あのゲームを翻訳した人って、いったいどんな人なんだろう?
世界中から毎日のようにリリースされるゲームには、日本語に対応しているタイトルも数多くあります。そうした外国語で作られたゲームを日本語で遊べるのは、ゲーム翻訳者の存在があってこそ。

本記事は、ゲーム翻訳についてだけでなく、翻訳者自身にも焦点を当てたインタビュー企画です。
第1回は、『Mouthwashing』や『No, I'm not a Human』など、主にインディパブリッシャー「CRITICAL REFLEX」のタイトルを担当しつつ、他にも多くのインディーゲームの翻訳を手がけるnicolith氏にお話を伺いました。

――まずは、改めて自己紹介をお願いします。
nicolith:nicolith(ニコリス)と申します。ゲーム翻訳をメインに働いていて、英日翻訳専門です。担当タイトルは最近だと『UNBEATABLE』や『Hell Maiden』、遡ると『No, I'm not a Human』、『Mouthwashing』『Arctic Eggs』あたりが有名ですかね。
――ゲーム翻訳以外にお仕事はされていますか?
nicolith:今は全くしていません。2024年の4月から、専業のゲーム翻訳者として独立して活動しています。そうは言いつつも、GameSparkで記事は書いているんですが。
――普段、どのようなゲームを遊んでいますか?
nicolith:小規模のインディーゲームをプレイすることが多いですかね。インディーが好きというよりかは、メカニクスや雰囲気が独特なゲームが好きなので、必然的に小規模なインディーゲームが多くなる、って感じです。Steamのリリースをひと通り眺めたり、SNSで知ったりすることがきっかけで遊ぶことが多いです。単純に、Steamを眺めるのが好きなんですよね。
――「人生ベストを決めるならこれだ」というゲームはありますか?
nicolith:僕のベストは明確に『MOTHER2 ギーグの逆襲(以下、MOTHER2)』ですね。ビデオゲームにハマったきっかけは『ファイナルファンタジーV(以下、FF5)』なんですが。幼稚園の頃、夜中に目を覚ましたら母親が『FF5』をやってて、その映像がめちゃくちゃかっこよかったんですよね。

――お母様がゲームをやられる方だったんですね。
nicolith:けっこうやりますね。当時から家にゲーム機があったのは、母親がスーパーファミコンを持っていたからなので。母は『FF』シリーズが特に好きで、今はもう定年してますが、『FFBE』をずっとプレイしていたので、サービス終了時にめちゃくちゃ落ち込んでいたんですよね。今度『FF レゾナンス』が出るので、良かったなと思っています。
という感じで、元々ゲームには幼い頃から触れていました。『MOTHER2』が出た時は小学生だったんですが、やっぱり衝撃だったのは、現代社会が舞台で等身大の子供がバットでその辺の人を殴ったりすることだったんです。ああ、こんなことゲームでしていいんだ、と思ったんですよね。

糸井重里のインパクトあるテキストもそうですし、特に『MOTHER2』は海外の洋楽、ビートルズや映画からの引用があったり、サイケデリックな展開やアンチRPGみたいな流れがあって、そこに大きな影響を受けていると思いますね。
――たしかに、絵や雰囲気は可愛らしいですけど、直接的な描写がないだけでバットで殴ってますもんね。先ほど仰っていたメカニクスへの興味もそこから来ているんでしょうか。
nicolith:ブラックユーモアもいっぱいあるので、その辺りも好きなんですよね。ちょっと独特というか、僕はゲームに限らず知らないものや見たことないものが好きなんです。そういうのがあって、『MOTHER2』には衝撃を受けました。
――翻訳されたゲームに限らず、テキストが良いと思っているゲームはなんでしょうか。
nicolith:結構いろいろあるのですが、まずやっぱり『シルバー事件』と『killer7』が本当に好きですね。やっぱり須田剛一はすごい好きなんですが、特にこの2つです。インパクトもありますし、今でもたまにプレイします。


それと僕はスクウェアキッズだったので、『サガ』シリーズも。特に『ロマンシング サガ(以下、ロマサガ)』や『サガ フロンティア』の河津秋敏の独特のテキストってやっぱり凄くて。ダイアログの台詞に有名なものっていっぱいあるんですが、『ロマサガ』のスキル名とかはもう異常なんですよ。「高速ナブラ」のナブラってなんだろう、って子供の頃めっちゃ考えてたんですよね。
あとは『サガ フロンティア2』の「焼殺」も、何でもない漢字たった二文字でこんなにかっこいいスキル名が作れるんだ、という感動がありました。


