
小島秀夫監督が登壇し、『DEATH STRANING DIRECTOR'S CUT』のMac版をアナウンスしたことでも注目を集めたAppleのイベント「WWDC 2023」で、同社はかねてから噂されていた「Apple Vison Pro」をついに発表しました。Apple独自のSoCであるM2チップを搭載し、iPhone、iPadのアプリも使えるAR「空間コンピュータ」です。
片目4K以上、両目8K以上という超高精細ディスプレイによって
多数のスクリーンを眼前に展開し、細かい文字を読むような仕事に使える
高度な視線トラッキング、ハンドトラッキング、音声入力で、手に持つコントローラーは不要
Macと連携して、巨大なスクリーンとしても使用可能
FaceTimeのビデオ通信では、外部カメラ無しで機械学習で生成した自分の映像を相手に届けることができる
……などなど、夢のような機能を備えたコンピュータとなっています。
◆強力なハードとOSで夢のコンピュータが実現?
Apple Vison Proの特徴のひとつは、搭載するSoCが非常に強力なことです。Macに使用されているM2に加えて、12個のカメラ、5つのセンサー、6つのマイクからの入力をリアルタイム処理する新チップR1も搭載。人間の瞬きの8分の1にあたる12msという超スピードで描画することにより、映像酔いを起こさないとしています。

現在発売されているxRヘッドセットの多くは、クアルコムのSnapdragon XR2やXR2+ Gen1を採用しており、CPUやGPUの性能的にはミドルハイクラスのスマホ程度の性能です。それに対して、現役バリバリのMac用CPUであるM2を採用したApple Vison Proは、コンピュータとしては段違いに強力です。
Apple独自アプリだけでなく、Microsoft TeamsやZoom、WebExなど仕事用のメジャーアプリも対応するとのことで、オンでもオフでも使える万能コンピュータを目指していることがわかります。ソフトウェアの開発も、iPhone、iPad用のフレームワークがそのまま使え、iPhone、iPad用アプリはApp Storeからダウンロードできます。
Apple Vision ProのVisonOSならではの特徴としては、ゲームやxR開発環境として広く使われているUnityと提携し、Unityの各種APIを利用できるとのこと。『ポケモンGO』のような、UnityベースのARゲームやアプリが対応することも期待できます。
ユーザーインターフェイスも、Appleの他製品の流儀をヘッドセット用に洗練させたものになっています。MacやiPhoneやAppe Watchのように眼前にアプリのアイコンが並び、視線を移動すると注目したアイコンが強調され、指を動かすと起動したり操作できたりするようです。文字入力は、音声か仮想キーボードのほか、Bluetoothで接続した物理キーボードにも対応します。
さらに、両耳の位置にはスピーカーが配置され、「オーディオレイトレーシング」という技術によって、部屋の反響特性を解析し、音が鳴っている方向をリアルに再現するそうです。

気になる重量は公開されていませんが、バッテリを分離し自由度の高い編み込みケーブルで接続することで軽量化を実現。バッテリなら2時間、電源に繋げば無制限に使用できるとしています。
後頭部のヘッドバンドもこだわりを感じさせる収縮性が柔軟でかつ軽量なファブリックを使用。Appleは、Vison Proを一日中装着できる快適なヘッドセットであるとアピールしたいらしく、プロモーションムービーでは、Vison Proを装着した父親がそのまま子供たちと戯れている様子が描かれていました。
◆メタバースもVRもなしな理由
非常に画期的なAR(MR)ヘッドセットである、Apple Vison Proですが、今回の基調講演では、「メタバース」にも「VR」にもまったく触れられませんでした。これは、既定路線でもあり、Appple CEOのティム・クック氏は以前から「メタバース」や「VR」には否定的でARにこそ可能性があると発言していました。Apple Vision Proは、僕らが普段仕事をし、生活しているリアル空間を拡張する空間コンピュータなのです。

Appleは昔からネットのSNS的なコミュニケーションサービスが苦手な会社で、Googleと同様に何度かチャレンジしては撤退しています。なので、メタバースをスルーするのも理解できます。
一方、VRはゲームと密接な関係があり、MacやiPhoneでゲーム領域に注力しようとしているAppleとしても無視できない要素ではあります。2017年のWWDCでは、SteamVR for Macが発表されてApple側もサポートする動きを見せましたが、あまり続かず、SteamVR for Macもベータ版のまま放置(事実上の中止)されています。
今回のApple Vison Proもゲームパッド(発表ではPS5のコントローラーであるDualSense)をBluetoothで接続して、ゲームをプレイする画像も流れました。Unityと組んでいることもあり、既存のVRゲームが対応することも不可能ではありません。

ただ、Apple Vision Proがかなり高価なので、ゲーム目的のみで買う人はあまりいなさそうですが……。
◆約50万円のApple Vision Proは売れるのか?
Apple Vison Proは、ハード、OS、開発環境などが非常によく練られており、ファースト・プロダクトとは思えない高い完成度です。長らく噂がありながら、なかなか発表に至らなかったのは、ここまで作り込むのに相当時間をかけたからでしょう。
2007年にiPhoneが発表されたときも、そのかなり前からAppleがMacOSベースの携帯電話を開発しているという噂をスティーブ・ジョブズ本人が否定し続けるという期間がありました。そのあげくに発表されたiPhoneは非常によく考えられたUI/UXで、携帯電話やコンピュータの使い方そのものを変革してしまいました。
Apple Vison Proも、初代iPhoneが携帯電話を変えたように、xRヘッドセットのあり方を変える可能性があります。ただ、初代iPhoneと決定的に違うのは、非常に高価で手が届きにくい製品だということです。初代iPhone 8GBモデルは、599ドルで当時の携帯電話としては高価なほうでしたが、ちょっと頑張れば買える価格帯でした。CPU性能も通信速度も貧弱でしたが、その画期的なUIを誰もが体験できたのです。
それに対して、来年2024年初頭に米国で発売されるApple Vision Proの価格は3,499ドル。同じM2を搭載するMacBook Air 15インチが1299ドル。24コアCPUと60コアGPUのM2 Ultraを搭載するMac Studioが3999ドルですから、かなり高価だと言えます。日本など米国以外での発売は2024年末とされています。もし1ドル140円相当のレートが変わらなければ、お値段はなんと48万9860円です。あまりに高価だったためか、発表直後にはAppleの株価も下落しました。
ある分野の製品が普及して成功するためには、一定数のユーザーの手に渡ることが必要です。初代iPhoneは、ハードのスペックを抑えることで価格も抑え、初期マーケットを開拓できました。
一方で、最初から盛り盛りのハイスペックにした結果、庶民には手を出しにくい価格になったApple Vison Proは売れるのでしょうか?参考までに、1991年にMacとして初のノートブック型だったPowerBookの最上位機である「PowerBook 170」は80万円近い値段だったのですが、あのときは結構売れたので、Apple Vision Proが絶対売れないとも言えませんが……。