本記事は物語の内容に言及しています。
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『SILENT HILL f』はシリーズ伝統の霧に包まれた町「戎ヶ丘」のほか、日本の伝統的な婚礼の儀を模した場面が展開していきます。伝統的、と言っても一口にスタイルが決まっている訳ではなく、派手な名古屋婚など全国津々浦々で千差万別の慣習に溢れています。
作中における現実世界で、婚礼は常義神宮で行われたようですが、現在一般的な形式の神前式に劇中描写を合わせようとするとうまくいきません。指輪交換などいくつか神前式の要素を取り入れてはいるものの、式場の常義神宮は実質的に常喜の本家であり、家から家に嫁入り行列で移動して、新郎側の親族のみで行われる輿入れ式の婚礼だと思われます。今回は劇中の表現をベースに、常喜家婚礼の式次を紐解いていきましょう。

結納品
闇の世界で最初に登場するのは、蔵の中に閉じ込められた雛子と祭壇に供えられた結納品です。結納品は両家の間で婚約が成立したことを記念する物で、その起源は平安時代に飲み交わす酒とその肴を手土産にしていた習慣です。結納品は婚約の日から祝言の当日まで床の間などに飾り、破談になった場合は約束の取り消しとして相手に返却します。
品目は各地のバリエーション次第ですが、大まかに一つの台に飾るのが関東式、個別の台に飾るのが関西式で、本作では関西式を採用。婚礼の祭壇にはいずれも一対揃っていることから、それぞれの家に置いていた物を合わせています。
扇子(末広、寿恵廣):白い扇子。末広がりと無垢を表わす。
酒(柳樽、家内来多溜):結納の起源に由来する祝いの酒。金一封で代替するのが一般的。
人形(高砂):老夫婦(尉、姥)の人形。夫婦の長寿を願う。
鰹(松魚):起源に由来する酒の肴。鯛や鰹節など様々な魚類が使われる。
干からびた鼠(本作独自):狐へのお供え物。後に稲荷寿司に代替されたという説もあり。

嫁親族の宴席
新郎側の家で実施される婚礼に嫁側の親族は参列できず、数人の付き添いと仲人だけが加わります。そのため日没の行列を送り出す前、日が出ているうちに嫁との別れを済ませるのです。これが霧の戎ヶ丘を巡る最後になった深水家帰宅時に開かれている宴席です。



嫁入り行列
日が暮れる頃に仲人と新郎の一族が嫁を迎えに来て、日没で太陽が隠れた後、神社の巫女に先導されて新郎の家に向かいます。傘を差すなどしてお天道様から嫁を隠すことが重要で、土地神の嫉妬を防ぐ意味が説明される地域もあります。狐の嫁入りで描かれる提灯は、夜の道中を照らす灯りです。先導した巫女は後ほど式中のどこかで舞を奉納します。


入家式
手水でのお清めが終わると、一族に加わるための通過儀礼を行います。本作では年齢制限も納得の痛々しい儀式が行われ、引き換えに雛子は霊狐の力を与えられました。

修祓の儀、祝詞奏上
斎主が参列者のお祓いをして式を開始、祝詞で神に婚礼を行うことを報告します。劇中で斎主を務めるのは凛子で、西田家も祭事を行う家系だという事に注目です。

三献の儀(三三九度)
夫婦が酒を飲み交わし夫婦固めを行います。現在は三三九度ではなく一部省略して行うのが主流です。

指輪行事
洋式のエンゲージリングを取り入れたもの。新郎新婦の希望によっては行いません。

玉串拝礼
榊の枝で作った玉串を神様に捧げます。劇中では鹿の角になっていますが、秋に抜け落ち春にまた伸びることから、再生復活、豊穣の縁起物になります。
新郎一族の宴席
今の披露宴に相当します。三日三晩に及ぶところもあるとか。


顔見せ(里帰り)
翌日以降、婚礼衣装(白無垢)を着た嫁が新郎側の一族として町内を巡り、実家の両親に改めて挨拶に戻ります。この時点でもう他家の人間として扱われ、親子の関係は終了します。再び新郎家に戻り、婚礼の全体は終了です。
複数日にわたる一連の儀礼での婚礼は現代では難しくなり、嫁入り行列は神前式の神社に向かう際に行われますが、直接家に向かう本格的な輿入れとなると体験した人は限られるでしょう。観光イベントとして規模の大きな「狐の嫁入り行列」を行っている場所もあるので、異界を体験しに参加するのも面白そうですね。

一見華やかなハレの日であるはずの婚礼も、雛子の周りに渦巻く愛憎と狂気で修羅場と化してしまいました。全ての結末を見て北海道かカロス地方あたりに旅立つ人もいるでしょうが、あの日本当は何が起きていたのか、その答えは未だに霧の向こう側。謎はなお深まるばかりです。













