ポーランド拠点のデベロッパー・Bloober Teamが完全新作として手がけ、2025年9月5日にリリースしたSFサバイバルホラー『Cronos: The New Dawn(クロノス:ザ・ニュー・ドーン)』。
本作は、1980年代のポーランドと荒廃した未来を融合させた独特な世界観と圧倒的なビジュアル、一度倒しても「融合」しさらに強大になるグロテスクな敵との戦闘、シビアな資源管理、やりがいのある探索など、サバイバルホラーとして確かな手応えを感じさせる、「非常に好評」なホラーゲームです。

本作品の重要な舞台となる「1980年代のポーランド」は、社会主義体制の行き詰まりから民主化へと劇的に舵を切った“激動の10年間”とも言われます。1989年には、いわゆる「東欧革命」がハンガリーやルーマニアなど周辺諸国で次々と起こり、共産党政権による社会主義体制が崩壊し、民主化が促されました。
そこで本稿では、東欧革命が起きる以前の、「鉄のカーテン」の内側で密かに育まれていた、独自の発展を遂げた音楽=“東欧グルーヴ”を深堀りし、その魅力に迫りたいと思います。
◆“鉄のカーテン”の向こう側─「東欧グルーヴ」の成立過程

はじめに、先述した「東欧グルーヴ」が成立するまでの背景をざっくりと解説していきましょう。
東欧グルーヴは、冷戦下の旧ソ連・東欧諸国において、西側の最新音楽(ジャズ、ロック、ファンク)と現地の伝統的な音楽語法、そして社会主義体制特有の文化的背景が融合して生まれた独自の音楽スタイルのことを指します。その成立過程は、大きく3つの要因によって形成されました。
まず一つ目は、「西側文化の制限付き流入」にあります。1960年代後半から70年代にかけ、「鉄のカーテン」の裏側にも西側のロックやファンクの波が到達しましたが、当局による検閲や輸入規制があったため、音楽家たちは西洋の完全コピーではなく、手に入る限られた情報をもとに「独自の解釈」でファンクやジャズを構築せざるを得ない環境だったのです。

二つ目は、皮肉にも「国家主導の教育による高水準の演奏技術」にあります。
東欧諸国において「音楽家」は、国家の養成機関でクラシックや民族音楽の高度な教育を受けていたため、変拍子や複雑な旋律を操る技術が非常に高く、西側のファンクに東欧特有の変拍子(7/8拍子や9/8拍子など)や旋律様式を組み込んだ、緻密でアヴァンギャルドなサウンドが誕生する要因となったのです。

そして3つ目は、「社会主義化の制作環境」です。
多くの音源は、国営レーベル(ポーランドの Muza や旧ソ連の Melodiya など)で制作されており、 国立スタジオの高品質な機材と、クラシック出身の熟練エンジニアにより、特異な音響の良さが生まれました。
また、歌詞に政治的な制約があったゆえに、音楽家たちは歌詞のないインストゥルメンタルや、象徴的な表現を多用するジャズやフュージョンに創造性を発揮させたことも、「東欧グルーヴ」が生まれた一因となっています。
◆ポストパンク、サイケ、ジャズ…知られざる「革命前夜」の音楽を紹介

ということで、ここからは市来達也氏(DJ/ライター)の著書「東欧グルーヴ・ディスクガイド 革命前夜の音を求めて」(発行年:2023年,発行元:DU BOOKS)を手がかりにしつつ、民主化革命以前の東欧諸国における“独自の進化”を遂げた音楽を、それぞれの国ごとにいくつかピックアップしてみたいと思います。
本著は、ロック、ジャズ、ファンク、ヒップホップから、子ども向けレコード、エアロビクスのBGM、さらにはソ連との宇宙探査記念盤まで、650枚以上ものレコードを網羅。
対象国は、ドイツ民主共和国(東ドイツ)、ポーランド、チェコスロヴァキア、ハンガリー、ルーマニア、ブルガリアに及び、単なるアルバム紹介にとどまらず、各国のポピュラー音楽史の概説や、自由を求めて亡命した音楽家のコラムなども掲載している必見のガイドブックです。
★チェコスロバキア社会主義共和国

