グラフィックの進化が目覚ましい現代のゲームシーンにおいて、あえて時計の針を30年巻き戻し、世界中のインディーゲーム界隈に大きな衝撃を与えた作品が2016年にリリースされたサバイバルホラーゲーム『Back in 1995』です。
手掛けたのは個人ゲーム開発者であり、並行してゲーム開発ツール向けのエヴァンジェリスト事業も行うなど、精力的な活動を展開している、一條貴彰氏(Throw the Warped Code Out/ヘッドハイ)のデビュー作となります。
本作は、単なる「ドット絵」や「懐かしい雰囲気」といった定番のレトロ風の枠を完全に超越しています。90年代中盤のローポリゴン特有の歪み、ジャギー、そして独特の空気感までも完璧にシミュレートし、「レトロ3Dゲーム・リバイバル」いわゆる「PS1-ish」と呼ばれる新たなジャンルの先駆者として評価されています。

ハードウェアが急速に進歩し、誰もが「よりリアルに、より美しく」を目指していた時代に、なぜ本作はあえて「劣化」とも言える表現を選び、それがこれほどまでに人々の心を捉えたのでしょうか。今回は、本作がもたらした歴史的な革新性と、プレイヤーを翻弄し虜にしたその特徴的な魅力について、当時のゲームカルチャーを紐解きながら徹底的に迫ります。
◆脳裏に焼き付く「擬似解像度」─初期3Dグラフィックの再現という革新

本作の最も大きな特徴であり、インディーゲーム界における最大の革新と言えるのが、徹底的にこだわり抜かれた「擬似解像度」のグラフィックにあるのは間違いありません。
現代のゲームは4KやフルHD、あるいはそれ以上の高精細な映像が当たり前となっています。しかし、本作はその真逆を突き進み、あえて画面全体の解像度を極端に下げ、テクスチャはドットが目立つほど粗く、3Dモデルは極端に少ないポリゴン数で形成されています。

本作の革新的な点は、単に「グラフィックの質を落としただけ」ではないことで、本作が目指した真の場所は、初代PlayStationやセガサターンといった黎明期の3Dゲームハードのグラフィックであり、それらが高度に再現されているのです。
より具体的に画面上で再現された要素をまとめると以下となります。
テクスチャの歪み(ジッター効果):カメラの動きに合わせて、壁や床の模様がウネウネと波打つように歪む現象。
ポリゴンの隙間(シーム):パーツとパーツの間に一瞬だけ見える、不自然な空白や背景の透過。
Zファイティング(チラつき):オブジェクト同士が重なった際、どちらが手前にあるか処理しきれずに激しく画面が明滅する現象。

現代の洗練されたゲームエンジン(Unityなど)であれば、普通にゲームを作るとこれらの「バグ」や「ノイズ」を修正するのは当たり前です。
しかし本作は、これらの現代技術が排除した「当時のハードウェアの限界が生み出していたバグ一歩手前の挙動」を、あえて意図的に再構築したのです。

綺麗な映像に慣れた現代のプレイヤーにとって、このローポリゴンのグラフィックは、むしろ人間の想像力を強く掻き立て、新鮮に映ることになります。
暗闇の向こうに蠢く影が、血に飢えた怪物なのか、あるいはただの背景のオブジェクトなのか判別できない恐怖。この「情報の欠損」こそが、最新のフォトリアルなグラフィックでは決して味わえない、本作ならではの目新しさに加えて、プレイヤーを惹きつける強烈なスパイスとなっていたわけです。
◆現代人を翻弄する「レトロな操作感」とサバイバルホラーの本質

ゲームシステム面およびプレイフィールにおいて、本作は90年代の『バイオハザード』や『サイレントヒル』などの金字塔を彷彿とさせる、懐かしの「ラジコン操作」と「固定カメラワーク」を容赦なく採用しています。
現代の親切極まりないゲームデザイン(オートターゲット、自由なカメラ操作、快適なダッシュなど)に慣れ親しんだプレイヤーは、本作を開始して数分で、激しいもどかしさと強烈な洗礼を受けることになるでしょう。

いわゆる「ラジコン操作」は、画面の向きに関係なく、十字キーの「上」が前進、「下」が後退、「左右」がその場で旋回を行うシステムです。敵が画面の手前に向かって走ってきた際、パニックになって前後の感覚が狂い、思わず壁に向かって走り続けてしまうような焦燥感と緊張感が常にありました。

また、映画的な「固定カメラ視点」は、プレイヤーが通路を曲がると、カメラのアングルがダイナミックかつ強制的に切り替わります。画面が切り替わった瞬間に敵との位置関係が一瞬で見失われ、怪物が突然目の前に現れるなど、”視界が限定されているからこそ怖い”という側面もあったのです。

