『ノーモアヒーローズ』のロビィコフが飲んでいる「電氣菩薩」とはなんぞや?元ヒューマン・現在は岩手県の喜久盛酒造5代目蔵元・藤村卓也氏インタビュー | Game*Spark - 国内・海外ゲーム情報サイト

ハードコアゲーマーのためのWebメディア

『ノーモアヒーローズ』のロビィコフが飲んでいる「電氣菩薩」とはなんぞや?元ヒューマン・現在は岩手県の喜久盛酒造5代目蔵元・藤村卓也氏インタビュー

かつてヒューマンで『トワイライトシンドローム』『爆走デコトラ伝説』などのゲームを手がけていた藤村氏。

連載・特集 インタビュー
『ノーモアヒーローズ』のロビィコフが飲んでいる「電氣菩薩」とはなんぞや?元ヒューマン・現在は岩手県の喜久盛酒造5代目蔵元・藤村卓也氏インタビュー
  • 『ノーモアヒーローズ』のロビィコフが飲んでいる「電氣菩薩」とはなんぞや?元ヒューマン・現在は岩手県の喜久盛酒造5代目蔵元・藤村卓也氏インタビュー
  • 『ノーモアヒーローズ』のロビィコフが飲んでいる「電氣菩薩」とはなんぞや?元ヒューマン・現在は岩手県の喜久盛酒造5代目蔵元・藤村卓也氏インタビュー
  • 『ノーモアヒーローズ』のロビィコフが飲んでいる「電氣菩薩」とはなんぞや?元ヒューマン・現在は岩手県の喜久盛酒造5代目蔵元・藤村卓也氏インタビュー
  • 『ノーモアヒーローズ』のロビィコフが飲んでいる「電氣菩薩」とはなんぞや?元ヒューマン・現在は岩手県の喜久盛酒造5代目蔵元・藤村卓也氏インタビュー
  • 『ノーモアヒーローズ』のロビィコフが飲んでいる「電氣菩薩」とはなんぞや?元ヒューマン・現在は岩手県の喜久盛酒造5代目蔵元・藤村卓也氏インタビュー
  • 『ノーモアヒーローズ』のロビィコフが飲んでいる「電氣菩薩」とはなんぞや?元ヒューマン・現在は岩手県の喜久盛酒造5代目蔵元・藤村卓也氏インタビュー
  • 『ノーモアヒーローズ』のロビィコフが飲んでいる「電氣菩薩」とはなんぞや?元ヒューマン・現在は岩手県の喜久盛酒造5代目蔵元・藤村卓也氏インタビュー
  • 『ノーモアヒーローズ』のロビィコフが飲んでいる「電氣菩薩」とはなんぞや?元ヒューマン・現在は岩手県の喜久盛酒造5代目蔵元・藤村卓也氏インタビュー

グラスホッパー・マニファクチュアは、アクションアドベンチャーゲーム『ROMEO IS A DEAD MAN』を、PC/PS5/Xbox Series X|S向けに2026年2月11日にリリースしました。

須田剛一氏が手がける、いわゆる“須田ゲー”として注目を集めた本作。“ウルトラ・バイオレント・サイエンス・フィクション”というジャンルに恥じないほどに、濃密なアクションやストーリー、そしてカオスを楽しめ、リリース直後から高い評価を得ています。

そんな須田ゲーの代表格とも言える『ノーモアヒーローズ』、そして2024年にリマスターされた『シャドウ・オブ・ザ・ダムド』に「とある岩手のお酒」が登場しているのはご存知でしょうか。そこには、かつて存在したゲーム会社・ヒューマンの存在が大きく影響しているのです。

その酒造会社の名前は喜久盛酒造。現在は「タクシードライバー」「電氣菩薩」「死後さばきにあう」など、さまざまなユニークかつ美味しい日本酒を造っていることでも知られています。5代目蔵元の藤村卓也氏は、かつてヒューマンでゲーム開発にも参加していたという、異色の経歴です。

本稿では、岩手県在住の筆者が藤村卓也氏へのインタビューを実施。須田剛一氏も所属していたヒューマン時代の思い出などをお聞きしました!

