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『ホグワーツ・レガシー』なぜ魔法の言葉に使われるのか?バベルの塔の残滓となった覇権言語「ラテン語」【ゲームで英語漬け#112】

パクス・ロマーナも夢の跡。

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『ホグワーツ・レガシー』なぜ魔法の言葉に使われるのか?バベルの塔の残滓となった覇権言語「ラテン語」【ゲームで英語漬け#112】
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「Wingardium Leviosa」(あなたのはレビオサー!)など、魔法界の呪文には英語ではない変な言葉が使われています。ラテン語っぽく聞こえますが、これはラテン語「風」に造った「Dog Latin」(ラテン語もどき)で、一部通じるもののほとんどはラテン語翻訳ができません。英語の中にあるそれっぽい語幹や語尾を組み合わせて、雰囲気だけなんだかすごそうに造ってあります。

「ハリー・ポッター」に限らずラテン語は魔術っぽさを感じる言語として様々なファンタジーに登場していますが、元々は古代ローマで普遍的に使っていた言語です。「テルマエ・ロマエ」で阿部寛が話すラテン語では全然不思議さは感じませんよね。

「ラテン語は英語の先祖」という誤解が時々見られますが、実際のところは別の系統が先にあって、後から入ってきた「外来語」の扱いになります。言語学における英語の分類は「ゲルマン語派」、北欧やドイツ、オランダ周辺の言語と流れを同じくし、ラテン語はイタリア周辺の「イタリック語派」になるため、系統としては違うものです。

ラテン語の直接の子孫はイタリア語、スペイン語、フランス語など、いわゆる「ロマンス諸語」と呼ばれる言語群です。たまにこれらの数カ国語を使い分けるのがすごいと言われますが、大まかにはラテン語の方言なので、単語や文法の多くを共有していて並列学習がとてもやりやすいのです。

ラテン語は古代ローマの共通語だったため、帝国版図で属州となった地域、交易のあった民族に食品、生活雑貨などの借用語を多く残しています。英語に於いても「Wine」「Cheese」「Pepper」など、北方で生産しづらいものはラテン語由来のものが多いですね。

 

 

 

現在のイギリス白人の始祖はドイツ、デンマークに住んでいたゲルマン系のアングル人、サクソン人、ジュート人の3部族で、ローマ帝国終末の「民族大移動」によってブリテン島に入植しました。このとき先住のブリトン人(ケルト人)を排除して王国を建てたので、ブリトン語、ゲール語はスコットランドやアイルランドに追いやられ、ゲルマンの言葉が主流として定着しました。

それから3部族が混ざり合い、いわゆる「アングロサクソン7王国」が形成されます。『アサシンクリード ヴァルハラ』の頃ですね。その後ヴァイキングに攻め込まれて占領されたブリテン島では、ノルド語との激しい混合が起こります。

 

ラテン語の方は帝国崩壊と長い暗黒時代のため、分断で方言化が進み、流入した諸民族がそれぞれの言語を使うため、通常の共通語としての役割は失われてしまいました。一方でキリスト教の聖書と学術研究の分野には依然として残り、違う国々と交流する権力者や学者の間だけの言語に変わっていきます。

大陸側ではキリスト教権威の強化に伴い、ラテン語は特権階級が独占するものとなり、古代ローマで培われた学術の知識もラテン語が読めない人間にはアクセスすらできなくなります。母語でない第2言語を身につけないと学校で理科も歴史も学べない、そんな状況を想像してください。この「知識の死蔵」が、後のルネサンス時代に至るまで、暗黒時代のヨーロッパ停滞を招いた一因と言えるでしょう。


フランス定住のヴァイキングに攻め込まれた1066年の「ノルマンコンクエスト」になると、支配階級が乗っ取られて公用語が英語からフランス語に変えられるという大事件が起こります。市民や奴隷のアングロサクソン人が使う英語、支配層が使うフランス語、さらに上の特権階級が使うラテン語という使用言語の上下関係が生じました。

現在公的な文書や議会などで使われる、堅苦しい印象を受けるフォーマルな英語はこのときのフランス語が多く混ざっています。面白い例として「Cow」「Beef」、「Pig」「Pork」のように動物と肉で呼び名が違うというのがありますが、これは家畜を育てるのがアングロサクソン人、肉を食べるのがノルマン人だったからだそうです。

そんな状況だったので、下層階級のゲルマン系英語は日常生活に関わる語句、政治文化に関わるものはフランス語と言った具合に、英語の発展にある程度傾向が生まれました。まずここでフランス語経由のラテン系語句が続々と入ってきます。

ラテン語そのものはまだ平民にとって縁遠く、定着するまでには至りません。神の威光を感じる教会の説教や聖歌、化学実験や占星術師の怪しげな学術研究という場所で見聞きするもの。内容が全然分からないけれどなんだかパワーを秘めていそうな言語、というイメージが定着し、現代のフィクションにおける魔術や神々の言葉に繋がります。

その後のエリザベス1世の時代、キリスト教の権威が衰えると同時に古代ローマ、ギリシャの文化を見直すルネサンス運動が他の国の後追いで始まり、前回説明したアラビア経由で戻ってきた学術とキリスト教、ギリシャ神話などの宗教概念が英語に取り込まれます。

知識人の間ではわざとラテン語由来の語句を多く使うのが流行します。今で言う「意識高い系」のカタカナ乱用に近いですね。これを当時は「Inkhorn Term(インク壺言葉)」、つまり“なんかムカつくインク臭い言い回し”と言って批判していました。さらにこれをパロディにしたのが「Dog Latin」です。そういう「乱れ」を直そうとする動きもありましたが、大航海時代の訪れから借用語の流入は一段と増え、ゲルマン系とラテン系が混ざり合った英語が形成されたのです。

Magna Carta/大英図書館所蔵

ルターの聖書ドイツ語訳に続き、英国でも欽定訳聖書が発行されると、カトリックでなければラテン語に接する機会はほとんど無くなりました。それでも上位言語としての地位は残り、「マグナ・カルタ」など象徴的なアイテム、紋章のデザインなどでラテン語の標語はよく使われます。使われなくなった統一言語、言わば「バベルの塔の破片」にロマンを感じているのかもしれませんね。


ローマ帝国はラテン語を広めることで広大な領土を統治しましたが、ケルト系を初めとする武力制圧をした人々に同化政策、ローマ式の教育を施すことで成立していました。同様に南米のスペイン語、アフリカのフランス語と、特定言語が広範囲の民族の公用語に至るには侵略と支配がセットです。また、多民族国家では母語で教育を受けられる者と受けられない者で格差が生じます。単純に割り切れない国家、民族と言語の関係について、この節目に今一度考えを巡らしてみてはいかがでしょうか。


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