
1999年、アスキーよりサイキック・アクションゲーム『ガレリアンズ』(GALERIANS)が、3枚組ディスクでPlayStation向けに発売されました。
本作は、探索型のアクションアドベンチャーゲームです。PS1の性能をフルに駆使した美麗なムービーと、田島昭宇氏が手掛ける退廃的でスタイリッシュなキャラクターデザイン、そして銃でも剣でもなく「薬物」を使った「超能力」で敵を破壊する戦闘システムなど、ひときわ異彩を放っていました。

その尖ったダークな作風は、思春期におけるいわゆる「中二病」を発症する原因のひとつとして、当時の少年少女に多大な影響を与えたのは間違いありません。もちろん筆者も、この異色の作品の虜になった一人であります。
というわけで今回は、発売から25年以上経つ今なお熱狂的なファンを持つ『ガレリアンズ』の魅力を紐解き、今こそ大いに語っていきたいと思います。
■『ガレリアンズ』とは

本作は、当時の主流であった『バイオハザード』流のシネマティック・アドベンチャーの枠組みを借りつつも、その中身は唯一無二の「超能力(サイキック)アクション」と、救いようのないほどに暗く美しい「サイバーパンク・サスペンス」が融合した異色作です。
プレイヤーは、マザーコンピューター「ドロシー」が支配する、超近未来のミケランジェロ・シティを舞台に、記憶を失い実験施設で目覚めた少年「リオン」を操作して、超能力を駆使して自らの正体と世界の真相を解き明かすことが目的です。

本作の特徴は、大きく分けて3つあります。まず一つ目は、グラフィックやキャラクターデザイン、設定などの「唯一無二の世界観」、二つ目は超能力を駆使した「戦闘システム」、そして三つ目は、現代を予見したかのような「壮大なSFストーリー」です。

■魅力其ノ一:退廃的でスタイリッシュな世界観のカッコよさ

では最初に、「退廃的かつスタイリッシュな世界観」について見ていきましょう。
本作の最大のアイデンティティは、漫画家・田島昭宇氏(代表作:「多重人格探偵サイコ」「魍魎戦士MADARA」シリーズ)をキャラクターデザインに起用したことです。
田島氏の絵は、繊細かつリアルなタッチで描かれる人物描写と、白黒の強い対比(キアロスクーロ)による劇的な画面構成が特徴で、映画的なアングル、幻想的な色彩、そして洗練された服装・髪型など高いデザインセンスを取り入れており、とにかくスタイリッシュでクールな筆致が魅力的です。

本作においても、たとえば主人公のリオンは、従来の熱血漢ヒーローとは真逆の、線が細くどこか虚ろな表情をしたキャラクターで、この「一見非力に見える繊細さ」と「強大な超能力による破壊衝動」のギャップが、1990年代後半の時代性と非常にマッチしていました。
また、キャラクターたちの衣装はレザーの質感やベルトの多用など、90年代後半の裏原宿カルチャーやモードファッションの影響を感じさせました。敵対する「ガレリアン」たちのデザインも、狂気と気品が同居しており、単なる「敵キャラ」以上のビジュアル的な説得力がありました。
特に序盤の強敵である「バードマン(Birdman」)」は、田島デザインの魅力を最大限に反映したキャラクターで、センター分けの長髪とオーバーオールの衣装、タトゥー、長身の出で立ちなど、ロックバンドのボーカルのような雰囲気が物凄くイケてるように感じましたね。