あと、僕は割と最近になって『ダークソウル』をプレイしたんですけど、『ダークソウル』とか『SEKIRO』の宮崎英高のテキストって異常だなと。今挙げたゲームって、テキスト読むだけで全然面白いんですよ。この辺りは素晴らしいなと思いますね。


すみません、オタクだからいくらでも喋るんですが、最近だと『パラノマサイト』は衝撃だったんですよ。僕は『パラノマサイト』の1作目をゲームを翻訳し始めてからプレイしたんですが、テキストを自分で書くようになってから分かるようになったというか、キャラの立て方とか言葉遣いがイキイキしているんです。

石山貴也さんはもともとスマホゲームの『スクールガールストライカーズ』のシナリオを書いていたからだと思うんですが、とにかく文章が読みやすいんですよね。句読点や約物の使い方とかも巧みで、それは今の仕事にも活かすくらい勉強になっていますね。
――『パラノマサイト』はキャッチーな言葉も上手いですよね、「がんばれ 国家権力……!」とか。

nicolith:そうなんですよね、さりげないというか。その辺りは上手くてすごいと思います。
――今お話を聞いて、確かに須田剛一が好きだというのはそうだろうな、と感じたというか、納得感がありました。
nicolith:須田剛一はテキストの中身と魅せ方も凄いじゃないですか。もうただ文字を表示させるだけで、どんだけこれスプリクト書いてるんだ、みたいな。須田剛一は天才ですね。

ただ、僕はゲームの翻訳をやっているんですが、やっぱり海外って須田剛一ファンのインディーカルチャーが多いんですよ。なので、須田剛一リスペクトゲームの翻訳依頼がきたら須田剛一に挑まないといけないんだろうなと思っているんですよね。そのための素振りは、いつもしています。
――楽しみにしています(笑)。では、ゲーム以外の趣味や、人生を通して影響を受けた映画・音楽・小説・漫画などを挙げるなら何でしょうか。
nicolith:狭く薄い人間なので、いろんなものにガッとハマってガっと飽きるんですが……映画では「ファイト・クラブ」が一番好きですね。音楽は「ボブ・ディラン」で、小説は「タイタンの妖女」というSF小説。漫画は「銀河鉄道999」です。あとアニメだと「serial experiments lain」がすごく好き。まあ、典型的なオタクですね。
――「ファイト・クラブ」も、構造が面白い映画ですよね。
nicolith:そうですね、僕「ファイト・クラブ」は多分50回以上見てます。サラリーマンになった時、毎晩見てました。殴ってやろう、って頭おかしくなってて。
「ファイト・クラブ」ってストーリーの構造も面白いんですが、一般的に話のオチって大事じゃないですか。ただ、「ファイト・クラブ」ってオチが真ん中くらいで来るんですよね。つまりあれがどんな話だったのか、ということが。で、そこから先をちゃんと描いているのが「ファイト・クラブ」が本当に立派だと思っているんですよね。
要は単にこういうことでした、と手品の種明かしをして終わらずに、「じゃあそこからどうするんだ」という話を描いているんです。そこの構造が好きなのと、現代社会を描いているところですね。多分、今日は現代社会が好きだって話を何回もすると思うんですが、「ファイト・クラブ」を見て「これは俺の映画だ」ってこの映画が好きな人はみんな思うんですよ。僕も当然思っているし。
それと、映画自体がめちゃくちゃ速いんですよ。カットが多くて、台詞が異常に多い。それ1個1個にめちゃくちゃ痺れるじゃないですか。っていうところも好きで、「ファイト・クラブ」は無限に見てます。未だに年に何回も見ますね。
――音楽は古めのものをよく聴くんでしょうか。
nicolith:広く聴いてますかね。最近は全然追えていないんですが、ロックは6,70年代の「ビートルズ」やボブ・ディランがすごく好きで、そこから90年代00年代も色々聴いてました。あとは邦楽もだいたい好きで、国内だと「THEE MICHELLE GUN ELEPHANT」とか「ナンバーガール」が好きですね。世代っていうのもあるんですが。
ロック中心で、たまにテクノとかも聴いて、そこそこ広く浅い感じです。当時『リッジレーサー』の「ROTTERDAM NATION」という曲でガバに出会ってからハードコアテクノシーンは細く長く追っていて、『BEMANI』シリーズではL.E.D.激推しです。
Sound Horizonはじめ同人音楽や東方やボカロも色々聴いてました。学生の頃、近所の図書館でCDを借りていて、それを毎週20枚ぐらい聴いて返す、っていうのをやってました。
――小説は「タイタンの妖女」がお好きとのことでしたが、SFが好みなんでしょうか?
nicolith:特別SFが好きなわけではないんですが、カート・ヴォネガットは好きな作家です。僕は大学の文学部、日本文学科に行っていたんですね。子供の頃から小説は好きだったんですが、高校生の時に「泉鏡花」という明治時代の作家の「高野聖(こうやひじり)」という小説が新潮文庫であって、それを読んで衝撃を受けたんですよね。
泉鏡花ってどんな作家かというと、とにかく鏡花としか言いようのない文章で、めちゃくちゃ読みづらくて、めちゃくちゃ難しいんですよ。けど、めちゃくちゃ綺麗なんですよね。本当に言葉の芸術だと思っています。
それで僕は29冊くらいある鏡花の全集を買ってきて、ひたすら読んで大学の文学部に行ったというくらい好きですし、影響を受けていますね。最近は読む力がなくなってきて、漫画ばっかり読んでいるんですが。
――漫画も色々読まれているんですね。
nicolith:「銀河鉄道999」は子供の頃読んですごく影響を受けたので、松本零士作品は好きです。あとは手当たり次第に読んでいます。紙で買うと家に収まらないので、ずっと電子で買っていますが、今2万5千冊くらいあるんですよね。読んでるのは半分ぐらいしかないんですが……。
――すごい量ですね、最近良かったものとかあったりしますか?
nicolith:最近だと「女甲冑騎士さんとぼく」という漫画が終わったんですが、すごく良かったですね。現代社会の普通の四畳半みたいな家に女騎士甲冑さんと暮らす、というすごくいい話なので。これは女騎士の台詞を訳すときに、いつも参考にしていました。
――「serial experiments lain」は、ゲームの方ではなくアニメなんですね。
nicolith:アニメですね。きっかけは覚えていませんが、中学生の頃にDVDを買い集めて夢中で見ました。「攻殻機動隊」はじめサイバーパンクには馴染みがあったのですが、普段自分が触れているような地に足のついたIT技術に根ざした世界が巨大な陰謀へつながり、主人公である岩倉玲音の私的な物語に落ち着いていくところが好きでした。
それからキャラクターデザインの安倍吉俊や脚本の小中千昭のサイトに入り浸ったり、関連作に次々と触れたりしましたね。特に小中千昭からはホラーについて多くを学ばせてもらいました。ゲームも今ほどプレミアがついてなかった頃にプレイしました。
――思い入れが強かったり、大好きなキャラクターはいますか?
nicolith:『クロノ・クロス』の「キッド」が好きです。まず、『クロノ・クロス』って並行世界を題材にしたゲームなんですよね。『クロノ・トリガー』が時間旅行だったので。1個の世界では主人公は生きていて、もう1個の世界では主人公は死んでるんですよ。

