『仁王3』結局どこなのよ?「三国志」に記された卑弥呼と邪馬台国の姿【ゲームで世界を観る#124】 | Game*Spark - 国内・海外ゲーム情報サイト

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『仁王3』結局どこなのよ?「三国志」に記された卑弥呼と邪馬台国の姿【ゲームで世界を観る#124】

『仁王3』には土屋太鳳さん演じるキーパーソン「卑弥呼」が登場します。なぜ時代を超越して何度も登場するのかはここでは語りませんが、術を操る謎めいた女性のイメージは様々な創作に影響を与えてきました。

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『仁王3』結局どこなのよ?「三国志」に記された卑弥呼と邪馬台国の姿【ゲームで世界を観る#124】
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仁王3』には土屋太鳳さん演じるキーパーソン「卑弥呼」が登場します。なぜ時代を超越して何度も登場するのかはここでは語りませんが、術を操る謎めいた女性のイメージは様々な創作に影響を与えてきました。

さて、卑弥呼とは何者か、邪馬台国はどこにあったのか。その記録は「三国志」の「魏書三十 烏丸鮮卑東夷傳」における倭人の項(いわゆる「魏志倭人伝」)や「後漢書」など中韓側の文献に基づいており、今もなおほとんどを「推定」「説」の域に留めているのが現状です。現在の日本の文字は漢字と派生の平仮名で成り立つように、古代日本には歴史を刻む文字がありませんでした。それ故に大陸側で記録された「倭」の情報をもとに当時の日本の様子を推察するしかありません。課題となっている邪馬台国への道程も大まかにしか分からず、1800年近く経った現在でも裏付けができる物証があまり出てきていないのです。

その数少ない物証が、国宝に指定されている金印(漢委奴国王印)です。「倭」に対して中華王朝から金印が送られた記録は複数回あり、卑弥呼以前にも倭の国が大陸と政治的に接触してきました。これは玉璽と同様の機能を持ち、中国側から「国」として統治する権限を与えられた証です。

建武中元二年,倭奴國奉貢朝賀,使人自稱大夫,倭國之極南界也。光武賜以印綬。安帝永初元年,倭國王帥升等獻生口百六十人,願請見。(「後漢書」)

建武中元二年(57年)、倭奴国が朝貢に訪れ、使者を遣わして自ら大夫と称した。倭国は極南の辺境である。光武帝は印綬を賜った。安帝永初元年(107年)、倭国王・帥升らが捕虜百六十人を献上し、謁見を願い出た。(帥升は史上最初の日本人の名前)

景初二年六月,倭女王遣大夫難升米等詣郡, 求詣天子朝獻,太守劉夏遣吏將送詣京都。 其年十二月,詔書報倭女王曰: 「制詔親魏倭王卑彌呼: 帶方太守劉夏遣使送汝大夫難升米、次使都市牛利, 奉汝所獻男生口四人,女生口六人,班布二匹二丈,以到。 汝所在踰遠,乃遣使貢獻,是汝之忠孝,我甚哀汝。 今以汝爲親魏倭王,假金印紫綬,裝封付帶方太守,假授汝。 (「三国志」)

景初二年六月(238年)、倭女王が大夫難升米らを郡に遣わし、天子に朝貢を申し出ると、太守劉夏は役人を遣わして都へ送った。同年十二月、倭女王に詔書を授ける。「親魏倭王卑弥呼に詔す。帯方太守劉夏が使者を遣わし、汝の大夫難升米、次使都市牛利を送り、汝が献上した男子四名、女子六名、班布二匹二丈を携えて到着した。汝の所在は遠く離れているにもかかわらず、使者を遣わして貢物を献上するとは、汝の忠孝の心である。我は深く汝を哀れむ。今、汝を親魏倭王と定め、暫定の金印と紫綬を与え、帯方太守に封じて授けることを命ずる。」

金印は後世の偽作の疑いが完全には晴れてはいないものの、前者の「漢」代の光武帝から賜ったものとするのが今のところ定説です。卑弥呼が魏から賜った金印の方は未だ見つかっておらず、卑弥呼の死後どうなったかも伝わっていません。「三国志」によると当時の日本は統一されておらず、漢の時代には100ほど、魏の時代には約30の国が乱立していました。魏はその30国それぞれに使節を送っていたようで、その中の一つが卑弥呼の治める邪馬台国でした。そうした関係の中で魏の皇帝が倭の代表として「親魏倭王」の地位を金印と共に授けたのです。『仁王3』の作中で時を超える道具になった銅鏡も魏から大量に輸入していました。このときの魏皇帝は曹丕の長子・曹叡。卑弥呼の時代と三国志の時代はかなり近かったと考えると、少しイメージも変わるかも知れません。ちなみに司馬懿が没したのは251年です。

