「ミニオンズ」などで知られるイルミネーションと、任天堂のタッグによる『マリオ』シリーズ初のアニメーション映画「ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー」。2023年に公開され、記録的な大ヒットとなった前作ですが、その続編となる「ザ・スーパーマリオギャラクシー・ムービー」が2026年4月24日に国内で公開されました。
今度の「マリオ」は、新たな相棒「ヨッシー」を迎え、銀河へと冒険に旅立ちます。『マリオ』だからこそできる、楽しいシーンが山ほど詰め込まれた宝石箱のようなエンタメになっている一方で、前作と同様に“映画”という媒体に求められる物語には迎合しない攻めた姿勢も引き継いだ作品です。
そんな本作を『マリオ』シリーズファンの筆者はどう観たのか。その魅力と問題点の双方についてレビューしていきます。
『マリオ』の世界だからこそのハイテンポで多彩なエンタメ

前作『ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー』でもそうだったように、本作も、その最大の魅力は『マリオ』の世界の魅力がギュッと凝縮された多彩なロケーション、アニメーションが押し寄せてくるハイテンポなエンタメになっている部分です。
『マリオ』の世界には、物理法則を無視して浮いているブロックや、カラフルなキノコ、あらゆる場所に移動できる土管など、アイコニックなモチーフが無数に存在しています。それらが映画の世界に再構築され、さまざまなロケーションや展開を生み出す土台になっているのです。

2作目となる本作は、「ギャラクシー」の名の通り、銀河を巡る冒険へと旅立つことになります。そのために、『スーパーマリオギャラクシー』で印象的な「ほうき星の天文台」、『スーパーマリオ オデッセイ』の「ダイナフォー」など、前作以上に豊富なロケーションが登場。それらの惑星や国でおなじみの住人たちも登場し、「キノピオ」だけでないさまざまな種族の人々が生きる多様な世界が描かれています。
それらの多彩なロケーションやキャラクターがハイテンポに使い捨てられ、どんどんと場面転換をしていく贅沢さは、元がステージクリア型のビデオゲームである『マリオ』ならではの体験かもしれません。

前作は一作目なのもあり、主人公「マリオ」の成長を描く物語でしたが、その分今回のマリオは成熟仕切っており、全編頼れるお兄さんとしての活躍を見せるのもハイテンポな展開に寄与しています。ゲーム版のマリオの印象により近づいたようで嬉しい。
序盤にマリオがピーチ姫にプレゼントを渡すシーンでは、「この男はプレゼントのセンスまで良いのか」と、ピーチ姫推しの筆者としては映画版マリオへの好感度がグッと高まりました。
そんな勇敢で頼りがいのあるマリオと対照的に、臆病だけども心優しい弟「ルイージ」の存在も展開にコントラストを産んでいます。前作で悪事を働いた「クッパ」をいまだに許せないマリオと違い、クッパに寛容な態度を見せるのも印象的。

そんなクッパもまた、前作とは違った活躍を見せてくれます。前作のクッパは、ちょっと共感できないレベルのストーカー気質で、キャラの魅力よりも先に気味の悪さが際立っていた印象でした。今回は、そんなクッパを魅力的に描こうとするシーンが多めに設けられており、力強い兄貴分としての一面と、息子を想う父親としての一面が見られるようになっています。
その息子である「クッパJr.」は、クッパの教育を子供らしい純真な心で受け取っているために、クッパ以上に脅威の悪役として登場。クッパJr.率いるクッパ軍団は前作と比にならないほどの科学力を持っており、「ギャラクシー」という規模感に相応しい迫力ある映像に寄与しています。

一方で、息子におんぶにだっこなクッパが前作以上に小物のように見えてしまう側面もあるのですが、これもまた映画版クッパならではのキャラクター性でしょうか。
映画向けに翻案されたゲームのエッセンスの数々
このように、原作が『マリオ』であることを活かしきった多彩なシーンをもつ映画となっているのですが、それらのエッセンスを映画向けにさまざまに再解釈しているのも本作ならではの魅力です。
たとえば、原作『スーパーマリオギャラクシー』でははじめてロゼッタと出会う幻想的として登場する「ヘブンズドアギャラクシー」は、数多の銀河への港として機能する空港のような施設として大胆な変貌を遂げています。
空港というだけあってさまざまな住人が行き交いをしており、今回の舞台である「ギャラクシー」には多様な種族の住人がいるのだということを観客に認識させます。

