死んでも代わりがいる兵士に、なぜ私たちは涙するのか?『XCOM 2』『RimWorld』『ダーケストダンジョン』に学ぶ「愛着」のゲームデザイン | Game*Spark - 国内・海外ゲーム情報サイト

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死んでも代わりがいる兵士に、なぜ私たちは涙するのか?『XCOM 2』『RimWorld』『ダーケストダンジョン』に学ぶ「愛着」のゲームデザイン

どんなキャラクターに愛着を持たせるとゲーム体験は面白くなるのか?

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死んでも代わりがいる兵士に、なぜ私たちは涙するのか?『XCOM 2』『RimWorld』『ダーケストダンジョン』に学ぶ「愛着」のゲームデザイン
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死んでも代わりがいくらでもいる兵士やコロニストに、なぜプレイヤーは涙し、ときに復讐を誓うのでしょうか。逆に『Darkest Dungeon』のヒーローたちには、なぜ愛着が湧かないように作られているのでしょうか。

ポーランド・ポズナンで開催されたゲームカンファレンス「Game Industry Conference(GIC)」では、Breda University of Applied Sciences(BUas)の研究者ヨナス・パストールス氏が「To care or not: Designing characters for the right emotion」と題して講演しました。

プレイヤーが指揮するものの、自分自身ではない存在。パストールス氏はこれを「クルーキャラクター」と名づけました。種類は2つあります。1つは作り手が丁寧に描き込む「オーサード型」。もう1つはシステムが生み出す「プロシージャル型」です。

それぞれが生む感情の違いと、両者を組み合わせる方法を、『ファイアーエムブレム 風花雪月』『RimWorld』『XCOM 2』『Darkest Dungeon』などを例に解説しました。

ゲームにおけるNPCという存在は何なのか

パストールス氏は講演のきっかけは、友人との会話だったと語ります。氏が「『バルダーズ・ゲート3』のコンパニオンはプレイヤーと絆を築けるNPCとして素晴らしい」と話したところ、友人から「それは本当にNPCなのか。プレイヤーが指揮し、操作することさえできる。奇妙なプレイヤーキャラクターではないか」と指摘されたそうです。

この指摘を受け、パストールス氏はキャラクターの分類を整理し直しました。まず「ボット」は『スカイリム』の衛兵のように、顔が隠れていて個人として識別できず、倒されると別の誰かが補充される存在です。

「NPC」は個人として識別でき、プレイヤーが操作しない存在で『バットマン:アーカム』シリーズのジョーカーが例に挙がりました。悪役を操作できたら奇妙だから、というのが理由です。

「プレイヤーキャラクター」は、物語と内面を持ち、完全にプレイヤーが操作する存在です。氏はいつもは『ゴッド・オブ・ウォー』のクレイトスを使うところ、ポーランドでの講演なので『ウィッチャー』のゲラルトにしたと笑いを誘いました。

そして「アバター」は、個性を持たず、ゲームに関わるための手段にすぎない存在で、『マインクラフト』のスティーブが例です。

氏によれば『バルダーズ・ゲート3』のカーラックのような仲間、『XCOM 2』の兵士、『RimWorld』の入植者はこのどこにも当てはまりません。プレイヤーの指揮下にあるようで、別の存在でもある、この「中間の領域」にいるキャラクターを、氏は研究の中で「クルーキャラクター」と定義しました。

なぜクルーキャラクターが重要なのか

氏によれば、クルーキャラクターには、NPCにはあまりない特徴があります。ストーリーの脇に立ち、ときどきカットシーンで話しかけてくるのではなく、彼らと過ごす時間そのものがゲームプレイになる点です。長く一緒にいる分、プレイヤーとの関係性の可能性がもっとも強く、うまく設計すれば強力なストーリーテリングの手段になると説明しました。

そして氏は、この領域に大きく異なる2種類のキャラクターが同居している点を指摘します。複雑に作り込まれたカーラックと、シンプルな見た目の『RimWorld』の入植者が同じ括りに入るのはなぜか、という問いです。

