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『アサシン クリード オデッセイ』で舞台となった古代ギリシャの世界…エンディングの後、史実ではどんな未来を迎えるのか

7月に最後の大型DLCが配信された『アサシン クリード オデッセイ』のエンディング後、古代ギリシャがどんな運命を辿ったのか解説していきます。

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『アサシン クリード オデッセイ』で舞台となった古代ギリシャの世界…エンディングの後、史実ではどんな未来を迎えるのか
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アサシン クリード オデッセイ(以下、オデッセイ)』では、7月に最後の大型ダウンロードコンテンツ「アトランティスの裁き」が配信され、作品として一つの区切りを迎えました。「アトランティスの裁き」はギリシャ神話を軸にしたストーリーで、本編とは設定での重要な繋がりがありつつも、『オデッセイ』本編で語られた史実とはあまり関係がありません。エンディングを迎えても、史実については未消化の部分がいくつかあります。

今回はそんな歴史の部分、『オデッセイ』のエンディング後に古代ギリシャがどんな運命を辿ったのかについて解説していきます。

ペロポネソス戦争の勝敗。民主政の行方



作中で中心的な出来事だった「ペロポネソス戦争」ですが、これはロード画面でも確認できるように、スパルタの勝利で幕を下ろします。紀元前404年、戦争が始まってから27年後のことでした。

スパルタはアテナイをその監視下に置き、自分たちの政治体制による支配を進めていきます。その結果、アテナイでは稀な寡頭制(少数支配)の政権が樹立します。いわゆる「三十人政権」で、スパルタの影響を大きく受けている彼らは、民主派の殺害を初めとする恐怖政治を行ったことで知られています。

しかし「三十人政権」による支配は長続きせず、アテナイから逃れた民主政を支持する人々が反撃に出ます。この戦いでは両者の和解が成立。一波乱ありましたが、アテナイは民主政を取り戻すことには成功しています。

ソクラテスの最後。最後まで貫いた生き方



紀元前399年には、『オデッセイ』の中盤から後半で大きな役割を果たしてくれた、とある人物の人生にも終わりが訪れます。ソクラテスです。

彼はアポロンの神託を受け、本当に自分が最も知恵があるのかどうかを試していました。様々な職人、政治家と問答を繰り返す中、ソクラテスは彼らが自分の専門分野に対してすら無知であること、その無知に対する無自覚ぶりを指摘して回ることにもなっていました。お陰で本人の考えとは別に、たくさんの敵を作ってしまうことになります。

最終的にソクラテスは告発され裁判にかけられてしまいますが、弟子のプラトンが残した「ソクラテスの弁明」にあるような持ち前の弁論を披露。裁判官や聴衆から主導権を奪いますが、その毅然とした態度が逆に彼らの反感を買ってしまい、処刑を宣告されてしまいます。


しかし弟子を始め、ソクラテスには味方が多く、牢獄の中で刑を待つ彼を逃がそうとする計画も動きました。しかしソクラテスはただ単に生きることではなく「善く生きること」を重要視し、弟子や友人たちの提案を退けてしまいます。

なお、ソクラテスは裁判の場で「自分を処刑したことをアテナイの人々は後悔することになる」と予告していました。彼の死後、実際にアテナイの人々はソクラテスの処刑を悔い、告発した人々を例外的に裁判なしで処刑することになります。

再び戦乱の時代へ。今なお健在のペルシア


ソクラテスの死後、ギリシャは再び戦争の時代を迎えます。この戦争の構図も、スパルタを中心にしたペロポネソス同盟と他のギリシャ都市国家との戦争に。ただ、アテナイを中心にしたデロス同盟との戦争だったペロポネソス戦争とは異なり、ペルシアの存在がこの戦争(コリントス戦争)で改めて出てきます。

スパルタはペルシアとの対立している状態にあり、ペルシアは同じく反スパルタであるアテナイ等の都市国家を支援し、コリントス戦争を引き起こします。スパルタはギリシャ最強の陸軍を有していることもあり、陸地での戦いでは勝利を納めますが、海戦ではペルシアの支援を受けた国々に敗北してしまいます。これによってアテナイは国力を回復。再びギリシャへ覇を唱えようとします。

