
1997年12月に発売したポリフォニー・デジタルのPS向けリアルドライビングシミュレーター初代『グランツーリスモ』は、日本国内だけでも255万本以上の売り上げを達成する驚異的なタイトルでした。
初代『グランツーリスモ』は、高いリアリティによって大きなヒットを記録したタイトルとして語られています。2025年に筆者は改めて初代『グランツーリスモ』を再プレイしたところ、1997年以前のレースゲームの文脈とは、多くの点で異なっていると感じました。
本稿は1997年前後のレースゲームシーンを振り返りながら、初代『グランツーリスモ』がそれまでの作品と何が異なり、そして何を変えたのかを追う内容となります。
『グランツーリスモ』発売前にも存在したレースゲームにおけるリアリティへの追求
1988年にアーケードで稼働したナムコ『ウイニングラン』から端を発したポリゴン表現のレースゲームは、1992年の『リッジレーサー』を経て1995年7月に稼働を開始した『レイブレーサー』で、グラフィックとゲームのテンポを含めたシステムの双方において、一つの到達点に達したと言えます。一方で1995年以降のレースゲームに注目してみると、実在の車を収録することやゲームプレイのテンポ、そして表現がこれまでと異なるタイトルが登場し始めていました。
例えば、時系列が前後しますが、1995年2月に稼働したセガの『セガラリーチャンピオンシップ』では、トヨタやランチアからの許諾を得て実在のラリーカーを収録するなど、そうした変化をいち早く表していました。
次に、1996年にナムコよりPS向けにリリースされた『レイジレーサー』は、これまでのシリーズ作よりリアリティを意識した施策が盛り込まれるようになりました。ドリフトによる速度低下ペナルティや、グリップ走行が可能となりコース攻略に幅が生まれたことや、自車のチューンナップによる性能の向上、クラス制による難易度の緩やかな上昇などの施策が設けられていました。他にも、グラフィックや音楽自体も変化し、家庭用前2作より赤と黒を基調としたハードな表現になっていました。グラフィックを含めどことなく、現実を意識したような雰囲気を持ち始めたのです。


こうした兆候は他のタイトルでも見られ、同年にアーケードで稼働したタイトーの『サイドバイサイド』は、トヨタや日産などの協力を得て実在の車が実名で登場。他にも、同年12月に発売したPsygnosisのF1主題のレースゲーム『フォーミュラ1』はF1マシンの挙動をリアルに再現したタイトルでした。その要素としては、実在のレーシングチームやドライバーの登場、レース実況やタイヤの摩耗、車体のダメージやステアリングやブレーキのアシストの搭載などに及ぶものです。


さらに、同年リリースのポリフォニー・デジタルが開発した『モータートゥーン・グランプリ2』の存在も外せません。この『モータートゥーン』シリーズは『マリオカート』的なレース中に入手したコインを使用してアイテムを入手しレースを有利に進める要素を持っています。
その一方でコースの装飾自体は派手であるもののドリフト要素は極力抑え、カーブを抜けるには減速→ハンドルを切る→再加速といった、地味ではありますがグリップ走行的な要素が盛り込まれていました。なお、本作の開発は直接『グランツーリスモ』にも影響を与えており、ポリフォニー・デジタルの車両シミュレーション開発エンジニアの丹明彦氏が詳しく語っています。


もちろん、この1996年には多くの実車を登場させていた元気の『首都高バトル』シリーズにおける『首都高バトル ドリフトキング 土屋圭市&坂東正明』がリリースされており、実在車両を扱うリアル志向の流れに乗る形となりました。
翌年の1997年には、多くのレースゲームがリリースされるもリアリティや現実の自動車を意識したタイトルは、『首都高バトルR』やエポック社の『名車列伝 Greatest 70's』が発売されたぐらいで全体的に多くありません(Psygnosisの『フォーミュラ1 ‘97』は日本国内で1998年1月発売)。そんな決定打となる作品がない時に、タイミング良く登場できたのが初代『グランツーリスモ』でした。なお、電撃PlayStation Vol.55 1997年9月26日号によれば当初は1997年11月発売予定であったものの、発売延期となり最終的に12月23日発売となりました。


