されることが一番だという認識でいたのですが、今は配信サービスや、ドラマ、それこそゲームが力を持つ時代と変わってきました。
このような変化が絶えない業界の中にいるからこそ、とにかく今はゲームのコンセプトアーティストとして、自身が納得できる仕事を続けていきたいなと考えています。
――ありがとうございました。
以上、異国の地チェコにて活躍をする日本人コンセプトアーティスト、川谷久海さんへのインタビューをお届けしました。海外のゲームスタジオでPRを学びたいという思いを抱えつつも、きっかけや現実的な「働くイメージ」というものが持てないままでいた筆者にとって、彼女から教えていただいたメッセージは非常に一歩踏み出す上で勇気をくれるものでした。
海外のゲームをプレイするだけでなく、実際に現地で製作に関わってみたいという思いを持つ方にとって、本インタビューが一つの架け橋になることを筆者は願っています。
協力:チェコ政府観光局