『FF16』「取り戻す」か、「抗う」か。神々と人間どちらのもの?日英で違う「運命」の考え方【ゲームで英語漬け#99】  | Game*Spark - 国内・海外ゲーム情報サイト

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『FF16』「取り戻す」か、「抗う」か。神々と人間どちらのもの?日英で違う「運命」の考え方【ゲームで英語漬け#99】 

運命を決めるのは神様か、それとも世界の法則か。

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『FF16』「取り戻す」か、「抗う」か。神々と人間どちらのもの?日英で違う「運命」の考え方【ゲームで英語漬け#99】 
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先日の「State of Play」で発表された「FINAL FANTASY XVI “DOMINANCE”」トレイラー。国の政治体制や召喚獣の力など、2023年の発売に向けて少しずつ情報も明らかになってきました。久々のナンバリングに期待も高まるのですが、日英で同時公開された映像を比較すると、いくつか表現が異なる台詞がありました。

日本語版:俺が出れば奴らもドミナントを出してくる 召喚獣合戦だ

英語版:If I take the field, our duels shake the island―to its foundation.

日本語訳:俺が出れば、ぶつかり合いが島をも揺るがす―地の底からな。

日本語版:
多少の損害なぞ、捨て置け 
人が死ぬなら、産めばよい
建屋が燃えれば、建てればよい
簡単なことではないか

英語版:
There will be the losses it is true,
yet for every citizen who falls another can be bred.
For every home that burns another can be built.
The empire will live on.

日本語訳:
損害はやむを得まい
だが、人が死ねばまた生まれてくる
家が燃えればまた建てられる
帝国とはそうして続くのだ

フーゴの台詞からは戦場が島であることが推察されます。土台から、ということは召喚獣の力は島を簡単に沈めるほど巨大なものなのでしょうか。

注目したいのは冒頭部分。「運命/fate」の言葉が出てきますが、それぞれで書かれているアクションが異なっています。

日本語版:
世界に混沌と支配をもたらす者たちがいた。
――これは、その運命に抗う人々の物語。

英語版:
In a world ruled by tyranny and turmoil
there are those who would fight to take back control of their fate.

日本語訳:

暴虐と動乱に支配された世界、
そこに、運命の主導権を取り戻すために戦う者たちがいた。

戦乱の理不尽という「運命」に対する、日英に於ける捉え方の違いがこの一文によく現れています。クリスタル=神のもたらす強大な力に翻弄されるのが人間の避けられざる運命で、それに抗うというのが日本語版です。英語版だと、暴虐によって運命は人間の手から「奪われた」から、それを「取り戻す」物語だと言っています。つまり、「暴虐と動乱に支配された世界」の理不尽は本来人間が受けるべき運命ではない、という捉え方です。

多数の犠牲者が出る天変地異が神の怒りによるものという考えは世界各国にありますが、戦乱の不条理などは創造神の性質によって解釈に違いが出てきます。キリスト教的な「全知全能の神」が存在する場合だと、人間を導く「運命」は神がデザインするもので、悪である戦争もまた絶対正義である神の意図であることになってしまいます。

そのため、理不尽は人間が神を裏切った罰であるとか、与えられた試練だと解釈します。そして、神の正義に従って敬虔に生きる善人には約束された幸せがあり、過度な理不尽=重すぎる罰は「運命」としてあってはならない、そういう考え方があるのです。(見解の1つであり、宗派や個々によって様々な解釈があります)

ですから、ただ人間が苦しむだけの悲劇をもたらすのは偽神であり、そのような「悪の存在」が人間の運命を握るのは間違っている。だから戦って取り戻さなければならない。

一方日本の神仏的な宗教観では「創造主」が不在であるために、世界の悪や理不尽の存在に対する「責任者」がいません。「天運」もそこに天照大神などの具体的な神の意思を想定せず、自然の法則に導き出された結果と捉え、神様が全部コーディネートしているとは考えないのです。

個々の行いに対する応報はあっても、ただの神様の不機嫌であったり、人間の行いによるものであって、人間が起こす戦乱も善悪なく世界の法則に従って起きたこと。この世の不条理は「そういうものだから仕方ない」と受け入れ、「神も仏もない」とはいっても、「何故神様は戦争を存在させるのか」「信じていた神に裏切られた」と考える人はあまりいないでしょう。

そもそも祀っている神自身が荒魂として人間に危害を加えることもあるので、神の善悪を問うたりはしないのです。災いの畏れも含めた少し引いたところに信仰を置いているように思います。

どれほどの理不尽も人知の及ばない天が決めた命運で、人間に不都合な神も神であることに変わりはない。人間は不条理を生き延びるために「抗う」しかない。日本の運命観では“Take back control”よりもこちらの方がしっくりくるのではないでしょうか。人の手に運命があると聞くと不遜な感じもします。このような宗教観の違いはキャッチコピーにも反映されています。

日本語版:これは――クリスタルの加護を断ち切るための物語

英語版:The legacy of the crystals has shaped our history for long enough.

日本語訳:クリスタルの伝承が人の歴史を形作ってきた

英語の方では、クリスタルが人間に対して介入を行ってきたことが明確に出ていますね。「導き」を疑うことは一神教の考え方では根源的な問題で、近作の『FF』では「クリスタルの意思」を信じていいのか、という問いが見受けられます。そこに「偽神」的な悪を見いだすか、それとも人知の及ばない超自然の神と取るか、それぞれの持つ宗教観でクリスタルの存在の見方が変わるかもしれません。





《Skollfang》
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