その主人公が死んだ世界に行って始まるゲームなんですが、その寂しい中で主人公を引っ張ってくれる勝ち気な盗賊の少女が「キッド」というキャラクターなんですよね。言葉遣いがめちゃくちゃ荒くて、オレっ子。本当に欲望に忠実で、世界とかじゃなくて自分たちを優先しようみたいなノリなんですよね。

『クロノ・クロス』の核心になってしまうので詳しくは言わないんですが、彼女の裏のギャップがすごいんですよね。『クロノ・クロス』は僕が小学生か中学生くらいの時だったんですけど、好きすぎて『クロノ・クロス』のファンサイトに入り浸ったのがインターネットを始めたきっかけだったくらい好きなゲームなんですよ。当時のファンサイトを僕は何故か紙で印刷したので、未だに20何年前のものを持っています。
――いろんなサービスが終了して見れなくなったサイトも多いので、それは貴重ですね。
nicolith:そうですね。そのサイトはなくなってるので……まあキャッシュで追えはするんですが。ややこしいオタク話で恐縮なんですが、元々はサテラビュー【※】でスクウェアが『ラジカル・ドリーマーズ -盗めない宝石-(以下、ラジカル・ドリーマーズ)』というゲームを配信していたんですよ。この『ラジカル・ドリーマーズ』に出ていたキャラが主人公やキッドで、それを元に『クロノ・クロス』というゲームが出来ているんですよね。
※サテラビュー 1995年に任天堂が日本で発売したスーパーファミコン専用周辺機器。衛星放送を利用して、ゲームソフトなどを専用のメモリーパックにダウンロードして遊ぶことが出来た。放送は2000年に終了している。
サテラビューは当時すでにサービス終了していて、遊べなかったんですよ。僕は地元が愛媛なんですが、東京に旅行に行く度に秋葉原でサテラビューを探し回ってました。結局、手に入らなかったんですが……。今は『ラジカル・ドリーマーズ エディション』が出ているので、それで遊べるようにはなりました。ただ、僕の中であまりに巨大な存在になってしまっていて、持ってますがまだ遊べていないんですよね……。
とにかく、そのぐらい『クロノ・クロス』が好きで、キッドのことも好きでした。
――では、ゲーム翻訳についての質問です。ゲームを翻訳しようと思ったきっかけはなんですか?
nicolith:『Hello Charlotte』というRPGツクールのホラーゲームがありまして、本編が3作と外伝が2作あるシリーズなんですが、日本語がなかったんですよね。正確に言うとエピソード1だけあって、2と3がないんですけど。