これをよく思わなかったのは、アテナイを支援していたペルシアでした。アテナイの勢力拡大に危機感を覚え始めたペルシアは、スパルタ支援に動き出します。スパルタもこの動きを利用し、ペルシアの影響力を盾にコリントス戦争へ参加している諸国に和平を突きつけます。いわゆる「大王の和約」で、スパルタはギリシャでの覇権を取り戻すために、この和約を最大限利用しながら進めていきました。

新たな覇者、テーベ



コリントス戦争がひとまずの執着となり、スパルタがギリシャの支配者として盤石の地位を築く……と思われ始めていたこの時代ですが、新たな挑戦者が姿を見せます。スパルタの影響下にあったテーベです。

テーベは「大王の和約」が交わされた当時、民主政の都市国家でした。しかしスパルタにとって民主政は許容できるものではなく、テーベ国内にいる寡頭派の人々はスパルタの支援を受け政権転覆を果たします。民主派の人々は殺されるか他の都市国家に亡命することになります。テーベに強い反スパルタ感情が渦巻く中、スパルタは力尽くで寡頭派による支配を続けることになります。

テーベの方も黙っている筈がなく、アテナイの支援を受けて反乱を起こします。スパルタを追い出すことに成功し、テーベは自治を獲得することになりました。が、やはりスパルタもそのままというわけにはいかず、再び兵をテーベに差し向けます。しかしこの戦いはテーベの勝利に終わり、ギリシャ最強の陸軍を所有していたスパルタの威信は失墜。テーベが新しくギリシャの覇者となります。


とは言えこの状況も長くは続かず、その後に起こった戦争の中でテーベは指導者を失い、弱体化。ギリシャの情勢はまた混沌とした状態に戻るわけですが、ここで北の王国、マケドニアが影響力を増し始めます。『オデッセイ』では「帝国の根源」とも呼ばれていた地方ですね。

最終的な勝者、マケドニア。始まる新時代



マケドニアはギリシャと対立を深め、ついには戦争へ発展します。度重なる戦乱で弱体化していたギリシャの都市国家は、アテナイを中心に抵抗。しかし戦いはマケドニアの勝利に終わります。ここから、ギリシャの「自由」は終わりに向かい始めることに。

戦争に勝利したマケドニアはギリシャの都市国家と「コリントス同盟」という同盟を結ぶことになります。これはギリシャの都市国家が存在することを保証するものではありましたが、実質的にはマケドニアの支配下に置く同盟で、言葉からイメージできる対等なものではありませんでした。


アテナイを初め、ギリシャはその後も存在感を放ち続けますが、ギリシャを狙う大国の影響から逃れることは出来ず、マケドニアがローマに敗北したことを機に、ローマの属州として組み込まれることになります。ここから約2000年の間、ギリシャは自分たちの「自由」を失った時代を過ごすことになります。

アテナイ敗戦の原因は意外なあの男?



ペロポネソス戦争はギリシャ、特にアテナイが弱体化した一つの契機になるわけですが、この戦争でアテナイが敗北することになった理由には、『オデッセイ』の作風から考えると少し意外な人物が絡んでいます。アルキビアデスです。

作中ではソクラテスの弟子のひとりとして友好的に主人公へ接してくれる彼ですが、史実では非常に傲慢な人物としても語られています。


アルキビアデスがアテナイの政界で強い存在感を放つようになるのは、クレオンの死後。『オデッセイ』に当てはめて考えると、ほぼエンディングの直後に当たる時間です。このころアテナイの政界では主戦派と停戦派の2つに分かれており、ひとまずは停戦派によってスパルタとの停戦が成立します。主導者の名前をとって、「ニアキスの和約」とも呼ばれている和約です。

しかしこの停戦はほとんど機能しておらず、最終的にアルキビアデスによる遠征で終わりを迎えます。


一方このころ、アルキビアデスはアテナイで起こった奇妙な事件の容疑者としてアテナイに呼び戻されようとします。アテナイの中で敵が多かったこともあってか、アルキビアデスはこの要求を拒絶。意外にもスパルタへ亡命してしまいます。アルキビアデスはアテナイの補給路を断つための作戦を提案するなどスパルタに協力的で、さらにアテナイを追い込む要因を作ります。スパルタとペルシャが結託するために使節として赴くこともあり、完全にアテナイの敵となっていました。

しかしスパルタでの亡命生活も長くは続かず、関係は悪化。彼はスパルタを出ますが、なんとその後はペルシアに亡命。最終的にはアテナイに復帰しますが、敗戦の責任を問われたことから再び亡命。その後、亡命先で死亡しています。

