
2月26日にハムスターのアーケードアーカイブとして配信されたナムコ(現、バンダイナムコエンターテインメント)のレースゲーム『レイブレーサー』。1995年7月からアーケードで稼働した本作は、AC版『リッジレーサー』シリーズ3作品目のタイトルとして、30年以上経過した今でも人気が高いタイトルです。
今回はそんな『レイブレーサー』をゲームプレイと共に振り返ります。なお筆者がプレイしたのはニンテンドースイッチ2版とリアクティブステアリング非搭載のSD筐体実機です。
時代の変化をいち早く掴み完成度も高まった『レイブレーサー』―攻略のコツはドリフトを極力使わないこと
1995年7月ごろにアーケードで稼働した『レイブレーサー』は、前作『リッジレーサー2』からグラフィックや内容を含め全面的に刷新されたものとなりました。コースは、過去作から背景の建物などが新しく作り直された初級(ショート)と上級コース(ロング)、そして新コースの中級(CITY)と最上級(MOUNTAIN)の4コースが実装。

ゲームシステムでは、前に走る車を風除けにして効率良い加速を与えるスリップストリームを実装し、前の車に近づく意味を与えたことが大きな変化です。他にも、敵車と接触した時の不自然な減速やプッシュバックの縮小、ドリフト時の減速をマイルド化、三人称視点やミラーコースの実装、全コースにタイムトライアルモードを実装、座る台によって車種を選べること、『リッジレーサー2』より続く対戦機能など、バランス面を見てもシリーズ3作品目として高く洗練されました。

また、クレジット投入後のメニュー画面がより練られたものになったことに加え、ゲーム中のUIも1995年相当の落ち着いたデザインへと発展。筐体に目を向ければ、一部非搭載のモデルがあるもののFFB的なリアクティブステアリングを実装し、シートの頭側には重低音が鳴り響くスピーカーを左右に搭載するなど、臨場感溢れるゲームプレイを提供してくれたのが本作でした。






ここまでの変更点を読むと理不尽さが解消され、自車が強化されたように思えますが、敵車も相当に速くなっているためにレースで1位を獲得するのが難しくなりました。初代『リッジレーサー』は、プレイヤーのミスを無くし良いラインさえ取れれば1位でクリアできるバランスだったのですが、『レイブレーサー』ではそれだけでは足りず、さらなる工夫が求められます。

具体的には、コース壁の接触ミスを無くすことはそのままに、ドリフトの発動時間を極力短くして自車の速度低下を減らすことや、ドリフトを行わずにグリップでカーブを抜けることです。前述の通り本作はドリフト時の速度低下が小さいのですが、1位を狙うにはその落ちる速度さえ管理しないといけません。
その特徴が現れるのが中級のCITYコースです。ここでは、コースの途中にドリフトが必要になるぐらいの鋭いカーブを予告する赤い右折/左折の標識がありますが、それに従ってドリフトしてしまうとコース完走はできるものの、ドリフトの失速がそのまま敗因となってしまいます。そのため、ドリフトをせず絶妙なアクセルワークを行い、旋回半径を小さくしてグリップで駆け抜けるテクニックが要求されるのです。ドリフトの回数を減らし、グリップで抜けられるようになると、明らかにスピードが速くなり、1位を勝ち取れるようになりました。




そういった観点から最上級のMOUNTAINコースはとても難しいものでした。このコースは山道をテーマにしたコースで、レース開始直後の第1コーナーは曲がり切れないと別の道へ落下してしまう罠や、グリップで抜けなくてはならないコーナーがとても多く存在します。
特にコース中盤の1つめの赤い橋を超えてから登道に入るのですが、道幅に余裕がなく少しでも角度を間違えれば何度もぶつかってしまうほどの難しさです。ここはドリフトで安全に抜けられるものの、そうした動きをしていては1位を獲得することが出来ません。


プレイし始めたころは、壁への接触やドリフトのしすぎでタイムオーバーを繰り返していましたが、アケアカ版のリワインド機能とどこでもセーブ機能を使い何度も登道区画を重点的に練習。ハンドルと最短ドリフトを切るタイミングを覚えてなんとか突破パターンを確立し、時間を掛けた練習と研究の成果から1位で勝利できたときの喜びは大きいものでした(全体のプレイ時間としては8時間ほどだが、かなりのリトライ数を重ねた)。
「一見カジュアルなゲームだけど、1ミスもなく寸分狂いのない入力が求められるハードコアな難易度」というバランスは様々な意見があると思いますが、こうした高度な操作を要求されるゲームだからこそ、アケアカ2の機能を使い攻略できたのはまさに2026年に移植されたゲームであることを実感してしまいます。また、ドリフトだけでなくグリップ走行が必要になるなど、レースゲームとしての奥深さがさらに極まった作品だと強く感じました。