この2種類を手作りの「オーサード型」と、システムが生み出す「プロシージャル型」に分けます。オーサード型はライターやナラティブデザイナーが決まった物語の流れや「英雄の旅」を持たせて個別に作り込んだキャラクター。1人ずつバランス調整とテストが必要で、設計のリソースを消費するため数は限られます。

一方のプロシージャル型は、個人を作るのではなく物語の部品を組み合わせて人物を生み出す「システム」を作る方法です。個人を1人ずつテストする代わりにシステムが面白い人物を生んでいるかを検証します。上限なく生成できる点が強みです。この2種類は「感情面での強みが異なる」としています。

オーサード型の強み:「本当の人間と知り合うように」

オーサード型はビデオゲームでは最も主流でなじみ深い形です。魅力的な個人、またはその「作り手が全力で作り込もうとした試み」が存在し、実際の会話を成立させやすく、優れた脚本や演技が付けられ、全員のアークを満足できる結末に向けて設計できます。氏はこれを「本当の人間と知り合うように、誰かと知り合う体験」と表現しています。

その例として『ファイアーエムブレム 風花雪月』を取り上げました。本作は盤面にキャラクターを配置して戦わせるタクティカルRPG。プレイヤーは物語の中で「教師」という明確な役割を持ち、主に34人の生徒たちを教えながら、彼らと戦場に出ます。この34人は、プレイヤーが受け持つ学級と、ほかの2つの学級に分かれており、ほかの学級の生徒には「私の学級に来ないか」と声をかけて、条件を満たせば仲間に迎えられます。

感情面でいちばん大きいのは責任感です。シリーズ伝統の恒久的な死があるため、判断を誤れば生徒が死ぬかもしれません。そのためプレイヤーは全員を生き延びさせようと努力し、そのなかで関係性の段階を上げていきます。

段階ごとにプレイヤーと生徒の間の支援会話が解放され、友情や恋愛、終盤に結婚という形まで進められます。生徒同士にも関係性の段階があり、プレイヤーが育てる間に友情が深まっていきます。

特に強い印象を受けたのは物語の後半だといいます。前半はほかの学級とも穏やかなライバル関係にあり調和した体験が続きます。ところが、後半で政治的な事情が絡み、かつて親しかった相手と実際に戦い、場合によっては手にかけることになります。氏は、普段は敵にあまり関心を持たない自分でも「このゲームでは、全員を生かそうと本気で努力した」と語りました。

オーサード型の代償:膨大なテキストと、変われないキャラクター

ただし、以上のような体験には代償があります。まず、組み合わせの数だけ会話を書く必要がある点です。支援会話には主にC・B・Aの段階があり、主人公と特定のキャラクターとの間にはSランクも用意されています。こうした会話を複数の組み合わせに用意する必要があるため、制作には膨大な労力がかかります。34人の組み合わせ数は計算しきれないほど多く、「ソファに座り、コントローラーを遠くに置いたまま、2人の会話を20分間聞き続けたことがある」と、ゲームプレイが時にオーディオブックになることを笑いながら指摘しました。

次に、どの組み合わせでも面白い会話にするには、キャラクターが互いに似すぎないことが必要で、全員に固有の「持ち味」が与えられている点です。食いしん坊、怠け者、いつも子どもと間違われる人、といった具合です。

そして3つ目が、キャラクターを変化させられない点です。パストールス氏は、すべての会話が互いに整合する必要があるため、怠け者が友人を得て、その怠け癖を克服するといった「キャラクターの変化」を描けないと分析します。

「物語の書き方を知っている人なら、キャラクターの変化が物語の核心だと知っているはずだ」と指摘しました。さらに会話もボイスも作り込んだキャラクターを死なせるコストは非常に高く、そのため本作は巻き戻しの仕組みを用意して、プレイヤーが仲間を埋葬せずに済むように配慮しています。変化できないことと死なせにくいことが重なって、物語の柔軟性が失われるという分析です。