チェコ・スロバキア社会主義共和国(ČSSR)は、1960年から1990年まで中央ヨーロッパに存在した社会主義国家です。ソ連の強い影響下にある衛星国として、共産党の一党独裁体制が敷かれていました。
1989年のビロード革命以前のチェコスロバキアの音楽は、共産党政権の厳格な検閲による「公認音楽」、それに抗う「アンダーグラウンド」での活動の二極化が最大の特徴です。
公認音楽は社会主義体制を肯定する「明るく前向き」な内容が求められ、ロックンロールなど西洋由来のジャンルは「退廃的」とみなされ、長髪の禁止や英語での歌唱禁止など、外見や言語に至るまで細かく制限されました。
一方で、若者の間ではアングラ・ムーブメントが起き、抑圧への反抗として独自の地下文化が発展。主にパンクロックやメタル、そしてヴェルヴェット・アンダーグラウンドに影響を受けた実験的な音楽が主流でした。
「Želva」:Olympic(1968年)
最初に紹介するのは、当時のチェコスロバキア音楽史上における最初のビート/ロックンロールアルバムである、「Želva(シェルバ)」です。1963年に結成されチェコを代表する伝説的ロックバンド「Olympic(オリンピック)」のデビュー作であり、東欧のサイケデリック・ロックやビート・ミュージックの金字塔として知られています。

このアルバムの特徴は、初期ビートルズなどの、いわゆる“マージー・ビート”からの影響下にありながらも、全編チェコ語のオリジナル曲で構成し、独自の「ビッグ・ビート」というスタイルを確立したことも意義深く、当時の自由な時代の空気感を象徴する作品でもありました。
アルバムタイトルは、チェコ語で「亀」を意味しており、オリジナル盤のジャケットは、当時のドラマーであったヤン・アントニーン・パツァークによるもの。
とくに、哀愁漂うバラード調の「Snad jsem to zavinil já」、6分超えのアルバム最後のプログレ曲「Psychiatrický prášek」がオススメです。
「Nová syntéza」:Modrý Efekt(1971)
次は、チェコの伝説的なプログレッシブ・ロックバンド「Modrý Efekt(モドリー・エフェクト)」による1971年の歴史的名盤「Nová syntéza」です。
Modrý Efektは、ギタリストのRadim Hladik(ラディム・フラディーク)を中心に、「プラハの春(民主化・自由化運動)」が起きた1968年に結成され、ジャズロック、ハードロック、シンフォニックロックなど、時代と共に多彩なスタイルを展開し、東欧ロックシーンに大きな影響を与えたことでも有名です。
アルバムは、全編インストゥルメンタルが中心で構成され、鋭いギターと重厚なブラスセクションが激突するスリリングなジャズサウンドが特徴。とくに、大作「Nová syntéza」(約14分)や、重厚な「Má hra」「Blues Modrého efektu」などがオススメです。
・「24 Stop」:Jiří Korn(1984)
最後は、チェコの国民的歌手であるJiří Korn(イジー・コーン)が1984年にリリースした「24 Stop」です。
イジーは、1960年代にロックバンド「Rebels」で活動を開始し、1970年代には先ほど紹介した伝説的バンド「Olympic」のメンバーとしても活躍しました。そして、ソロに転向後はダンスミュージック、ポップス、バラード、ヒップホップなど時代の変化に合わせ貪欲にスタイルを追求していきました。
今アルバムは、エレクトロニック、シンセポップ、ディスコなどを取り入れつつ、当時まだまだアメリカ以外では珍しかったラップ風の歌唱すら存在するグルーヴィなヒップホップ・アルバムに仕上がっているので必聴です。
オススメ曲は、ホール&オーツの「I Can't Go for That (No Can Do)」をカバーした「Akrobat」、チェコの有名作曲家がプロデュースした「Holky Krásný」など。
★ポーランド人民共和国