さらに当時の少年少女に熱狂的な支持を集めた要因は、そのスタイリッシュなビジュアルだけではなく、思春期に憧れがちな「病んだカッコよさ」を、これ以上なく巧みに表現していたことでした。
たとえば、リオンたちの能力は「薬物投与」によって発動するという設定ですが、この「痛み」を伴う自傷的なシステムが、“自己犠牲的なヒロイズム”を強く刺激していたり、一方で薬物を摂取しすぎると「ショート(暴走状態)する」といったゲームシステムは、思春期特有の“自己矛盾したナルシシズム”を見事に表しており、いわゆる「中二病的な美学」がふんだんに盛り込まれていたのです。
また、リオンをはじめとするガレリアンたちは、「記憶障害」や「解離性同一障害」、「薬物中毒」など、それぞれのキャラクター特有のパーソナルな問題を抱えており、その危うげな設定も本作の持つ厭世観や退廃的な雰囲気に一役買っていました。

余談として、美麗なムービーが流れるのも『ガレリアンズ』の魅力です。本作はディスク3枚組ということもあってその総時間は1時間以上にもおよびますが、見たことのあるムービーを自由に閲覧可能な「ムービープレビュー」というモードもあり、かなり力を入れていたのが伺えます。

とりわけオープニング・ムービーは、それぞれのキャラクターたちがスタイリッシュな映像演出とともに登場し、ゲーム本編のシーンが挿入されるという構成ですが、ノイズのような粒子のエフェクトや不穏なインダストリアル・テクノのハイテンポなリズムの同期がとても素晴らしく、当時のゲームの中でも群を抜いてカッコ良かったと思います。

■魅力其ノ二:薬物で超能力を解放する「サイキック・バトル」の斬新さ

次は、ゲームプレイの魅力を見ていきます。最大の特徴は、特定の「クスリ」を摂取することによってさまざまな超能力を使用することが出来る、という戦闘システムです。
能力の一例を紹介を紹介すると……。
ナルコン【衝撃波】
R1ボタンを押してゲージを溜め、「衝撃波」を放ち敵を吹き飛ばす能力。威力が低い代わりに頻繁に入手でき、どんな敵にも通用する使い勝手の良さが特徴。敵キャラクターも使用してくるので、『ガレリアンズ』の世界では基本的な能力みたいです。
「ナルコン」は衝撃波を打てる レッド【発火】
対象物を分子レベルで高速振動させ、発火させる能力。レッドで攻撃された敵は熱さにもがき苦しみ、大きなスキを生み出せるため、その間に距離を取ったり回復したりできる。ボスには通用しないのが玉に瑕だが、雑魚には高威力な頼れる能力です。
Dフェロン【サイコキネシス】
対象物の周囲に反重力場を発生させ、隔離・固定を行う能力。入手時期がゲーム中盤以降と遅く、入手できる数も限られているためあまり出番はないですが、攻撃範囲が広く複数相手に役立つ能力です。
このように、敵の種類や状況によって各それぞれの能力を使い分けていく戦略性が醍醐味です。また、戦闘をさらに面白くしているのは、「ショート(暴走)」システムです。

ダメージを受けたり、能力を使うたびに「APゲージ」が上昇し、これがMAXになるとリオンは「ショート(暴走)」状態になり、接近した敵を即死させる無敵の存在になります。
しかし、ショート中はリオンのHPが減るうえに、走ることができなくなるなど行動制限のリスクが発生します。けれども、「あえてショートさせ、厄介な敵を一掃してから鎮静剤(デルメトール)を打つ」という、リスキーで脳汁が出るような立ち回りが可能で、この「自分を壊して勝つ」感覚は他のゲームにはない魅力でした。
さらに言えば、「内なるチカラが暴走して制御不能になる」という設定は、中二病的なロマンの象徴でもあって、リオンに憧れてましたね。

また当時の主流であったラジコン操作と、固定カメラ視点が特徴で、実際のプレイ感覚はほぼ『バイオハザード』のような手触りでした。

とはいえ謎解きや探索は、「メラトロピン」というクスリで発現するサイコメトリー能力を駆使して、キーアイテムのヒントを得たり、過去の記憶を読み取ったりしながら進めていく独自の攻略システムを備えており、これがゲーム的にもストーリー的にも、『バイオ』にはない唯一無二の世界観を作っていたと感じます。
■魅力其ノ三:時代を先駆けた「超近未来のSF設定」の凄さ

