
FPS界隈において、長らく「永遠のベータ版」とも、あるいは「唯一無二のハードコア体験」とも称されてきた『Escape from Tarkov』(以下、タルコフ)。その長すぎたベータテスト期間が終わり、バージョン1.0、正式版がついにリリースされました。
本稿を執筆しているのは、その正式版リリースからちょうど2週間ほどが経過したタイミング。リリース直後はサーバーも悲鳴を上げるほどでしたが、今ではそこそこ落ち着いて普通に遊べるレベルで楽しめると思います。
今回は、正式版となり新たなステージへと進化した『タルコフ』について、その変わらぬ狂気的な魅力と、劇的に変化した新要素、そしてこれからこの地獄へ足を踏み入れるプレイヤーへの道標を、詳細にレビューしていきたいと思います。
「死んだら全ロス」の緊張感。変わらないタルコフの魅力
まず、本作がなぜこれほどまでに熱狂的なファンを生み出したのか、その根幹にあるシステムと、プレイヤーを襲う「苦しみ」について、改めて深掘りしていきましょう。
本作は、紛争によって封鎖されたロシアの架空都市「タルコフ」に取り残された民間軍事会社(PMC)のオペレーターとなり、物資を現地調達しながら脱出を目指す、いわゆる「エクストラクションシューター(脱出シューター)」の始祖です。

ゲームのサイクル自体は単純明快。「レイド(出撃)」し、広大なマップ内で武器や貴重品を「漁り」、敵対するPMCやSCAV(現地の武装勢力)を排除しつつ、制限時間内に指定された脱出地点から「生還」する。これだけ。
しかし、そこにはとてもハードコアなスパイスが含まれています。それが「死亡時に全ロスト」というルールです。
レイド中に死亡すれば、手に持っていた愛銃も、身につけていた高価なアーマーも、バックパックにパンパンに詰め込んだ戦利品も、すべてその場で失うのです。セキュアコンテナで少量ながら持ち帰ることもできますし、保険機能などで戻ってくる可能性は残されていますが、基本的に本作では「死に続ければ、無一文」です。

何時間もかけて金策し、ようやく組み上げた数十万ルーブル相当のカスタムライフルが、どこから飛んできたかも分からない一発の凶弾によって、一瞬にしてなくなる。この喪失感と虚無感は、筆舌に尽くしがたいものがあります。
しかし、逆もまた然り。自分より遥かに格上の装備を持った敵を、実力で(あるいは待ち伏せで)倒し、無事に生還することができれば、相手の持ち物はすべて自分のものになります。

奪った物資でパンパンに詰まったバックパックの重量に苦しみながら、脱出地点まで走るあの緊張感。この「ハイリスク・ハイリターン」が生み出す脳汁がドバドバ出るような感覚……これが長きにわたってプレイヤーをこの街に縛り付けてきたわけです。
また、『タルコフ』を「シミュレーター」たらしめているのが、脆すぎる人体と複雑なダメージシステム。本作にHPバー1本で表現されるような「体力」はありません。頭部、胸部、腹部、両腕、両脚と部位ごとに耐久値が設定されており、被弾箇所によって致命的なデバフが発生します。

脚を撃たれれば骨折すると、走れなくなるどころか歩くことすらままならなくなります。腕を撃たれれば手ブレが止まらず、照準は定まりません。腹部を撃たれれば急速に脱水症状が進行し、水や食料がなければ死に至ります。そして、頭か胸を撃ち抜かれれば当然即死です。
これらを治療するために、症状に適した医療品を持参する必要があります。軽度の出血には包帯、動脈を傷つけるような重出血には専用の止血帯、骨折にはスプリント、そして壊死した部位を無理やり治すための手術キット。戦闘中、銃声が鳴り響く遮蔽の裏で、キャラクターが苦悶の声を上げながら鎮痛薬を飲み、そしてズタボロになった体で戦う光景は、本作のハードコアさを象徴するシーンと言えるかもしれません。

その戦闘を支える武器のカスタマイズ性もまた、もはや変態的な領域に達しています。AKやM4といったお馴染みの銃器が登場しますが、そのパーツ点数は膨大。サイトやマズル、グリップといった定番パーツはもちろん、ガスブロック、ダストカバー、チャージングハンドル、バレル長、ストックのパッドに至るまで、ありとあらゆる部品が交換可能です。