プロシージャル型の強み:『RimWorld』の「名もなき存在から信頼できる仲間へ」

では、プロシージャル型はどうでしょうか。例として挙げられたのはコロニー管理シミュレーション『RimWorld』です。

見た目は非常にシンプルで、小さな住人たちが、プレイヤーの指示したタスクを実行します。機嫌が悪いと従わないこともありますが、たいていは従います。住人となり得るキャラクターは次々と自動生成され、1人が死んでも別のキャラクターを迎えることはできます(ただしゲーム進行への影響はある)。

ゲーム自身も自らを「創発的なストーリージェネレーター」と位置づけており、使えるメカニクスは同じでも、実際に起こる出来事は誰にとっても唯一無二になります。

ここでの感情体験を「Nobody-to-trusted-companion pipeline(名もなき存在から、信頼できる仲間へ)」と呼ぶのは、次のような流れです。敵が20人襲ってきて、住人たちがマシンガンで撃退し、1人だけ生き残る。その敵を捕らえて手当てし牢屋に入れる。そして「こいつはスキルが使えるな」と仲間に引き入れる。その人物は、のちにコロニーのリーダーや重要な担い手になるかもしれません。つまり、もともと「銃で撃たれて死ぬ役割」だった人物が、名前と姿を覚える、愛着の持てる存在に変わるのです。

また、このゲームには人間関係のドラマも生まれます。住人は「信じられないほど浅はか」で、誰かの顔に傷ができると、それだけで他の全員がその人を少し嫌いになります。性格の特性によっては他人を罵ったり、喧嘩を始めたりしやすい人もいます。プレイヤーは彼らと遊ぶうちに、その癖に愛着を抱いたり、あるいは特定の人物を嫌いになったりしていきます。

実際のプレイの中で起きた出来事が紹介されました。特筆すべき能力のない、ごく普通の入植者ゴッバスには同じコロニーに妻がいました。ある日、彼は機嫌の悪いアルパカに遭遇し、素手で殴り合い、負けて脳に損傷を負ってしまいます。

動きが遅くなり、作業もほとんどできず、プレイヤーにとっての有用性は大きく下がりましたが、感傷的な気持ちからコロニーに置き続けました。数週間後に人間関係の画面を見ると、彼の結婚生活は、この出来事の影響を受けていませんでした。2人は変わらず愛し合い、とても幸せそうでした。この時に思わず「これこそ理想の夫婦だ」と思ったそうです。

プロシージャル型の代償:「語るな、見せろ」の逆をいく『RimWorld』

もちろん、以上のような体験にも代償があります。1つめは文章が極端に単純なことです。「HumpsはJennyと食べ物について雑談した」「HumpsとAxelはルーレットを学ぶことについておしゃべりした」「HumpsはLudoに本について一言言った」。実際の台詞ではなく、抽象化された記述でありボイスも付きません。

2つめは感情の手がかりが乏しいことです。創作の黄金律は「語るな、見せろ」ですが、このゲームは、サブメニューで感情を「語る」ことばかりしています。奴隷の入植者の例では、子どもたちが走り回っていることには幸せを感じ、服がひどいことや侮辱されたことには不満を持っている、といった具合に文字で示されます。機嫌の悪さを、目に見える形でプレイヤーに示す手段は、精神の崩壊(メンタルブレイク)を起こしたときくらいしかありません。

3つめは収穫逓減です。死んでは生まれ、を繰り返す無限のキャラクターに、人はいつ愛着を持てなくなるのか。氏は自身の研究でも、1,000時間を超えるような古参プレイヤーほど、入植者の「人間性」を感じにくく、道具やロールプレイの手段として見る傾向があると述べました。「今回は善良なコロニーで」「今回は人食いコロニーで」といった遊び方を、その例に挙げています。