このように、1996年と1997年はアーケードライクなタイトルがまだまだ多くありつつも、リアリティを意識した作品が少しずつ現れてきた時期でした。1997年12月というタイミングで登場した初代『グランツーリスモ』は、それまでの流れをさらに一歩進めたリアリティを世に出した形だったのです。
早すぎず遅すぎない遊びやすいテンポのゲームスピード
初代『グランツーリスモ』と、それ以前レースゲームに大きな違いがあるとすればカーブを抜ける時のスピードでしょう。前述の通り、リアリティを意識したレースゲームは多数登場していましたが、それでもゲームのテンポ自体は比較的早いものが多数を占めていました。
例えば、多くのタイトルの場合コーナーを抜ける時はドリフトを行うのが主で、そのスピードも早ければブレーキが必要となる時間も短く、踏む回数も多くありません。そのため、背景は目まぐるしく推移し、カーブの時にハンドルを切る猶予も多くありません。
減速して旋回し、再加速する。そうした動きが90年代前半までのレースゲームでほとんど見られませんでした。特にF1マシンを主軸にした作品ならシミュレーター寄りのタイトルであっても、基本性能の高さからエンジンブレーキやアクセルを離すだけで難なくカーブを曲がり切ってしまうほどです。

一方で、一般車をメインに据えた『グランツーリスモ』ではそうならず、しっかりと減速する必要がありました。特にその特徴が現れるのはカーブを抜けるための動きです。本作でカーブを抜けるには、現実と同じようにコーナー手前で減速→一定の速度でハンドルを切って旋回→コーナー出口付近で再加速といったグリップ走行の手順がほとんどの場合必要になります。

特にゲームプレイ開始直後のチューンナップされていない初期の一般車では、ブレーキ性能の低さも相まって思うように速度を下げられませんし曲がれません。必然的にブレーキを押す時間も長くなるため、カーブを抜ける速度も低くなりました。これによって、これによって、カーブを曲がるというレースゲームにおいて最も激しく画面が動く瞬間において、コーナリング時の画面変化が比較的ゆっくりとなり、鍛えられたゲーマーだけでない一般的なプレイヤーにも対応できるようになったと思えます。
そうしたゲームプレイの違いを象徴するように、GTモードで最初に取得するB級ライセンスの第一科目は自動車の「発進加速と停止」の訓練です。自動車の基本操作を説明するだけでなく、これまでのレースゲームとは全く異なる操作感を体験し、理解してもらうチュートリアルであるという側面もあったのではないかと思います。


RPG的な「グランツーリスモモード」
1997年前後のレースゲームはアーケードが主流でもあり、コンソールで展開されるレースゲームでも、アーケードライクなものが多いものでした。コース攻略がメインとなっていて、自車のチューンナップやカスタマイズが出来るものは限られていました。
そうしたタイトルが多いなか、『グランツーリスモ』はそれまでのレースゲームとは異なるゲームモードを導入しました。それが「グランツーリスモモード(GTモード)」です。このGTモードは、自動車を購入してライセンスを取得し、そしてレースに挑戦するサイクルを回すことを目的としています。

初期の資金で最初に購入できる自動車は、レーシングカーでなく多くの一般車です。加えて、最初に取得できるB級ライセンスから挑戦できるレースにおいて、登場するライバル車もほとんどが一般車とはいえ、どれも手強い相手なので1位で勝利するのはなかなか難しいものです。

わずかな賞金から初期の車をチューンナップして再挑戦し、次のグレードに対応できるような性能の車を入手。そして様々なスペシャルイベントへ挑戦しA級ライセンス取得することなどで腕を磨き、最終的には国際A級ライセンスを取得し、高性能なレーシングカーで最終目標となるグランツーリスモワールドカップ優勝へ挑みます。


そうした、手にした賞金から自車をチューンナップして、多くのレースを攻略し、更にグレードの高い大会で優勝を目指すというサイクルを回す構成です。自車を育てていくという点で、ゲーム進行は非常にRPG的なものとなっていました。
こうした1車種に対して資金を投じながら育て上げていくというスタイルは、『レイジレーサー』などでもありました。しかし、それらと大きく違うことは、プレイヤーの進行具合に応じて車を乗り換えていくことにあるでしょう。


