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あなたは新兵か、それとも熟練のパイロットか?――なぜロボゲーの操作はこれほど難しいのか【オリーさんのロボゲーコラム】

ロボゲーにおいて、ゲームが規定するプレイヤーの立ち位置が操作系に与えるべき影響とは。

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あなたは新兵か、それとも熟練のパイロットか?――なぜロボゲーの操作はこれほど難しいのか【オリーさんのロボゲーコラム】
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先日、『アーマード・コア』シリーズへの独自の視点からの言及をきっかけに、多くの日本人から「ロボゲー・ロボアニメ詳しすぎな外国人」として知られるようになったオリー・バーダー氏。実は、氏はゲームやアニメを中心として日本サブカルを海外に長年伝えてきた記者であり、様々なタイトルにかかわってきたゲームクリエイターでした。


弊誌の取材に対して、そんな氏がこぼした最近の悩みと言えば「ロボゲーを作らせてくれるスタジオが見つからない!」ということなのだそう。そこで、本稿では、氏の文章を通じて、氏のもつ「ロボゲー・ロボアニメ」への視点や美学の一端をお伝えしていきたいと思います。


ロボゲーを楽しめない新規プレイヤーが多い理由のひとつに、分かりにくく、習得が難しい操作体系があります。しかし、実はこの設計には明確な意図があり、十分に議論する価値のある考え方でもあります。

要するに、ロボゲーの操作設計には大きく分けて二つの方向性があります。

それは、プレイヤーを「新兵(ルーキー)」として扱うのか、それとも「熟練のパイロット」として扱うのか、という点です。

もしゲームがプレイヤーを新兵として想定している場合、操作はあえて非常に複雑で入り組んだものになります。これは、「メカという乗り物を操作するとはどういうことか」を疑似体験(シミュレート)させるためです。

日本では「シミュレーションゲーム」という言葉が、やや異なるジャンル的意味合い(欧米でいうストラテジーの類)で使われることも承知していますが、ここで言うシミュレーションとは、「乗り物の操作を再現すること」を指しています。自動車や航空機の操縦訓練に用いられるシミュレーターと同様の考え方です。

このタイプの代表的な例として挙げられるのが、Xbox用ソフト『鉄騎』の初代作品です。このゲームには巨大かつ非常に複雑な専用コントローラーが付属しており、プレイヤーはマニュアルを読んだだけの状態で、最初の任務として軍事基地を防衛する新兵として戦闘に投入されます。

この場合、ゲームは「これは特別な乗り物であり、操作方法を学ばなければならない」というメッセージを、物語よりもむしろコントローラーそのものによって強く伝えています。その巨大で複雑な操作系は、このゲームが高度で難解な操作を要求することを明確に示しています。

この場合において、操作の難しさはゲームプレイの障害ではありません。むしろ、それ自体がゲームプレイの一部なのです。操作を習得する過程そのものが、この特殊な乗り物――本作では「バーティカルタンク」と呼ばれていました――のパイロットとして成長していく満足感につながっているのです。

熟練のパイロットは操作を学ぶ必要がない

一方で、すでに熟練のパイロットであるという前提に立つ場合、ゲームはプレイヤーが操作に習熟している(他のゲームの経験を流用して手足のようにメカを扱える)ものとして扱うべきでしょう。そのため、操作体系はより直感的で、他のゲームとほぼ共通化されたものになります。PS2世代における好例としては、ユークス制作の『装甲騎兵ボトムズ』と、ナムコの『機動戦士ガンダム 一年戦争』が挙げられます。

『ボトムズ』では、多くの三人称視点シューティング(TPS)ゲームと非常によく似た操作体系が採用されていました。左右のアナログスティックで移動と視点操作を行う方式で、やや古風な「視点の戻り(ルックスプリング)」はあったものの、基本的には標準的な構成でした。

ここで重要なのは、メカの挙動や重量感自体は非常に丁寧に表現されていた点です。そのおかげで、単に「ロボットスーツを着た人間を操作している」という感覚にはなりませんでした。また、視線がターゲットから外れると解除されるロックオンシステムも、非常によく作り込まれていました。

『ガンダム 一年戦争』においても、同様にデュアルアナログスティックによる操作が採用されており、軽いスナップ感のあるロックオンが可能でした。この感触は非常に心地よく、ブースト移動時の重量感を表現するうえでも大きく貢献していました。さらに、この操作体系は地上戦と宇宙戦の両方で違和感なく機能しており、これは実現が難しい点であるにもかかわらず、見事に成功していました。

これら二つの作品では、それぞれのシリーズにおける主人公を操作することになりますが、キリコ・キュービィーもアムロ・レイ(こちらは原作の最序盤以降ですが)も、原作アニメにおいて明らかに熟練したパイロットとして描かれています。

しかし、どちらのゲームも、選択中の敵にメカが引き寄せられるような「オービット型」のロックオンシステムに依存していました。ここからが、なぜロボゲーの操作設計がこれほど難しいのか、次に考えるべき重要な要素につながっていきます。

