2025年6月19日にSteamで正式リリースされた万里の長城建設シム『Chinese Frontiers』。主人公は「世界一巨大な建造物」と言われる万里の長城の建設に携わる職人となり、槌や鑿(のみ)を振るう……というなかなかどうして渋い内容のゲームです。

人類史にその名を残す建造物というものは、例外なく「国力の表れ」でした。大量の建材や職人、そして建材を組み立てたり運ぶための二次的道具とその材料、さらに職人家族を養うための食料、それを売る人や運ぶ人、食料そのものを生産する人……という具合に、ひとつの建造物を造るのにどこまでも費用がかかってしまいます。『Chinese Frontiers』は、末端に至るまでの生産チェーンも見事に再現している作品です。
そんな怪作をプレイしつつ、また筆者の恩師・東洋史研究家の小野勝也博士監修の名著を紐解きながら、「何でも手作りだった時代の国の治め方」についても解説していきたいと思います。
まずは拠点づくりから始めよう!
筆者は2023年12月、当時プレイテスト段階だった『Chinese Frontiers』をプレイし、その体験を記事にしています。
当時の『Chinese Frontiers』は、「チュートリアルが不親切」「マウスを動かし過ぎるとWindowsのタスクバーが出てしまう」といった欠点がありました。しかし、ゲームとしてはなかなかよくできているという印象で、たとえば重い建材を高所へ運ぶためにはリフトを組み立てる必要がありますが、その組み立てはユニット式で、当時の技術を上手に使いながら合理的に万里の長城を建設できるようになっている様子が窺えます。

正式リリースされた『Chinese Frontiers』では、それらに加えて「万里の長城へ行くための下準備」に相当な時間を費やさなければゲームが進まない仕組みになっています。
主人公は、旅の流れ者。ある日、ジュンという老人と知り合ったことがきっかけで職人の道を志すようになり、次第に万里の長城の建設にかかわるようになります。このジュン爺さんと孫娘のメイとのやりとりが、このゲームのチュートリアルになっています。
ジュン爺さんから基本的な家屋の建て方、材料の加工の仕方、そしてメイから料理や農業のイロハを教わったあと、主人公は適当な土地を探してそこに集落を建設します。この「集落を建てる土地」は本当にプレイヤーの任意で、それ故に平地も資源も少ない土地に家を建ててしまい、あとで後悔する……ということも(一応、ジュン爺さんから“景色の良いところに村を作りなさい”とアドバイスされます)。

できるだけ水場に近く、なおかつ田んぼを作ることができる湿地があれば有利な条件でプレイを進めることができます。この田んぼですが、種籾を撒けば1分とせずに稲に成長するので、食材には困らないはずです。中国南部の肥沃な土地は、稲がよく育つ育つ!
長城への道はまだまだ遠い……
この村には、とりあえず木材を生産する工房と村人の家、そしてワープ地点も兼ねる倉庫を建設します。文章で書けば非常に簡単ですが、家を1軒建てるにはそれ相応の量の建材と時間が必要です。時間経過で勝手に家が建つという生易しい仕様ではなく、土台、柱、屋根、床などを全部自分で組み立てないと家は建ちません。

ここで問題になるのは、屋根の組み立てです。いかんせん高所なので、地上からは手が届きません。そのため、家の周囲に竹で作った足場を設ける必要があります。ここからまだ骨組み状態の家に飛び乗り、槌を振るって屋根を少しずつトントントントントン……。

プレイ開始から上述の3施設を組み立てるのに、筆者は6時間かかりました。この時点で、まだ万里の長城の足元にも到達していない状態です。うひぃ!!
欠点は改善されていないものの……
このゲームをプレイしていて思い知らされたこと。それは食料は割と豊富にあるにもかかわらず、木と石が慢性的な不足に陥ってしまうという点です。

田んぼや畑の作物の成長速度は爆速なのに木の成長はかなり遅く、大木になるには結構な時間がかかります。結果、あちこちを遠征する羽目になるのです。もっとも、資材を格納する荷車は即座に呼び出せる仕様のため、ストレージに難儀することはありません。
ここまでの説明でも分かるように、本当に1時間2時間ではまったくゲームが進みません。毎日少しずつ家を建てたり材料を集めたりそれを加工したりして長城での作業に備えるのが肝要です。万里の長城ではなく、自分が作った村にいる時間のほうが圧倒的に長いのは間違いありません。「万里の長城建設シム」というよりは、「万里の長城建設の下準備シム」と表現するべきでしょうか。