自分のプレイスタイルに合わせて、反動を極限まで殺したレーザービームのような銃を作るのか、取り回しを重視したCQB仕様にするのか、あるいは見た目重視のロマン銃を作るのか。試行錯誤し、自分だけの一丁を組み上げる時間は、戦闘中と同じくらい、あるいはそれ以上に楽しい時間です。
ついに実装された「脱出」への道筋。1.0で加わったストーリーは没入感がすごい
では、8年の時を経てリリースされた正式版バージョン1.0は、この完成されたシステムに何を上乗せしたのか。グラフィックや基本的な操作感、ハイドアウト(隠れ家)の機能など、これまでのアップデートの積み重ねもあり、ゲームプレイ的には劇的な変化を感じるものではないかもしれません。
しかし、ゲームの「目的」においては、革命的な変化が起きていると言えます。最大の変化は、「タルコフからの脱出」という明確な物語の終わりの提示と、それに伴う没入感の向上です。
これまでのタルコフにおいて、タスク(クエスト)を依頼してくるトレーダーたちは、メニュー画面に表示される一枚絵のイラストに過ぎませんでした。
これまでもかなり個性的だったので、気にならない点ではありましたが、正式版では、ついに彼らが「実体」を持って現れます。灯台に居るライトキーパーのように、3Dモデルとして描かれたトレーダーたちと直接対面することができるようになりました。


彼らが実際にそこに「居る」という感覚は、これまで単なる作業になりがちだったタスク進行にも、確かな没入感を与えてくれています。会話シーンも追加され、これまで断片的だったタルコフの物語がついに語られます。
「お使い」ではなく「物語の当事者」として世界に関わっているという感覚。これを、長年待ち望んでいたプレイヤーも多いのではないでしょうか。


そして、メインストーリーの果てには、ついに「タルコフ市からの脱出」というエンディングが用意されました。開発を率いるスタジオヘッドのNikita Buyanov氏によれば、エンディングは4種類存在し、プレイヤーの選択によって分岐するとのこと。
正直、まだ筆者も到達できていませんが、この「物語の終わり」が提示されたことは、プレイしていての大きなモチベーションとなりました。
もっと言えば、これまでは「Kappaコンテナ」か「プレステージ」が実質的なゴールで、それを目指すためだけに死に物狂いでタスクを進めていたというプレイヤーにとっても、新たな目標に向かって進めることができるようになったのは嬉しいポイントだと思います。
取っ付き難い「不親切さ」は健在
ここまで魅力を語ってきましたが、正直、このゲームを無責任に万人に勧めることはできないと思っています。正式版となっても、このゲームはあまりにも「めんどくさい」し、「理不尽」なのです。
正式版とはいえ、技術的な課題も残されています。サーバーのエラーなども起こりますし、「Streets of Tarkov」のような巨大なマップでは、動作が重くなる場面があります(これは各人のPCスペックによるところも大きいですが)。
そして何より、このゲームでは「死」があまりにも唐突です。遠距離からの狙撃や出待ちなど、どうすることも出来ない一撃で一瞬でロビーに戻されるため、納得がいかないこともしばしば。この「納得のいかない死」も含めて飲み込まなければならないのが、『タルコフ』というゲームです。

そして、初心者が最初に直面するのは知識の壁。弾薬の種類だけで数十種類あり、それぞれに「貫通力」と「ダメージ」が設定されています。「この弾は高価だが、敵のアーマーを貫通できない」「この弾は安物だが、足を撃てば強い」。これらの知識がなければ、高額な銃を持っていても豆鉄砲。

さらにマップの構造、脱出地点の場所、鍵の価値、回復アイテムの効果……。これらをゲーム内で手取り足取り教えてくれるチュートリアルは、基本的にはありません。正式版の実装に際してチュートリアル的なものも追加されましたが、正直、全く優しくありませんし、そこで何かを学ぼうとするのはあまりお勧めできません。
5年前の記事では公式Wikiをチラ見しながら進めると良いと書かれていましたが、それは正式版となった今でも変わらないと感じています。確かに日本語化は進み、テキストを読めば大体は分かるようになりました。ただ、それだけではとても太刀打ちできない程の複雑さを、本作は持っています。