ナムコ大型筐体が勢いを増す1995年に誕生した『レイブレーサー』
本作の開発に関するものは当時のゲーム雑誌を筆頭とした多くの文献を調査したものの、具体的なインタビュー記事などは発見できませんでした。代わりに、2月26日に放送された「第586回 アーケードアーカイバー レイブレーサースペシャル!」では開発者が集い、開発の切っ掛けやコンセプトなどが語られるトークショーが行われ、開発の経緯などが語られていました。ここでは、それらをまとめつつ90年代の『レイブレーサー』について掘り下げていきます。
「第586回 アーケードアーカイバー レイブレーサースペシャル!」によれば開発期間は1年ほどで、ビジュアル担当だった森下信宏氏によると本作が開発された経緯は、セガの『デイトナUSA』が登場し、『リッジレーサー2』が1994年6月に稼働を開始したなか、「より一歩先に出るために次のものを作るしかない」という判断が切っ掛けだったそう。
加えて、1994年6月30日に若林氏が書いた提案書によれば、当初は『リッジレーサー3』と命名していました。提案の背景には、『リッジレーサー』の筐体が多く市場にあるために基盤交換や改造キットでの普及効果が高いことと、『リッジレーサー2』は既存コースを流用したコースであるため通信対戦に最適なものと言えず、今後登場するのであろう他社製品に対する後継作品が必要であることが企画の出発点であったとのこと。
コースは、既存コースを1種に新規コースを2種か3種追加してのコース選択要素を実装。その特徴としては、通信対戦に適した道幅であることや、特定の風景設定、特徴的なケレン味、明瞭な難易度差があることです。さらにレース構成に、決勝と予選要素が検討されていた他、プレイヤーの実車は実在の車を採用すると語られています。その隣に書かれたメモには、「スポーティーな車種が多い日産が最適か?」とあることや、NSXやGTR、RX-7、スープラ、GTOなどが考えられていたそうです。
森下氏によると仮題である『リッジレーサー3』の進化ポイントとしては、通信対戦機能を持ち、皆が遊べるような幅の広いコースやテクニカルなコースも導入される、全てを刷新したシリーズの決定版を作ろうという志があったと語ります。
一方でプログラムの柿沢高弘氏によれば、タイトルが『リッジレーサー3』から途中で『レイブレーサー』に変わった時期は不明なものの、「Rが付いた良い名前は何かない?」という問いからスペインのイビサ島で行われる音楽やダンスを楽しむ大規模パーティーの「レイブ」から取ろうということが発端だったと述べていました。
ここで少し1995年当時のナムコの開発体制に関して言及しておきましょう。1995年12月に発売したぺりかん社の「CGクリエイターになるには」という本にはナムコのCG開発部部長の田城幸一氏のインタビューが掲載。それによると、当時のナムコはプロジェクトごとにチームを組んで開発をそれぞれの部屋で行い、ゲームが完成すると次の開発室へと移動して仕事をする……という体制であったそう。
その体制の中で開発スタッフには、『レイブレーサー』開発前に『ギャラクシアン3 アタック・オブ・ゾルギア』に取り組んでいた人も存在していました。『ゾルギア』の開発に関わっていた森下氏は、自分の仕事が早めに終わったことから、自主的に3Dツールを覚えるためのモチーフとして人形の3D研究していたことが、『レイブレーサー』に登場する女性キャラクターの制作に繋がったと語ります。
なお、初期に登場するキャラクターには具体的な名前がなく、『リッジレーサー』に登場するのは「リッジ姉ちゃん」、『レイブレーサー』に登場するのは「レイブ姉ちゃん」という愛称であるそう。藤井明氏によれば「明確に名前は付けない!」と言ったこともあり、アトラクトデモに登場するキャラクターに正式な名前は無いそうです。


