1980年代、ビジネスパーソン向けのツールとして電子手帳というものが登場しました。
メモやスケジュール管理など、それまでは紙の手帳にペンで書き付けなければならなかったところ、電子機器の特性を活かしてより便利に扱えるようになったのです。現在のスマートフォンと直接の繋がりはないものの、類似する製品コンセプトだったと考えてよいでしょう。

そんな電子手帳ですが、やがてゲームを楽しめる機種も出てきました。ビジネスパーソンは通勤や出張など移動時間が長いことも多いので、その合間に楽しめるようにと搭載されたのです。
電子手帳向けゲームは、パズル・テーブルゲームなど、短時間で遊べるシンプルな作品が比較的多かったのですが、意外なことにじっくりと物語を読んでいくタイプのゲーム……すなわちテキストアドベンチャーゲームも存在しました。

1991年にヘクトから発売された『山村美紗サスペンスシリーズ 京都 財テク殺人事件』です。
1990年に同社がファミリーコンピュータ向けに発売したものの移植作で、ファミコン版はフリマサイト等でかなりの高値が付くソフトとして知られていますが、この電子手帳版はそれ以上に貴重だと思われます。対応機種はシャープの「ハイパー電子システム手帳」と呼ばれる上位機種でした。
この当時、任天堂の携帯型ゲーム機であるゲームボーイが人気を博していましたが、テキストアドベンチャーと呼べるのはアスク講談社が1991年2月15日に発売した『三毛猫ホームズの騎士道』くらいのものでした。
これと同年に発売された電子手帳版『京都 財テク殺人事件』はすなわち、携帯型テキストアドベンチャーゲームとしてはかなり初期のものと考えられますが、そもそもなぜこれが電子手帳向けゲームにラインナップされたのでしょうか。
まず、原作者が「日本ミステリー界の女王」とも称された山村美紗であることが何よりも大きいでしょう。ベストセラー作家というだけでなく2時間テレビドラマが幾度も放映されるなど、ゲームを普段プレイしない層にも知名度は抜群でした。そして本作は株がらみの殺人事件が展開します。株が身近なビジネスパーソン向けとしては、この上ないテーマの作品だったのでしょう。
具体的にどんな特徴があるのか見ていきましょう。ゲームを起動すると、さっそく電子手帳の特性を活かした表現があるとわかります。

漢字表示がされるテキストです。それも一部ではなく全体的に使われています。当時のゲームボーイ作品ではとても望めなかった機能で、またディスプレイのサイズ自体もゲームボーイより一回りは大きいため、読みやすくなっています。
操作はすべてタッチパネル上で行います。電子手帳付属のタッチペンでテキストを読み進め、コマンドを選択し、調べたい箇所を直接タッチして指定していくのです。タッチペンを使用する携帯型ゲーム機といえば任天堂のニンテンドーDSが有名ですが、これは2004年の発売です。それより10年以上も前にタッチパネル操作のゲームがあったというのは筆者も驚きでした。

このタッチパネル操作は、周りの人からはクールに見られるというメリットがあったとも考えられます。ゲームボーイのような両手のボタン操作ではいかにも遊んでいる風ですが、手帳を開いて落ち着いて操作する……傍からは仕事熱心な人と見られたのではないでしょうか。
画面はモノクロ表示ですが、これはゲームボーイも同じでしたし、『京都 財テク殺人事件』は元よりグラフィックではなく物語で楽しませる、言わば電子推理小説です。画面がカラーでなくとも差し支えはありません。キャラクターグラフィックの描き込み精度も十分です。
また、サウンド機能がありません。テキスト送り時とコマンド選択時に電子手帳自体の「ピッ」という音が鳴るだけです。しかし電車やバスでの移動中にプレイすることを想定すると、BGMや効果音はかえって周囲の迷惑になりかねません。したがってサウンド機能が無いのはむしろ正解でした。
電子手帳はゲーム専用機ではないため機能の制限がありますが、それらはさほど大きな欠点とは感じませんでした。

ファミコン版はバッテリーバックアップ機能があり手軽にセーブができましたが、この電子手帳版はパスワード方式です。パスワードは数字の羅列で表示されます。これは少し文字数が多くメモするのも一手間ですが、章の終わりには4桁だけの固定パスワードを提供してくれます。区切りのいいところまで進めて、続きは翌日という場合にはとても簡単になっています。

また、別途タイトル画面に「前回の続き」というメニューがあります。パスワードを取らずに電子手帳の電源を切っても、特定のポイントから再開できるのです。中断時点の状態から正確に再開できるわけではありませんが、現代のオートセーブに近いもので、当時としては画期的だったのではないでしょうか。
普通の小説とは一味違うものをビジネスパーソンに提供したい。電子手帳版『京都 財テク殺人事件』はそんなコンセプトから生まれたと思われます。しかしこれに続く電子手帳のテキストアドベンチャーゲームは、結局ひとつもリリースされることがありませんでした。
1990年代後半には電子手帳自体の市場が衰退し、PDA(Personal Digital Assistant)と呼ばれるより高性能な携帯情報端末に置き換わっていきます。さらに2000年代には携帯電話が高機能化して、このあたりからノベル・アドベンチャーゲームも少しずつ登場するようになりました。そして現在のスマートフォンに繋がっていったのです。
ゲーム専用機ではないモバイル端末でのノベル・テキストアドベンチャーゲーム。電子手帳版『京都 財テク殺人事件』は、その歴史に埋もれながらも先駆性のあった一作と言えるかもしれません。









