「那須に着きました! さあみんな現実のバイクを体感してください!」
そこそこの移動時間を経て、那須モータースポーツランドへ到着。ここはバイク専用に特化した場所だ。通常はバイクの腕を磨けるスクールを展開するほか、いつでもバイクの練習ができるサービスを行ったり、サイドカーやトライクといったバイクを試乗して、一般のライダーでもサーキットを走行できるサービスを行っている。
木々が生い茂るなかをかいくぐるようにコースが敷かれた場所で、編集部はひとつ怖ろしいことに気づく。現場に小雨が降っている。
バイクに乗る方ならおわかりだろう。雨が強まれば路面が滑りやすくなるのだ。『MotoGP 22』は雨によるバイクの滑りやすさも再現したゲームだが、これから行う現実の運転では勘弁してほしい展開である。
「大丈夫です! 雨の運転なのでいつも以上に安全運転ですよー」難波さんは不安げな編集部にそういってくれた。「さあ『MotoGP 22』のライダーたちの気持ちを少しでも体験してもらいます! まずサイドカーに乗って “風”を体験してください!」難波さんはT下をサイドカーへと連れて行く。
「ちょっと待ってくれー! 営業とかやること山積みなのに!」T下は叫んでいるわりに少し楽しそうに乗ってくれた。
「これがあなたのプレイでできなかったファビオ・クアルタラロ選手の走りの気持ちよさだー!」「ぎゃあああああ! はやいいいいい!!!」(※編集部注:実際はそんなにスピードは出ていません)
わー難波さん楽しそうだなー。T下さんも思ったより楽しそうじゃん。さて筆者は難波さんを待つあいだ、ビデオゲーム研究の名著「ハーフリアル」を読み直していた。研究の観点から、リアルなバイクゲームである『MotoGP 22』を現実のようにプレイするにはどういうことか確認したかったからだ。
ビデオゲームは表向き、「虚構の世界をプレイヤーが自由に遊ぶもの」だと思われている。「ハーフリアル」ではそうではなく「プレイヤーはビデオゲームのどの部分まで虚構の世界に触れており、どの部分まで現実的なものとしてプレイしているか」という、ビデオゲームを遊ぶ構造がどういうことかを分析しているものだ。
大まかに言って、ゲーマーが現実の世界で本気でプレイしているのはルールやゲームメカニクスを元にした、ゲームプレイそのものである。当たり前の話をしているようだが、『MotoGP 22』のように実際のスポーツやレースを題材にしたゲームだと少し話が違う。
つまりそれはどういうことかというと……あ、ふたりとも戻ってきた。
難波さんはまだまだ “バイクの面白さ”を伝えるつもりだ。
「まだこれからです! 今季の調子が悪いかと思われたクアルタラロ選手だけど、今季ヤマハ勢で一人だけ速い彼の気持ちを味わってください! 次は2人乗りを体験してもらいます! サイドカーだとバイクとコーナリングの雰囲気が全然違うのでタンデム体験してみませんか?」
「ちょっと待ってください! 二人乗りは初めてなんですけど!!」T下の叫びがレース場に響き渡る。
「これはあなたのプレイでできなかったマルク・マルケス選手の走りの気持ちよさだー!」「ぎゃあああああ! ごめんなさいいいいー!」(※編集部注:実際はそこまでスピードは出ていません)
わー難波さん楽しそうだなー。T下さんも思ったより楽しそうじゃん。さて続きを言うね。「ハーフリアル」において、ビデオゲームのモニターに映る世界は虚構の世界と説明している。これがファンタジーRPGやタクティカルなFPSなら話がわかりやすいが、『MotoGP 22』のようなリアルなゲームでは少々考え方は難しくなる。
本書の言葉を借りれば、現実のバイクレースをモデルにリアルに描いたゲームも「限りなくリアルに描かれた虚構世界」である。人はビデオゲームをプレイするとき、モニター上の虚構の世界で起きる反応の繰り返しから、現実でルールやシステムを理解していき、ゲームという遊びを学んでいく。現実のプレイと、モニター上の虚構が相互に作用することでビデオゲームの面白さは駆動している。