また、アルキビアデスのこういった行動は後のソクラテスの裁判でも問題視され、アルキビアデスがソクラテスの弟子だったことが、処刑が行われる理由の1つになってしまいます。

勝者に起こった変貌。無菌生活の罠



そんなアルキビアデスの亡命先にもなったスパルタは、戦後に大きな変化を迎えることになりました。貨幣制度との接触です。

もともとスパルタは「スパルタ教育」の語源にもなったように厳格で質素な生活を旨としていました。しかし戦争で勝利したことから、多額の資金がスパルタへ一気に流れ込みます。それまで貨幣制度に触れていなかったことから免疫力にも彼らは乏しく、長きにわたってスパルタを支え続けてきた「リュクルゴス体制」が崩壊し始めます。マケドニアへの反乱も失敗してしまい、ギリシャでの覇権回復はもちろん、国家の存亡自体が問われる状況になっていきました。


この問題を重く見たスパルタ王は改革に着手しますが、最終的には失敗。マケドニアとの戦いもあって、当時の王は国外へ逃亡、そこで自ら命を絶ちます。そこからもスパルタの弱体化は止まらず、最終的には「アカイア同盟」という新しいギリシャの同盟に吸収されることとなりました。

なお、最後にスパルタで改革を行おうとした王は「アギニ朝」の王で、一応ではありますが『オデッセイ』の主人公とは血縁関係があることになりますね。

のちの時代にも続く影響力。その痕跡は現代にも



マケドニアに征服され、その後ローマの属州となってしまったギリシャですが、その文化、文明としての影響力は衰えることはありませんでした。特にアテナイが学問や芸術の街として後も多くの人で賑わうようになり、学者や医者を目指す者にとってはもってこいの場所でもありました。

ローマの有名人も数多くがギリシャへ留学しており、共和制末期にはキケロ、初代皇帝となるオクタヴィアヌスも、少年時代にギリシャへ留学しています。ローマに支配される前、マケドニアが主だった時代にはヘレニズム文化、と呼ばれる巨大な文化圏の土台になったりと、地中海全体にその影響力を及ぼしていました。

『オデッセイ』の中で乗組員になってくれるヘロドトスもそうで、古代ローマのある有力政治家から「歴史の父」という評価を受けていたりもします。


他に現代まで続く古代ギリシャの影響というと、やはりオリンピックでしょうか。『オデッセイ』の方でもオリンピックは行われおり、現代のオリンピックのモデルになっています。平和の祭典、と呼ばれている理由も古代ギリシャと関係があり、オリンピック開催中、古代ギリシャでは一切の戦争が禁じられていました。古代から平和の祭典と呼ぶことが呼ぶことが出来ます。とはいえ古代ギリシャで戦争が禁じられていたのは神々を称える祭典だからで、人間界の諍い事に神々を巻き込むことは許されなかったからです。平和の祭典、と一括りにしてしまうのは少し難しいものがありますね。

ちなみに科学についても、古代ギリシャがその発祥だったりします。アリストテレスという哲学者がそれに関わった人物で、彼はソクラテスの弟子であるプラトン、その弟子に当たる人物です。マケドニアでアレクサンドロス大王の家庭教師もしていました。彼の研究はアレクサンドロス大王の遠征でも進むことになり、教え子が向かった国々の動物や植物を自分の元に送ってもらったと言われています。アリストテレスは学問の体系化を行い、その影響力は中世でも長く続きました。

そんなギリシャが次に独立するのは、1830年ごろのこと。独立戦争が起き、ギリシャ人の国家が初めて誕生します。古代、ギリシャが独立したひとつの国になることはありませんでしたが、近代に入ってついに、統一された国家が誕生することになりました。


参考文献
  • 「古代ギリシアの歴史」(著:伊藤貞夫、出版:講談社学術文庫)
  • 「新書英雄伝」(著:有坂純、出版:学術教育出版)
  • 「ソクラテスの弁明・クリトン」(著:プラトン、訳:久保勉、出版:岩波文庫)
  • 「西洋の哲学思想がよく分かる本」(監修:金森誠也、出版:PHP研究会)
  • 「なぜ? が分かる古代史 前近代」(著・浅野典夫、出版:学研教育出版)
《8月》

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