漢の時代に金印が送られた「倭国」と後の邪馬台国が同一かどうかは不明ですが、朝鮮の百済からも369年に七支刀が送られており、日本列島と大陸の政治的なつながりは古代の頃からかなり強かったと考えられます。「三国志」の記述も魏から派遣された使節によるものと考えられ、地理風俗について詳しく描写されていました。その中で卑弥呼の政治体制は以下のように書かれています。

其國本亦以男子爲王,住七八十年,倭國亂,相攻伐歷年, 乃共立一女子爲王,名曰卑彌呼,事鬼道,能惑衆。 年已長大,無夫壻,有男弟佐治國。

その国もまた男子を王とし、78年在位したが、倭国に乱が生じ、相次いで攻め合った。そこで共に一人の女子を王として立て、卑弥呼と名付け、呪術を執り行い、民衆を惑わせた。年老いて夫もなく、弟が国を治めるのを補佐した。

ここで出てくる「弟」は血縁の弟と限らないのに注意が必要です。卑弥呼自身は祭祀場に籠り、ひとりの男が窓口や世話役をしていました。今作の「古代」は247年に設定されていますが、これも「三国志」の記述に由来しています。

正始元年,太守弓遵遣建中校尉梯儁等奉詔書印綬詣倭國, 拜假倭王,並齎詔賜金帛、錦罽、刀鏡、采物, 倭王因使上表答謝恩詔。(中略)其八年,太守王頎到官。 倭女王卑彌呼與狗奴國男王卑彌弓呼素不和, 遣倭載斯、烏越等詣郡,說相攻擊狀。(中略) 卑彌呼以死,大作冢,徑百餘步,徇葬者奴婢百餘人。 更立男王,國中不服,更相誅殺,當時殺千餘人。

正始元年、太守弓遵は建中校尉梯儁らを遣わし、詔書と印綬を奉じて倭国に赴かせ、暫定の倭王を任命するとともに、詔書と金帛・錦罽・刀鏡・彩物を賜った。倭王はこれを受けて上表し、恩詔に感謝の意を表した。(中略)同八年、太守王頎が赴任した。倭女王卑弥呼は狗奴国の男王卑弥弓呼と以前から不和であったため、倭載斯・烏越らを郡に遣わし、互いに攻撃し合う状況を説明させた。(中略)卑弥呼は死去し、大墓を築いた。墓の幅は百歩余り、葬列に従う奴婢は百人余りに及んだ。新たに男王を立てたが、国中は服従せず、互いに誅殺し合い、当時千人余りをも殺害した。

正始8年(247年)は卑弥呼が死去したと推定される年で(250年の説もあり)、その前に対立する狗奴國との戦況について報告する使者を魏に送っていました。卑弥呼の死後に起きたとされる内乱が、本作の描写の土台になっていると考えられます。

巨大な蛇行剣の発見や科学手法の発達など、古代日本の研究は今まさに急加速の時代を迎えています。歴史の新たなページが書き加える瞬間に、私たちは立ち会うことができるかもしれません。


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ライター:Skollfang,編集:宮崎 紘輔



ライター/好奇心と探究心 Skollfang

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編集/タンクトップおじさん 宮崎 紘輔

Game*Spark、インサイドを運営するイードのゲームメディア及びアニメメディアの事業責任者でもあるただのニンゲン。 日本の新卒一括採用システムに反旗を翻すべく、一日18時間くらいゲームをしてアニメを見るというささやかな抵抗を6年続けていたが、親には勘当されそうになるし、バイト先の社長は逮捕されるしでインサイド編集部に無気力バイトとして転がり込む。 偶然も重なって2017年にゲームメディアの統括となり、ポジションが空位になっていたGame*Sparkの編集長的ポジションに就くも、ちょっとしたハプニングもあって2022年7月をもって編集長の席を譲る。 夢はイードのゲームメディア群を日本のゲーム業界で一目置かれる存在にすること、ゲームやアニメを自分達で出すこと(ウィザードリィでちょっと実現)、日本武道館でライブすること、グラストンベリーのヘッドライナーになること……など。

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