全国的人気の「タクシードライバー」醸造元・喜久盛酒造

喜久盛酒造があるのは岩手県北上市の北部にある更木地区。明治27年に創業(創業時は藤村酒造店)した同社では、日本酒だけでなく、かつて醤油や味噌も醸造しており、多くの家庭の食卓を賑やかしていました。現在は日本酒醸造のみを行っており、2014年には岩手県で最初の全量純米蔵になっています。

※全量純米蔵とは製造するすべての日本酒に醸造アルコールを用いず、純米酒のみを造り出す蔵のこと。喜久盛酒造では全量純米にくわえ、すべて岩手県産米を使用しています。

そんな喜久盛酒造ですが、2011年に発生した東日本大震災の影響で酒蔵が半壊状態になる大きな被害を受け、2014年には隣の花巻市へと移転。その際も北上にて並行して作業が行われていたのですが、2021年に発生した福島県沖地震と大雪により、タンクや設備が破壊されてしまいます。

しかし、その後クラウドファンディングなどを通じて多くの支援を集め、2024年に北上市に新しい蔵が完成し、2025年には待望の新蔵での日本酒も出荷。2026年現在も好調な様子です。同酒造の日本酒の代表銘柄は、その名も「タクシードライバー」。ほかにもクラウドファンディングで全国のファンから支援が来るほど、多彩なファンを獲得したお酒が揃っているのです。

『ノーモアヒーローズ』でロビィコフが飲んでいるのが、同社の純米大吟醸酒「電気菩薩」。他にも全国のいわゆる“キリスト看板”をモチーフにした「死後さばきにあう」、藤村氏が総合格闘技時代に使用していた技が由来の「ビクトル投げからの膝十字固め」、地元の伝統芸能の名を模した「鬼剣舞」などなど、どれも個性豊かです。

そんな藤村卓也氏は、かつてヒューマンに在籍していたことで、須田剛一氏などと交流を持ちます。2011年3月に開催されたグラスホッパー・マニファクチュアのチャリティーイベントの中では、喜久盛酒造の復興を願うTシャツも発表されました。

半壊した蔵は痛ましくも支え続けている

今回のインタビューに合わせて、まずは藤村氏に喜久盛の蔵を案内してもらいました。まずは震災被害にあった旧蔵を見せてもらい、かつて醤油を作っていたという名残や、歴史を感じさせる仕込み場、貴重な研究室などをたっぷりと見せてもらいました。旧蔵は震災の影響が大きく、そこら中の天井や壁が半壊状態で大穴が空いていたり崩れています。

また、今年の岩手県は場所によって平年の2倍ほどの積雪量を記録していたため、崩れた天井から雪が入り込んでいるところもありました。特に現在も稼働しているという冷蔵庫前の通路は入口すぐ近くまで雪が積まれていて、あらためて震災の被害と今年の雪の影響を感じさせられました。

2026年2月末日撮影。

それでも多くの施設はしっかりと残されていたり、一升瓶用のケースや木箱もそこらに置かれていて、過去に「ここで日本酒が仕込まれていたんだな」という実感が湧いてきます。ちなみに、かつて藤村氏が生まれ育った母屋も、もう使用不可能になっているということでした。

続いて2026年現在稼働している製造所へ。こちらでは現在数人で日本酒を作っており、見学の際には藤村氏の奥様を含むメンバーが働いていました。洗米場やサーマルタンク、瓶詰め用の機械など、さまざまな施設を見せてもらい、規模的にも昔に比べて製造量が減っていることなどの現状も聞かせてもらいました。

倉庫では、日本酒の仕込みに使う原料米や多くの日本酒が保管されています。そしてその一角には、あの「死後さばきにあう」でもお馴染みの“キリスト看板”や、藤村氏がイベントで使用するパネルも置かれています。これは喜久盛酒造ならびに藤村卓也ファンにはたまらないスペースですね!


元ヒューマン&喜久盛5代目蔵元・藤村卓也氏インタビュー

今回のインタビューは、喜久盛酒造のさまざまな資料が飾られている部屋で行われました。そこには創業時の代表銘柄だった「凱旋」の大徳利をはじめとした日本酒の容器、明治時代の帳簿など、驚くほど貴重な品々が並んでいます。そして、インタビュー用の机には、当時藤村氏がお祖父さんから買ってもらったというアーケード筐体が!