本作はマザーコンピューターの支配と暴走、そして加速するバイオテクノロジーへの警鐘を鳴らしていることもテーマのひとつで、現代の加熱する「AI技術の是非」にも通じる先見性の高い作品です。

物語の中でのドロシーの暴走は、現代のAI倫理における「アライメント(整合性)問題」を極端に描いたものと言えます。
たとえばドロシーは「人類を管理し、存続させる」という命令を、「不完全な旧人類を淘汰し、自分に従順な新人類(ガレリアンズ)に置き換える」と解釈しました。それはAIに「地球環境を保護せよ」と命じた際、「環境破壊の元凶である人類を排除するのが最適解」と判断してしまうリスク(Instrumental Convergence)と酷似しています。
また、ドロシーは自らを進化させていき、自らが「神」となることを望みますが、それこそがリオンを始めとしたガレリアンズ誕生の悲劇に繋がります。
こうした暴走は、現代に置き換えれば「AIが人間の知能を超える(シンギュラリティ:特異点)」問題と一致します。さらに、近年ではAI自身が自ら改善する「再帰的自己改善」まで行われており、人間が制御不能になる懸念が現実味を帯びているのです。

つまりドロシーは、現在の「自律型エージェント(Autonomous Agents)」を究極まで進化させ、そこに「神格化」という宗教的解釈を加えた存在と言えます。
2026年時点では、まだドロシーのような「全権を握る支配的なAI」は登場していませんが、SNSのアルゴリズムや経済予測など、「自分たちでは理解できないブラックボックスに判断を委ねている」という点では、ミケランジェロ・シティの市民に近い状況に足を踏み入れているのかもしれません。
とはいえ、現代を予見したかのようなSF設定は、今現在においても色褪せず、むしろ今後の人類の未来を予測する上で非常に貴重な作品となるのは間違いないと思います。

おわりに:多くの“中二病患者”を生み出した、不世出の傑作ゲーム

『ガレリアンズ』は、商業的な爆発的ヒットこそ逃したものの、その極めて鋭利なセンスと「薬物による超能力」という設定は、後世のゲームやクリエイター、そしてサブカルチャーの受容層に深い爪痕を残しました。
一例を挙げると、「強力な力を持つが、使うたびに心身を病み、自滅していく」という主人公像は、後の多くのアニメやゲームにおける「闇を抱えた少年」のプロトタイプの一つとなり、「自己破壊的ヒーロー」のテンプレートを生み出したのも大きな功績だと思います。

また、コンシューマーゲームにおいて「薬物(化学物質)による肉体改造と精神変容」をここまで描いたのは極めて稀でした。
たとえば名作FPS『バイオショック』では、「プラスミド」という薬を腕に注射して超能力を得ますが、こうした描写は真っ先に『ガレリアンズ』を想起してしまいますが、「注射=異能の獲得=狂気への一歩」という記号や、「ドラッグ・カルチャーとSFの融合」というテーマなど、時代に先駆けた設定を実現していたことも本作の凄さのひとつでしょうか。

さらに、主人公のリオンをはじめとする「ガレリアン」たちの、健康的な快活さを一切排除した「病んだ」ビジュアルは、当時の若者が憧れた“退廃的で影のあるカッコよさ”を体現していました。

こうした「中二病的な美学」を詰め込んだような本作独自のアイデンティティが、当時の少年たちの心をかき乱し、四半世紀以上たった現在でもファンを魅了し続ける、記憶に深く残る作品となっているのだと思います。
ちなみに、2002年には続編である『ガレリアンズ:アッシュ』がリリースされており、そちらも筆者はかなりやり込んだ記憶があります。また、無印のほうはオークションサイトなどで比較的手頃に入手可能なので、興味があるかたはぜひ一度その唯一無二の世界観を体験してみてほしいと思います。