ひょんなことから舞台は一転、ヘブンズドアギャラクシーの地下のような場所に迷い込むと、ガラの悪そうな「ノコノコ」や「タコボー」、「ムーチョ」が睨みを効かせてきます。地下の雰囲気はまるで過去の実写版『マリオ』映画「スーパーマリオ 魔界帝国の女神」の「恐竜世界」のようですが……前作の時点で「魔界帝国の女神」を踏襲したシナリオだったわけで、もしかしたら好きな人がスタッフに多いのかもしれません。
そんな地下世界に存在するカジノ施設に潜入すると、『スーパーマリオ オデッセイ』のメインテーマとも言える、ニュードンク・シティ市長「ポリーン」のボーカル曲「Jump Up, Super Star!」がカジノらしいオシャレなジャズアレンジで流れ始めます。こういった、シリーズで印象的な楽曲がさまざまな場面で編曲され、登場するのも魅力です。

敵となるクッパJr.の持つ「マジックブラシ」も映画にピッタリな小道具です。『スーパーマリオサンシャイン』で初登場したマジックブラシですが、ドロドロの絵の具で描いたものを顕現できるという性能を持っています。
前作では、戦いにおける勝敗を決するのはつねに「スーパーベル」や「スター」などのアイテムでした。それを取って一方的に勝つような展開が多かったのですが、今回はマジックブラシVSアイテムと、能力が拮抗しているため、前作よりも戦闘シーンの見どころは増している印象です。

一方で、すべての映画向けの解釈が『マリオ』ファンにとって嬉しいものにはなっていない部分もあるように思います。特に、本作で描かれるロゼッタの設定は、原作『スーパーマリオギャラクシー』が好きだという人ほど受け入れがたい解釈かもしれません。前作の伏線を回収することには繋がっているものの、原作の「絵本」で描かれていたような情緒あるロゼッタの物語とはまるで違う内容に変更されています。
とはいえ、映画版のキャラクターならではのオリジナルの設定としては、これはこれで面白い解釈なのでは……と、書こうと思っていたのですが、そうもいかなくなってしまいました。記事執筆中、確認のため読んだニンテンドードリームのインタビューにて、プロデューサーの宮本茂氏は、「今後ゲームでも映画の設定を使っていきたい」という旨の発言を行っているのです。そのために、原作『スーパーマリオギャラクシー』ファンからは波紋が広がっている様子です。
筆者としては、そもそも映画版のクッパ、マリオ、ピーチなどの性格や描き方が原作と大きく異なっていることは明白であり、映画版とゲーム版のキャラクターは完全に別物だと受け取っていました。もし今後のゲームシリーズでも映画版の設定や性格、描き方が逆輸入されるとしたら……正直なところ、今はまだ受け止めきれないかもしれません。嘘であってほしい。
と思いきや、記事執筆中の4月30日。突如として『スーパーマリオギャラクシー2』の絵本に新たな章が追加されるアップデートが配信されました。しかも、あらためて映画の設定と原作の設定が異なることを明確にするような内容。もう情緒がおかしくなってしまうよ……。
映画という媒体で、物語がなくても“共感”できるか

上述のとおり、本作はあくまでハイテンポな場面転換やファンサービスでコンテンツが構成されているということに自覚的です。映画らしく、主人公らに葛藤のある物語を描くということははなから目指していないように思えます。
基本的に、映画という媒体におけるストーリーの描き方は、主人公にチャンス(もしくはピンチ)を与え、それを超える起伏のピンチ(チャンス)を与え、さらにそれを超える起伏のチャンス(ピンチ)を与える……というように、次第に起伏が増幅するピンチとチャンスの交互な連鎖に則っています。
本作のシナリオはそういったフォーマットをほとんどなぞっておらず、キャラクターの征く道に物語的な障壁を置いていません。そのために、物理的な障害はあってもキャラクターを取り巻く展開にハラハラすることはなく、どのシーンも予定調和のように感じられるのです。

全体として、『マリオ』ファンにこの映像を映像を届けたい、これも届けたいと、物語に影響しないシーンが大半であるため、『マリオ』に精通していなければ心から楽しむことは難しいというのが正直なところのように思えます。それが、本作を映画という媒体の文脈で高く評価しづらい理由であり、前作と同様に批評家スコアが芳しくないのも理解できる部分です。
とはいえ、これは前作「ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー」の路線を素直に引き継いだものでもあります。前作の時点で、このシリーズが映画的な文脈のストーリーに迎合する気がないことは明白です。
そのため、筆者は最初から本作のストーリーには期待をしていませんでした。というより、前作の時点では期待していたが、見事期待を裏切られたので、今回ははなから鑑賞の姿勢を変えざるを得なかったのが正直なところです。