◆ヒューマンアルバイト時代はデバッガーとして活躍

――あらためて本日はよろしくお願いします。まずは藤村氏のゲーム業界時代の経歴について教えてください。

藤村卓也氏(以下、藤村):高校を出て宮城の大学に入ったんですが、田舎暮らしが嫌になって、東京に出たいとなったんです。その頃、エニックスが「エニックスゲームスクール(デジタルエンタテインメントアカデミー)」を発足したというので、親を説得して入学したのが始まりですね。

でも、ゲームスクールに入ってもすぐゲーム業界に就職できるわけじゃありませんでした。片っ端からアルバイト雑誌に載ってるゲーム会社に応募しても、ほぼ全滅状態だったんです。エニックスゲームスクール出身だからと言ってエニックスに入れるわけでもありませんでしたね(笑)

実は、ヒューマンにもその時一回落ちていたんです。でも、その後ヒューマンから「人手が足りないんだけど、良かったら明日来てくれないか?」と。土曜に電話が来て日曜朝に来てくれ、なんてスケジュールでしたが。それでヒューマンに行ってみたら、同じゲームを7時間くらいテストプレイしてくれ、と言うデバッグのお誘いだったんです。

その時にプレイしたのがスーパーファミコンの『スーパーファイナルマッチテニス』だったと思います。そこから当時のスーパーファミコンタイトルのゲームのテストプレイやデバッグをすることになりました。

――当時のヒューマンは『ファイヤープロレスリング』シリーズだけでなく、サッカーやテニスなど色々なスポーツゲームも出していましたね。

藤村:『ファイヤープロレスリング』だと、当時だと『ファイプロ女子 ALL STAR DREAMSLAM』を最初にテストプレイしましたね。プロレス好きだったのもあって、そこからファイプロの方を中心にをやるようになりました。

『ファイプロ女子』から須田(剛一)さんの息が掛かっていたので、そこから『スーパーファイヤープロレスリングスペシャル』のテストプレイとデバッグに参加させてもらいました。『スーパーファイヤープロレスリングX』にも参加しています。バスケが題材の『ドリームバスケットボール ダンク&フープ』なんかもやりましたね。

デバッグに参加する人は「こういうプレイをするとバグが出る」とかの法則をレポートにまとめるんです。でも、中にはただゲームを遊びに来るような人もいて。自分はひたすらバグを発見して、マスターアップ直前に出したこともありましたね。そうやって社員に認められていきました。

どうやらバグを見つけるのが得意だったというのは意外でした。思い返せば、子供の頃に(目の前にある)『スペースインベーダー』の電源を入れたら画面がバグってたんですよ。「面白いな」と思ったそれがバグの原体験だったと思います。アーケードの『ドンキーコング』の有名なワープ技なんかも、当時偶然見つけましたね。

そんなある日、バイト全員が社員登用面接を受けることになったんです。その面接官が須田さんと『クロックタワー』の河野一二三さんだったんです。面接では、須田さんに「バイトの中ではコイツが一番マトモだと思う」と言われたのをよく覚えていますね(笑)。その面接を経て、晴れてヒューマンの正社員になりました。

――正面から言われるのも面白いですね。

藤村:アルバイト時代ですけど、プレイステーションだと『トワイライトシンドローム』『パペットズー・ピロミィ』もやりましたし、セガサターンの『ファイヤープロレスリングS シックスメン・スクランブル』にも参加しましたね。

印象的な話だと、これは当時『ファイプロ』を多く手掛けていたヒューマン独自の仕事だったなと今でも思うのは、「格闘技のビデオをひたすら借りる仕事」があったことですね。当時後楽園ホールの近くには、格闘技専門のレンタルビデオ店があったんです。そこに週末ごとに並ぶ新作を片っ端から借りてきて会社で資料にするという仕事という。

そのビデオや「週刊プロレス」を見ながら、ゲームに出てくるプロレスラーのコスチュームの変遷を資料にまとめるんですよ。その資料を元にドッターの人がグラフィックを作って、ゲーム内のバリエーションとして登場させています。あと、レスラーごとの技を時代ごとに整理したりもしていましたね。

当時は『ファイプロ』を作りたい!という思いでヒューマンに入ってくる人は多かったですね。自分も含めてプロレス好きが多くて、その情熱がないとやってられないくらい大変な仕事だったなと思います。

――『ファイプロ』は隠し技もあったりして、本当にバリエーション豊かでした。自分の兄もプロレス好きで、技の解説なんかも教え込まれましたね(笑)

藤村:ブレーンバスターだけでも何種類もあったり、同じような技でも名前が違ったりもしましたね。

少し変わった『ファイプロ』シリーズだと、アーケードで出ていた『ファイプロ外伝 ブレイジングトルネード』のデバッグもやりましたね。覚えているのが、技のモーション中にワンフレームだけゴミ(不要なドットの欠片)を見つけて、褒められたことですね。