あえて愛着を持たせない設計:『Darkest Dungeon』

この代償をあえて強みに変えたのが、キャラクターは最小限の自動生成型で生まれるローグライクRPG『Darkest Dungeon』です。このゲームのテーマは「自分が怪物になること」であり、プレイヤーがキャラクターに愛着を持たず、粗末に扱うことがテーマに沿った行動になっています。ゲームは、そうした行動を後押しするような、死んだはずの先祖(ナレーター)の声も用意しています。

氏自身の体験はプレイ中に突然、我に返ることでした。「小さなゲーム上の利益のために、4人を巨大な怪物の餌にした。自分は何をしているんだ」と。

この体験は仕組みによって作られています。すべてのボスを倒すには複数のチームを使い回す必要があり、同時に抱えるヒーローが多くなるため、特定の誰かと過ごす時間に偏りが生まれます。さらに、同じクラスのキャラクターは見た目がほとんど同じで、色違いも限られているため個人として見分けにくくなっています。

こうした体験は、オーサード型でも作れるが、無限のキャラクターを使えるプロシージャル型のほうがはるかに作りやすいと説明しました。

両者を組み合わせる:『XCOM 2』の拡張DLC

では、オーサード型とプロシージャル型の長所を組み合わせることはできないのでしょうか。その疑問を解決する作品として『XCOM 2』が例に挙げられました。

『XCOM 2』は、『ファイアーエムブレム』のようにグリッド上で兵士を動かして戦う、ターン制のタクティクスゲーム。違いは敵がエイリアンで剣ではなく銃を使うことです。基本の兵士はランダムに生成され、台詞や音声を持つストーリー上のNPCとは明確に分離されています。プレイヤーは自分の兵士たちとのゲームプレイを通じて絆を築きます。

拡張DLC「War of the Chosen」では、この上にオーサード型の要素が2つの形で加わります。

1つめは、名前と経歴を持つヒーロー兵士です。ゲームは1つのミッションを丸ごと使って、彼らに音声と個性、カットシーンを与えて印象づけます。ところが紹介が終わると、彼らは通常の兵士と同じ扱いになり、紹介イベントを終えたヒーロー兵士も、その後は通常の部隊運用に組み込まれ、戦闘で死亡する可能性があります。失った場合も、ゲームの進行状況や条件に応じて別のヒーロー兵士を迎えられます。これを「賢い設計」と呼び、物語のリソースを紹介部分に絞り、死んでも作ったコンテンツが無駄にならない点を評価しました。

2つめは、手作りの宿敵「The Chosen」です。名前を持ち、繰り返し現れる敵が3体いて、プレイヤーが最終的に倒すまで、戦っては退けられ、復活するという循環が続きます。特性はランダムですが台詞は作り込まれています。倒されない宿敵という形で、死を管理することで、物語のリソースを守っていると説明しました。

そして氏は、この2つが互いを強化し合う例として、Chosenが文脈を認識する点を挙げました。たとえば、倒された兄弟姉妹の武器でChosenと戦っていると、それに気づく台詞を言います。

さらに、プレイヤーがかわいがっていたランダム生成の兵士がChosenに殺されると、Chosenは「ただ倒すべき敵」から「友人を殺した、個人的な因縁の相手」に変わります。

さらに踏み込んだ例:『シャドウ・オブ・ウォー』

最後の例として、『シャドウ・オブ・ウォー』を紹介しました。この作品はトールキン(「指輪物語」「ホビットの冒険」)の世界を舞台に、エルフに取り憑かれた男として、オークたちを倒したり、支配したりするアクションRPGです。ストーリー上のNPCは用意されていますが、タイトルが指す主役は自動生成されるオークとプレイヤーがそれらと築く感情的な関係です。

オークと戦い、殺されても、また戦い、因縁が深まってやがて倒す。このゲームを『RimWorld』と同じくストーリージェネレーターだと位置づけています。ウォーナー・ブラザースはこの「作り込んだコンテンツをモジュール化して、自動生成のキャラクターに当てはめる」大きな仕組みについて特許を取得したとされており、デザイン面でも非常に興味深いと述べました。