いやでも、面白い! 残念ながら「マウスを動かし過ぎるとWindowsのタスクバーが出てしまう」という悪癖は相変わらずですが、それを補って余りある中毒性が含まれています。
「本日、塩を売るのを君に許す」

何でも手作業でやらなければならない万里の長城建設は、それ故に「機転」というものが物を言います。
ただ単に黙々と長城建設をしているだけでは、いずれやって来る空腹に対応することが難しくなります。たまには作業をサボり、川へ釣りに出かけてみましょう。その時に釣った魚が、作業中の空腹を満たしてくれる貴重な滋養になるはずです。また、道を歩いている際に道端に生えている草木を採集してみましょう。今は必要なくとも、のちのちそれが重要アイテムとして価値を発揮するはず。

2023年の記事において、筆者は「鄭板橋外伝(鳳書院 監修・小野勝也 訳・李恵然 李進守)」という本の内容を引用しました。監修を担当した東洋史研究家の小野勝也博士は、筆者の物書きの師匠。鄧小平・胡耀邦時代に蘇州大学の日本語学科で教鞭を執っていた人物でもあります。
小野博士は筆者にとって、この先生がいなければ今の仕事はしていなかったと断言しても差し支えない恩人です。世界のあらゆる事象は常にリンクしていて、我々の一挙手一投足が思いがけないところへ波及している可能性があること、そしてそれを文章に表す重要性を筆者は博士から教わりました。今のWebライターはあまりにジャンルごとに細分化されていて、しかもそれが固着化してしまっている様子も見受けられますが、小野博士はそうした思考や仕組みを特に嫌った人物。「国際社会と我々はこのような形でつながっていて、そこにジャンルの縛りはない」ということを、毎回の授業で熱心に解説してくれました。
そんな小野博士は、清代の画家・書家で知られる鄭板橋(鄭燮)のとんち話をまとめ、一冊の本として編纂しました。それが前回の記事でも引用した「鄭板橋外伝」です。
鄭先生は、高名な文人でありながら県知事を務める役人でもありました。ある県に赴任した時のこと。清朝が流通を厳しく管理している塩を密売していたという罪で捕縛された男を鄭先生が自ら取り調べました。
「お許しください! 私の家は貧しく、なのに年老いた親と大勢の子供がいます。塩の密売をしないと餓死してしまいます!」
そう懇願する男に対し、鄭先生はこう返しました。
「どんな理由があろうと、塩の密売は国法違反だ。しかし、今回はお前の事情を鑑みて、1日だけ密売を許してやろう」
鄭先生は筆を取り、紙に「本日、塩を売るのを君に許す」という文言を書いて署名をしました。
「この紙を持って、塩を売りなさい。ただし、今日1回きりだ」
紙をもらってから役所を出た男は、しかし字が読めません。そこで、字の読み書きができる人に紙に書かれた文言を呼んでもらうことにしました。すると、
「おっ、これは県知事様の自筆じゃないか! お前さん、運が向いてきたね!」
「どうしてだい?」
「だって、この紙には“本日、塩を売るのを君に許す”とは書かれているけれど、日付が書かれていない。つまり、明日も明後日もこの紙を持っていれば塩を売り続けることができるんだよ!」
それを聞いた男は大喜び。もちろん、鄭先生は最初からそうなることを目論んで筆を取っていたのです。

何でも人力でやらなければならない環境下では、どんなに厳しい決まり事を設けたとしてもそれが追いつかないほどの例外的事態が発生します。鄭先生の卓越したイレギュラー対応は、商人と農民と職人で構成されている地域を上手に治めるためには必要不可欠です。『Chinese Frontiers』も、不測の事態に備えるために敢えて仕事をサボって他のことをするという「とんちを利かせる発想」が求められます。
小野博士が健在であれば、一緒にこのゲームをプレイしたかった……!博士、あの世からこの記事をご覧になってくれていますか!?