最初のサンデーカップはまだしも、国内A級ライセンスで挑むクラブマンカップやグランツーリスモカップなどは高性能な車種がライバルとして登場するため、初期に購入した車では立ち行かなくなる瞬間があります。そこでより高性能なスポーツカーやレーシングカーへ乗り換える必要があります(レーシングモディファイで性能を引き上げることも出来るが厳しい場合もある)。そうした乗り換えを考える瞬間も、他のレースゲームとは味わえない感覚でした。
他にも、プレイヤーが挑戦できる大会の中にはスペシャルイベントとして車の駆動方式や国別対抗戦、ノーマルカーやチューンナップカーのみが出場できるものなど様々な縛りが設けられたものがあります。それによって、多くの車種に存在意義が与えられ、1車種のみでプレイするだけでなく、必然的に様々な自動車へ乗り換える必要があることも特徴の一つと言うべきでしょう。


これら多くのレースと莫大な車種を活用でき、長いゲームプレイ時間を投入できるコンソールの強みを活かしたのがRPG的な「グランツーリスモモード」でした。
車の物理エンジンとアナログ操作
多くの初代『グランツーリスモ』を語る記事でも記されている通り、本作では1997年のタイトルとしては珍しく、独自の物理エンジンを搭載していました。
そのため、走行中に車が縁石に乗り出すと車体が跳ね上がることや、ハンドルを切ってカーブを曲がろうとする時に荷重移動が働きロールモーメントによって車体が左右に沈み込むこと、そしてコーナリング時の慣性によるタイヤのスライドなどの現象が起こっていました。


これらは本作に搭載された物理エンジンによって挙動が決まるため、如何に自車をスピンさせずにコーナーを抜けるかが重要になります。この挙動を制御するために大切なのがハンドル操作ですが、通常コントローラーの方向キーでは、0か100のデジタル入力しか出来ず細かな操作が難しいものでした。そこで重要になるのが、ネジコンなどを筆頭としたアナログ操作です。
この1997年12月の時点でネジコンだけでなく、アナログスティック2本搭載したアナログコントローラーと、さらに振動の強弱追加やグリップの形状を変更した初代デュアルショックも登場していました。この初代デュアルショックはボタンのアナログ入力こそ出来ないものの、アナログスティック操作によってハンドリング角度の微調整が出来るようになり、カーブを曲がる時に車がスライドした時に行うカウンターステアの軽微な入力など、車の挙動を細かく制御できるようになりました。


ボタンのON/OFFのデジタル操作が主流だったコンソールにおいて、アナログ操作を本格的に活用できるタイトルがこの『グランツーリスモ』でした。リアルな動きというのはON/OFFはっきりしない曖昧な動きであり、そうした曖昧なものを絶妙に操作するアナログ操作を活用できるようになったのがこれまでと大きな違いであったのです。
レースゲームのメインストリームを変えた『グランツーリスモ』
シミュレーターというジャンルは、熱心なファンを抱えながらもニッチな存在でした。『グランツーリスモ』がこうした難しい前提を突破出来たのは、高いリアリティだけでなく、RPG的なゲームモードを導入することや、早すぎないゲームスピードなどがバランス良く融合し、ゲームとしての遊びやすさとシミュレーターとしてのリアリティを両立したことが、ゲーマーだけでない幅広い層を獲得したのではないかと思います。
その完成度の高さから、まさにこのタイミングでレースゲームのメインストリームがアーケードからコンソールへ、そして世代も変わり始めたと言っても過言ではありません。実際、当時のレースゲームとして国内255万本超という売上は極めて異例であり、その存在感の大きさを物語っています。


初代『グランツーリスモ』は発売当時としても十分に評価されている作品です。十分に評価された作品といえども、プレイするタイミングが異なれば、タイトルが持つ魅力や革新性など気付かされることが多いと今回の再プレイで思えました。現代の視点から改めて再評価する機会がもっと増えて欲しいという意味でも、本作のHDリマスター化など何らかの形で復刻してくれればとも思ってしまいます。














