F1を始めとしたモータースポーツは、「安全対策の歴史」を歩んできました。
時速200kmを簡単に超えてしまう速度で疾走するレーシングカーは、操作をひとつ間違えると大事故を起こしてしまいます。しかし、かつてのF1はフルフェイスヘルメットや耐火服はおろか、コクピットにシートベルトも搭載されていませんでした。
レーサーはよほどの反射神経と運に恵まれていない限り、キャリアのどこかで命を落とすか身体に障害を負うほどの大怪我をするか……というリスキーな世界。そんなカオスな状況を変えたのは、自身も落命一歩手前の大クラッシュを経験した、1人の伝説的ドライバーです。

本稿では、2025年9月登場のF1レーシングゲーム『Formula Legends』をプレイしながら、「フライング・スコット」と呼ばれたジャッキー・スチュワート卿の功績を振り返っていきます。というのも、本作が中々どうしてスチュワート卿をリスペクトしているゲームだと感じたためです!
昔のF1は「死ぬのが当然」だった!?
1960年代から2020年代までのフォーミュラレースを再現した『Formula Legends』は、恐らく権利の関係からか、「このゲームはF1をモチーフにしている」と明確に謳ってはいません。しかし、それを匂わせる表記が随所に施されています。
たとえば、ゲーム内の60年代にはスコットランド出身のJack Stewieというドライバーがいて、さらにこの時代には「フライング・スコットマン」が競技の安全対策に乗り出したという説明がありました。これはF1好きならすぐにピンとくる描写で、タータンチェックがトレードマークのジャッキー・スチュワート卿をモチーフにしているのでは、と思ってしまいます。
スチュワート卿の“卿”という称号は、2001年にイギリスのエリザベス女王からナイト爵を授かっていることが由来。同氏はF1ドライバーとしてワールドチャンピオンに3度も輝いたのみならず、F1そのものをより安全なスポーツに変革した大功労者でもあります。スチュワート卿が現役だった60年代のF1は、今のF1よりも遥かに危険で「死ぬのが当然」の競技だったのです。
その歴史は、『Formula Legends』をプレイしてみてもよく分かります。それでは、2020年と1960年代におけるレース中の様子を収めた、2枚のゲーム画面を比較してみましょう。


お分かりでしょうか? 何かがおかしいですね。そう、60年代のサーキットでは、コースと客席の間を黄色いブロックと木製のフェンスが仕切っています。この黄色いブロックは、恐らく近所の農家から取り寄せた藁束でしょうか。
この時代は、老舗サーキットですらガードレールを設置していないということが多く、1961年のイタリアGPのように、マシンが客席に突っ込んで多くの死傷者が出るということもよくありました。何しろ藁と木材ですから、火災にも脆弱です。
細い支柱で支えられたウイング

また『Formula Legends』で描写されている60年代のフォーミュラレースを見てみると、ウイングが搭載されていないマシンが大半であることに気づきます。
フォーミュラマシンに航空力学の応用が導入されたのは、60年代も後半になった頃。ウイングが装着されたことでマシンのグリップ力が向上し、車体の制御が容易になった……のは確かなのですが、それと引き換えに、クラッシュで吹き飛んだウイングがドライバーの身体に直撃するという悲劇も引き起こしてしまいました。

ゲーム内のマシンを見てもわかるように、細い支柱でウイングを支えているため、ちょっとした衝撃で簡単に脱落します。この時代のドライバーは、現代よりも遥かに危険な環境で文字通り戦っていたのです。
宙に浮くマシン

ここで、Amazonプライムビデオでも配信されているドキュメンタリー「グランプリ F1の栄光と代償」を紹介します。動画開始早々から多重クラッシュでタイヤがポンポン宙を舞ったり、黒焦げになった上に消火剤まみれになったドライバーがモザイクなしで映し出されたりする、容赦ない内容です。
本番組は、『Formula Legends』でも垣間見える60年代のF1の過酷さが、関係者の証言と共に詳しく説明されています。
BBC制作のインタビュー動画にも、スチュワート卿の乗るマシンが文字通り宙に浮いている写真が登場。こうした事態にならないよう、サーキットの運営者はコースをより安全なものに改修しなければならないはずですよね。
しかし、それをスチュワート卿が呼びかけても、「命を落とすリスクを冒してこそ、最高のレーサーだという風潮」が大きな壁として立ちはだかったことが、「グランプリ F1の栄光と代償」でも語られています。
「スチュワートが訴えたことは、コースの安全性が低く、多くの死者が出ていること。そして当時の風潮とも闘いました。命を落とすリスクを冒してこそ、最高のレーサーだという風潮です」
(「グランプリ F1の栄光と代償」より、トニー・ブルックスさんの証言)
そのような状況下においても、スチュワート卿はF1の安全改革を強硬的に実行したことを紡いでいるのが、「グランプリ F1の栄光と代償」です。スチュワート卿は安全性に問題のあるサーキットでは絶対に走らないと表明し、実際にグランプリをボイコットしたことも。同時に、フルフェイスヘルメットや耐火服などの安全装備の導入を促しました。
なおスチュワート卿はドライバーを引退した後も、F1の安全性のさらなる向上を呼びかける解説者として今も活躍しています。