しかしリアルなレースやスポーツをシミュレートするゲームの場合、ゲーム内の情報のみで自然とゲームプレイを覚えていくプロセスは少し難しくなる。このジャンルはリアルさを表現するために、複雑な操作やメカニクスを実装していることは少なくない。たとえば元のサッカーをほぼ知らないプレイヤーがリアルなサッカーゲームをプレイしたところで、すぐルールを理解できるかというと、少々時間はかかるだろうし、シュートにパワーのバランスやタイミングが要求される複雑な操作も戸惑うかもしれない。
現実のレースやスポーツをシミュレートするゲームは、ジャンルの性質上、元のスポーツをある程度知っている前提がある。ゆえにリアルなゲームはゲームだけですぐに理解できず、現実の知識や経験が合わさることで確かなゲームプレイができる。やはり当たり前のことだが、現実の知識をそこまで要求されずに遊べるのがビデオゲームでもあるので、リアルなレースやスポーツゲームは特殊なジャンルとも言える。
「プロのレーサーはゲームの『MotoGP』シリーズでコースを覚えるのに使うこともあるんですよね」と難波さんも語っていた。バイクをある程度は体験しておくことで『MotoGP 22』を遊べるようになるというのは、それなりに理に叶っているのかもしれない。
「なにを小難しいことを言ってるんです? ライターの葛西さんも乗せるって編集部から聞いてましたよ!」
え? 僕? いえいえ大丈夫ですよ観てるだけで!僕はいいですって本当、大丈夫です大丈夫です待って何でバイクまで引っ張るの? おい編集部!聞いてないぞ!オレの仕事はテキストを書くだけのはずだろ!
「2人乗りの時は下手に身体を動かしちゃだめですよー。このバイクは後ろのシートに手すりがあるからそこをしっかり握ってくださいね」ちょっと待ってくれ取材当日の現場では上の写真みたいに「ほほーバイクのスピードとやらを確認させてもらいますか」って平静を保った表情だったけど心ではめちゃくちゃ怖いどうしようどうしようって思ってたんだって!
「これはあなたのプレイでできなかったヨハン・ザルコ選手の走りの気持ちよさだー!」ちょっと待って速すぎる反動で後ろに吹っ飛びそうになる! カーブ怖い! カーブ怖い!小雨で滑りやすくなってないよな!?「後ろではカーブに合わせて身体を傾けなくていいですよー」わかったわかった絶対に傾けない電柱みたいに身体まっすぐにしてるから!(※編集部注:実際はそこまでスピードは...以下略)
よかった1周回った……終わったか……。
「これはあなたのプレイでできなかった中上貴晶選手の走りの気持ちよさだー!」ちょっと待って2周目もあるのかよ! あと中上貴晶選手はオレたち操作してないんだけど!ちょっと直線が速すぎるし徐行して徐行!(※編集部注:実際は...以下略)
「雨の日の走行は普段よりアクセルもブレーキも丁寧に操作します。父に最初に教わったことのひとつでもあるので、どんな操作も丁寧にすることを心がけています。ゲームも丁寧に操作すると応えてくれるので、操作する楽しみがありますよね! 『MotoGP 22』もそのあたりの手触りは再現されてるんですよね」そうなの? もう早くコースを回ってほしい思いしかなくて頭回らないよ!
ハァ……ハァ……何……? もうこの企画これで終わりでよくない? え? ビデオゲーム研究を元にした『MotoGP 22』と現実のバイクの関係の話……? 俺そんな話してた? 記憶にない……。
「中上貴晶選手の走りの気持ち良さってわかりましたか?」ああわかったよ難波さんあんたの勝ちだよ勝ち!!はいはい俺たち編集部は本当のバイクの面白さをわかっていませんでしたよ!