もともと、『マリオ』シリーズのすべてに優れたシナリオがないかといえばそういうわけではありません。『ペーパーマリオ』シリーズや、『スーパーマリオギャラクシー』など、今でもファンの心に残る作品の中には、優れた心理描写や起伏あるストーリー、重厚な世界が描かれるものもあるのです。筆者はそういった作品もまた『マリオ』というIPの魅力を押し上げていると思っています。
一方で、映画のプロデューサー兼、『マリオ』の生みの親である宮本氏は、Wiiや3DSの時期にかけて、「マリオにストーリーは必要なのか?」に悩んでいたことを社長が訊くなどいくつかのインタビューで明かしています。
小泉歓晃氏がシナリオを手掛けた『スーパーマリオギャラクシー』をみて、冗長なストーリー描写にはゲームのテンポを阻害したり、プレイヤーの“共感”を損ねる側面もあるという気付きを経て、よりテンポを重視した『スーパーマリオギャラクシー2』が誕生したのです。

しかし、これはプレイヤーにすぐにでもボタンを押してインタラクションをしてもらいたい「ゲーム」という能動的な媒体の特性を宮本氏が理解しているゆえにたどり着いた結論でした。であれば、観客が主人公を操作できない「映画」という受動的な媒体であれば、“共感”のためにストーリーは必要であるという考えになるのではないかと筆者は思っていたのです。
ですが、そうはなりませんでした。『ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー』も、「ザ・スーパーマリオギャラクシー・ムービー」も、その結論に則ったハイテンポな展開とアクションを持つ作品ではあるものの、映画である以上、当然インタラクションはできません。
そういう意味で、このシリーズは、ハイテンポにカット編集された“他人の3D『マリオ』のプレイ映像”を観ているような作品ともいえます。そして、そこにはたして“共感”はどれほどあるのかと思えるのです。

それでも、映画ならではに解釈された『マリオ』のエッセンスと、映画だけでみられるキャラクターの表情や関係性からくるアニメーションの数々が、いち『マリオ』ファンとして心から楽しめるものであったことは間違いありません。
ですが、今後もこの路線を続けるのは果たして先があるのかと思ってしまう部分もあります。極端にストーリーを排除した、アクションとファンサービスだけの作品を続けていくのは、少なくとも多くの人が物語を楽しみに来る映画という媒体において、大衆の望むものとのズレを大きくしていくのではないかとも思えます。子どもが楽しめる映画の中にも、優れた物語を持つものは多いのです。
1作目「ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー」は、「『マリオ』を映画にこう翻案するのか」という強いインパクトを残しました。今作もその路線を引き継ぎ、さまざまな楽しいシーンをみせてくれます。一方で、今後このシリーズがさらに続き、1作目の衝撃が薄れていく中で、それでも優れたストーリーを提供できなければ、次第にこの作品は大衆にとって特別なものではなくなっていくのではないでしょうか。

いち『マリオ』ファンとして、本作で描かれるさまざまなファンサービスや、キャラクターの表情、映画向けに解釈されたロケーションの数々がどれも心踊るものであったことは間違いありません。優れたアニメーションの数々で、それらがハイテンポに使い捨てられていく贅沢さは、まさしく映画版『スーパーマリオギャラクシー2』とも呼べる内容でした。
そのハイテンポさゆえに、主人公たちに立ちふさがる障壁を置くようなハラハラとした物語は意図的に排除されています。しかし、多くの人が物語を求めてやってくる、受動的な「映画」という媒体において、能動的な「ゲーム」と同様の考えは通用しないようにも思えます。今後『マリオ』映画のシリーズが続いていき、次第に1作目の衝撃が薄れていく中で、なおもこの路線を続けても成功できるのか。ある意味、映画業界への反骨とも言えるシリーズの今後やいかに。
Game*Spark レビュー 「ザ・スーパーマリオギャラクシー・ムービー」 映画 2026年4月24日
ハイテンポに『マリオ』のエッセンスが詰め込まれたエンタメの宝石箱だが、「映画」という受動的な媒体の特性を活かした物語は描かれない
-
GOOD
- ハイテンポで息をつく暇もないエンタメが凝縮された体験
- 『マリオ』シリーズのエッセンスが映画ならではの解釈で描かれる
- 「ギャラクシー」のテーマを活かし、より多彩な世界とキャラクターが登場
- 前作以上に魅力的に描かれるキャラクターたち
BAD
- 物語に関係のないシーンが多く、『マリオ』ファンでなければ楽しみづらい
- 受動的な「映画」という媒体の特性を活かした物語は描かれない