敢えて最下位からスタートする醍醐味
そんな歴史を重ねてきたフォーミュラレースに付き物の「多重クラッシュスレスレの混戦」も、『Formula Legends』で存分に体験できます。
実際のF1でもそうなように、複数台が折り重なるような混戦(カーブで発生しやすい状況です)から頭ひとつ抜き出るには、瞬時の判断と反射神経、そして事前の戦略が必要です。つまり、ここは敢えて後方に控えて、集団を出し抜けるだけの隙を窺う……という考え方もいるということ。もちろん、肉を切らせて骨を断つ気持ちで思いっきり攻めるのもアリです。

幸いなことに、本作ではどんなに激突しても車体が壊れることはありません。実際の60年代F1のように、「シートベルトがないせいでドライバーがコクピットから吹っ飛ぶ」ということも起きません。
さらに、操作は片手のキーボードだけで完結できるようになっています。プレイにマウス操作は必要なく、むしろカーソルが邪魔してしまう分、プレイ中はマウスのUSBケーブルを抜いておいたほうが尚良という具合です。基本的にはWASDキーで走行操作を完結できるのですが……実際にレースの段になると難しい。
Wキーでアクセル、Sキーでブレーキ、そしてAキーとDキーでステアリング操作というシンプルこの上ない仕組みなのに、これがなかなか使いこなせません。カーブではきっちりブレーキをかけないと曲がり切れず、時折マシンの挙動がフラついてくることも。気がつけば、ライバルは遥か向こうを先行している状態……。

さらに、本作にはカーレースゲームらしく天候の概念があります。雨が降ったらピットでウェットタイヤに変えないと、路面でスリップしてしまう可能性が。「どのタイヤを選ぶか」というのは、フォーミュラレースの基本的戦略です。
本選の前にタイムアタックを行い、そこで出たタイムに従ってスタートポジションが振り分けられる点もちゃんと再現されています。もちろん、スタートポジションは前に行けば行くほど有利ななものの、ここはわざとタイムアタックで手を抜いて、ドンケツからのスタートをしてみるというのも良し(タイムアタックには時間制限があります!)。
というのも、最初のカーブでライバル同士が衝突する場面を観察できる上、さらにそれを出し抜いて順位を上げた時の快感ったらそれはもう……!

このあたり、かつて日本物産がPCエンジンで発売していた『F1サーカス』シリーズに共通する要素が見受けられます。『F1サーカス』は、ライバル同士の多重クラッシュが当たり前のように発生する怪作として知られていました。
ジャッキー・スチュワート卿の話をしたあとにこんなことを言うのは不謹慎ですが、ライバルがクラッシュを起こす様を横目で見るのは気持ちがいいというもの。しかし、当たり前ながらこれはやはりゲームだからこそ湧いてくる感情です。
本物のF1だったら、クラッシュはやはり悲劇以外の何ものでもありません。かの有名なアイルトン・セナさんが事故で命を落とした時、当時小学生の筆者はそれを伝えるニュース番組を観ながら涙を流していました。
そうした出来事を重ねつつ、F1は今に至るまで続いています。2026年からはフジテレビの地上波F1中継が11年ぶりに放送されますが、その前に『Formula Legends』をプレイして、フォーミュラレースの歴史を振り返ってみるのもいいかもしれません。
『Formula Legends』は、PC(Steam/Epic Gamesストア/GOG.com)/PS5/PS4/Xbox Series X|S/Xbox One/ニンテンドースイッチ向けに販売中。一部プラットフォームでは、この年末年始にお安く購入できるセールが行われているので要チェックです!