『Halo』はいかにしてゲーム操作を永遠に変えたのか

FPSジャンルを大きくコンソールへと普及させたタイトルのひとつである初代『Halo』がXboxで発売された当時、このゲームは当時としては非常に難しい課題を解決する必要がありました。それは、ゲームパッドでカメラ操作と敵の照準をどのように成立させるか、という問題です。マウスとキーボードの環境であれば、相手との相対速度にほとんど影響されることなく、各ターゲットを直接かつ手動で追い続けることが可能でした。

しかし、デュアルアナログスティックを用いる家庭用ゲーム機では、その方式はそのままでは成り立ちません。ターゲットの相対的な移動速度を抑える必要があり、同時に、照準や移動を補助するためのさまざまな複雑なアシスト機構が導入されることになりました。その結果として生まれたのが、非常に間口が広く、機能的にはほとんど操作を意識させないコントロール設計です。

この「操作を意識させない」という点は、先ほど述べた「パイロット」という考え方にも通じています。『Halo』において、マスターチーフは卓越した能力を持つ歴戦の兵士として描かれており、その熟練度が、扱いやすい操作体系として表現されているのです。

初代『Halo』の成功以降、アメリカを中心に家庭用ゲーム機向けのFPSやTPSが爆発的に増加し、その多くが『Halo』が築いた操作体系を基礎とするようになりました。しかし、この操作方式にも機能的な限界は存在していました。プレイヤーの地上移動速度をあまりにも速くしてしまうと、照準補助や移動アシストが破綻してしまうのです。

この問題を回避するために、『Call of Duty』や『Gears of War』といった作品では、「アイアンサイト(あるいはADS)」と呼ばれる照準方式が採用されました。これは、照準時にプレイヤーの移動速度を落とし、照準補助を強調することで、あたかも照準器を覗き込むような感覚を生み出す仕組みです。

これにより、高速な移動と、ターゲットを正確に追うための、より制御された低速の照準操作を両立させることが可能になりました。そしてここで、再びロボゲー特有の操作上の難題へと話が戻ってくるのです。

メカは速く動き、そして重い

人間とは異なり、メカは一般的に非常に背が高く、重量もはるかに大きい存在です。その結果として、メカ同士が地上で移動する際の相対速度は、通常の人間同士と比べて飛躍的に高くなります。また、(メカとしての挙動や重量感を表現するならば)人間キャラクターを操作しているときのように、入力を止めれば即座に停止する、という挙動にはなりません。そこには明確な慣性やモメンタムが存在します。

前者の「相対速度の高さ」は、『Halo』以降のFPSやTPSで用いられてきた多くの移動補助や照準アシストを破綻させてしまう要因となります。一方で後者の「慣性」は、操作感を鈍重で扱いにくいものに感じさせてしまうことがあります。

こうした理由から、『電脳戦機バーチャロン』のようなゲームでは、ロックオン付きのダッシュ攻撃や、ダッシュ後に一瞬動きが止まる設計が採用されていました。また、『アーマード・コア』シリーズ初期におけるFCS(射撃管制システム)も、ブースト操作を細かく調整する必要があり、その結果として、いわゆる「バニーホップ」のような挙動が頻発していました。

これらの作品はいずれも『Halo』以前のゲームではありますが、直面していた問題は共通しています。それは、「非常に速く、なおかつ重い敵を、プレイヤーにいかにして容易に狙わせるか」という課題です。

そしてここで、再びロボゲーが必ず突き当たる選択に立ち返ることになります。

――プレイヤーは、新兵なのか。それとも、すでに熟練のパイロットなのか。

ゲーマーと、その投資を尊重するということ

日本以外の地域においてロボゲーが直面している最大の問題のひとつは、その受け取られ方にあります。前回のコラムでも述べたとおり、ゲームにおけるメカ文化には、特に欧米と日本との間に文化的な共通項が非常に少なく、それは国際的に見たロボゲーの評価のされ方とも深く関係しています。


ゲームを制作する際、制作者はすべてのゲーマーに対して、非常に重要な二つのものを求めています。それは「お金」と「時間」です。

どちらもゲーマーにとっては大きな投資であり、だからこそ、そのゲームが自分の貴重な時間とお金に見合う価値があるのかどうかを知りたいと考えるのは、ごく自然なことです。

これはゲームプランナーとしてだけでなく、一人のゲーマーとしての実感でもあります。私自身も、あるゲームが自分の時間とお金を費やすに値するかどうかを知りたいと思っていますし、その感覚こそが、ゲーム作りの根本にあるべきものだと考えています。

だからこそ、もしロボゲーが「あなたは熟練のパイロットである」とメッセージを発していながら、実際にはプレイヤーを新兵として扱っているのであれば、複雑な操作体系はゲームの一部ではなく、単なる障害として受け取られてしまうでしょう。それは非常に自然な反応です。

