
2024年に発売された『Stellar Blade』は、韓国のゲームスタジオSHIFT UPにとって、初めての家庭用ゲーム機向けタイトルでした。
荒廃した地球を舞台に、異形の存在「ネイティブ」と剣を手に戦う主人公イヴ。その映像が初めて公開されたとき、ゲームファンの視線を集めたのは、激しいアクションだけではありませんでした。
魅力的な衣装に身を包んだ、セクシーで美しい女性・イヴ。そこには、SHIFT UPの代表にして『Stellar Blade』のディレクターであるキム・ヒョンテ氏が、約30年にわたって築き上げてきた表現が凝縮されています。

現在ではゲーム会社の経営者として知られる彼ですが、もともとは一枚の絵を描くことからキャリアを始めた人物です。漫画家を夢見た少年は、どのようにしてゲーム業界へ入り、世界的なタイトルを率いるクリエイターになったのか、さまざまなインタビューを基に紐解いていきます。
漫画家を夢見た少年
キム・ヒョンテ氏は1978年生まれ。幼い頃から漫画やアニメに親しみ、漫画家になることを夢見て、さまざまな絵を描き続けていました。ときには地下鉄の車輪や吊り革まで描き込んでいたとか。
1996年には、韓国の中央大学で視覚デザインを学び始めます。入学当初は奨学金を受けるほど成績も優秀だった一方で、サインペンで授業中に描いた自作のマンガが公募で入選し、創作のために休学(未だに休学しているつもりらしい……)。漫画に専念しますが、学校内の暴力をモチーフにした作風が当時の規制に引っかかったために、漫画家の道は諦め、当時流行り始めていたコンピューターグラフィックに興味を持ちます。
90年代の韓国では、表現規制でイラストが塗り潰されることがありました。そうした背景から、彼は押し隠された欲望をあえて前に出すために、誇張された肉体を描くことにこだわっていくようになります。
彼が後年、特に大きな影響を受けた作品として名前を挙げているのが、木城ゆきと氏の漫画「銃夢」です。機械の身体を持つ主人公ガリィが、自分が何者なのかを探しながら戦う物語は、彼のキャラクター観やSF表現に影響を与えました。
「銃夢」をはじめとする日本の漫画やアニメから受けた刺激は、長い年月を経て『Stellar Blade』の世界観へとつながっていきます。
「描きたい絵」から「求められる絵」へ
彼は大学在学中からポートフォリオを作り、1997年にゲーム会社MANTRAへ入社。ここから、プロのイラストレーターとしての歩みが始まります。
MANTRAでは、自分が好きな絵を自由に描くのではなく、他人が決めたコンセプトに沿って絵を仕上げる仕事を経験しました。彼が参加したゲームは発売には至らなかったものの、その仕事が別のゲーム会社SOFTMAXの目に留まります。
1998年、彼はSOFTMAXへ移籍。もっとも、入社は順調に決まったわけではなく、すでに採用が決まったと思い込んだ状態で会社を訪れ、実際には面接が残っていたことを知ります。準備不足のまま面接を受けたことで一度は不採用になってしまいました。
その後『創世記戦外伝2~TEMPEST』の外注イラストを担当したことでSOFTMAXとの縁が再び生まれ、正式に入社することになります(ちなみに『創世記戦』シリーズは、1996年から続く韓国最古のSRPG)。
SOFTMAXでの『創世記戦III PART.1』『創世記戦III PART.2』の仕事を通じ、彼にプロのイラストレーターとしての自覚が芽生えていきます。
主人公サラディンのデザインでは、衣装やポーズ、人物の印象について、制作責任者から100回以上の確認と修正を求められたといいます。
当時の彼は、自分の絵が求められているのだから、自分の好きなように描けばよいと考えていました。しかし、修正を重ねるなかで、プロのイラストレーターとは、単に自分の表現を見せる人間ではなく、依頼者が求めるものを絵として実現する人間なのだと学びます。
『マグナカルタ』で海を越えた独自の画風
彼の名前を韓国外へ広く知らしめた作品が『マグナカルタ』シリーズでした。