続いては、『Cronos: The New Dawn』の直接的な舞台である、「ポーランド人民共和国」の音楽を見ていきましょう。
革命以前の時代のポーランドは、共産主義体制下での制約を受けつつも、西側のファンク、ジャズ、サイケデリック・ロックを独自に消化した、知的で洗練されたサウンドが特徴です。
1960年代から「ポーランド楽派」と呼ばれる高い作曲水準があり、ジャズにおいても独自の進化を遂げました。フリー・ジャズやアヴァンギャルドの要素を、踊れるファンキーなビート(グルーヴ)に落とし込む手法が目立ちます。
また、西側の音楽を模倣するだけでなく、ポーランド伝統のメロディや、共産圏特有のどこか内省的でメランコリック(哀愁漂う)な響きが同居している点も大きな魅力です。
「Brygada Kryzys」:Brygada Kryzys(1982)
Brygada Kryzys(ブリガダ・クリジス)は、1981年にワルシャワで結成された、ポーランドで最も重要かつ影響力のあるポストパンク・バンドで、1982年に発表されたセルフタイトル「Brygada Kryzys」はポーランド・ロック史上最も重要な作品のひとつです。
自らの音楽を、「パンカデリック (punkadelic)」と称し、初期パンクの衝動と1960年代後半のサイケデリック・ロック、さらにはレゲエやダブの要素をも融合させた、鋭いギターリフ、重厚なベースライン、そして印象的なサックスの音色が特徴に挙げられます。
代表曲は、「Centrala」(司令部)や「Travelling Stranger」などが有名で、冷たく重苦しい空気感とエネルギーが同居したポストパンクの傑作です。
彼らは、1981年の戒厳令下という極めて不安定な社会情勢の元で活動を開始し、当局の検閲を避けるために英語で歌ったり、「ダダイズム的」な歌詞を用い政府への抵抗を示したことによって、当時の若者から絶大な支持を集めたカリスマ的存在でもありました。
・「Polski Jazz Ensemble」:Polski Jazz Ensemble(1986)
2枚目は、1980年代に活動したポーランドの著名なジャズ・ミュージシャンたちによるクァルテット「Polski Jazz Ensemble」(ポルスキー・ジャズ・アンサンブル)のセルフタイトルとして1986年に発売された、こちらの作品です。
ポーランド・ジャズ特有の叙情的なメロディと、ポスト・バップやモード・ジャズの高度な即興演奏を融合させたスタイルが特徴です。特にピアニストのセンデツキやドラマーのステファンスキは、ポーランド・ジャズの伝説的存在であるクシシュトフ・コメダやトマシュ・スタンコらとも共演歴があり、東欧ジャズの精神を継承したグループの一つとして知られています。
このアルバムには「Song For Ewa」や「Spring Ballad」、そして映画音楽の巨匠クシシュトフ・コメダのカバーである「Rosemary's Baby(ローズマリーの赤ちゃん)」などが収録されており、叙情的で美しいメロディと、ポーランド・ジャズ特有のメランコリックな情緒が融合している必聴のセルフタイトル・アルバムに仕上がっています。
・「Nasz ziemski eden」:Papa Dance(1989)
1984年に結成されたポーランドのシンセ・ポップ・バンド「Papa Dance」(パパ・ダンス)による、3枚目のスタジオ・アルバム「Nasz ziemski eden」です。Papa Danceは当時流行していたシンセ・ポップに影響を受けた、キャッチーでダンサブルなサウンドが特徴で、若者に絶大な人気を誇りました。
このアルバムには、「Nasz Disneyland(僕らのディズニーランド)」や、タイトルに近い「Twój ziemski Eden(君の地上のエデン)」などの大ヒット曲を収めており、ジャケット写真のインパクトに劣らない強烈なビートで打ち込まれた、“イタロ・ディスコ(イタリア発祥のダンス・ミュージック)”が鳴っている名盤です。
◆『Cronos: The New Dawn』に見る影響

『Cronos: The New Dawn』は、音楽だけでなくさまざま場面で社会主義時代の影響が見受けられます。
本作の重要な舞台となる、1980年代のポーランド(特にクラクフのノーヴァ・フータ地区)は、共産主義政権下での軍事戒厳令(1981年~)や厳しい検閲、物資不足といった実在の歴史的苦境に基づいています。

たとえば、東欧特有のブルータリズム建築が採用され、当時の冷たく重苦しい社会情勢がレトロフューチャーなSFホラーとして視覚化されています。

またゲーム内では、人類をモンスター化させた大惨事「チェンジ」が、政府の秘密実験によるものだったという疑惑が語られます。これは当時の共産主義政権に対する不信感や、秘密裏に行われていた抑圧のメタファーとなっています。
1989年の革命(レーニン像の撤去など)を、開発側は「抑圧からの解放とコントロールの奪還」の象徴として捉えており、トラベラーが「過去から重要人物の魂を回収する」という任務は、暗黒の時代における「人間性の限界」や「集団(コレクティブ)のあり方」を問い直すという意味が含まれており、ストーリーや世界観に決定的な影響を与えています。

こうしたポーランドの暗い歴史は、まさに本作の持つ「心理的なサバイバルホラー」を表現するうえで欠かせないものです。東欧革命直前の「変化を待つ閉塞感」が、異形のクリーチャーが蔓延る終末的な世界観と結びつき、独自の恐怖演出を生み出しているのだと言えるでしょう。

さて、いかがだったでしょうか?東欧諸国で独自の進化を遂げた「ニューウェイヴ音楽」を中心に、『Cronos: The New Dawn』の世界と背景を深堀りしてきましたが、ゲームの新たな魅力と知られざる側面が見出してもらえたのならば嬉しい限りです。
『Cronos: The New Dawn』は、PC(Steam, Epic Games Store, Microsoft Store, GOG.com)/PS5/Xbox Series X|S/ニンテンドースイッチ2向けに配信中です。
参考文献:
・市来達也 著「東欧グルーヴ・ディスクガイド 革命前夜の音を求めて」(2023年,DU BOOKS)
・加藤哲郎 著「東欧革命と社会主義」(1990年,花伝社)