「皆さん、これでライダーの気持ちを理解できましたか?」
そう言った難波さんだったが、行くとこまで行きたくなった編集部がT下にライダースーツを着てもらうことを提案した。難波さんが普段どれだけ大変なのかT下に身をもって学んでもらうのである。
それにしても、ライダースーツって特殊なものなの? ちょっと防御力の高いツナギじゃないの? と思っていたが、T下に聞くと「ほんと、このスーツだと身体を動かせないです」とのことだ。
初めて着てみたT下によれば、ライダースーツはプロテクターが入っており重く、関節を自由に動かすことも難しいようだ。徹底してバイクを速く運転するための前傾姿勢に最適化され、ライダーの身体を保護することを目的としているからだ。
それこそ『MotoGP 22』ではピットインのシーンも描かれ、クアルタラロ選手やマルケス選手のようなトップレーサーがスーツをやすやすと着こなす姿を映している。極めて当たり前に見える姿だが、T下がぎこちなくライダースーツを着ているのを観ると、彼らが鍛錬の末にできるようになった、ということもよくわかるのだ。
「なかなか実際のものに触れて頂く機会はないと思うので、めいっぱい体験するお手伝いをさせて頂きました!」難波さんは満足げにそう語った。編集部としては、「確かにこうやって終わってみれば気持ちよかったかも」という思いと「マジでいろんな雑務とか原稿が終わってないから早く会社や自宅に戻りたい」という思いが7:3で混ざり合っていた。
「サーキットで走ることは自分の苦手克服にもつながるし、何よりバイクに乗るのがとても楽しいので、乗っていいのならいつまでも乗っていたいです(笑)」今回、難波さんのお話や運転に参加してみて、どうあれ『MotoGP 22』をシリアスに体験できる経験になったのは確かだ。
編集部一同はこうして那須モータースポーツランドを後にし……ってあれ? 難波さん? どこ行くの?
ホンダCBRを駆り、サーキットで再び走り出す難波さん。オレたち、もう帰りますよ……。
「現実のバイクを体験したから真剣に『MotoGP22』を楽しめますよね♪」
そして編集部は満身創痍で帰社した。
「もうダメだ、荷物もまともに持てねえ……」T下はオフィスに戻るなり跪き、持っていたPCやスマホを床に散らばらせる。「私はどこで間違えた? 何につまづいた?」なんだか有名卓球漫画のセリフみたいなことをつぶやき続けている。
「『MotoGP 22』では、ゲームの中で危険な運転をしても、公道では丁寧に走ってくださいね! 」一方、難波さんはめちゃくちゃ明るくそう言ってくれた。
「あと、MotoGPの日本GPが9月に予定されていますし、全国各地のサーキットでもレースが開催されているので、ゲームだけで楽しむだけでなく、よかったら実際のレースを見にサーキットへも遊びに来てみてください!音やスピードの迫力を感じてください!MotoGPの中継を見た上で、ライダーの皆さんを知って楽しんで貰えればと思います」そう語って、難波さんは颯爽と帰っていった。
いろいろあったが、いずれにせよ『MotoGP 22』は現実のバイク経験があればあるほど深みが出るに違いない。ゲームの中の世界をリアルに想像し、より丁寧なゲームプレイができるだろう。
人間はどこまで緊張感を持って、ゲームの運転ができるのか? 答えは出たようだ。
私たちは現実の経験を豊かにすることで、きっとビデオゲームの世界もよりみずみずしく体験できる。またビデオゲームの世界が現実に近くリアルであるなら、そのゲームプレイからある現実を知ったりするきっかけにもなるのだろう。
とりわけ現実で身近なバイクや自動車ほど、実際の経験を重ねることがゲームの世界での操作をよりシリアスにさせる。そしてゲームの世界もまた、現実の運転を考えなおすのに役立つ部分もある。特に『MotoGP 22』のように、リアルなバイクレースならば。
編集部は那須での体験を元に、あらためて『MotoGP 22』をプレイしてみた。風を切るスピードの感覚……速さに身体を委ねる心……ライダースーツの重さ……そうした経験を経た私たちは、きっとビデオゲームのなかで素晴らしい運転ができるだろう。そう、きっと。
【製品情報】
『MotoGP 22』
ジャンル:オートバイレース・シミュレーションゲーム
開発:マイルストーン
パブリッシャー:Koch Media
プラットフォーム:Steam / PlayStation 5 / / PlayStation 4/ Xbox Series X / Xbox One/ ニンテンドースイッチ
発売日:2022年4月28日(木)
価格:8778円(税込)
CERO:A
(※編集部注:本記事は一部フィクションです。筆者の葛西と編集部による脚本・構成に沿うかたちで、難波祐香氏にさまざまな演技をお願いしております。難波氏は声優業と平行しながら、日々バイクの面白さを広める活動を続けています!)
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