『レイブレーサー』は、初期のSYSTEM22基板を引き続き採用しており、当時として既に登場していたSUPER SYSTEM 22より性能が劣ってしまうことから多くの試行錯誤が行われました。最大4000ポリゴンしか表示できないため、ビルなど背景のポリゴン数は極限まで削減し、車のポリゴンは200から300ポリゴンほどで制作。ポリゴン数が稼げないため、テクスチャを使ってなんとかしたそうです。LODモデルも手作業で制作しています。
またライティングも当時の基板では表現が難しいために、トンネル内の照明に合わせた色を付けた3種類の車を入れ替えて明暗を表現したと語っています。
テクスチャ自体も当時として非常に大きく、解説のスライドでは横が2048ピクセルで縦が1344ピクセルでした。また、森下氏曰く『リッジレーサー』は元々一人称視点で遊ぶゲームであったために、当初は三人称視点導入について反発する気持ちがあったそうですが、『デイトナUSA』などが導入していたために実装したとも語っています(好評なコメントを読んで、結果的に実装して良かったとも語っている)。このトークショーでは、『レイブレーサー』の技術面に関しても多く語られているので興味があるユーザーは見ておくと良いでしょう。

『レイブレーサー』の第一報は、ナムコが1995年6月21日に開催した業務用ゲームの新製品展示会でした。週刊ファミ通1995年7月21日号のレポートによると展示会では、本作以外にも『サイバーサイクルズ』などがプレイアブル出展されており、特に『鉄拳2』は完成度60%でありながらも多くの人が集まり人気を博していたそうです。
他にも、1995年6月時点でPS版『リッジレーサー』次回作が既に伝えられていたことから、AC版稼働後にPS版『レイブレーサー』が登場するのではないか?という予測もありました。
なお、後年に語られた『リッジレーサーズ』のサウンドチームインタビューによれば、アーケードの『レイブレーサー』とPS向けの『レイジレーサー』の開発はほぼ同時期であったそうです。
一方で1995年7月より稼働した『レイブレーサー』の人気は高く、週刊ファミ通の1995年10月13日号や10月27日号の「ソフトウェアインプレッション」欄では、1クレ200円にも関わらず何度もプレイしたことや、首都高や山道をモチーフにしたコースが登場し収録音楽のジャンルもブレイクビーツまで広がったのがイカしていると評価する記事が掲載されており、いかに多くの期待に応えたタイトルであることがわかります。筆者が確認しただけでも3回以上掲載されており、いかにゲーマーの心を掴んだタイトルだったのがわかります。
『レイブレーサー』移植の発表自体は早い段階で行われました。月刊ASCII 1996年1月号によると、1995年11月9日にはNECとナムコが提携し、NECと英Video Logic共同開発のグラフィックカードPowerVR向けに『レイブレーサー』と『エアーコンバット22』、そして『鉄拳2』を移植すると発表。
11月20日から22日までの3日間開催された画像制作環境の見本市「NICOGRAPH’95」では『レイブレーサー』がプレイアブル出展されていたそうで、テクスチャが貼り付けていない箇所がある以外は再現度も高かったそうです。
海外のゲーム雑誌EDGE Magazine 1996年5月号には、PC版『レイブレーサー』の記事が掲載。それによると、PC版『レイブレーサー』のデモバージョンは640×480解像度で30fps動作をしていたそう。また、フレームレートが一部不安定だったもののアーケード版とほとんど遜色ないグラフィックだったそうです。
しかしながら、発表された『レイブレーサー』を含むPC向け3タイトルは最終的に発売されていません(余談ではあるが、実際に発売されたPowerVRは相性問題が大きかった)。
その後『レイブレーサー』は、1997年3月にNTTの光ファイバー回線を使った東京―大阪間における遠隔対戦実証実験を実施。業界紙アミューズメント産業1997年8月号の当時ナムコにおける中村繁一専務と第二開発部の石川祝男氏のインタビューによると、高い通信費がネックであったものの、開発側として当時の通信システムを使いどういうことができるか?という問いを実験して確かめられたことが成果だと評価しています。
後年タイトルの『リッジレーサーズ』に受け継がれた『レイブレーサー』のコース
こうして、『レイブレーサー』の移植は2026年まで登場しませんが、その間に『レイブレーサー』の要素を入れ込んだシリーズ作が登場しました。それが、2004年発売のPSP向けタイトルである『リッジレーサーズ』です。このタイトルは、これまでの『リッジレーサー』シリーズのコースを刷新して入れたもので、その中には『レイブレーサー』の中級と最上級の2コースも含まれていました。

