
犬が大好きです。
この一文から記事を始めることに、なんの照れもありません。数年前に亡くなった愛犬が与えてくれた無限の愛は、今も常に胸にあります。
これは珍しい感情ではないとも思います。現在日本での犬の飼育頭数はおよそ682万頭とされており、犬と過ごし、あの体温を身近に感じている人はたくさんいるでしょう。
そして犬たちは、ゲームの中でも現実と同じように、私たちの心の近くにいます。 今回『My Little Puppy(マイリトルパピー)』のニンテンドースイッチDL版の配信開始、そして6月25日に予定されているパッケージ版の発売に際しゲームの歴史を振り返ってみると、犬というモチーフがいかに多くの作品に登場し、いかに多様な役割を担ってきたかに驚かされました。
主人公として、相棒として、神として、そして感情の依代として。「ゲームに犬が出てくる」という一点を起点にいくつかの作品を並べてみると、ゲームというメディアが犬に何を求めているのかが、ぼんやりと見えてきます。
今回はそんな、「犬が主役あるいは中心にいるゲーム」、つまりは犬ゲーを紹介しつつ、各作品がどのように犬を描いているのかを眺めてみたいと思います。ただ、犬のことを一緒に考えてみましょう、という記事です。
『The Free Shepherd』―― 「牧羊犬」として世界を駆ける
インディースタジオFrame Interactiveが開発中であり、The Game Awards 2025のオープニングを飾った『The Free Shepherd』は、2027年リリース予定のムード溢れるアドベンチャーです。
プレイヤーはボーダーコリーの牧羊犬として広大で美しく、しかし何かが起きた世界を駆け、迷子になった羊たちを安全な場所へ誘導していきます。息をのむほど美しいグラフィック、広い大地とその上を疾走する一匹の犬という絵はそれだけで没入感を約束しています。
ゲームの概要には「君の役目は、たくさんの迷子のヒツジたちを集めて秘密の隠れ家に導き、謎の厄災を嗅ぎだすこと。厄災を止められるのは君だけだ。」と記されており、単なる癒し系ゲームでも、牧羊犬シミュレーターでもないトーンであることが明示されています。




公開されたトレーラーへの反響は大きく、羊を追う牧羊犬というゲームではほぼ前例のないプレイヤー視点を選んだことが、この作品をひと際異質な存在にしています。2027年のリリースが楽しみな一本です。
『Fallout 4』―― 廃墟を共に歩く、最高の仲間


『Fallout』シリーズにおける看板犬「ドッグミート」の歴史は1997年のシリーズ初代にまで遡ります。その名はポスト・アポカリプス映画「少年と犬」(1975年)に由来し、以降シリーズのナンバリングタイトルを通して「どこかに現れる犬」として定着してきました。
そのドッグミートが最も丁寧に描かれたのが2015年発売の『Fallout 4』です。核戦争後のボストン郊外、赤いロケットを看板にするガソリンスタンドで出会うジャーマン・シェパードのドッグミートは台詞もなく、ただプレイヤーの傍らに寄り添い、時に鼻を使って問題解決を手助けします。

ゲームメカニクスとしても、ドッグミートは興味深い設計がなされています。作中で取得できるパーク(スキル)のひとつであるLone Wandererは強力ですが、効果の発動条件が「仲間がいない一人旅のみ」に限られるというものです。
しかし他のコンパニオンとは異なり、ドッグミートは連れ歩いてもそのボーナスが失効しません。これは開発者による明確な意図であり、「犬は仲間ではなく、孤独の一部である」というメッセージとも読み取れます。
そんな名犬ドッグミートのモデルとなったのは、開発者ジョエル・バージェス氏の愛犬リバーでした。リバーは残念ながら2021年に他界し、バージェス氏はTwitter(現:X)上でその死とゲーム開発への貢献について記したスレッドを投稿し、多くのプレイヤーの心を打ちました。
該当の投稿によると、開発当初はプロの犬をモデルにする事が予定されましたが、訓練を受けた犬である彼らはあまりにもプロすぎており、親しみのあるキャラクター像を実現するための参考として会議に参加し始めたリバーが、最終的に直接のモデル・アクターとして決定されたとあります。
ゲームの中のドッグミートは、現実に生きた一頭の、素晴らしい犬の協力によって支えられていたのです。
廃墟の中で黙って隣を歩く犬の存在は、どんな饒舌なコンパニオンよりも、時として雄弁です。

『大神』―― 「大いなる神」として駆ける白狼

犬ゲーを語るとき、この作品を外すわけにはいきません。カプコンが2006年に発売した『大神』は、日本神話をモチーフにしたアクションアドベンチャーであり、プレイヤーは白狼の姿をした大神アマテラスを操って旅をします。
ただし、アマテラスは厳密には「犬」ではなく、狼です。しかしその存在感は、どんな犬ゲーにも引けを取りません。アマテラスが四足で駆けた地面は草花が芽吹き、プレイヤーは常に「獣として世界に存在している」という感覚に包まれます。
この作品が特異なのは、軽快な犬(狼)の身体を使いながら、同時に「世界に絵を描く」という行為をゲームの核心に据えた点です。「筆しらべ」と呼ばれる、画面に直接筆で描くことで現実を変える力は、和風の水墨画的なビジュアルと合わさって、ほかに類を見ない体験を生み出しています。