そして本作における戦闘は、決して爽快なアクションではありません。手に入る武器(レンチやピストルなど)の攻撃モーションはもっさりと重く、一撃を繰り出すのにも命がけです。
しかし、このキャラクターを思い通りに動かせない不自由さが、初期のサバイバルホラーが持っていた「圧倒的な緊張感」の正体で、プレイヤー自身のスキルがそのままゲーム内の主人公の動きとリンクし、操作もままならないうちにゲームオーバー……なんてこともしばしばありました。

いわば、「意図された不自由さ」がもたらす恐怖の相乗効果こそが、『Back in 1995』が再現しようとしたサバイバルホラーゲームの本質であった、と言えるかもしれません。
◆漂う「90年代の狂気」と、謎めいた独自の世界観

本作の舞台は、タイトルが示す通り「1995年」で、高層ビルが立ち並び、しかしどこか生気を感じられない不気味な都市です。

1995年という年は、「地下鉄サリン事件」や「阪神・淡路大震災」など、現実の日本にとっても社会の根底を揺るがす大事件が立て続けに起こった激動の年でした。また、インターネットが一般に普及し始める直前であり、オカルトや都市伝説、世紀末思想がメディアや若者の間で妖しく渦巻いていた時代でもあります。
本作には、そうした世紀末の足音が近づく当時の、どこか退廃的で混沌とした、そして乾いた空気感がゲーム全体を支配しているのも大きな特徴で、グラフィックだけに留まらず90年代特有の空気感をも内包していたのです。

一方で主人公の「ケント」は、崩壊した街の中で不気味なビルへと足を踏み入れますが、その世界観も独特です。
例えば、遭遇する異形のクリーチャーたちは、有機物とも無機物ともつかない、ポリゴンの塊のような怪奇なデザインであるし、会話を交わしてもどこか噛み合わず、精神を病んでいるかのような不穏な言葉を吐くNPCの存在、探索を進めるほどに、現実の建物の構造を無視したかのような、悪夢的な空間へと変貌していくステージなど、PS1時代の不条理なデザインを見事に踏襲しています。

ファイルや調べることで得られる断片的なテキストは、多くは語られておらず謎めいています。しかしこの余白にこそ、プレイヤー自らが物語を考察できる仕掛けだとも言え、それが本作独自の世界観をさらに深めていました。
◆世界的トレンド「PS1-ish」の先駆けという最大の功績

本作を語る上で欠かせない最も重要なことは、近年世界中で一大ジャンルとなっている「PS1-ish(PS1風、PlayStation 1スタイル)」ゲームの、文字通りの先駆け・パイオニアであるという点です。
本作がリリースされた2016年当時、インディーゲームのレトロリバイバルといえば、8bit(ファミコン風)や16bit(スーパーファミコン風)の美しい2Dドット絵が主流でした。

3Dグラフィックに関しては、技術の向上に伴い「個人開発でもいかにインフラやアセットを活用してリアルに見せるか」が競われていた時期です。初代PlayStation期のローポリゴンは、単なる「技術的に未熟だった頃の時代遅れの映像」という印象が強かったように思います。

しかし本作は、「この時代のローポリゴンや粗い質感こそが、もっともエモーショナルで、かつ恐怖表現に最適である」という点をいち早く見出していました。
この『Back in 1995』が提示した「不完全な3D表現による恐怖」というアプローチは、当時多くのインディーデベロッパーやプレイヤーに凄まじい衝撃を与えました。
それを裏付けるかのように、本作の登場以降、itch.io(この場所こそ主戦場かもしれない)やお馴染みのSteamを中心に、意図的に初代PSの質感や操作性を模したホラーゲームが爆発的に増殖。現在ではそれらの作品群が「PS1-ish」または「PS1 Style Horror」という独立した人気ジャンルとして定着しています。

現在、世界中で愛されている多くの低解像度3Dホラーゲームの源流をたどると、間違いなくこの『Back in 1995』が切り開いた道へと行き着くのです。そういう意味でも、本作は単なるインディーゲームの枠を超え、世界的なゲームカルチャーの潮流を生み出した、極めて重要な記念碑的タイトルと言えます。

『Back in 1995』がもたらした最大の革新とは、「技術の不完全さの中にこそ、人間の本能を揺さぶる最高の恐怖が宿っていた」という事実を、現代の洗練されたゲーマーたちに再認識させた点にあると思います。
薄暗い部屋の中、ブラウン管テレビの前にへばりつき、ポリゴンの隙間に潜む得体の知れない恐怖に震えていたあの頃。本作は、ノスタルジーという名の甘美な思い出を、生々しい狂気に蘇らせ現代に突きつけました。

あの時代だからこそ成立し得た独特の恐怖と雰囲気を、ぜひその身で体験してみてはいかがでしょうか。そこには、忘れかけていた「ゲームに魂を揺さぶられる体験」が待っているはずです。
『Back in 1995』は、現在PC(Steam)PS4/Xbox One/ニンテンドースイッチ向けに発売中です。