僕はこちらの作品がすごく好きなので、もっと日本に住んでいる人に広く知らしめたいなと思ったんです。それで、2022年に有志翻訳の技術的な調査をしてたんですよね。そうしていたら、2022年のクリスマスに手術しなければいけなくて、1週間入院したんです。その時にスイッチを持ち込んでいたので、クリスマスに病院で『VA-11 Hall-A: Cyberpunk Bartender Action(以下、VA-11 Hall-A)』をプレイしていたら、「俺はもっとゲームのことを考えて生きた方が良いな」と思ったんです。サラリーマンになってから、全然ゲームをできていなかったので。

それで退院してから少し経って、『VA-11 Hall-A』のアートを担当しているkiririn51が制作したビジュアルノベルの『She Vomited Guns』を遊んだら内容がめちゃくちゃ良かったので、kiririn51に「有志翻訳して配布していいか」と聞いたら「やれ」と言われたのでやった、というのがきっかけですね。

――『VA-11 Hall-A』の存在が大きかったんですね。
nicolith:『VA-11 Hall-A』がなかったら多分、僕は今ビデオゲームをそもそもやってないし、『She Vomited Guns』がなかったらゲーム翻訳もやってないと思いますね。なので、kiririn51には人生を2回変えられたと思っています。
かなり多忙な仕事だったので、ゲームファンどころか、もう仕事以外ほぼ考えていない人生を何年も送っていたんです。『VA-11 Hall-A』は最初から日本語対応があったわけではないんですが、日本語対応するというニュースを見たときに「なんて格好良いアートなんだ」と思ったんですね。そしたらベネズエラの2人が作っていると聞いて、僕はゲームから離れていたので「インディーゲームって今こんなことになってるんだ」と驚いたんですよ。友達の家で2008年に出た『Braid』とかをXboxで遊んだことはあったのですが。
それで『VA-11 Hall-A』を遊んだあとは、細々とインディーゲームをたまにやるようになっていました。なので本当に『VA-11 Hall-A』がなかったらゲームをやっていないと思います。
――先ほどお答えしていただいたことと被るのですが、やはりゲーム翻訳する前から文章に触れることは多かったんですかね?
nicolith:そうですね、子供の頃から本も好きだし、ちょうどインターネットも僕が小学生の頃から一般的にみんな使うようになっていったので、インターネットもやっていた。それと子供の時に難読漢字ブームがあったんですよ。読むのが難しい漢字を読もう、という小さい本の豆本があったりして。それを読むのが好きで、小学生の時は難読漢字や難読熟語とかの本を読んでました。
なんというか、子供の頃から言葉を知るのが単純に好きなんですよね。中学生の頃も、本当に辞書を枕にして寝てたくらいには。その後小説とかも読んでいたので、やっぱり言葉と文章は好きなんですよね。
――本当に辞書を枕にする人がいるんですね。辞書を読むのに抵抗感がある子供も多いと思うので、すごいです。
nicolith:辞書って超コスパが良くて、めちゃくちゃ読めるんですよ。しかもどこから読んでもいい。知らない言葉もいっぱい知れますし。家にあってタダだったので、広辞苑とか、それ以外の辞書も好きで読みました。
――翻訳するにあたって大事にしていることや、翻訳に対してどのような意識や思想を持っていますか?
nicolith:端的に言うと、僕はけっこう理詰めで翻訳するタイプなんです。理詰めってどういうことかというと、おそらく英語の勉強を学校でして、多かれ少なかれ誰もが翻訳をしたことがあると思うんですね。それと大きな差はないんですが、僕の場合は英語なので、英語の原文があったらそれがどういう文法で、どういう言葉を使っているかをちゃんと調べてちゃんと訳す。というと当たり前に聞こえるじゃないですか。
これはいろんな程度の問題があって、例えばよかれ悪しかれ意訳は素晴らしいという話がありますよね。要はそういうものに縛られずに、言いたいことを掴んでそれを表現する。ただ、僕はアンチ意訳派なんですよ。まあ、意訳という言葉は若干荒いのであまり使わないほうがいいんですが……。
なんだかんだ僕らが文章を自分たちで書いたり読んだりする時って、それなりに文章にこだわりがあるわけじゃないですか。言葉のひとつひとつだったり、文章の構造だったり。僕はそういうものにちゃんと意味があると思っているので、それをまずちゃんと読むようにしてるんです。
それを読んだうえで、じゃあこういう理屈でこうするしかない、というのをどんどん考えていく。特にゲーム翻訳って、文芸と違ってテキストだけがあるわけではないじゃないですか。テキストの後ろには背景があって、映像があって、絵があって、音があって、あるいは一連のシーンがある。その中でテキストが持つ意味というのは、要は機能があるわけですよね。
例えば「ここでこういう台詞を言うことでこのキャラクターにインパクトを与えるんだ」とか、「この台詞は伏線になる」とか。そういうものをいろいろ加味したうえで、じゃあこれしかないなと考えていくのが僕は好きというか、僕にとって翻訳はそういう仕事なので、理屈でやってることが多い。