さらに主人公でありながら、ゲーム中アマテラスは一切喋りません。しかし、相棒イッスンとの掛け合いの中で、その感情や意志は十分に伝わってきます。「言語を持たない存在が、言葉なしに主人公として成立している」という稀有な例として、『大神』はゲーム史に刻まれています。


ゲームにおける犬(狼)がここまで「神格」を帯びたことは、おそらく後にも先にもこの作品だけでしょう。四つ足の友達は、神の威光さえ背負えるのです。
『Dead to Rights: Retribution』―― 「相棒」には牙がある
2002年にシリーズ初代がXbox向けタイトルとして登場した『Dead to Rights』は、腐敗した架空の都市グラントシティを舞台に、刑事ジャック・スレートと相棒の犬シャドウが共闘するアクションゲームです。
そして2010年にシリーズを再始動させた『Dead to Rights:Retribution』は、この人間と犬の関係をよりゲームプレイの軸として深化させました。

シャドウはマラミュートとオオカミのミックスという設定で、戦闘においては単なるサポートではなく独立したゲームプレイを持つキャラクターとして機能しています。

ジャックのパートでは銃撃戦と格闘を、シャドウのパートではステルスをという風に視点と動作が根本的に変わり、スタンスを使い分けながら敵に接近します。シャドウの嗅覚で敵の心拍を感知するシステムは、犬の感覚をゲームに落とし込む試みとして今見ても個性的です。
一方でこの作品が「ガチ」である証拠に、シャドウの攻撃はかなりバイオレンスです。本能と訓練により急所である喉元に的確に噛みつき、地面に引きずり倒し、とどめを刺します。犬の凶暴性を飾らず描いた点で、他の犬ゲーとは明確に一線を画します。



評価は賛否が分かれ、シリーズとしての展開も止まってしまいましたが、「犬を戦術的なパートナーとして操作する」というアプローチの好例として『Dead to Rights』シリーズの存在感は今なお独特なものがあります。
『My Little Puppy』―― 天国から、パパのもとへ

2025年末にリリースされた『My Little Puppy』です。KRAFTON傘下のスタジオDreaMotionが手がけたこのアドベンチャーは、発表直後から犬好きのあいだで大きな話題を呼びました。
「人が死ぬと、先にあの世に旅立った犬が迎えに来る」という言い伝えをモチーフにしたこの物語は、出発点からすでに泣かせに来ています。
主人公はウェルシュ・コーギーのボングです。捨て犬だったボングを迎え最期まで寄り添ってくれた「パパ」の元から去ってから、犬の天国で平和な日々を過ごしていたボングはある日、漂ってきたパパの匂いを嗅ぎ取ります。そして一度も忘れる事のなかったその匂いを辿って天国の外へ飛び出し、パパを迎えに行く旅に出るのです。



ゲームプレイは嗅ぐ・吠える・掘るといった「犬ならではの行動」を中心に設計されており、砂漠・雪山・ビーチといった美しい場所を旅し、時には他のものたちと協力しながら進みます。
この作品で特筆すべきは、「結末はすでに決まっている」というゲームのスタンスです。ボングがパパと再会できるかどうかは、プレイ前からわかっています。それでもなお、その道のりを歩ませることに意味がある。そういう作りの物語です。
犬と人の別れ、そして再会。ゲームというフォーマットがその感情を引き受けたとき、プレイヤーは単に操作しているのではなく、「その犬として、その感情を生きている」という体験に近づきます。
ゲームが犬に求めるもの
五つの作品を並べてみると、ゲームが「犬」に求めてきたものが見えてきます。
忠誠心、戦闘力、感情の橋渡し、そして言葉を持たない者が与える純粋さ。人間キャラクターが台詞と心理描写で語りかけるのに対して、犬は存在そのものでプレイヤーに語りかけます。
「人類最古の友」とすら称される彼ら彼女らは言葉を発さず、しかしずっと我々の隣にいてくれました。その在り方が、ゲームという孤独な体験の中で、ある種の救いになることがあります。
また、「犬を操作する」という体験も、ゲームならではの豊かさがあります。四足で走る身体感覚、鼻先から世界を認識する視点、人間には届かない場所に潜り込む小ささ。『My Little Puppy』のボングが天国の外側を駆ける時、プレイヤーは確かに「犬である感覚」を味わっています。
ゲームは犬に、人間が普段は忘れてしまっている 「生き物としての尊さの象徴」になる役割を託しているのかもしれません。
そして、犬達はその仕事を素晴らしく果たしており、その働きぶりはこれからも変わらないでしょう。
なぜならそもそも、そう望まれる前から、犬とはそういう存在なのですから。
今年は『My Little Puppy』が展開され、来年には『The Free Shepherd』が控えています。
さらに今回言及しなかった例においても、ゲームフリークが開発し2026年8月4日発売予定のアクションRPG『Beast of Reincarnation』 では相棒として大型犬の「クゥ」が登場するのに加え、キックスターターで好調なプロジェクトスタートを果たした『Hounded』の開発が進行しており、美しく愛らしい犬達が登場するタイトルの勢いは止まっていません。
犬ゲーは今まさに、豊穣な時代を迎えています。
みんないい子ですね。