作り込まれた台詞が付き、オークは文脈やできごとを認識し、プレイヤーを殺したオークは再会すると「お前を殺したはずだ。なぜここにいる」と言います。オークの側にもプレイヤーとの因縁を築く感覚があります。

一方でこのゲームにも弱点があります。敵との交流に力が入っている分、味方との交流が薄い点です。氏はこのゲームでの「友人の作り方」を「オークを殴り倒して、ゴーストの力で奴隷にして、はい友人」と皮肉りました。

味方にしたオークは、護衛として配置したり、闘技場で戦わせたり、組織の地位につけたりと道具のように使えます。裏切ったり身を犠牲にしたりもしますが、敵のように登場のたびに会話が起こることはありません。味方になったオークは「『Darkest Dungeon』のヒーローになる」と説明されました。

しかも『Darkest Dungeon』のヒーローは、彼らを出撃させ、操作すること自体がゲームプレイの中心となるのに対し、『シャドウ・オブ・ウォー』の味方は必要なときに限られた回数出す道具にとどまると指摘しています。また、粗末に扱うことを後押しする仕組みや、入れ替わりの激しさが、愛着を薄れさせる点は『Darkest Dungeon』と共通しています。

しかも『Darkest Dungeon』のヒーローは、出撃すれば彼ら自身がゲームプレイになるのに対し、『シャドウ・オブ・ウォー』の味方は必要なときに限られた回数出す道具にとどまると指摘しています。また、粗末に扱うことを後押しする仕組みや、入れ替わりの激しさが、愛着を薄れさせる点は『Darkest Dungeon』と共通しています。

まとめ:「愛着を持たせるか、持たせないか」を意図して決める

講演の最後にキャラクター、ストーリー、物語上の利害・リスク(stakes)の3軸で、各方式の強みが整理されました。

オーサード型は、特定の個人を深く掘り下げられ、作り込んだインパクトのある物語を描けますが、物語上の利害・リスク(stakes)が予測可能になりがちです。プロシージャル型は、無限の個人に対する所有感が得られ、創発的で予測不能な物語が生まれ、物語上の利害・リスク(stakes)は本物で、いつ起こるかが予測できません。

両者を組み合わせれば、無限に生まれる特定の個人のようなキャラクターと質の高い文章を伴う創発的な物語、そして予測不能でありながら意味のある物語上の利害・リスク(stakes)が得られます。

最後にこの講演を通して持ち帰ってほしいこととして挙げられたのは次の3つです。クルーキャラクターは中途半端な存在ではなく、独立した設計対象であり、固有の設計判断が必要であること。

オーサード型とプロシージャル型にはそれぞれ強みがあり、巧みなゲームデザインで両者を組み合わせられること。

そして、プレイヤーに愛着を持たせるのか、どのように持たせるのか、あるいは持たせないのかを意図して決めるということです。

《ライター:タナカハルカ,編集:みお》

ライター/気さく タナカハルカ

インディーゲームデベロッパー・よんとんトマチンのメンバー(ヤムニャン学園)として『ふりかけ☆スペイシー』を開発。著書『海外ゲーム音楽ガイドブック ビデオゲームからたどる古今東西の音楽』『楽曲派アイドル・ガイドブック ももクロ以降のアイドルソング再考』。寄稿『ユリイカ2025年12月臨時増刊号 総特集=大貫妙子』『DAWN N°2』など。毎週新高円寺で会える。

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編集/Game*Spark共同編集長 みお

ゲーム文化と70年代の日本語の音楽大好き。人生ベストは『街 ~運命の交差点~』。2025年ベストは『Earthion』。 2021年3月からフリーライターを始め、2025年4月にGame*Spark編集部入り。2026年1月に共同編集長になりました。

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