当時のヒューマンのメンバーだと『ファイプロ』専門でやっていて、今はリングアナをやっている弥武芳郎くんもいますね。彼は僕の後輩だったんですが、ヒューマン後にスパイクでプロレスのゲームを作って、その後にリングアナになったという経歴です。他にも当時のヒューマンスタッフには、いまではAV男優で活躍している人もいますよ。

――ヒューマン解散後もスパイクで多くのタイトルを出していたり、確実に「ヒューマンの魂」が残っていたな、と思います。

ヒューマンって業界でも一目置かれていたみたいで、須田さんと河野さんは後にカプコンさんに声をかけられてゲームを作ったという話も聞きましたね。

――正社員登用後に、藤村氏が制作に関わったゲームについても教えてください。

藤村:正社員になって最初に入ったのが、須田さんがディレクターをやった『ムーンライトシンドローム』の現場でしたね。これは『トワイライトシンドローム』のテストプレイにも参加していたのもあって、須田さんが『ムーンライトシンドローム』を作るって時に声をかけてもらいました。

ゲーム内のシナリオって須田さんや栗山裕次さん、他の社員さんが作ってたんですけど、その中のひとつが使えなくなってしまって。そんな時に先輩が「藤村くんに一本書かせてみたら」という話を須田さんにしてくれて【電破 DENPOW】というシナリオが採用されました。

次に関わっていたのが『爆走デコトラ伝説』です。開発の細渕哲也さんはこれまで『ヒューマングランプリ』シリーズを手掛けていて、自分は『わくわくスキー わんだぁシュプール』という作品のテストプレイをやっていたんですね。『爆走デコトラ伝説』ではコース設計に関わっています。

転機になったのは、アルバイト時代に父が病気になって「実家に戻ってこい」と言われてしまったことですね。ただ、社員にスカウトされたのも同時期で。悩んだ結果、一度ヒューマン社員としてゲームを作ってから、実家の酒蔵を継ごうと考えました。なので、社員として関わったのは『ムーンライトシンドローム』『爆走デコトラ伝説』の2作品だけです。

――どちらのゲームも当時遊んだのでよく覚えています。その後は実家に帰ることになったんですね。

藤村:実はヒューマン退社後に、もうひとつ東京生活の思い出作りをしようと考えて、それは格闘技の試合に参加することでした。ヒューマン時代からサンボ(ロシアの格闘技)の道場に通っていたんですが、当時の全日本チャンピオンとのスパーリングで負傷してしまって、しばらく格闘技はできませんでした。

退社後に、それでも格闘技をまたやりたいなとなって、今度は「和術慧舟會」に入門して半年間鍛え直しました。その時代にデビュー戦として参加したアマチュアリングスの大会で準優勝して、前田日明さんからトロフィーをもらったんです。2週間後にはバトラーツの大会に参加して、こちらは優勝しましたよ。

そこから岩手に帰ったんですけど、そのことを和術慧舟會の会長に話したら「じゃあお前岩手支部を作れって」突然暖簾分けされて(笑)。それで北上の母校で教えたりして、やがて岩手支部が発足しました。90年代に東京に出ていた人間が2000年代に岩手に戻ってきて、岩手の総合格闘技の系譜に合流したのが面白いですね。

ゲームにせよ総合格闘技にせよ、色々な黎明期を体験できたのは本当に楽しかったですね。ヒューマンで初めてPCを与えられて、インターネットに触れたのも黎明期の時代だったと思います。

――東京時代にはヒューマン以外のゲーム業界の方との交流もあったんでしょうか?

藤村:東京の頃だとナムコの人と仲良くなることが多くて、お酒を飲んだり遊んだりしていました。ナムコのプランナーの人と知り合ったことで、色々な業界の人と仲良くなることも多くなりました。

◆喜久盛x須田ゲーはこうして生まれた!