そのうえ、最近の親切なゲームのように、画面上に「次の目的地」を示すマーカーが出たりはしません。「寮の203号室に行け」と言われたら、自力で寮の場所を探し、203号室を見つけなければなりません。タスクの目標などが文字でしか表示されないのは、没入感こそありますが、結局はゲームプレイ以外の時間が多くなっている部分もあるように感じます。
総じて、このゲームの不条理で不親切な部分をどこまで許容できるか、というのが最初の壁だと思います。それを乗り越えた先には確かな面白さがあることも確かです。ただ、全体的に「このゲーム、ハードコアだから!」というのを免罪符にプレイヤーの時間を奪っているなと感じる瞬間もあります。
初心者から時間のない社会人にもお勧めしたい「PvE」という選択肢
しかし、「PvPの殺伐とした空気は耐えられないが、『タルコフ』のシステムは好きだ」というプレイヤーのために、現在は「PvEモード」という選択肢も用意されています。
これはDLCとして提供されているNPCのみが出現するモードで、他のプレイヤーは一切存在しません。筆者も久しぶりに触れてみましたが、敵として出現する「AI PMC」は以前よりも強化されており、決してカカシではありません。そこそこ強く、油断すればあっさりと狩り取られます。
しかし、ここには「ゴリゴリの装備で走り回るプレイヤー」はいませんし、マッチングを待たずしてレイドに行くことができます。純粋に『タルコフ』のメカニクス、リコイル制御、回復の手順、マップの探索を学ぶには最高の環境だと思います。


PvEモードで得た経験値やアイテムはPvPモードには持ち越せませんが、あくまで「練習場」、あるいは独立した「PvEゲーム」として割り切れば非常に有用だなと感じます。対人戦のストレスなく『タルコフ』の世界に浸れるので、初心者にとっては始めやすい入り口となるはずです。ただDLCなので、追加でお金がかかってしまうのが難点ではあります。
さらに、純粋な撃ち合いを楽しめる『Tarkov Arena』も併設されているので、プレイヤーは自分の好みに合わせて『タルコフ』の世界に関われるようになっています。今後の展開としては、DLC第一弾「Scav Life」の構想も語られており、Scavとしての生活を拡張し、ボスScavとしてプレイできる可能性もあるとのことで、世界はまだまだ広がりを見せてくれそうです。
「理不尽さ」を楽しめるかどうかが評価の分かれ目

『Escape from Tarkov』正式版の総評は、8年間の集大成でありながら、依然としてプレイヤーを突き放すような厳しさを持った、ハードコアシューターといったところです。
『タルコフ』特有の重苦しい射撃音、足音一つに神経を尖らせる感覚、そして命からがら脱出した時の、脳髄が痺れるようなカタルシス。他のどのゲームでも代替できない体験こそが、最大の魅力だと思います。そして、ストーリーの追加により、世界観への没入感は向上。トレーダーと相対し、言葉を交わすことで、プレイヤーはより没入感の高い物語が楽しめるようにもなりました。
一方でハードコアな本質である、死ねば全てを失う恐怖、システム面の不親切さ、容赦のない戦闘は何一つ変わっていませんし、マッチング時間も相変わらず長め。そういった部分を受け入れられるかどうかが評価の分かれ目かと思います。
また、日本語化に関しては、UIやアイテム名は問題ないものの、肝心のストーリー部分や細かいテキストでまだ翻訳が追いついていない部分も見受けられます。完璧なローカライズを求めるなら、もう少し待つのが賢明かもしれません。
でも、もしあなたが、最近の「親切すぎる」ゲームに退屈していて、理不尽と隣り合わせの「本物の達成感」を求めているのなら。 相応の覚悟と代金が必要ですが、タルコフ市行きのチケットを買い、戦場への扉を叩く時です。
Game*Spark レビュー 『Escape from Tarkov』 PC(Steam)発売日:2025年11月17日
唯一無二の体験だが、
依然として人を選ぶハードコアな一作
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GOOD
- 脳髄が痺れるような「全ロス」の緊張感とカタルシス
- ストーリー実装と3Dトレーダーによる没入感の向上
- 変態的なこだわりを見せる武器カスタマイズ
- 初心者や社会人の救済となる「PvEモード」の存在
BAD
- 複雑なシステムに対し、チュートリアルや導線が不足している
- 不安定なサーバー挙動と、長めのマッチング時間
- ストーリー部分などで未完成な日本語ローカライズ