『レイブレーサー』の中級コースは夜の首都高をイメージしたような外観へと生まれ変わり、名前も「Midtown Expressway(ミッドタウンエクスプレスウェイ)」と付けられました。コースの背景に目を向けると建設中の高速道路こそそのままですが、ビル群は直線が多い簡易的なデザインの雑居ビルから曲線を多用した近代的なビルが増えています。まるで、21世紀に入ったことを境に再開発が行われた都市を思わせる景観です。








また最上級コースは「Greenpeak Highlands(グリーンピーク・ハイランズ)」と命名されています。大きな変化といえばスタート直後の危険なコーナーにはガードレールが設置され落下しなくなったこと。これによってミスをしても理不尽なぐらい大きなペナルティを受けずにレースに挑めるようになりました。
一方、背景を見れば大きな変化はなく、登道の途中にあるホテルが改装されより近代的になったぐらいです。『レイブレーサー』で見た光景がそのままリアルティある形で生まれ変わったように思えます。






どちらのコースも形自体は大きく変わっていませんが、『リッジレーサーズ』向けの調整が加えられており、原作の『レイブレーサー』的な操作性や難易度とは大きく変わっています。具体的には、中級や最上級コースのカーブがマイルドになっている他、『リッジレーサーズ』の仕様によりドリフト状態を維持し続けても速度低下が問題にならず、最上級の登道も難なく突破できるようになっています。

こうした『レイブレーサー』のリメイクコース以外にも、『レイブレーサー』のコースを拡張した新コースも登場しました。それが「Downtown Race City(ダウンタウン・レイブ・シティ)」と、「Silvercreek Dam(シルバークリーク・ダム)」の2種類です。それぞれ中級コースCITYと最上級MOUNTAINの別ルートを走る、既存コースを発展させたものとなっています。なお、この2コースはPS3向けの『リッジレーサー7』やXbox 360向けの『リッジレーサー6』にも登場しています。


音楽面では、『リッジレーサーズ』では「Blue Topaz Remix」しかリミックス曲がありませんでしたが、2006年発売の続編『リッジレーサーズ2』では新たに『レイブレーサー』のリミックス曲が4曲追加。「Rotten7 Remix」と「kamikaze Remix」、「Heart to Hearts」、そして「Heat Floor Remix」です。どれも原曲をベースにしながらもきちんと21世紀を迎えて変化した楽曲となっています。
なお『リッジレーサーズ2』自体は、PS4/PS5向けに配信されており、幅広いプラットフォームに対応しているわけではありませんが比較的プレイしやすい環境にあるため、興味があるユーザーは触れてみても良いでしょう。
『リッジレーサー』シリーズの欠けたピースが埋まる喜び
31年の月日を経てようやく移植された『レイブレーサー』。難しいながらも全体的なゲームそのものの完成度は非常に高く、多くのファンから長年愛されてきたことも納得です。それを裏付けるように、稼働から30年以上経つ現在でも一部のゲームセンターで見られるのは伊達でないと思えます。
惜しむらくは、現バージョンのアケアカ版では秋葉原のゲームセンターHeyなど一部ゲームセンターで見られる12周設定ができないことでしょうか。12周設定は、1プレイ10分以上のゲームプレイとなりますが、周回数が伸びれば伸びるほど、完走するのが難しくなるサバイバルな内容へと変化することが特徴です。今後のアップデートで追加されてくれればと思ってしまいます。

ちなみに、『レイブレーサー』が登場した1995年はナムコのアーケード向け人気タイトルも多く登場していました。主要なタイトルを挙げると1995年3月には『エアーコンバット22』が、7月には『アルペンレーサー』が、8月には『鉄拳2』が、12月には『ダートダッシュ』が稼働と、どれも高い人気を持つタイトルばかりです。また、『エアーコンバット22』に関しては2025年にアケアカにて配信されており、この時代のタイトルが少しずつ充実してきたのは喜ばしいことです。
アーケードアーカイブスで配信された『レイブレーサー』は、ニンテンドースイッチ2/ニンテンドースイッチ/PS5/PS4/Xbox Series X|S向けに配信中。価格はPS4/ニンテンドースイッチ向けのアケアカ版が1,500円、ニンテンドースイッチ2/PS5/Xbox Series X向けのアケアカ2版が1,800円です。PS4/ニンテンドースイッチ版を購入したユーザーは、アケアカ2版を330円で購入できます。
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