――須田剛一氏の『ノーモアヒーローズ』や『シャドウ・オブ・ザ・ダムド』には喜久盛酒造の日本酒が登場します。あらためて、その経緯について聞かせてください。

藤村:『ノーモアヒーローズ』が発売されたのが2007年で、その頃は気軽に須田さんと交流したり、当時のオフィスに遊びに行ったりしていたんです。当時のグラスホッパー・マニファクチュアって寝技スパーリング用のスペースやサークルがあったりして、自分もそこに参加したりもしてました。

そんな交流があったり、当時広報をしていた方が元ヒューマンだったりで、グラスホッパー・マニファクチュアの新作に藤村さん(喜久盛酒造)のお酒を出したい!という話になったのが『ノーモアヒーローズ』だったんです。

作品には植地穀さん(フリーライター・デザイナー)もゲームに関わっていたんですけど、実は植地さんには過去にうちの「電気菩薩」というお酒のラベルやTシャツのデザインをお願いしていたこともあって。その流れで「電気菩薩」がゲーム内に入ることにもなったんですね。

『ノーモアヒーローズ』の中で出てくる「bar plastic model」というお店は、当時須田さんもよく通っていた新宿のお店がモデルなんです。そこでロビィコフが飲んでいた「電気菩薩」を、実在のお店にも置いてもらっている時期もありました。だからゲームと実店舗、どちらにも「電気菩薩」があったんですよ。

――夢のようなコラボレーションですよね!

藤村:ゲーム業界だけでなく、不思議なくらいお酒や格闘技の関係者とも繋がってしまうんですよ。「bar plastic model」でも、本当にたまたま知り合いが働いていたこともあって、そこでなぜか須田さんにも繋がってしまう(笑)

――『シャドウ・オブ・ザ・ダムド』についても聞かせてください。

藤村:ゲームが発売される前に、2011年の東日本大震災がありました。そこで須田さんからお見舞いをいただいたりしたんですけど、うちの蔵が大きく被災したことで、須田さんに「チャリティーTシャツを作ってくれないか」とお願いしたんです。

そこでも植地さんにデザインを依頼して、その時に作っていただいたTシャツのデザインを使ったものが、そのまま『シャドウ・オブ・ザ・ダムド』での回復アイテムになっているんです。

これは余談ですけど植地さんは震災後にタイに移住したんですけど、奥さんが働いているのが、北上市が本社の焼肉屋さん「焼肉ヤマト」だったんですよ(2024年にタイ店は閉店)。なんか、こういうところでも変わった繋がりがあるなと思いました。

植地さんの奥さんは編集として活躍していて、そこで根本敬さんの担当だったんです。それで植地さんから「根本さんに依頼できますよ」となって、根本さんのイラストを元に、植地さんがデザインをしてくれました。「電気菩薩」は根本さんが命名とロゴを、植地さんがラベルデザインをしてくれたお酒ですね。

――いわゆる“須田ゲー”は海外からの人気も高い印象ですが、海外の方から喜久盛についての問い合わせがあったりもするのでしょうか?

藤村:SNSでフォローされることは結構ありましたね。色々とゲーム内で使っていただいたことで、グラスホッパー・マニファクチュアの関係者だと思われた事もあったみたいです(笑)

◆藤村氏は『スプラトゥーン3』ガチ勢!

――藤村氏のこれまでのゲーム遍歴についても聞かせてください。

藤村:子供の頃はとにかくアーケードゲームで遊びまくっていました。ゲーム雑誌も片っ端から買っていて、田尻智さんの「ゲームフリーク」の会員になって、同人誌時代のも買っていました。

当時の貴重な書簡。

でもゲーム業界に入って、実家の酒蔵を継いだこともあって、あまり家ではゲームを遊ぶことが無くなったんですよ。PS2を買ってからほとんど遊ぶこともなくなって、須田さんから『ノーモアヒーローズ』をもらったことでWiiを買ったくらいでした。

そんな時期が続いていたんですが、結婚して子供ができて、そうなると子供にゲームを買ってあげないといけないよなとなって。そんなタイミングで知人からWiiUを貰える機会があって、そこで一緒にもらった『スプラトゥーン』で子供が遊ぶようになったんです。

そんなある日、子供から「お父さん対戦しよう」と言われてボロ負けして。それが悔しくてマップの研究から始めて、今度は圧勝しました(笑)

――かつてのゲーム少年が復活したんですね(笑)

藤村:ただ自分が『スプラトゥーン』にハマったタイミングって、もう『スプラトゥーン2』も出ていて、しかもそっちの最終アップデートが終わっていたくらいの時代で。みんなもうすぐ『スプラトゥーン3』が出るぞってなっていた頃に、黙々と『1』のナワバリバトルで遊んでました。

それから息子の誕生日にニンテンドースイッチを買って、それから『スプラトゥーン3』も買ったんです。自分もめちゃくちゃハマって、少し時間があれば遊んでたりしていましたね。こればっかりやってるから腕も上がってきて、昨年11月にボールドマーカーのみでウデマエがS+50に到達しました。

