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「そこに山があるから」は本当なのか──登山ゲームに熱中してしまう理由を考察。苦手な人に“新たな捉え方”を提案したい

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「そこに山があるから」は本当なのか──登山ゲームに熱中してしまう理由を考察。苦手な人に“新たな捉え方”を提案したい
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皆さん“山”、登ってますか?

最近は登山を題材にしたゲームがよく流行っていますね。新しい作品でいえば『PEAK』『Cairn』をはじめとして、『Getting Over It』『Only Up!』 も広義でいえば登山ゲームに含まれるでしょう。

PEAK

本記事では、登山ゲームの魅力に取りつかれた筆者が「なぜ登山ゲームをするのか」について書きます。山はいつでもそこにあります。

そこに山があるから──。

登山ゲームをあまりやらないプレイヤーに話を聞くと、「登っていく行為そのものに意味を見いだしにくい」「失敗した際の後退が大きく、ストレスが強い」といった声が散見されます。なかなか進まない中で、たった一度のミスで大きく戻される。加えて、作品によっては食料やスタミナといったリソース管理が時間的制約としてのしかかる。こうして並べてみると、確かに苦行に見えるのも無理はありません。成功時の達成感が語られることは多いですが、そこに至るまでの過程そのものに耐えられない、という感覚も自然なものだと思います。

では、なぜ我々登山ジャンキーは山を登るという苦行じみた行為に執着するのしょうか。

結論から言うと、“そこに山があるから”です。ただし、この言葉を単なる精神論で終わらせるのではなく、理由として捉え直す必要があります。

登山ゲームは“パズル”ではないか

登山ゲームは「苦行に耐えるゲーム」ではなく、別のジャンルとして見ることができるのではないでしょうか。これは提案なのですが、この手の作品を“パズルゲーム”として捉えてみませんか?

パズルとは「あらかじめ提示された問題を、論理的な考察と試行錯誤によって解くことを目的とする娯楽」と定義されます。山という巨大な壁が問題として提示され、それに対してプレイヤーはルートを考え、試し、修正しながら登っていく。この構造は、まさにパズルそのものです。ここから、私は登山ゲームの本質は操作の巧拙ではなく“判断の連続”にあると思っています。プレイヤーは常に「どこを登るか」「どのルートを選ぶか」「どこでリスクを取るか」を選び続けます。

つまり、登山ゲームの苦しさの正体は、単なる難しさや後退のストレスだけではありません。それ以上に、「自分で選び続けること」、そして「その選択に結果が伴うこと」にあります。しかしその失敗があるからこそ、成功した時の自分の選択に意味が出てくるのだと私は本記事で語りたいです。

作品ごとに異なる問いの出し方

冒頭でも触れた『PEAK』は、シンプルに構成された登山ゲームです。複雑な要素はなくHPとスタミナやすべてのリソースが一つのゲージに集約されており、とても純粋なルート選択のパズルといえます。余計な要素が削ぎ落とされて「どこをどう登るか」という選択だけが残る作品です。

今後無料追加コンテンツも予定されてている『Cairn』では、物理挙動やテーピングといったリアル寄りの要素が詰め込まれた作品です。1手ごとの選択がそのまま成否に直結し、判断の重さと連続性が魅力です。ひとつひとつの選択に重みがあり成功も失敗も糧になります。

インベントリ整理もある意味パズル?

すこし登山という枠組みからは外れるかもしれませんが『Getting Over It』は落下することが前提として作られています。失敗の後退が大きいからこそ、少しの前進のための選択に意味が生まれています。

こうしてみると、登山ゲームはそれぞれ異なる形でプレイヤーに問題を提示して“選択”を強いることがわかります。そしてその問題に対して自分で答えを探して選択していく体験こそが、このジャンルの中心にあるのだと思います。

改めて、そこに山があるから

ここまでの話を踏まえると、“そこに山があるから”という言葉も別の意味で受け取ることができます。

登山ゲームにおける山は、ただのステージではありません。“解くべき問題”として提示されているものです。そして、パズルゲームで、提示された問題を解かずに終わることはあまりありません。つまり、“山がそこにあるから”というのは、そこに解くべき問題が提示されているから、という意味になります。

だからこそ、登山ゲームは辞め時を見失いやすいのです。それは私から言わせてもらえば苦行に耐えているのではなく、目の前に出された問題を解き続けているだけだからです。そして最終的に登り切った時に得られる感覚は単なる達成感ではなく、「自分の選択で問題を解き切った」という納得にも近い感覚です。


一度しか味わえない登頂というカタルシスを求めて、我々は山を登り続けているのかもしれません。

私は一足先に山頂でお待ちしています。魅力的な登山ゲームの世界に、ようこそ。

ライター:さかな_,編集:みお

ライター/インターネットおしゃべり魚類 さかな_

2004年生まれ。趣味が高じて2021年からTwtichで配信活動を開始。雑談とインディーゲームを中心にインターネット上に醜態を晒し続けている。リミナルスペースとウォーキングシミュが三度の飯より好き。積みゲー消化が一生終わらない。

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編集/Game*Spark共同編集長 みお

ゲーム文化と70年代の日本語の音楽大好き。人生ベストは『街 ~運命の交差点~』。2025年ベストは『Earthion』。 2021年3月からフリーライターを始め、2025年4月にGame*Spark編集部入り。2026年1月に共同編集長になりました。

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