自分では「深く読み、深く書く」と思ってるんですが、やっぱりちゃんと読む、ってことは大事だと思っています。書かれている単なる意味というよりは、どういう意図を持って書かれていて、それがどう表現されているかまでちゃんと考えて、それをなるべく日本語で再現する、という仕事だなと思っています。
――国の文化の違いによって台詞を変えたり、あるいはそのままにする「ローカライズ」について、作品ごとに変わるとは思いますが、どういった事を考えて取り組んでいますか?
nicolith:この辺りは、作品ごとに開発者やパブリッシャーとどうするかという話をするという第一前提があるんですが、ぶっちゃけ僕がやっているインディーゲームではそこまで具体的なものはあまりないんですよね。
ある程度確認は入れるんですが、正直僕はあまりローカライズをしないんですよ。どちらかというと、その作品の舞台や持っている味をなるべく出したいと思っていて、あまりしないようにしています。

作品がどれぐらいのリアリティラインを持っているかによるんですが、例えば私たちが日本語で日本を舞台にした何かを作ったら、それには日本という土地の意味があるじゃないですか。そういう歴史とか成り立ちを他のところにそっくり移し替えようと思うのって、基本的には無理だと思っているんです。やろうとしたらものすごい手間がかかるんで。それって要は、翻訳というテキストだけでどうにかできる話ではないんです。
それをインディーの予算でやるというのはあまり現実的ではなくて。どちらかというと、作品の尖っているところや持ち味をしっかり出そうというのが僕のスタンスですね。なので、極力ローカライズはしないようにしています。
ただ、英語ならではの言い回しはあるじゃないですか。それをそのまま出しても、日本に住んでいる人には意味がわからなくなってしまう。定型句だったり、ことわざだったり、ジョークだったり。こういうのは日本語の類似表現に置き換えるのが定番なんですが、自分はなるべく避けています。
たとえば、「The early bird gets the worm」という英語のことわざがあります。「早起きは三文の徳」で置き換え可能ですが、そうしてしまうと「bird」や「worm」といった言葉のイメージが落ちてしまいますし、こうしたモチーフがゲーム全体で重要になる場合は多いです。なので、素直に「早起き鳥は虫を捕まえる」のように直訳します。これだけでも意味はほぼ伝わりますから。
結局、翻訳というのは目の前の言葉の意味を移し替えるだけでなく、その文、段落、場面、はたまた全体において、ひとつひとつの言葉の機能を残していく作業で、近視眼的には多少難しくなってでも、巨視的な意義を守ることが重要だったりします。

近いところでは、「キャピトニム」が挙げられるでしょうか。例を挙げると、神を示す際は文頭以外でも「He」や「Him」と頭を大文字にする表現です。これは日本語ではそのまま採用できない手法なので、自分は「彼」という言葉を神を示すとき以外にはまったく使わないようにして処理するのを何度かやっています。名前を呼ばないことが敬意であったりしますしね。まあ、そもそも自分の翻訳に「彼」や「彼女」はほぼ登場しないので、別に難しくないのですが……。

他の例だと、神のいない世界が舞台で、実際に「god」という単語を使わないようにしているものがあります。なので、日本語では「神」という文字を使わないようにしました。「精神」とか「神経」とか一切禁止で。まあ、「煙滅」や「残像に口紅を」など文芸で行われてきた実験に比べれば、容易なことです。
こうした傾向のおかげか、洋画みたいな表現とかアメリカンジョークみたいと評価されるんですが、まさにそういうものがしたいからなんです。
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