他のゲームだとタイトーの「イーグレットツーミニ」もフルセットで買いました。アーケードゲームが好きなので、ニンテンドースイッチで「アーケードアーカイブス」も買いまくりました。特に『べんべろべえ』というゲームが大好きだったので、一時期は『べんべろべえ』専用機になっていたこともありますね。

タイトー作品が好きだったので「イーグレットツーミニ」では『ダライアス外伝』をワンコインでクリアできるくらいにやりこみました。スイッチ版はオンラインランキングに対応してるんですが、こっちでプレイしたら世界上位にランクインしてました。

――好きとなったらやり込むタイプなんですね。

藤村:今は酒造りも忙しくなってるので、前シーズンに『スプラトゥーン3』でウデマエがS+50に到達しておいてよかったなと思いますね。

良いプレイができたらSNSにアップしてるんですけど、それでフォロワーもどんどん増えていきました。たまにメッセージなんかもくるんですけど、SNSのフレンドでは子供や主婦層なんかも多いですね。一緒にチームを組んで遊ぶこともありますよ。

プロフィールには「ただの造り酒屋です。」と書いてるんですけど、基本的には素性不明みたいです。もちろんお酒の内容で繋がることも多くて「イベントで飲みましたよ!」とメッセージをくれる人もいますね。なんかゲームを通じて、また不思議な繋がりがどんどん増えているのを感じます。

――これまでのゲーム遍歴で思い出に残っているゲームはなんでしょうか?

藤村氏:最近流行している「私を構成する9つのゲーム」をThreadsにあげたんです(ラインナップ:『ダライアス外伝』『べんべろべえ』『スプラトゥーン3』『ダライアス』『リブルラブル』『エクイテス』『怒首領蜂』『源平討魔伝』『ドラゴンクエスト3』)。

この辺のゲームが大好きで『リブルラブル』『エクイテス』とかのゲームは基盤も持っていますね。最近は『マザー』なんかも「Nintendo Switch Online」で遊んだんですけど、途中で止まってしまってますね。何故か特定の場所でフリーズしてしまって。

――今後注目しているゲームはありますか?

藤村:須田さんのゲームはもちろんチェックしています。でも、仕事が忙しいこともあってあまり他の作品はチェックしていなくて「アーケードアーカイブス」とか「プロジェクトEGG」の古いタイトルの更新を見ることが多いですね。

とにかく『スプラトゥーン3』が好きなので、少しでも余った時間はそればっかり遊んでしまいます。個人的には初代『スプラトゥーン』をリメイクしてくれたら嬉しいな、と思います。

――今は最新ゲームだけでなく、懐かしいゲームも気軽に遊べる時代なので、楽しみ方が色々ありますね。本日は本当にありがとうございました!


ヒューマンは『ファイヤープロレスリング』『トワイライトシンドローム』『爆走デコトラ伝説』など、さまざまな伝説に残るゲームを制作してきました。今後も須田剛一氏や河野一二三氏はもちろん、多くの“ヒューマン残党”の活躍を、かつての大ファンとして心の底から楽しみにしています!

そして喜久盛酒造は、2026年4月29日に大阪のZepp Nambaにて開催される日本酒イベント「愛酒でいと」に出演します。同蔵をはじめ、全国の個性豊かな日本酒を美味しい料理と素晴らしい音楽とともに楽しむチャンスです!

喜久盛酒造の日本酒が買えるお店

佐野屋
https://www.jizake.com/c/sake/kikuzakari/

奥広屋
https://jizake-daisuki.com/mfr-203001

ライター:Mr.Katoh,編集:Akira Horie》

ライター/酒と雑学をこよなく愛するゲーマー Mr.Katoh

サイドクエストに手を染めて本編がなかなか進まない系。ゲーマー幼少時から親の蔵書の影響でオカルト・都市伝説系に強い興味を持つほか、大学で民俗学を学ぶ。ライター活動以前にはリカーショップ店長経験があり、酒にも詳しい。好きなゲームジャンルはサバイバル、経営シミュレーション、育成シミュレーション、野球ゲームなど。日々のニュース記事だけでなく、ゲームのレビューや趣味や経歴を活かした特集記事なども掲載中。

+ 続きを読む
Akira Horie

編集/『ウィザードリィ外伝 五つの試練』Steam/Nintendo Switch好評発売中! Akira Horie

n/a

+ 続きを読む
【注目の記事】[PR]

編集部おすすめの記事

連載・特集 アクセスランキング

アクセスランキングをもっと見る

page top