これが、初代『電脳戦機バーチャロン』や初期の『アーマード・コア』が、私の友人たちにとってフラストレーションの原因となっていた大きな理由でもあります。彼らは「熟練のパイロットとしてメカを操縦できるゲーム」だと思って遊び始めたのに、実際にはまずパイロットとなるための教習を受けさせられているように感じていたのです。

もっとも、私自身は少し変わっているかもしれません。私はこのような古いロボゲー特有の要素が昔から大好きでした。操作を完全に理解し、使いこなせるようになったとき、「自分は本当にメカパイロットになったのだ」と感じられたからです。実際、その感覚に価値を見出して、私は初代『バーチャロン』のアーケード筐体まで購入しました。ただし、これは明らかに少数派の考え方であり、日本以外の多くのゲーマーがこの点に苛立ちを覚えることも、十分に理解できます。

私は長年にわたり、ゲームにおける機能や操作の多様性を支持してきました。しかし同時に、そのゲームが「何であるのか」をどのように伝えるか、そしてゲーマーに見せているものが、実際に体験できる内容と一致しているかどうかは、極めて重要だとも考えています。

たとえ近年の作品である『アーマード・コアVI』や『デモンエクスマキナ タイタニックサイオン』であっても、見た目や演出は「熟練のパイロット向けのゲーム」に見える一方で、実際には多くの場面でプレイヤーを新兵として扱っています。ゲームを本当の意味で楽しめるようになるまでに、作品個々にある、独自の仕様の操作体系や複雑なシステムを学ぶことを求められるのです。(そして、文化的な共通項が少なく、以前の「新兵」向けロボゲーの経験が少ない海外ゲーマーであればより多く、場合によっては開発者の想定以上のものを学ぶことになります)

操作、カメラ、そしてアクション!

ここで、私が最終的に伝えたかった核心に辿り着きます。ロボゲーは、非常に難しい課題を抱えています。単に「このゲームは新兵向けなのか、それとも熟練のパイロット向けなのか」という点を正確に伝える必要があるだけでなく、高速移動下でのターゲット操作という問題も解決しなければなりません。

私は、従来型の家庭用ゲーム機のゲームパッドであっても、対象に引き寄せられるようなオービット型ロックオンに頼らず、手動照準による、現代的で比較的テンポの速いロボゲーを作ることは可能だと考えています。

『Gears of War』や『Call of Duty』で培われた要素を、照準補助や移動アシストの仕組みに慎重な調整を加えたうえで応用すれば、巨大なメカを操縦しているという重量感を保ちつつ、専用的で特殊な操作体系に頼らない設計が実現できるはずです。

『War Robots』の巨大なプレイヤーベースを考慮すると、国際的なロボゲー市場は少なくとも3億人規模で存在していることが分かっています。そうした背景もあり、これは私自身、いつか実際にロボゲーで挑戦してみたいテーマのひとつです。そのため、具体的な内部設計については、ここではまだ明かさないでおきます。

もちろん、マウスとキーボードを用いる設計にすれば、こうした問題の多くは簡単に解決できるでしょう。実際、アーケード版の『ボーダーブレイク』はその点を非常に優れた形で実現しており、PC向けタイトルとしても理想的だったと感じています。ただし、この話題は本題から外れるため、また別のコラムで語るべき内容でしょう。

さらに言えば、数十年にわたってゲームを遊んできた結果、多くのゲーマーは、複数の研究でも示されているように、アスリートに匹敵する反射神経や判断能力を身につけています。私は以前、ゲームは一種の「認知的ファームウェア」として機能しているのではないか、と主張したこともあります。

つまり、ゲームパッド操作に関して言えば、世界中の多くのゲーマーは、自分のスキルはゲーム間で転用可能なものだと考えており、自分自身を「新兵」ではなく「熟練のパイロット」だと捉えています。そう考えると、そろそろロボゲーも、プレイヤーを――彼らがすでに明らかにそうである――ニュータイプとして扱う時代が来ているのではないでしょうか。


オリー氏とともに「ロボゲー」を作ることに興味のあるスタジオや団体は、この記事の末尾にある氏のプロフィールから個別に問い合わせていただけますと幸いです。

ライター:オリー・バーダー,編集:Akira Horie》



ライター/ゲームデザイナーであり、Forbes の寄稿者、そしてどうやら「日本のメカ専門家」。 オリー・バーダー

オリー・バーダーは、日本のゲーム業界やポップカルチャー全般を取材・執筆しており、日本のクリエイターへの数多くのインタビューも行っています。また、メカ系ゲーム専門サイト「Mecha Damashii」を創設し、パブリッシングおよび開発の両分野において、20年以上にわたるゲーム業界での豊富な経験を有しています。

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Akira Horie

編集/『ウィザードリィ外伝 五つの試練』Steam/Nintendo Switch好評発売中! Akira Horie

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