鮮烈な色彩、身体の線を大胆に強調したキャラクター、現実の服飾から離れた複雑な衣装。彼のイラストは、一目見ただけで誰が描いたのかわかるほど強い個性を持っていました。
韓国外でゲームが本格的に発売される前から、インターネットを通じて彼の作品を追いかける海外ファンも現れます。画集「OXIDE」も刊行され、ゲームの内容とは別に、そのアート自体が注目を集めるようになりました。
一方、『マグナカルタ』の制作は、一枚のイラストをゲーム内で再現する難しさも、彼に突きつけました。
正面から見たときに美しいデザインでも、立体化して背後や側面から見れば、印象が大きく変わる場合があります。細かな装飾が多ければ、キャラクターを動かす際の妨げにもなります。
彼はこの時期から、2Dで描いたキャラクターを、魅力を失わないまま3Dへ変換する方法を強く意識するようになりました。
MMORPG『ブレイドアンドソウル』
2005年、彼はNCSOFTへ移籍します。そこで立ち上げから参加し、アートディレクターを務めた作品が、MMORPG『ブレイドアンドソウル』でした。
彼は後年、当時は「リアルタイム3Dについて十分な経験がなかったにもかかわらず、知識があるかのように振る舞ってアートディレクターを引き受けた」と、冗談交じりに振り返っています。そのハッタリが功を奏し、彼は3Dモデル、テクスチャー、ライティング、背景、キャラクターの動き、戦闘中の見え方などを学びながら、自身のイラストをゲーム世界へ変換していきました。
『ブレイドアンドソウル』の開発には、約7年が費やされました。彼にとって同作は、自身の20代から30代にかけての長い時間を注ぎ込んだ作品であり、キャリアのなかでも特に困難だったプロジェクトでした。
この仕事を通じて彼は、著名なイラストレーターから、大人数のチームを率いてゲーム全体の表現を決定するクリエイターへと役割が変わっていきました。
安定した立場を捨て、SHIFT UPを創業
『ブレイドアンドソウル』の開発を終えた彼は、次の道を考えるようになります。
NCSOFTに残れば、整った環境と優秀なスタッフに囲まれ、再び大規模なオンラインゲームを作ることもできたはずです。しかし、一本の作品に6年、7年という時間を費やす道を、そのまま繰り返すことには迷いがありました。次はどうすればいいんだろう……という悩みに苛まれていたと話しています。
彼が選んだのは、安定した環境で次の大作を作ることではありませんでした。自分で会社を立ち上げ、何もないところからゲームを作る道です。
2013年12月、彼はSHIFT UPを設立しました。同社最初の代表作となったのが、2016年に韓国でサービスを開始した『デスティニーチャイルド』です。
長期間にわたって3Dゲームを作り続けてきた彼は、ここで自身の原点へ戻り、イラストの魅力を前面に出した2D中心のモバイルゲームを選びました。
Live2Dを用いて一枚のイラストを動かす表現は、彼が長年描いてきた絵の魅力と、ゲーム内でキャラクターを生きた存在として見せる技術を結びつけるものでした。特に、高解像度のイラストを拡大・縮小してもブレることなく、高品質なままプレイヤーに見せられるという点に惹かれたと語っています。

このゲームだけで150点以上のイラストを描いた彼ですが、会社を率いる以上、絵だけを描いているわけにはいきません。
ゲームシステム、ユーザーインターフェース、組織作り、資金調達、他社との交渉。彼は『デスティニーチャイルド』の開発を通じて、アートディレクターからゲームディレクターへ、そして経営者へと役割を広げていきました。
また、本作はプラットフォーム間で表現の幅がありますが「審査の限界ギリギリまで表現したい」と語っており、ここでも彼のセクシーな表現に対する貪欲さと、茶目っ気がにじみ出ています。
『NIKKE』と「Project EVE」
SHIFT UPは2019年、ふたつの新作を発表しました。
ひとつは、後に『勝利の女神:NIKKE』となるモバイルゲーム。そしてもうひとつが、後の『Stellar Blade』となる「Project EVE」です。
背中で魅せるガンガールRPG『勝利の女神:NIKKE』は2022年に正式サービスを開始し、世界的なヒットを記録しました。一方、その裏側では、SHIFT UPにとってさらに大きな挑戦となる家庭用ゲームの開発が進められていました。
『デスティニーチャイルド』に続く企画を検討していたころ、彼のなかに、家庭用ゲーム機向けのアクションゲームを作りたいという思いが生まれました。
もともと家庭用ゲームのファンだった彼は、いつか自分でもアクションゲームを作りたいと考えていました。その呼びかけに同じ情熱を持つ開発者が集まり「Project EVE」――『Stellar Blade』の制作が始まります。
SHIFT UPには、家庭用ゲーム機向けの大規模なアクションゲームを完成させた経験がありませんでした。初挑戦であることを言い訳にはできない。家庭用ゲームのプレイヤーが求める水準と、同等以上の作品を作らなければならない。彼は、その意識で開発を進めました。
SOFTMAXで学んだ、求められているイラストを描く技術。『マグナカルタ』で直面した、2Dのデザインを3Dへ変換する難しさ。『ブレイドアンドソウル』や『デスティニーチャイルド』で身につけたゲーム全体と組織を率いる判断力。それらすべてが、『Stellar Blade』の開発に活かされていきました。
一枚の絵から上場企業へ
『Stellar Blade』発売から約3か月後の2024年7月、SHIFT UPは韓国取引所へ株式を上場しました。
漫画家を夢見ていた青年は、ゲームイラストレーターとなり、アートディレクターとなり、ゲームディレクターとなり、ついには上場ゲーム企業の代表となりました。
しかし、彼の仕事の中心にあるものは、大きく変わっていないのかもしれません。ニケたちやイヴのキャラクターデザインには、大学時代に感じた規制への反発心や、プレイヤーたちの欲望を誇張せんとする彼の狙いが見えてくる気がしました。
『Stellar Blade BLOOD RAIN』の発売が決定し、今はSHIFT UP社内のAI部署で生成AIの実験を繰り返す同氏。果たして次なるクリエイティブはどこへ向かうのか。大きな期待がかかります。
参考サイト
G-STAR 2021:SHIFT UPのキム・ヒョンテ代表が語る「絵描きからゲームディレクターへの道」
Game Developer:Feel the flow: Hyung-Tae Kim designs around fat
4Gamer:韓国の天才イラストレーター,キム・ヒョンテ氏のルーツを探る。「デスティニーチャイルド」のリリースを控えて来日した氏に直撃インタビュー
PlayStation.Blog:『Stellar Blade』開発者インタビュー










